BATTLER Final/魔女の宴
それは、シューティングゲーム界を震撼させた、たった30秒のワンマンショー。
生きるか死ぬかは運次第。全てはその瞳に映るか否か。
衝動の赴くままに、蹂躙の号砲は鳴り響いた。
☆
フィールド最北端に位置し、地上100メートルの威容を誇る白亜の塔、ジャッジメント・タワー。
ゲーム内最強にして最悪の取り回しを誇る兵器、《メタルハザード/キルスコープ》を安置するためだけに作られた裁きの高塔。
裁きとは確殺の威力を誇る弾丸のことか、はたまた一時の快楽を得るために訪れた愚者の命を奪う嵐のことかはわからない。
試合開始から40秒。
全プレイヤーがフィールドに降り立った直後のこと。
誰もが「いざ」と思っている最中、即死の弾丸は放たれた。
耳が張り裂けるような轟音。塔全体が震えるほどの反動。
そして、死が訪れるまでコンマ3秒。
第一射、ジャッジメント・タワーより南南西、3100M超のヘッドショットキル。
キルログは淡々と、ひとりのプレイヤーの死を告げる。
それが意味するところを誰かが理解する前に、第一射よりわずか1.3秒後に二度目の轟音が鳴り響く。
狙われていることに気付くことさえ困難だった。
第二射、フィールド西部のスライダーステーション頂上部にて、胴体直撃のクリティカルキル。飛距離・2142M。
2秒にも満たないごくごく僅かな時間で、同一人物の手で2つのキルが発生した。
ジャッジメント・タワー付近に降りたプレイヤーは、聞き覚えのある音と見覚えのある閃光を見て、何が起こったのかを理解した。
反射的に岩陰へと身を隠したのは、実に正しい選択だった。
けれど、音の届かない半径360メートルから外にいるプレイヤーには、未だに脅威は届かない。
隙だらけのプレイヤーを前に、死神の鎌は振り下ろされる。
1.2秒後、三度目の砲声。
第三射。フィールド北東部・リーンタウン。スーパーマーケット内部にてアイテム探索中、下腹部直撃。胴体命中で即死判定。飛距離・851M。
ここに来てようやく違和感が生まれた。
キルログからわかるのは誰が殺したのかという情報だけで、実際に誰が殺されたのかはわからない。
なぜならそれがわかってしまえば、どのチームのメンバーが欠けたのかがすぐに分かってしまうから。
だからプレイヤーたちにわかるのは、殺したのが『ナナ』というプレイヤーであるという事実だけだ。
1キル目から3キル目までにかかった時間はわずかに3秒。
ここに明らかな違和感がある。
ごく短時間でそんな高速で体力を削れる武器があるだろうか? 試合終盤にしか手に入らないレア武器でさえ、そんな攻撃力は持っていないのに?
同一のプレイヤーが短時間で3キル。それがありえないとは言わない。
例えば味方プレイヤーが削った敵を漁夫の利の形で奪い取ったとか、たまたま挟撃の形になったとかで、別のチームが瀕死にしていた敵を倒したとか。
ありえなくはない。
ありえなくはないのだが、違和感は拭えない。
だって誰も、どこからも戦闘音が聞こえてこない。
もちろん自分のチームから聞こえないところで、別のチームが戦っている可能性はある。
それでも初動を見る限りでは、こんな短時間で戦闘が勃発するほど近くに降りたチームはひとつとしてなかったのだ。
明らかに何かが起こっている。
そんな違和感だけが、勘のいいプレイヤーの脳裏を汚染する。
魔女が嗤う。
閃光が煌めく。
そして直後にもう1回。
ひとつは首に。もうひとつは心臓に。
第四射、そして五射。フィールド中央部、バベルタウンの廃ビル内部。狙われたのは同じチームのプレイヤー。アイテムを拾い集める二人のプレイヤーを、0.5秒の間を空けて消し飛ばした。
ここにおいてようやく、殆どのプレイヤーがその閃光を目に焼き付けた。
ジャッジメント・タワーの最上部。
鋼の災害が吐き出す特大のマズルフラッシュを。
あそこに何が眠っているのかなんて、誰だって知っている。
メタルハザード/キルスコープ。
即死の弾丸を放てる代わりに、一撃ごとに果てしない衝撃を全身で受け止めなければならない悪魔の兵器だ。
あの塔が安全地帯の外に出るまで、1回しか撃てないプレイヤーが大半で。
2発目を撃とうとしても視界が定まらないなんて、ごくごく当たり前のことで。
プレイヤーによっては、初弾を撃った瞬間に強すぎるフィードバックで落ちることだってある。
1回ごとに事故に遭ってるとまで表現される反動は、逆に名物になるくらいなのだ。
そんな化け物ライフルを、連射しているナニカがいる?
