BATTLER Final/不安定な心
如何にしてすうぱあを孤立させ、人数的な優位を作るか。
彼女の脅威を知っていればいるほど、誰もがそう考える。
発想としては間違っていない。国内トップレベルの選手が集まる決勝戦では、いくらすうぱあといっても敵チーム全員で囲まれれば不利であるのは否めない。
だからこそ気付けないことがある。
HEROESというチームは、あのリンネが作ったチームだから。
HEROESには、すうぱあがいるから。
そもそもチームとしての試合数があまりにも少なくて、得意戦術の研究なんてできやしないから。
そんな色眼鏡で見てしまうから、周りのチームは気付けない。
そもそもすうぱあは、HEROESにおいて常に孤立したポジションを取っていたという事実に。
もちろんそれはチーム内に居場所がないとかそういう意味ではなく、これまでのすうぱあは文字通り、試合中にひとりだけ突出した位置取りをしていたということだ。
シューティングゲームの経験が浅すぎて、思考の速度が追いつかないナナとトーカ。
かつての経験から思考は読めても、アバターの操作技術が全く足りないリンネ。
最初からそうだった。彼女たちはすうぱあのプレイングに全くついていけないのだ。
現役のトッププレイヤーがひとりもいないHEROESにおいて、すうぱあという存在はあまりにも突出しすぎた才能だった。
真面目にプレイしていれば、それだけでチームの全員を置き去りにして孤立してしまうほどに。
だからこそすうぱあは今回、自分が孤立しないようにチームを律しながら、あえてゆっくりと試合を運んでいた。
「トーカ、スナ警戒。左タワー方向に敵です」
「えっ! 建物の中から合流します!」
「ナナ、後方は?」
「範囲内は異常な〜し」
「了解。やっぱり南が厚めか」
初動、敵影の大半がフィールドの南半分に降りていくのを目視したからこそ、HEROESは北側を選択した。
今はフィールドの中心から見て北西に位置する中規模倉庫のハイファイストレージ、通称ストレに身を潜めつつ様子を窺っていた。
敵の少ない北側に降りた最大の理由は、試合の進行速度を遅らせるためだ。
すうぱあが激戦区に降りて自分なりの動きをしてしまえばHEROESは自然とバラけて弱体化してしまうし、何よりキルペースが高まることで試合全体に焦りが生まれてしまう。
ただでさえ「リトゥが二人居る」問題で全体に混乱が蔓延っている中で下手に焦りを助長してしまえば、どんなイレギュラーが発生するかわからない。
(ボクの役目はHEROESを確実に勝たせること。この試合でポイントを取ろうと躍起になっても、逆効果になりかねない。本当はこの試合でナナにとびきりの本気を見せてあげたかったけど……それは第三試合まで保留かな)
リンネの話を聞いて、このチームにナナとすうぱあが存在することそのものがVR部門の価値であることはわかった。
だからこそ、今の自分が出せる精一杯の本気をナナに見せてあげたい。それがこの決勝戦に対する最大のモチベーションだ。
第一試合でそれができれば第二試合のナナに弾みを付けられるかなと思い気合を入れたものの、当たり前のように誤算はあった。
リトゥが二人いて、戦況が混乱させられたこと。
そして、ナナの集中状態が想像を遥かに上回っていたこと。
これらを正しく認識した瞬間、すうぱあは作戦を大きく切り替えた。
第一試合で沢山のポイントを取っておきたかったのは、何も自分のいい所を見せたかっただけではなく、二試合目でどれだけ狙撃がスカったとしても問題ないようにするためだ。
言うなればただの保険。冷静な話をするのなら、元々の予定のように第一試合だけでマージンを作ろうとする必要はない。
第一試合と第三試合の両方で……もっと言うなら、第二試合だってナナ抜きでポイントを稼いでしまえば問題はないのだ。
そう考えれば、第一試合の要求ポイントはグッと低くなる。無駄なリスクを負う必要がなくなるのだ。
第一試合で大量のポイントというのは元々自分に対して課していた目標であって、チームの目標とは少し異なる。
この試合はもはや、すうぱあがひとりでどうこうできるほど「普通」の状態ではなくなった。
で、あれば。混乱に乗じるより、もう一歩引いた視点で余裕を持って準備を整え、試合の終盤をチーム全員で乗り切る方針の方が安定する。
低ポイントで終わったとしてもそれはそれだ。この試合に過熱しすぎないことが、心の安定を生んでくれる。
(ナナはボクが提案した作戦に乗ってくれた。次の試合に彼女がどれだけの戦果を上げられるにせよ、もしくは大失敗で上げられないにせよ、それによって負けることだけは絶対に許容できない)
