合縁奇縁と投擲と
シューヤさんを待つこと1分少々。
彼が連れてきたのは、彼よりもはるかに身長の高い女性プレイヤーだった。
訝しげな表情で現れたと思うと、私の顔を見てぱぁっと表情を綻ばせた彼女の仕草に、私はなんとなく彼女の正体がわかったような気がした。
「ナナ姉様!」
「はいストップ。プレイヤーネームは?」
「トーカです!」
「ネチケットぉー……うん、やっぱりトーカちゃんだったね」
今にも飛びついてきそうな女性プレイヤーは、案の定トーカちゃんだった。
今朝も思ったけど、本当に身長が高い。一応アバターの身長は自由に変えられるんだけど、余程VR慣れしていない限りまずバランスが保てないから、プレイヤーはリアルの身長をそのまま使っていることがほとんどだ。
だから、トーカちゃんくらい平均からかけ離れた身長をしてればそれは立派な特徴になる。
それでも顔立ちは結構変えているようで、特にリアルでの金髪碧眼が黒髪赤目という特徴的なものに変わっていた。
種族は……普通の人族だろうか。
『だれ』
『かわいい』
『黒髪ロングだぁ』
『背ぇたっか!』
「あ、この子が午後から一緒にプレイするトーカちゃん。かわいいでしょ〜」
「かわっ……! んんっ、トーカです。よろしくお願いしますね」
清楚な雰囲気漂う女の子の登場に、コメント欄が賑わっていく。
その中にはトーカちゃんの事を知ってるようなコメントもあって、そう言えば彼女も配信をやっていたんだったなというのを思い出した。
「やっぱり君がトーカちゃんの探してた人だったんすね」
合っててよかったと言いながら、シューヤさんは茶屋の椅子に腰掛けた。
私の方こそ、シューヤさんとトーカちゃんが知り合いだったことにびっくりなんだけど。
「彼は道案内兼護衛として雇ったんです。恥ずかしながら、私は方向音痴なので……」
「そっかー。こういうのを合縁奇縁とか言うのかなぁ」
「そっすね。ま、とにかく会えたみたいで何よりっす」
余程気を抜いているのか、彼は欠伸をしながらそう言った。
仮にもダンジョンをひとつ踏破してきたとは思えない程にリラックスしたその姿は、多少なりとも疲れが見えるトーカちゃんに比べると明らかに余裕が見て取れた。
「で、どうします? 一応デュアリスまでは付いてくって話だったっすけど」
「姉様がよければ、私としては姉様に一緒に来て欲しいです……」
身長差があるので昔のように服の裾を掴んで……とは行かないものの、控えめにお願いしてくるトーカちゃん。
私としても別に断る理由はないので、快く承諾した。
「私はいいよ?」
「んじゃ決まりっすね。僕の仕事はここまでってことで」
大して休めてもいないだろうに、シューヤさんはぴょんと立ち上がって体を伸ばす。
後ろ手に軽く手を振りながら再び森の方へと歩いていくシューヤさんは、なにかを思い立ったのか立ち止まり、振り向いて一言だけ残していった。
「あぁ、そうだスクナちゃん。気が向いたら《円卓》の本部に来てくれっす。次会う時は、本気で歓迎するっすよ」
☆
「クラン《円卓の騎士》は、剣士プレイヤーしか入団できない攻略クランです。クラン内で月一回入れ替え戦を行って、勝率が高いプレイヤーが《円卓》として選ばれます。その数はリーダーを除いて11人で、シューヤさんは3位の実力者なんです」
デュアリスに帰る道すがら、私はシューヤさんが言っていた《円卓》とやらの意味をトーカちゃんから聞いていた。
「ふーん……道理で余裕があったわけだね。あれ、でも元ネタの円卓の騎士って剣士以外もいたよね?」
「あはは、そこはそういうものだとしか言えませんね。大事なのは雰囲気ですよ」
「それもそっか」
ちょっと気になったことを聞いてはみたものの、私も円卓の騎士が出てくるという元ネタに詳しいわけではないので、藪をつつくのはやめにした。
「でも、話を聞く限りそこそこ有名なプレイヤーっぽいね」
「あ、それはないですよ。あの人は確かに強いんですけどいつもフラフラと旅をしているので、知名度は低いんです」
「そういえば初めて会った時もデュアリスにいたよ。私のリスナーが彼を知らなかったのはそういうことかぁ」
「ですです。……あ、スク姉様、右前方の岩陰です」
「ほーい。こんなもんか……なっと!」
トーカちゃんの指し示す岩を確認した私は、使い慣れてきた分銅を空高く放り投げた。
高い山を描くように飛んで行った分銅は、そのまま岩陰に隠れた何かに衝突し、私の元には今の戦闘……と言うよりは狙撃? のリザルトが届いた。
