BATTLER Final/まさかの展開
あまりにも仕事が忙しすぎました。遅くなってすみません。
「すみませんでした!」
「気にしなくていいわよ、見てて面白かったから」
もの凄い勢いで頭を下げるすうぱあに、リンネが苦笑しながらそう言った。
結論から言うと、HEROESは第一試合、キルポイント7、サバイバーポイント2の合計9ポイントというなんとも言い難い結果で終わっていた。
全体順位では4位と、決して悪くはない。
生存点の2ポイントは、5位で脱落とチームの全滅が早かったから。その割にキルポイントは7ポイントも獲得できていて、キル数だけで見れば3位とキル能力の高さは見せつけたと言える。
全滅に関しても、誰かが何か致命的なミスをした訳ではない。
相手が上手かったから負けたという、単にそれだけの話だ。
ならばなぜすうぱあが思い切り謝っているのか。
それは、最初に落とされたのが、よりにもよってすうぱあだったからだ。
リザルトは狙撃による死。
想定外の事態ではあった。
安全地帯の第三縮小が始まり、いざ乱戦へと突入してからわずか20秒後のこと。
高難度の確定ダウントラップコンボ《爆裂トランポリン》によって、すうぱあはものの見事に花火と散った。
☆
チーム《Vやねん!》のエースであり、リーダーのマスターV。爆弾系アイテム使いとしては屈指の実力を持ち、コアなファン層を持つ有名プレイヤー。
彼はゼロウォーズVRというゲームで最もすうぱあをリスペクトし、そして同時に憎悪し続けてきた男だった。
何故か。それは彼が屈指のマイオナ勢であったからだ。
マイオナとは、マイナーオナニーの略称。つまるところが、「あえてマイナーな武器やキャラクターを使いこなす」思想であり、それによって悦に入るプレイヤーのことでもある。
強い武器は強く、強いキャラは強い。
そして強ければ誰もが使うし、人気が出る。
これはゼロウォーズVRに限った話ではなく、あらゆるゲームで当てはまる真理だ。
使用感の差があり、そもそもの性能差がある。勝ちやすい武器があり、負けやすいキャラがいる。これによってメジャーとマイナーの区分けが生まれるのはどうしようもない事だった。
例えばWLOで打撃武器より剣系統の武器が人気なのは見た目のかっこよさもあるが、属性攻撃の優位性や切断などの武器属性による使い易さもあるのだ。
前提として、マイオナ自体は悪では無い。
武器やキャラの見た目が好きだとか、癖のある性能が好きだとか、極端な話名前の響きが好きだとか。
自分の好きな物を一番に使いこなしたいという感情は決して悪ではなく、それによって磨かれる特異な技術は人を魅了し、同好の士を集めることもある。
強いて欠点を挙げるなら、チーム戦がメインのゲームでは嫌われやすいことだろうか。
強いキャラが味方にいた方がありがたいというのは事実で、味方に負担を強いてでも弱いキャラを使うというその信念が好かれないのは事実だ。
ただ、ゼロウォーズVRのようにランキング戦がソロのみのゲームであれば、それはもうひとつのプレイスタイルでしかない。
そんなマスターVは、すうぱあが出てくるまで《アイテムによる月間キル数ランキングNo.1》の称号を持つ男だった。
それはつまり、銃撃戦がメインのこのゲームで誰よりも爆弾やトラップなどのアイテムの使い方が上手いプレイヤーであることの証明。
手榴弾などの爆弾系アイテムに、設置型のトラップ。探知用のドローンの特殊運用など、その一芸において無類の上手さがあった。
名声と言うには、マイナーだったかもしれない。
それでも彼は確かにひとつの分野で一度は頂点に立っていた。
だがそのポジションはあっさりと、すうぱあによって奪われた。
キル数に関わる記録で、現在のゼロウォーズVRにおいてすうぱあが持っていない記録はない。
それはつまり、全ての分野にすうぱあに記録を奪われた人間がいるということに他ならない。
奪われたことに関して、当時は仲のいい友人に軽く煽られた程度だった。それまで彼を応援していた他のプレイヤーから馬鹿にされたり嘲笑われたりしたことはない。