ありえない。
それだけはあってはならない。
でもそうでもないと、この状況はありえない。
5秒ちょっとの間で5人が死んだ。
死者が4人ならチームがひとつ丸々死んだで説明がつかなくもないが、5人目はあってはならなかった。
思考を止めるな。彼らはすうぱあという名の理不尽を知っているではないか。
殺された5人のチームメイトも、それ以外のプレイヤーも、ここに来てようやく自分の置かれている状況を理解した。
逃げ惑う?
身を隠す?
反撃する?
ただ祈る?
どれを選択してもいいけれど。
姿を隠そうというのなら、3つの視線に気をつけて。
北を除いた東西南に、影がひとつずつ立っている。
正面だけでは足りないのなら、眼は四方に用意すればいい。
HEROESの3人は、射手の死角を埋めるようにマップを見渡していた。
魔女が嗤う。
苦しそうに咳き込みながら、それでも彼女は嗤っていた。
無傷だなんてとんでもない。
連射の代償は確実に、ナナに途方もない苦痛を与えている。
それでも。
今この瞬間の楽しさが、ナナの心を突き動かす。
3秒おいて、二度の轟音。
隠れきれなかった誰かの、脳天を吹き飛ばす。
隠れきれたはずの誰かの、僅かに見えてた腕に掠る。
2発の弾丸は大なり小なり敵を捉えた。
前者は死に、後者は瀕死に追い込まれたが、かろうじて死にはしなかった。
これがメタルハザード/キルスコープ。
ゲーム内屈指の破壊兵器。その、誰もが諦めた連射の夢。
フルスペックを引き出してやれば、こうもゲームを破壊する。
たった10秒で6人が死に、ひとりが瀕死。
試合開始からまだ1分と経っていないとは思えないほどの、明らかな惨劇だった。
予想外ということさえ烏滸がましいほどに、常識の遥か外から殴り飛ばされたような気分だった。
それでもこの短時間で、ほぼ全員がMHKSの銃口から身を隠した。
流石にトッププレイヤー。判断の速さは超一流だ。
今は全力でMHKSの狙撃を警戒するターン。
他チームへの警戒は必須だが、何より今は『ナナ』への警戒を緩める訳には行かなかった。
その判断は正しい。
HEROESはこの試合、全てをナナに託している。
それはすうぱあのわがままでしかなかったが、リンネもトーカも一切異論を挟まなかった。それほどまでに今のナナは気力が充実して見えたのだ。
そして他チームもまた狙撃への警戒から動くこともできない今、変に他チームを警戒するよりナナの狙撃を最警戒して遮蔽物に隠れるのは、結果的に極めて正しい判断だった。
正しい判断ではあった、が。
生き残る者とそうでない者の差は、ほんの僅かな危機管理能力だけだ。
すなわち、射線を切っただけで安心して立ち止まってしまう者と、遮蔽物を渡り歩いて少しでもアイテムを集めようとした猛者の差だ。
狙撃開始から15秒。
ここに来てほんの僅かに混乱が収まり、ナナという名前に思い至ったプレイヤーがようやく現れ始めた。
HEROESのナナ。大半のプレイヤーは大会に集中していて昨晩起こった『ナナ』に関する1大ムーブメントに参加はしていなかったが、何があったのかくらいは知っていた。
その上で、冗談だろうと笑い飛ばした者がいた。
信じられない光景を見て、素直に驚いた者もいた。
そして、全く興味を持たない者もいた。
最初の反応がどうであれ、既に誰もが理解していた。
MHKSを連射し、フィールドの端から端まで貫くような超長距離射撃をこともなげにこなすイカれた狙撃手。
その射手がHEROESのナナだというのなら、昨日のニュースは事実なのだろう。
どっぷりとシューティングゲームに浸かった彼ら彼女らだからこそ、逆説的に信じられた。この短時間で行われた殺戮は、それだけの衝撃をこの場の全員に与えていた。
連射の理屈は極めてシンプルだった。
