BATTLER Final/バトンタッチ
「……で? 『わたし』は満足出来た?」
――あと三発くらい撃ちたかった!
「無茶言うなっての」
強制ログアウト、つまり待機ルームに送られることなく現実に送り返された私は、えげつないほどのVR酔いでフラフラしながら控え室のソファに寝転がっていた。
わたし。それはあの巨竜と戦った日に目覚めた破壊衝動……というほど危ないものじゃないけど、私が憤怒と共に記憶ごと封じていた本能だ。
二重人格とかいう訳じゃない。これはどちらかと言うと、よく漫画とかで見る心の中の天使と悪魔みたいなものだ。
より本能的で、衝動的。私が生まれつき抱えていて、そしてずっと閉じ込めていた破壊衝動が、ちょっとだけ強く自己主張をするとこうなる感じ。
あれをしたい、これをしたいって思考する中で、とりあえず暴れ回る方向に誘導しようとするのがこの子のちょっと悪いところだ。あと、体への負担を全く考えなくなるところも。
なにせこの衝動は、精神年齢的には15歳より前のものだ。あの頃はとにかく自分を顧みずにリンちゃんを護るための術を学んでいたから、体の負担がどうとか、そんな細かいことを考えてはいなかった。
今回決着を急いだのには色々と細かな理由はあるけれど、結局はこの子に力を借りるにあたって一番「楽しい」やり方を選んだだけ。当然そこには私の負担は全く考慮されていない。
とはいえ、あの日もう一度眠りについたこの子が目を覚ましたのは、私がそれを御せるようになったからに他ならない。
自分の負担を全く気にしないのは私の方もそんなに変わらないというか、まあなんとかなるだろうと思っちゃったのだ。
それでこうして倒れてたら世話ないけどね。
「まあ、なんにせよ上手くいってよかったよ」
――ふふん、体の使い方は私の方が上手いもんね。
「へん、こちとら鈍ってんですわ」
自慢げなわたしの言葉を適当に受け流す。
と言っても、この子の言うことは正しい。身体能力の制御をミクロの単位で鍛え上げていた昔のわたしと6年半も怠けていた今の私では、流石にこの子に軍配が上がる。
それは五感の使い方も同じ。精度も範囲も全然違う。情報の処理の仕方が上手かったのは今の私じゃなくて過去のわたしだ。
だからこそ思考領域をこの子に半分も宛てたんだから。
今回の狙撃で特に苦戦したのが、高所から広域に向けた視覚の使い方。
4キロ四方の箱の中身を羽虫一匹見逃さない精度で見通し続けて、その上でMHKSの狙撃を行うというのは私にとっても相当に酷な作業だった。
ある意味、音の範囲が半径360メートルで助かったくらいだ。それでも情報量に押しつぶされる一歩手前だった。
全盛期のリンちゃんみたいに思考領域を数千数万と量産して思考を分担できるならまだしも、私はそんな器用なことはできない。
でも、図らずも今の私と昔のわたしで大きく在り方の異なる記憶が共存したことで、思考を二分割するくらいのことはできるようになった。
パソコンで喩えてみるとわかりやすいかもしれない。パソコンの画面がひとつだと、「フィールドを精査すること」と「狙撃の条件を把握して引き金を引くこと」の両方を逐一切り替えながら作業しなきゃいけない。
この切り替えの際のごくごく微細なラグが厄介で、フレーム単位の制御が必要になる長距離狙撃には致命的な時差だった。
でも画面を2つに増やせば、両方の作業に1個ずつ画面を割り当てればよくなる。切り替えが要らなくなる分ラグはなくなり、それぞれの作業に割ける集中力は劇的に変わる。
パソコン本体の性能に当たる、私自身のスペックは変わらない。ただ、有り余るスペックを存分に発揮するためには、画面ひとつでは足りなかったというだけのことだ。
「私にできることは、全部やった。後はスーちゃん次第かな」
スーちゃんは強い。
このゲームをプレイしている人の中で、誰よりも。
だけど今、スーちゃんは誰よりも混乱の最中にいる。
ざっくりとした生い立ちは、リンちゃんから聞いた。
その内容を聞いて人並みな感想を言う意味はないし、生い立ちそのものにさして興味はない。大切なのは今だから。
ただ確信した。スーちゃんの強さは間違いなく「ひとり」の強さだ。私みたいに、誰かのために磨き上げたものじゃない。
バトラーに参加させておいてなんだけど、そもそも根本的にチーム戦というルールがスーちゃんの強さを縛っている。
第一試合だってそうだ。スーちゃんはチーム戦だからこそ私たちを上手く使おうと苦心していた。その結果として意識が散漫になって、本来ならまず踏まないであろうトラップを踏んで死んでしまった。
まあ、正直に言ってしまえばこれはリンちゃんが悪い話だ。
もっと早くからチームとしての合わせをしていれば楽に勝てたかもしれない。顔合わせが大会の前日って、いくらなんでもそれは流石に直前すぎる。
スーちゃんがチーム戦のスペシャリストだとかならまだしも、素人なんてもんじゃない完全なソロ専なんだから、混乱しない方がおかしいって話だ。
私だってWLOの時間を少し削って早めに練習したりできなかった訳じゃないんだから、もっと早く声をかけてくれればよかったのだ。
今のHEROESは、良くも悪くも4人の個人が集まったチームでしかない。しかも3人はほぼ初心者。それをチーム戦初心者のスーちゃんに率いらせるというのがそもそもだいぶ無理のある話だ。
「それでも勝てるなのか、勝つ気が元々無いのかはわからないけど。大人として、支えてあげるくらいのことはしないとね」
――過保護だね。まーいいや、私は大体満足したからもう寝るね。