一度抜かれただけだ。また取り返せばいい。
そう思って、一年以上。一度だってすうぱあの記録を塗り替えることはできなかった。
「……ふざけろよ」
どれほど努力しても届かない絶望感。成長しても成長しても達せない無力感。
誰よりもアイテムの使い方を研究したからこそ、彼我の差が分かってしまう。
アイテムの使い方の差ではない。
使い方に関しては、マスターVが誰よりも上手いのに変わりはない。
ただすうぱあはアイテムを使って「キルを取る」のが上手いだけ。その一点において、覆しようのない巨大な壁があったのだ。
自分の辿り着けない技術への尊敬。
そして、自分の領分を踏みにじられたことへの悔しさ。
どれほど努力しても辿り着けないことへの憎悪。
気づけばマスターVにとって、すうぱあはとてつもなく複雑で重たい感情を向けざるを得ない相手となっていた。
なんでもいい。どんなことでも構わない。一度でもいいからすうぱあに一泡吹かせてやりたい。
彼はその一心で、すうぱあを倒す機会を窺っていた。
その機会が訪れることを信じて、それを掴むための努力を重ねた。
ありとあらゆるすうぱあの動画を見た。すうぱあの存在が確認できるものは片っ端から集め、欠片ほどしか映っていない動画まで目を凝らして研究した。
フォトンや軽業ゆーたは確かにプレイヤーとして優秀であり、すうぱあの脅威を正確に把握していたのだろう。
だが、彼らはすうぱあの凄さを肌身に染みて理解していたと言うだけで、すうぱあというプレイヤーを目標に定めてはいなかった。
なぜならすうぱあは大会には出ないと思っていたから。
プロである彼らにとっては極端な話ランクマッチの成績などどうでも良く、だからこそ仮想敵たり得ないすうぱあを研究してこなかった。敗北を受け入れてきたからこそ、こうして本番で場当たり的な対応しかできなかった。
マスターVは、違った。
ただひとり、すうぱあを己の最も得意とするアイテム戦術でキルすることだけを目標に研鑽を重ねてきた。
偏執的なまでに、けれど決して周囲に悟られぬように、すうぱあのみを研究し続けた。
だからこそマスターVは、この大会で唯一彼女の参加を心の底から喜んだ男だった。
研鑽の成果を、この大舞台でぶつけるチャンスが巡ってきたのだから。
ゼロウォーズVRの初期から存在するトラップコンボ《爆裂トランポリン》には2つの設置型アイテムが必要になる。
ひとつは迷彩トランポリン。これは踏んだプレイヤーを3メートル打ち上げるだけの移動用アイテムで、基本的にはトラップと言うよりは自分が素早く高所に登る時に使うことが多い。
2つ目が動体センサーボム。読んで字のごとく、爆弾の周りを動き回るキャラクターを感知すると爆発する地雷のような爆弾だ。
爆裂トランポリンとは要するにこの2つのアイテムを同位置に仕掛けることで、爆発による大ダメージと打ち上げによるスタンを同時に行い、隙だらけの敵を追い打ちで仕留めるまでのコンボを指す。
軽く聞いただけだと、お手軽なコンボに聞こえるかもしれない。
効果だけならどちらも使いやすそうなアイテムに思えるからだ。
しかし実際にこのコンボが難しい理由は、有効範囲が1メートル四方しかないことにある。要するにトランポリンもセンサーボムも、そのどちらも有効範囲が極端に狭いのだ。
さらに言えばセンサーボムは地面に埋めるというゲーム内の設定上、屋内では使用できない。
有効範囲が狭いからこそ屋内で真価を発揮できそうなのに、実際には設置すらできやしない。
広大なフィールドで、特定の1メートル四方を的確に相手に踏ませることがどれだけ難しいことかは想像に難く無いだろう。
実際に起動するのは相当に難しい。まして大会では、建物の角のようなわかりやすい設置場所は警戒される。
そしてだからこそ、成功すれば誰もがアガるエンタメになる。それをマスターVはよく知っていた。
研究に研究を重ねたマスターVは、すうぱあのプレイからわずかなクセを見抜いた。
すうぱあとて人間だ。なんでもできるからと言って、難易度の高いプレイばかりをする訳ではない。プレイしやすいルートがあり、勝利を掴む鉄板の流れがある。