衝撃、反動、轟音。それらを本体の耐久性の高さだけで強引に耐え切ればいい。ゴリ押し以外の何者でもなく、そして誰も真似できない方法だ。
そもそも、トッププレイヤーたる彼らでさえ知らなかったのだ。
身体能力をとてつもなく高めると、MHKSの反動を無理やり抑え込むことができるだなんてことは。
アバターへの負荷上限が肉体の強度によって決まるだなんて、笑い話のひとつでしかなかったのだ。
なんなら運営でさえ想定はしていなかった。
そんな身体能力を持った人間が存在していること自体が、全ての想定を根こそぎ破り捨てていた。
事実はひとつ。
ナナは、MHKSを連射できるというとてつもない脅威だけ。
それは一見すると地獄であるかもしれない。
だが、同時にもうひとつわかっていることがある。
それはこのまま隠れて放置していれば、必ずナナはデスに追い込まれるということだ。
ジャッジメント・タワーは本来の試合であれば、試合開始からわずか3分で安全地帯ではなくなってしまう。
タワーは屋上からのみ入れるが、出口もまた屋上にしか存在しない。そして地上100メートルの高さから飛び降りない限り、タワーから出ることはできない。
当然、そんな高さから飛び降りれば例外なく落下ダメージで即死する。
かと言って、逃げ出さなければ安全地帯から弾き出されてすぐに死ぬ。
ジャッジメント・タワー。そこはロマンと引き換えに必ず死ぬ、豪華な棺のような場所だった。
ナナは時間経過で必ず死ぬ。ただし、大会では安全地帯の縮小ペースが2分の1になっている。
経過時間は試合開始から1分弱。
本来の猶予時間が3分だから、2倍して1分を引くとナナの残り時間はあと5分もある。
そう、彼らは理解した。これから5分もの間、ナナの狙撃を掻い潜りながら戦わなければならないという事実を。
ここまで来ればもはや誰もが腹を括っていた。
冷静に考えれば、ナナだって無制限にMHKSを撃てる訳ではないはずだ。どれだけ超人なのだとしても、あの反動に永遠に耐えられる訳はない。
そして、見えない敵まで撃ち抜けるという訳でもないらしい。現に先程までと違い、数秒間狙撃が止んでいる。
他のプレイヤーの動向を理解している訳ではないが、恐らく全員がナナからの射線を切ったのだろうと予測はついた。
状況を整理しろ。
ナナのタイムリミットは残り5分。
既に6人は死んだが、ナナの関わらない死はひとつもない。現状はある種の小康状態で、恐らくそれはもうしばらく続くだろう。
遮蔽物があれば狙撃は防げる。そして半ば願望ではあるが、無駄な乱射をしないことから無制限に撃てる訳でもないのだろう。
初動のインパクトでかき乱されたが、冷静になれば全く余裕がない訳では無い。
メンバーを削られたチーム、まだ万全のチーム、そのどちらに属するかでも気の持ちようは変わるだろうが……それでもプレイヤーたちは落ち着きを取り戻そうとしていた。
実際のところ、彼らはかなり正確にナナの状態を掴めていた。
連射に大きな負荷を伴うのも事実。
無制限に撃てないのもその通り。
残り時間的に5分程度で安全地帯の外に放り出されるのもそうだし、MHKSには遮蔽物を貫通するような機能もない。
正直なことを言えば、ナナは既に相当グロッキーな状態だった。
ほぼ休みなく行った7発の連射は、それだけの負担をナナに強いた。この分だと休み休みで5分間使い切るように撃っても、あと10発ちょっと撃てるかどうかだろう。
そして7発目がカス当たりだったように、残り全ての弾丸がクリーンヒットする保証もない。
しかし。
これだけ正確に掴めておきながら、知る由もない事実と致命的な思い違いが彼らを更なる混乱に陥れた。
知る由もない事実とは、ナナが《魔弾の魔女》である以上、遮蔽物は必ずしも身を守る盾にはならないということ。
そして、致命的な思い違いとは、誰も最初から時間を使い切るつもりなんてサラサラなかったということだ。
