誰がどうして得をする
正確に言えば、試合開始の直後に全プレイヤーのマッチングを待つ、1分にも満たないごく僅かな集合時間でのことだった。
誰もが混乱していた。
それは企んだ張本人であるティルテットも、フォトンを含め企みを知っていた他のチームのメンバーたちも、そして何より企みを予期していたすうぱあでさえも。
「ぶふっ……待って……みんなして悩みすぎでしょ……!」
そんな中、ただひとり腹を抱えるほどに笑っていたのはリンネで、そんなリンネを見たトーカは少し驚いた顔をしていて。
そんなチームメイトの状況を視界に収めつつ、すうぱあはただひとり内心で首を傾げていた。
(……なん、だろう。なんのメリットがあってこんなことを?)
この決勝戦に至るまでの間に、リトゥ=すうぱあの持ちキャラ、という構図ができていたのは間違いない。
全キャラクターを平等に扱えるすうぱあとしても、最も肌に合うのは近中距離での銃撃戦に特化したリトゥだ。
本人を含め、誰もがそう認識していた。だからこそこの第一試合は何もかもがすうぱあの存在を中心に蠢いている。
12チーム中10チームがリトゥを使用しなかった。
この時点で何かしらの取り決め、あるいは通告があったのは火を見るより明らかだ。
集中的に狙うという宣言か、あるいは素直にHEROESを孤立させようという談合か。
少なくとも間違いないのは、誰かによって「リトゥを使うだけ不利になる」という認識がこの場にいる全員に植え付けられたということ。
最も優秀と言われるキャラクターがこれだけ使われていないのだから、当然観客も違和感は覚えるだろう。だが今は観客の反応などどうでもいいことだ。
(だれがどのチームのメンバーかなんて本人達にしか分からない。ボクである可能性がある限り、リトゥはそれだけで最警戒対象になる。そういう状況を作れるように準備したし、 その裏をかいて今僕はメテオライトを使ってる)
隕石の落下による広範囲の攻撃という極めて強力なアクティブアビリティを持つメテオライト。それ以外の能力は軒並み平均以下だが、その分得意も不得意も差がないキャラでもある。
低スペックでも尖った性能がないというのは、それはそれで扱いやすさに直結する。もちろん単純な銃撃戦では他のキャラクターに劣るが、メテオライトもただアビリティが強いだけでリトゥと双璧を成す人気があるわけではないのだ。
すうぱあがメテオライトを選んだ最たる理由は、そのある意味癖のない基本性能にこそあった。
(リトゥが二人いるからって、ボクが使っていない以上は問題がある訳じゃない。ただ、何がしたいのかがわからない。これじゃあむしろボクたちに有利なくらいだ)
「あー笑ったわ。混乱してるわね、すうぱあ」
「うん、まあ……はい。流石に意味がわからないです」
正確に言えば試合はまだ始まってはいない。あくまでも全プレイヤーが揃うまでの待機時間だ。
何がツボに入ったのかはわからないが、試合開始前には爆笑から帰ってこられたリンネの言葉にすうぱあは素直に頷いた。
「時間がないから細かく説明はしないわ。ただ、ひとつだけ心に留めておきなさい」
「リンネ?」
「誰もが勝つためにここに居るとは限らない。成果は要らない、結果も求めない、ただ目立つことだけに人生をかけられる馬鹿ってのも世の中には居るものよ。私たちが第二試合で無茶苦茶をやるみたいにね」
リンネの言葉を反芻する暇もなく、試合は始まろうとしていた。
「今は集中しなさい。予定が狂おうがなんだろうが、貴女のすることに変わりはないわよ」
その言葉で、意識が切り替わる。
そうだ。何があろうともすうぱあのやるべきことは変わらない。
意図を読もうと混乱していた思考は、たった一言で薄く研ぎ澄まされた。
「勝ちます」
「期待してるわよ!」
「よーし、頑張りましょー!」
僅か一分の混沌を超えて、HEROESは結束する。
絶対的なエースを支えることがこのチームの唯一の勝ち筋だからこそ、二人はすうぱあを盛り立てる。
そんな三人の様子に我関せず、ナナは静かに目を閉じていた。
(楽しみだなぁ)
より深く、より鋭く。
怪物は未だ、静かに牙を研いでいる。
☆
混乱が収まらない中、試合は始まった。
いわゆる初動は驚くほど綺麗に全員が散らばり、即座の戦闘とはならなかった。どのチームも気持ちの立て直しに時間が必要だったからこそ、逆に荒れにくいスタートになったとも言えた。
リトゥを使うと決めたチームは、当たり前だが2つあった。
ひとつはチーム《C/P》。基本的にチームシーピーと呼ばれるが、本人たちいわくCは「CRAZY」Pは「PIERROT」の意味だと言う。