恐らく、一度成功すれば二度と通じないような一手だろう。そういう手札があるのだと警戒されれば、どう足掻いてもこんなトラップは通じない。
けれど、三つの試合の中でどれかひとつ。たった一度だけでも成功させれば、それだけで彼はすうぱあへの復讐を達成できる。
設置した《爆裂トランポリン》は計4つ。すうぱあが通る可能性が高いルートに設置したトラップは、運がいいのか悪いのか、第一試合で見事に炸裂した。
安全地帯の第三縮小が始まり、いざというタイミングで岩陰から駆け出したすうぱあが、爆音と共に宙を舞った。
防具もHPも関係なく一瞬にしてダウン状態に持ち込まれ、センサーボムの衝撃で数秒間動きを封じられ。
《Vやねん!》のスナイパー担当である《ミミヨン》はその隙を逃すことなく、ダウン状態のすうぱあを確実に殺し切ったのだった。
☆
「なんかもう、悔しいとかじゃなくただただ恥ずかしいです……あれだけ大口叩いておいてこれって……」
顔を手で覆って恥ずかしそうに蹲るすうぱあ。
何せ彼女はこの試合、なんと衝撃のキルポイント0。
二次予選では26キルを叩き出した悪魔と同一人物とは思えないほど悲惨なリザルトだった。
「流石にらしくなさすぎたわね。何もかも頑張ろうって考え過ぎなのよ」
「ううっ」
「もっと肩の力を抜きなさい。私たちは確かに貴女の強さに付いていくことはできないけど、タダじゃ転ばない程度の武器は持ってるのよ。……そうよね、燈火」
「もちろんです! と言っても、まさかリンねぇがここで私を頼るとは思いませんでしたけど」
ニコニコと嬉しさを隠せない様子のトーカ。
HEROESが取った7つのキルポイントのうち、2つは序盤にナナが狙撃で取ったもの。
そして残りの5つは全て、すうぱあが死んだ後にトーカの手によって積み上げられたものだった。
試合自体がかなりのスピード決着であったため、トーカの連続キルシーンは観客からはほとんど見えていない。
死亡後の待機ルームで見ていたから、すうぱあもその事は知っている。知ってはいるが、普段のトーカの実力を見ていたからこそ納得するのは難しかった。
「むぅ……トーカ、実力を隠してたんですか」
「隠してたっていうと語弊がありますねぇ。素の実力はこれまで見せた通りですとも」
トーカの浮かべる満面の笑みに、嘘偽りはないように見えた。
そう。実際にトーカの持つ実力は、この決勝ラウンドに参加する全プレイヤーの中でも低い方だ。事前に数週間の練習をしていたこともあってチーム内では総合的に2番目に上手いが、トッププレイヤー相手に5キルを叩き出せるほど上手くはないのは明らかだった。
何かを隠しているのは間違いない。
でもそれはもしかすると、トーカにとってあまり知られたくないことなのかもしれない。
「まあまあ、とりあえず最低限のポイントは稼げたんですし、細かいことは気にせず次の試合に集中しましょうよ」
「……そうですね。よし、ボクも気持ちは切り替えました」
露骨に話を逸らそうとするトーカの態度に少し煮え切らない思いを抱いたものの、結局は自分の失態が招いたことだとすうぱあはその感情を呑み込んだ。
トーカがキルポイントを稼ぎ、なんやかんやでチームとしても全体4位まで残れたのは大きい。これで最下位近くになっていたら、流石に第二試合で無茶はできなかっただろうから。
「次はいよいよナナの出番です。集中力は……切れてないみたいですね。緊張はどうですか?」
「ん、大丈夫だよ。私ひとりじゃないし、失敗してもみんなが居るからね」
先程の試合で見せていた集中力ほどには感じないが、それでも触れたら切れるナイフのような気配の鋭さは感じる。
視線を交わすと、常にどこかから銃口を突きつけられているような気分に陥って、思わず生唾を飲み込んでしまう。
これからすうぱあは、憧れの人の全力を目のあたりにすることができる。
ナナを見ているとそんな実感がひしひしと湧いてきて、胸がひどく高鳴って……すうぱあは改めて、ゴクリと唾を飲み込んだ。