30秒も要らない。
それがナナが自らに定めた、己の全てを出し尽くすための時間だった。
数秒前。
全プレイヤーがナナの射線から外れた瞬間、四方の高所を陣取るように散ったリンネ・すうぱあ・トーカの3人が、マップにとあるマークを打った。
それは本来、敵影やアイテムの位置を味方と共有するためのマップピン。通信だけでは足りない情報を補うための、チーム内でだけ共有される目印だった。
ナナが狙撃を止めていた数秒間で、フィールド上に7つのマップピンが立った。それは赤い光の柱を象って、ナナの視界に確かな目印を与えてくれる。
7つのマークは、遮蔽物の裏で「動きを止めたプレイヤー」のみをマッピングしたもの。
もちろん4人全員の死角に隠れたプレイヤーもいれば、遮蔽物を上手く利用してアイテムを掻き集めるプレイヤーもいる。
だから、その場に留まって様子見をしていたプレイヤーはたったの7人しか見つからなかった。それはある意味当たり前のことだろう。
大体これで10や20のピンが立ってしまったら、それはそれで弾数的に殺しきれない訳で。
割と現実的な数に苦笑しながら、ナナは引き金に手をかけた。
7つの光の根元には、恐らく今なお敵がいる。
撃ち切れるかはわからない。
後は野となれ山となれだ。
この数秒でフィールドに生まれたほんのわずかな気の緩みを、ぐしゃぐしゃに破壊する。
極限の集中を以て、魔弾の準備は完了した。
初弾、二弾目。共に命中。
三弾目。三度の反射を経てなおカス当たりにより仕留めきれず。
四弾目。追い討ちの形でクリーンヒット。
五弾目、命中。六弾目、射撃時の僅かなズレで狙いは外れたものの、近くにいたチームメイトらしき敵にラッキーヒット。
七弾目、八弾目で追い込むようにひとり。
わずか4秒の間に、8発の超連射。
曲がりくねったように襲い来る反応しようのない死の弾丸は、6人の命を奪い去った。
代償は大きい。
連続で襲いかかってくる極大の反動は、指先以外の感覚を全て奪い去っていた。
何度も銃架の背もたれに全身を打ち付けたせいで、視界も鮮明とは言い難い。
なんなら7発目の時点で半ば前が見えなくなっていたし、8発目はもうカンと想像だけで撃っていた。
かろうじて見える、まだ弾を撃ち込んでいない7本目の赤い光は、どの方角の何メートル先にあるものだったろうか。
苦痛で思考が鈍る。数秒前のことが思い出せない。
あと1発。
まだ撃てるのに、どこを撃てばいいのかが分からない。
アバターにかけた負荷がデカすぎて今にも強制ログアウトを喰らいそうになりながら、ナナは必死に狙いを定めようとする。
『高さは自分で合わせて。横の微調整もね。南西に11.2°。151フレーム後よ』
これまで一言も聞こえてこなかった通信から、それだけの情報が送られてくる。
どうせなら射角も教えてくれたら良かったのにと思うけれど、たったそれだけの情報で脳裏に情景が呼び起こされた。
《魔弾》を前提とするのなら、跳弾ができるオブジェクトは自ずと限られる。
故にざっくりとした情報だけでも、当てるべき場所はわかるのだ。声が指示した場所がどこなのか、どう撃てばそこに訪れるであろう敵を撃ち抜けるのか。
何よりタイミングこそが重要なのだと、リンネはよく理解していた。
「リンちゃん、ありがと」
発射。そしてアバターへの負荷超過による強制ログアウト。
最後の弾丸が当たったかどうかは分からない。
ただ、命中した確信だけが手応えとして残っていた。
☆
プレイタイム1分7秒。
内降下時間を抜いた実働時間29秒でアバター負荷による強制ログアウト措置で離脱。
総ダメージ数3160。
総キル数13。
総消費弾数16発。
後に『魔女の宴』と恐れられる伝説の蹂躙劇は、1分にも満たない時間で幕を下ろした。