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始まる決勝戦

「勝つためならなんだってやるさ。なんだってバレなきゃ罪にはならない」


 歯を食いしばりながら、苦し紛れに誰かが言った。


「なーんか気に食わねぇのはさ。誰も彼もが縮こまってるところだよなぁ」


 ステージ上のインタビューで、自信満々に誰かが言った。


「別に勝たなくたっていいんだよ。一位でなくとも、それで先に進めるんだから」


 ルールブックを燃やしながら、余裕を持って誰かが言った。


「頼むから今日は頑張ってくれよな〜! せっかく高い焼肉に連れてってやったんだから!」


 昨晩より幾分軽くなった財布を持って、半泣きの誰かが言った。


魑魅魍魎ちみもうりょう共の殴り合いを想定してたのに、まさかの鬼退治になるなんてにゃ〜。きびだんご貰っちったからやるけどさ〜」


 届いたメッセージに返事を出して、ため息混じりに誰かが言った。


「ここまでくると逆に吹っ切れるってもんさ。伝説に胸を借りにいこーか」


 長い髪をひとつに束ねて、涼し気な顔で誰かが言った。


「協力しても楽しいけれど、裏切っちゃうのもそれはそれで。うふふ、彼の顔が悔しげに歪むところをカメラに映したいですわねぇ」


 一枚の写真を手にして、舌なめずりをしながら誰かが言った。


「今どきはゲーマーも顔採用感あるよな……やっぱり。醜男(ぶおとこ)だらけの方が安心できるんだけどな」


 キョロキョロと辺りを見渡しながら、肩を落として誰かが言った。


「ついにこの時が来たんだ。俺たちの努力を無にし続けてきたアイツに目にものを見せてやる時が!」


 力強い熱を瞳に浮かべて、燃える心で誰かが言った。


「全体的に暑苦しいんだよね……eスポーツだってのにクールじゃないんだ」


 大袈裟なくらいの白衣を纏って、辟易とした表情の誰かが言った。


「負けを前提に戦うなど言語道断。我等『友情永久不滅隊』こそが彼の者に引導を渡してやらねばならぬ」


 やり過ぎなくらい剛毅に振る舞い、役になりきりながら誰かが言った。


「さて、ちゃんと見ていてくださいね。ボクの次はキミの番なんですから」


 最凶最悪の肩書きを背負って、まるで挑発するように誰かが言った。


 決勝の火蓋は切られた。

 各々が思惑を抱いて、12のチームがぶつかり合う。

 




 決勝戦の直前、チームメイトが続々とログインしていく中、男はひとり思案していた。

 チーム『冬秋夏春とうしゅうかしゅん』のエース・フォトン。

 少なくとも、ゼロウォーズVRの国内競技シーンに目を通したことがある者であれば、その名を知らない者はいない程度には有名な男。

 個人としては間違いなく国内トップクラスの実力者。すうぱあには及ばずとも、五指に数えられるのは間違いない。

 それは彼がこの大会の参加者の中で、ランクマッチにおいて最もすうぱあに敗北しているプレイヤーであることを意味していた。


(現状を正確に把握できてるやつなんてほとんど居ない。この決勝の参加者なんて、すうぱあと直接戦ったことがないやつが半分以上なんだからな)


 レーティング制のランクマッチの頂点に君臨していたすうぱあは、戦いを挑むだけでそれなりの実力が求められる存在だった。

 1試合に96人が参加できる仕様上、上位プレイヤーが都合よく同じタイミングに当たることはない。時間帯にもよるものの、単純にすうぱあとマッチング可能な順位は上位3万位と言ったところだ。

 だが、それでも順位が高いほど当たりやすいのも事実。すうぱあが暴れ回っていた1年間で平均してランキングの100位以内をキープしていたフォトンは、それだけ多くのマッチングを経験している。

 その彼には、ひとつの確信があった。


(チーム戦でアレを倒せるビジョンは俺には無い)


 第一に、このフィールドで共通の認識は、すうぱあをどうにかして止めなければならないということ。

 このただ一点においてだけは、HEROESを含めて12チームの48人が全く同じ考えを持っている。

 止める、というのは必ずしも殺さなければならない訳ではなく、要するにすうぱあにキルを稼がれないようにすることだ。

 わずか三試合。いや、止めることが叶わないならたった二試合で、あるいは一試合で全ての趨勢が決まってしまうほど、すうぱあという個の存在感は大きい。


 すうぱあは強い。あまりにも理不尽な程に強い。同じステータスのアバターで戦っているとは思えないほど、突き抜けた強さを持っている。

 動作の精密さ。射撃の精度。視野の広さ。判断の早さ。そして何より、360度全方位で絶対に先制攻撃を許さない索敵能力の高さ。

 それらの全てを以て、すうぱあというプレイヤーは最凶最悪と呼ばれるようになった。


 ここまでは、すうぱあのことを少し調べれば誰だってわかることだ。プレイ時に彼女が何を考えてるのかなどの詳細はわからないにしろ、明らかに狂った強さがあるということだけは誰にだってわかるし、それ以上に知るべきことはない。

 遠近中距離の全てで弱点はない。それだけが全てだ。

 だからこそ知るべきことは、すうぱあがどうやって負けてきたのかの歴史の方だった。


 すうぱあを名乗り始めてからであっても、勝率は100%ではない。彼女とて膨大な試合数を重ねる中で何度も敗北を喫している。

 一対一(タイマン)の敗北は無い。少なくとも、記録上存在しないのでこれは論外だ。

 二対一では僅かに一件の動画が残っているものの、これもたまたまランクマッチで当時のランキング2位と4位だったプレイヤーがその場限りで無言の協力を行ったことで成り立った奇跡。