「姉様の投擲、昔から衰え知らずですよね」
「そう?」
「はい、むしろ磨きがかかってるというか、これこそスク姉様というか!」
「そ、そっか」
キラキラとした瞳で私を見てくるトーカちゃんの圧力に押されつつ、何かしらを粉砕してそのまま地に埋まった分銅を拾っておく。
トーカちゃんはああ言うけど、動かない的に当てるだけなら極端に難しいって訳でもないと思う。
ゴールがそこにあるんだから、どんな形であれそこに当たるような軌道で投げればいいのだ。
その軌道が直線だろうと曲線だろうと、着弾までの時間が変わるだけだからね。
「いつ聞いてもその考え方はおかしいと思います」
「そ、そんな真顔で言わなくても……」
『いや、おかしい』
『おかしい』
『間違ってはないけど実践できにゃい』
『当たるという事象が先にあるみたいなこと言ってるぞこの鬼娘』
トーカちゃんが言い出した話題なのに、予想外に全方面から非難が飛んでくる。
「い、いやでも動かない的限定の話であって、動く相手とかには当たらない事も偶にあるし……」
「たまに」
『たまに』
『たまにかぁ……』
『たまに』
『あえて偶にって言葉を挟む辺り外した記憶がほとんどない説』
そんなことないよ! 100回に1回くらいは外れるもん!
……うん、偶にだな!
「ちなみに私はリン姉様に煽られたスク姉様が、バスケットボールを反対のゴールから10連続決めてるところ見た事がありますよ」
『じゅうれんぞく』
『超次元バスケットボールにありがち』
『バヌケ』
『モノホンの鬼かな?』
『VRでもムリです』
「ごふっ」
頑張って弁明しようと試みたものの、まさかの裏切りにより私の言い訳は殺された。
私のリスナーからのコメントが突き刺さるんですけど。
ちなみにトーカちゃんが言ったのは中学1年の頃の話で、運動不足を解消するために私設の体育施設を作ってみたというリンちゃんに乗せられてやったやつだ。
なおリンちゃんは3日で運動を挫折して、しばらくしてから体育館は民間に開放されていたと思う。
「さ、さー気を取り直して行こかー」
「うふふ、それもそうですね」
あからさまな話題転換だったけど、トーカちゃんはこれ以上私をつつくことなく付いてきてくれた。
デュアリスまでの道中も半ばを過ぎて、ここまで消耗らしい消耗もしていない。
行き以上に安定して進めている理由は、偏にトーカちゃんのスキル構成にあった。
「それにしても、トーカちゃんの索敵範囲って広いよねぇ」
「そうですね、私はほぼサポート特化にしてますから、戦闘特化のスク姉様に比べると《探知》スキルの範囲は広いんだと思います」
そう、トーカちゃんのスキル構成は相当特殊で、なんと攻撃用のスキルを持っていないらしい。
詳しい構成はまだ聞いていないけれど、基本的にはヒーラー型のスキル構成にしているとか。
それに加えて索敵系のスキルを持ち、サポートに徹するというスタイルなのだそうだ。
必要な時にしか使わない私のと違ってトーカちゃんは常に索敵役を担っているそうだから、熟練度には大きな開きがあるのだろう。
敵の多くが潜伏しているこのフィールドでは、私の索敵に引っかかるよりも遥かに早く、トーカちゃんが敵を見つけてくれるシーンが多発していた。
「でも、結局私は一人では何もできませんから」
そう言ったトーカちゃんは、言葉とは裏腹に卑屈さなど全く感じさせない力強い瞳を浮かべていた。
サポーターとしての自信。あるいは楽しみ。レベルはまだ高くなくとも、プレイスタイルに後悔などないという強い意志を感じられる。
そんな姿を見て、小さい頃の弱々しくて甘えん坊だったトーカちゃんの事しか知らない私は、少しだけグッとくるものがあったりした。
と、そんなやり取りをしながらデュアリスへと向かっていると、ピロンという電子音と共にメールの着信を知らせるメッセージが現れた。
差出人は『子猫丸』。これはつまり、そういうことなのだろう。
「トーカちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「午後なんだけど、一緒に探索に行く前にひとつ用事が入りそうなんだ。付き合ってもらっちゃっていいかな?」
「もちろんです」
「ありがと。退屈はさせないと思うからさ」
トーカちゃんに許可をとり、子猫丸さんからのメールに素早く返事を飛ばした。
明日以降になると思っていたけど、本当に仕事が早い。
デュアリスへ向かう道で。
抑えられない胸のドキドキを鎮めるように、私はパワー3割増しでモンスターを撲殺していくのだった。