この状況を作り出したのは自分の過信だ。
大会という場のことを理解しきれていなかった。勝てばいいとタカをくくっていた。慢心はあったし、油断もあった。
仮に三試合終わって負けたとしても、リンネはきっとすうぱあのことを責めたりはしないだろう。
作戦立案を任せたのは自分だからと、笑顔でそう言うはずだ。そしてそれは屈辱以外の何者でもない。
だからこそすうぱあは、確実に勝利するための道を組み立てる。
勝利に華々しい活躍なんて不要だ。どれほど意地汚かろうと、ポイントで上回った方が勝つのがゲームの世界なのだから。
「スーちゃん、右の方」
「はい、わかってます。数は?」
「二人。スナじゃない」
「了解。安地が減って囲まれ気味……牽制よろです」
「あいあいさー」
ストレージの二階から窓の隙間を縫うように放たれた狙撃が、65というそこそこのダメージを叩き出すのが視界の端に映る。
牽制にしてはクリーンなヒットだった分、与えられる印象は強烈だ。当てることに期待はしていなかったけれど、当てられるに越したことはない。
「2分後に安地が縮小するまで、一旦ここで待機します。ナナは索敵と牽制を、二人は今のうちにストレ内のアイテムを拾い集めておいてください」
「すうぱあは何が欲しい?」
「ヘビーとミドルのマガジンがあればひとつずつ。あとは要らないです」
「了解よ。トーカ、手伝って」
「もう拾いながら向かってます〜!」
「流石ね」
指示を受けたリンネが、少し離れたところを未だにちょっぴりぎこちない様子で駆けていく。
このチームで一番弱いのは間違いなく彼女だけれど、それでも彼女の存在を抜きにしてHEROESは機能しない。
ナナもトーカも、リンネに対して絶大な信頼を寄せている。もちろんすうぱあを信頼していないということではないものの、そこは流石に付き合いの年季が違いすぎる。
何もしていなくても、リンネはただそこに居るだけで安心感がある。それについてはすうぱあ自身も同意だ。
救い上げてくれた恩も、導いてくれた実績も、どちらも信頼に足るものだった。
それにリンネは確かにプレイの速度ではそこらの小学生にも劣るレベルでも、思考速度だけはすうぱあと並んでいる。
すうぱあの指示をリンネがわかりやすく翻訳してくれることもしばしばだ。
更にはすうぱあをチームを引っ張る司令塔として立ててくれている以上、文句を言う理由もない。
それに、ナナの実力やトーカの成長は未知数だったとはいえ、リンネの実力に関してだけは初めからわかっていたことだ。
彼女はVRの適性に乏しい。それこそ、逆に常識外れな程に。
最初は、仮想空間では立つことさえ困難だったという。
血のにじむような努力を経ても、未だに走ったり武器を振るうことは人並以下にしかできず、精密に操作可能な範囲は無手状態の四肢に限るとか。
活躍するためにここにいる訳じゃない。リンネの存在はこのチームを繋ぐひとつのロープのようなものだ。
「スーちゃん、チョッキ割ったよ」
感覚に任せて周囲の索敵を維持しながらチームの結束について考えていると、ナナからそんな報告が飛んできた。
チョッキ割ったとは、つまり敵の防弾チョッキの耐久度を無くしたということ。どんなに硬いチョッキでも耐久度は100ダメージまでなので、スナイパーライフルであれば胴体のクリーンヒットで2回もあれば割れて、敵のHPをむき出しにできる。
「狙えますか?」
「うん」
ドンッ! という銃声。サイレンサーの付いていないライフルの発射音は周囲に大きな音を響かせる。
昨日の片手撃ちのような曲芸とは違う。スナイパーとして正しくフォームを固めて放ったナナの弾丸は、遠方で110というダメージの花を咲かせた。
「ナイスダウン。角度的に、魔弾で仕留められますか?」
「……うん、行ける」
「オーケー。ランダムに4発牽制入れてから殺して」
「はーい」
防弾チョッキ、HP、そしてダウンからデスまでの時間。プレイヤーの体力は実質的に3つのゲージで管理されている。
防弾チョッキは単なるHPゲージの増加。HPが削られてダウンすれば、プレイヤーは這って動くことしかできなくなる。
ダウン状態中に味方が10秒間復活用のアイテムを使用することで復活できるけれど、放置されればいずれは死ぬし、ダウン後に追撃を食らってもプレイヤーは死ぬ。
ナナは遠方の右方向にいたプレイヤーを的確にダウン状態に追い込んだ。這いつくばったまま射線は切ったみたいだが、ナナには必殺の弾丸がある。