「多分、しばらく呼ばないよ?」
――それでいいよ。わたしが出るってことは、私が無茶するってことだもん。あんまりリンちゃんに心配かけちゃダメだからね。
「りょーかい。おやすみ、私も少し眠るよ」
こんなの、所詮はただの自問自答だ。
深層心理と会話してるようなもの。
でも、だからこそ本心と向き合える。
それに、過去の自分と触れ合うほどに記憶が体に定着していく。強くなったと言うよりは思い出したと言うべきだけど、未だに手に余るこの桁外れの才能も、これからはもっと上手く使えるようになっていくだろう。
「うっ……なんか急にキツイ……」
気を抜いた途端、全身がとてつもない疲労感に襲われた。視覚も聴覚もあんまりまともな状態じゃない。そりゃああんな無茶をすればそれなりにフィードバックはあるか。
次の試合、この調子だとなんにもできない気はするけれど、数合わせとして不参加になるのは避けたい。
みんながログアウトする直前まで、私は目を閉じて少しでも休むことにした。
☆
「は〜……」
ナナが強制ログアウトされて20秒も経たないうちに、ボクは死んで待機ルームに送られていた。
ナナのサポートを最速で行うために、ボクとリンネとトーカはほぼ丸腰でフィールドの東西南、三方の高所を取った。
混乱状態ならいざ知らず、そんな目立つところに無防備に立っていれば流石にカモ以外の何物でもない。
今はリンネとトーカがかろうじて逃げ回っているものの、狙撃ポイントから最も遠い南の担当だったボクは沢山の敵に囲まれて、この試合も割とあっさりと死んだのだった。
ただ、それに後悔してるとかは全くない。
さっきのため息は、あまりの満足感に思わず出てしまっただけだ。
長引くことはないかな、とは聞いていた。
この試合で全部出し切るとも。
ただボクは、自分が如何に常識に囚われた考え方をしていたのかを恥じた。
たった30秒だった。
それだけで全てが終わった。
初弾から最終まで、目に見える限りでは16回のマズルフラッシュ。2秒に1発以上のペースで放たれる悪魔の弾丸。
あの時間で13キル。時間単位のキル数としては間違いなく最多の記録となるだろう、怪物の残した軌跡。
「ほんと、すごい……」
心中に去来した思いはひとつだった。
弾を撃つという概念その物を、一から教えて貰ったような気分だった。
極論すれば、ナナのやったことは「敵を見つけて撃った」の一言で片付けられる。
ただしそこにどれだけの技術が詰まっていたのかを理解できた人間は、きっとほとんど居やしない。
敵が遠ければ遠いほど、銃口のズレは些細なものでも致命的なズレを生む。3000メートル超えの狙撃ともなれば、手元のズレなんてミリ単位も許されないだろう。
しかも、ナナは殆どの弾丸を動き回るプレイヤーに当てていた。当然のことだけど、止まった的に当てるよりも動く的に当てる方が遥かに難易度は高い。
そのレベルの操作ともなると、チートですら不可能だ。
チートのお家芸である自動照準程度の技術でできることじゃない。自動照準は大前提で、その上で敵の未来を予測する。
敵の一挙手一投足に加えて、周辺の状況を全て捉えていなければできないことだ。
地形、装備、立ち位置、目線、足の向き、体勢、動く速度。あらゆる要素がスイートスポットを導き出す。
それは、スコープを使わず広範囲を見続けながらライフルを撃てるナナだからこそ可能な神業だと言えた。
更にはそんな神業を、秒単位で角度を細かく変えながら放ててしまう連射性能。
それもナナが使っているのはメタルハザード/キルスコープだ。
ただのスナイパーライフルでだってできやしない神業を、あのモンスターウェポンでやってのけた。
それに加えて、恐らく何発かは《魔弾》も織り交ぜていたはず。こればかりは状況証拠でしかないけれど、もう笑うしかない状態だった。
「信じられないんじゃなくて、信じたくないって感じだ。ふふ、こんなの初めてだな」
理解すれば理解するほど、脳が事実の許容を拒む。
あんな存在が許されていいのかと悲鳴を上げる。
ようやく、はっきりと理解した。
アレは真似できるものじゃない。
ナナだからこそできる、ひとつの概念の完成系。
いつかきっとと思っていた目標は、決して掴めない幻だった。
あの領域に至るのは、絶対に無理だと悟ってしまった。
その諦めは間違いなく、憧れだった《魔弾の魔女》からボクに向けた贈り物で。
だからこそボクは、磨くべき武器を間違っていたことに気付けた。
「いや、間違ってはいないか」
ただ、迷っていただけだ。
最強の称号を手に入れて、不動のトップであり続けて。
これから先どうすればいいのかわからなくなっていた中で、魔弾の魔女という眩い伝説に心惹かれた。
それは届かない光でしかなかったけれど……天を仰いでいたからこそ、下を向いていては見つけられなかった新しい道を見つけられたのだ。
「結局、ボクの方が魅せられちゃった」
決勝の前はナナにいい所を見せるんだなんて意気込んでいたのに、自分の方がいい所を見せられてドキドキしてるなんて。
これはまさに、ミイラ取りがミイラになると言うやつに違いない。
次の試合が最後のチャンスだ。
期待に応えられないばかりで不甲斐ないところばかり見せたけれど、今度ばかりは大丈夫。
だって、ボクはすうぱあ。
このゼロウォーズVRの頂点に君臨する、最強のプレイヤーなんだから。
わたしちゃん、使徒討滅戦ぶりの登場。
ナナのメンタルカウンセラーでもあり、最強だった頃の自分でもあり。某死神代行さんの中の人くらい献身的ないい子です。