実力は、高い。バトラーのように大規模大会で上位12チームに残れる程度には、国内では頭抜けた実力を持っている。
さりとてファン投票の結果はそこそこ的確であり、この12チームの中では8番目くらいなのも事実だった。
リーダーを務めるのは、今や珍しくはなくなった女性プロゲーマーであり配信者のニャルラット。
実際にサーカスのピエロをやっていたという変わり種の経歴を持つ彼女は、その経歴からか常にエンタメを重視する点でエンジョイ勢からの人気が高い。
けれども、彼女らは狂った道化師。
基本的に頭のネジが何本か飛んでいる彼女らは、決してまともな方法でのエンタメは求めない。
できる限り巫山戯た形で。
なるべく他人を混乱させて。
状況を乱して、混沌とした空間を作り出す。
「なんせ私はニャルラット。混沌がないと這いよれないでしょう?」
なんて嘯いてはみたものの。
彼女はティルテットの提案を潰した時の、彼の反応が見たかっただけ。
結果それが面白い方に向かいそうだったから、チームメイトも乗り気で参加してくれた。
「だけどニャルっち、うちらだけじゃないのはマイナスポインツじゃね?」
「気に入らないことにね」
チームメイトからの言葉に、ニャルラットは不満げに頷いた。
本来ならば自分たちだけがリトゥを使うことでティルテットの鼻を明かすついでに目立ってやれるはずだったのに。
リトゥを使ったチームはもうひとつ存在した。
「……まぁ、ニャル辺りがそんな感じで愚痴ってんだろうなぁ」
チーム《天上天下》、リーダー・軽業ゆーた。
チーム戦でありながら全員が常にソロプレイを行うという極めて稀な戦術を好むチームであり、それ故にコアな人気を誇るチームのエースプレイヤーはそう呟いた。
ゆーたはニャルラットという女にとある大会で屈辱的な方法で嵌め殺された経験があり、その時彼女のやり方を調べ尽くした過去があった。
だからこそティルテットからのメッセージを見た瞬間に、ニャルラットがリトゥを使おうとするのは読み通りの流れだった。
アレはずる賢い女だ。すうぱあを嵌めたっていいのにそうしなかったのは、それが出来ないと分かっているからだろう。
だからニャルラットはティルテットの方を裏切った。たとえそれがすうぱあを利することになるとしても、誰かは必ず表情を歪ませることになるからだ。
そしてもうひとつ。
これはフォトンについですうぱあに殺された回数が多い彼だからこそ辿り着いた、同じ結論。
すなわち、ティルテットの提案はすうぱあにバレているだろうという逆方向の信頼。
すうぱあはまず間違いなく第一試合でリトゥを使わないだろう。
だからこそ、ゆーたはリトゥの使用を決断した。
正確にはリトゥを使っているのは彼ではなく、味方プレイヤーのひとり。ゆーた自身は素直にメテオライトを使っている。
もちろん、狙われやすいというのは覚悟の上でそうすることを選んでいた。
(リトゥがすうぱあじゃ無いのはほぼ確実だ。少なくとも僕らと、フォトンさんたちは見抜いてるかな。Vやねんのマスターも……いや、もうここまで来ると誰が気付いてるかとかは関係ないね)
実はあのリトゥがニャルラットではなくすうぱあでした、なんて可能性も否定はできないが、それは無いだろうと思える理由もあった。
それは、すうぱあの基本的なプレイングが脳筋だということを知っているからだ。
全盛期のリンネは、全てのプレイヤーを己の術中に嵌めて全力を出させずに殺すことに長けていた。そういう、技術に限界を感じ策略を武器にするプレイヤーは少なくない。
対してすうぱあはそもそもがそういうタイプではなく、基本的にどんな場面でも相手を正面から叩き潰す脳筋だ。
相手の策略を読んで絶対的な不利を回避する程度のことはしてくるが、その上で裏の裏を読むような駆け引きをするタイプではなかった。
そして《天上天下》としてあえてリトゥを使う理由は、それが明確な囮になるからだ。
彼らは常にソロで戦う。故に、チームとしてのテンプレートとして囮作戦があるのだ。
チョウチンアンコウの疑似餌の如く、チームでひとりだけあえて狙われやすいようなプレイをする。
そうして引き寄せられてきた敵を、奇襲で討ち取るという訳だ。
天上天下などと大仰に名乗っておきながら、さながら忍者や暗殺者のような立ち回り。
それでも彼らは確かに、その戦術で勝利を積み重ねてきた精鋭である。
「できればすうぱあを殺して英雄になりたいもんだけど」
それができたら苦労しないよと、ゆーたはひとり心の中で苦笑していた。
活動報告の方に今月の予定などをアップしました!
コミックス第三巻の方もよろしくお願いします!