そしてスナイパーライフルの威力ならもう一発入れれば死ぬが、だからといって一発で殺してはいけない。
《魔弾》は切り札。そしてそれは、狙って撃てる人間が居ないからこその技だ。
たまたま一発の弾を撃ったら上手く反射して倒せましたなんてことはありえない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、精密なスナイパーとして認識されつつあるナナであれば5発くらいはダミーを仕込むのが妥当だと判断したのだ。
案の定、ナナは5発目に綺麗に跳弾でダウン中の敵を撃ち抜き、HEROESにポイントを献上した。
「調子いいですね」
「だね。やっと目が覚めたみたい」
「寝不足だったんです?」
「あー……うん、そんなとこ」
少し不思議な言い回しに問い返すと、ナナは少し濁すような態度を取った。割となんでも真っ直ぐ伝えてくるナナにしては珍しいと思ったけれど、あえて深掘りはしなかった。
大会の前日だし、興奮や緊張で寝不足というのは珍しいことでもないのだから。
それにしても、ナナの調子がすこぶる良い。
狙撃の命中率に関して今更疑ってはいないけれど、明らかにナナの知覚範囲外であろう半径360メートル外の敵をバンバン撃ち抜いている。
口調はとても軽い。いつも通りのナナ……に比べると少し言葉少なではあるものの、違和感を覚える程ではない。
ただ、纏う雰囲気は明らかに違う。かなりの集中状態に入っているのは明白で、それにしたってただ集中しているだけとは思えない、えも言われぬ圧があった。
リンネはそんなナナを見ても何も言わなかった。強いて言うなら、そう……何かを懐かしむような視線で一瞥しただけ。
それが何を意味するのか、わかるのはきっとリンネだけだ。
(目が覚めたみたい、か)
見ている限り眠そうにはしてなかったけどな、なんて思いつつ。
「手当り次第集めてきました!」
「余り物は私が持つよ」
「すうぱあ、マガジン2セット」
「ナイスです」
倉庫内を手当たり次第に駆け回ってきたらしく、持てる限りの資材をどっさりと持ってきたトーカ。
その大半をスナイパーライフルしか使わないが故にバッグの容量に余裕があるナナに引き渡し、すうぱあもリンネに頼んでいたマガジンを補充できた。
先程の狙撃でのキルが響いたのか、右手に潜んでいたはずのもう一人が既に場を離れたのも確認できた。
「安地に追われて待ち伏せされるのも嫌だし、早めに南下します。ナナ、走りながらタワーに牽制。まだ敵居ます。リンネとトーカはボクらの右手を少し後ろから追ってきてください」
「りょーかい」
「敵は南に固まってる。前方最警戒なのを忘れないで」
手早く指示を出して、扉の前に待機する。
移動は不規則にスピーディに。あらゆるシューティングゲームの基本だ。
「5、4、3、2、1、ゴー!」
ロケットスタートを意識して、扉を出てまっすぐに駆ける。リンネがコケそうになっていたのは見えていたけど、それは無視した。
少し遅れたくらいなら、トーカと一緒に安全な右手側から進めばそうそうやられはしないだろう。
「あっ」
誰が漏らした声だったのか。
そんな、緩みかけた気持ちを戒めるかのように、リンネの頭を弾丸が貫いた。
表示されたダメージは157。そのスナイパーライフルによるヘッドショットは、防弾チョッキを砕き、HPの大半を抉りとる程の威力だった。低ランクとはいえヘルメットを装備していなければ即ダウンだったかもしれない。
弾道は真正面。左手側のタワーからではない、ナナの感覚どころかすうぱあの第六感さえも届かない、1キロ近く先にある高層マンションからの超長距離狙撃。
確かに射線は通っていた。しかしそれにしてもこの距離でヘッドショットを決めてくるとは。
「へぇ」
反撃は、すうぱあがアクションを起こすより遥かに早く、それこそリンネに弾が直撃したのとほぼ同時に行われていた。
威力が低い分、比較的連射性に優れるスナイパーライフル《リトルロッド》。立位でも容易く使用可能で、遠距離の牽制でよく使われる武器なのだが、ナナが使えばこの通り。
2秒以内に放たれた5発の弾丸は、その全てが殺意を剥き出しに敵スナイパーに襲いかかった。
狙撃後即座にその場を離脱しようとしていた優秀な敵スナイパー。まず初弾がその後頭部を貫く。
距離による威力減衰もあってか着弾の衝撃は僅かだが、それでも脳天にスナイパーライフルが当たれば流石にいくらか足は鈍る。
勢いのまま二歩進んだ先で更に1発。二度のヘッドショットは敵の防弾チョッキの耐久を削りきり、ヘルメットを破壊する。