 世界最高峰(そのレベル)がこの場にいない以上、不可能と見ていいだろう。


 最低3人から。現実的なラインで言えば、同時に5人以上はいないと話にならない。

 つまりすうぱあひとりに対して、少なくともチーム4人が同時に当たれる状況を作る必要がある。


 当然そのためにはすうぱあの孤立が必要だ。HEROESを壊滅させた上で臨むか、すうぱあの単独行動を引き出す必要がある。

 何よりも大前提として「このフィールド上に散らばる44人の敵の中で、どれがすうぱあなのか」を確定させる必要がある。


(無理なんだ。そんなことできっこない。仮に()()()が水面下で提案してたチーミング案を採用したとしても、できるのはギリギリで『リトゥ』を使わないところまで。仮にすうぱあひとりがリトゥを使うって状況に追い込めたとしても、俺たちにその中身を知る方法はないんだ。そんでもしそのリトゥがすうぱあ以外のやつだったら、ソイツに時間を割いた時点で詰みだ)


 数時間前、チーム『銀色天道虫』のリーダー・ティルテットからダイレクトメッセージで送られてきた極秘の提案。

 それは第一試合に限ってはすうぱあが使うであろうキャラを使用せず、炙り出しを行おうというものだった。

 それに関してフォトンが思ったのは「大馬鹿野郎だな」と、ただそれだけだった。


 ティルテットはアマチュアであるが故に、プロほど背負っているものはない。ただ、頭が悪い訳でもないから、この不正提案がわずかでも外に漏れればプレイヤーとして破滅するということが理解できていない訳でもない。

 破滅を覚悟で、それでもなお苦渋の決断として送ってきたのがこのチーミング提案なのはフォトンもわかっている。

 そして、そうしたくなる気持ちも十分に理解できる。

 提案の内容だって、たまたま全チームの思惑が一致したで押し通せる程度のものだ。それなりに頭を悩ませたのであろうことはよくわかる。

 すうぱあという存在はそれだけトラウマであり、絶望の象徴なのだ。


 その上でフォトンがティルテットを馬鹿野郎だと思うのには理由があった。


(いくら何でもすうぱあのことを舐め過ぎだ。こんなしょうもないチーミング、初めから見抜かれてるに決まってるだろうが)


 そう。

 すうぱあがただ技術に優れたプレイヤーだったのなら、ここまで破滅的な大記録を残したりはしていない。

 チーターですら敵わないと言われる所以は、自身に向けられた悪意や敵意を理解しその上であらゆる敵を打ち砕いてきたことにある。


 これまで大会に一切参加してこなかったすうぱあが、今回バトラーに参加した理由なんかフォトンには知る由もない。

 それでも、大会に参加することで己に向けられる視線に関しては誰よりも理解できているのがすうぱあというプレイヤーなのだと、この場にいる誰よりも知っている。


「つって、アイツに視線が向いてんのはありがてぇな」


 HEROESの登場で存在感こそ薄れたが、冬秋夏春は強いチームだ。

 チーム全員の総合力で言えば、すうぱあを擁するHEROESよりも高いと言える。それは主に初心者であるリンネやトーカ、ナナが平均値を落としているからだが、それにしても前段階では優勝候補筆頭と言われていた程度には強いチームなのだ。


(つまり、ある意味じゃ俺らはすうぱあに助けられてる)


 確かにすうぱあは絶対的な存在感を有しているが、だからこそ()()()()()()()()()()冬秋夏春は警戒網の外に出られた。

 それは間違いなく、冬秋夏春にとっては僥倖だった。

 何しろ一番に狙われるチームであるかないかで、取れる戦術の幅は大きく広がるからだ。

 具体的には、漁夫の利が取りやすくなる。

 誰かに視線が集まるということは、無防備な死角も増えるということだからだ。


(本音を言えば情けねぇとは思うが……ま、雇われの俺にとっちゃ実績が何より大事だからな)


 冬秋夏春はアマチュアプレイヤーではない。

 敗北が許されないわけではないが、実績を残せなければその分評価は下がっていく。

 他のチームがすうぱあの封じ込めをしてくれるなら大いに結構だ。

 大会はあくまでもポイント制。漁夫の利だろうとなんだろうと、ポイントさえ取ってしまえば最後まで生存していなくとも1位を取ることはできるのだから。


(絶対に勝つ)


 覚悟を決めて戦場へとログインする。

 決勝戦の開幕は、それから約5分後のことだった。





 経験者として、チーミングの首謀者となったティルテットに内心苦言を呈していたフォトンだが。

 彼にもまた、初めからいくつかの誤算があった。


 とりわけ致命的なミスが2つ。

 ひとつは、彼が知っているすうぱあもまた最新の彼女の姿ではないこと。12ヶ月連続でのランキング1位を取ってからしばらく、ほとんど姿を見せなかった間の成長は考慮に入っていなかった。

 そして二つ目は、バトラーという「お祭り大会」に参加するプレイヤーには、場を掻き乱すことしか考えていないそれなりに性格タチの悪い輩が存在していることを失念したことだった。

 その現実が、フォトンのみならず試合全体を混乱に陥れる。



 リトゥが、()()居る。

 試合開始直後、有り得ないはずの状況がそこにはあった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の一言のやつ。あぁいうの好きです。 [一言] すうぱあという最凶最悪が分身したのか!?() 冗談はさておき、本来真っ先に警戒すべきナナに見せかけてのトーカちゃんが恐ろしい程ノーマークで…
2022/06/02 16:53 しおりすぐ無くす読書好き
[一言] ようやく来たか、超遠距離狙撃 クレーバーな射撃を期待しているぜ
[一言] 冒頭部分を省略したのが、名前も解らない強敵達って感じで逆に良い味になってる。
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