二連続で頭が揺らされるのは流石に想定外だったか、僅かに立ち止まってしまった所を全く同じ軌道で3発目。敵はリンネ同様、瀕死も瀕死に追い込まれた。
しかし敵もトッププレイヤー。ナナの狙撃の腕が常軌を逸していることに瞬時に気付き、すぐに立て直してその場に倒れ込んで射線を切った。
なるほど確かに、射線を切られては狙撃はできない。
「相手が悪かったね」
そんな浅知恵を嘲笑うかのように、《魔弾》が全てを喰らい尽くす。
ひとつ目は窓枠を。二つ目はドアノブを。
跳弾の音さえ聞こえない。けれども二つの弾丸は確かに、敵のHPを完全に削り取った。
ダメージの表示以上に、HEROESに加算された1ポイントがそれを証明していた。
HEROES以外のチームに狙われるのを嫌って屋上からの狙撃にしなかったから、そこに道が生まれてしまった。
マンション屋内からの狙撃でなければ、屋上からの狙撃であれば、跳弾のさせようもなかった。身体を伏せられた時点できっと逃げ切られていただろう。
「戻ろ」
「うん、戻って回復を!」
「ええ!」
何に驚けばいいのか。
わずか数秒の出来事に混乱しかけた脳が、一瞬で覚醒した。
幸いハイファイストレージから出たばかりだったため、追撃の手を受けることなく安全な屋内に戻ることができた。
「ごめんなさい、油断してたわ」
「事故みたいなもんです。気にしないで。アレは流石に相手が上手かった」
「びっくりしましたね」
そうだ。1キロを超える長距離狙撃でヘッドショットなんて、並の技術でできることじゃない。
もちろん国内トップレベルのプレイヤーであればそこそこの確率で当てることもできるだろうが、流石に命中率5割は切るだろう。すうぱあでもあの距離は7割当てられるかどうかだ。
使っていたのは威力的に重火力スナイパーライフルの《ハルバードキャノン》。逃げるのが少し遅かったのは、重たい分取り回しが難しかったからだろうと予測はついた。
なんなら、少しコケかけたアレがなければヘッドショットにはなってなかったかもしれない。それくらい偶然の要素は強かった。
20秒後、リンネの体力と防弾チョッキの耐久度が回復した。
ヘルメットは壊れたままだが、防弾チョッキの耐久は万全だし、ヘルメットはどうせそこら辺で拾えるから問題は無い。
狙撃を受けてからおよそ1分。態勢を整えてから改めてハイファイストレージを抜け出した時、既に左手のタワーに感じていた敵影は姿を消していた。いつまでも篭城してはいられないということだろう。
全員無言で、安全地帯の中心部があるフィールドの南半分を目指して駆けていく。
集中力は途絶えていないが、気持ちには余裕があった。
HEROESは既に2ポイントを、ナナの狙撃で獲得している。アクシデントはあれど4人全員生き残っている。走っている間にヘルメットも拾えて、装備だって万全だ。
それでも、誰も何も言えなかったのは。
苛立ちが伝わっていたからだ。
相手が悪かった。
そう、狙った相手が悪かった。
仮に狙撃されたのがトーカやすうぱあ、あるいはナナ自身だったのなら反撃はしなかったかもしれない。
けれど、撃ち抜かれたのはリンネだ。
死んではいない。
それでも、リンネは傷ついた。
当たる前から気付いていた。
音より早い弾丸でも、目視はできていた。
けれど、このアバターでは間に合わなかった。
防御が間に合わなかったから、即座の反撃になってしまった。
別に、傷付けた敵を恨んでいる訳じゃない。
報復は既に済ませたから。
ただ単に、リンネを守れなかった自分に苛立っているだけだ。
――いい感じに沸騰してるね
(うるさいな)
不貞腐れたように言い返して、大きくひとつ深呼吸を入れる。
落ち着いて。感情的になってもいいことなんてないんだから。
試合に集中するんだ。そう自分に言い聞かせて、苛立ちを抑えこんだ。
「ごめん、ちょっと苛立ってた」
「大丈夫よ。ありがとね」
ナナが口を開いたことで、チームの空気は弛緩した。
改めて立て直すために、周囲に敵が居ないことを確認してから大きな岩場の裏に散らばった。
「さ、気を引き締めましょ。試合は始まったばかりよ」
「はい。ナナ、さっきのはナイスでした」
「あはは、ありがと」
「びっくりして見てなかったのが悔しいです」
本当に残念そうに肩を落とすトーカに、三人は思わず笑い声をこぼした。幸いにして、明るい雰囲気はすぐに戻ってきた。
試合開始から10分。
残プレイヤー数32。
混乱の中、序盤は極めてスローペースのまま試合が進んだ。
そして安全地帯の縮小を二度挟み小さくなった戦場で、試合は一気に加速する。