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再会と変化

息抜き回。リンネ編はあと3話で終わる予定です。

 WGCSで負けてこれから先の方針を立てて、これから対戦するであろうeスポーツプレイヤーの情報を片っ端から集めだした真夏のある日。

 私は久しぶりにナナと直接会うことにした。


 頭痛も今日ばかりはナリを潜めているおかげで、身体中の重りが外れたような気分。

 あの子に会えるというだけでここまで気持ちが上向くなんて、我ながら恥ずかしいくらい素直だった。



 ナナは愛香さんに引き取られた後、すぐにひとり暮らしを始めていた。愛香さんから相談を受けたからそのことについては知っている。

 小さい子供に囲まれた生活が、うっかり怪我させてしまいそうで怖かったのかもしれないし、突然あの家に入り込んでしまった自分が異物のように感じたのかもしれない。

 ひとり暮らしを始める直前にもう一度一緒に暮らさないかと声をかけた時に、案の定断られたのはちょっと悲しかったけれど。

 それでも連絡はちょくちょく取り合ってはいたのだ。

 一度は拒絶されたけれど、お互い嫌いになった訳でもないのだから。


 ただ、ナナは基本的に全くと言っていいほど連絡がつかない。

 せっかくスマホを渡しているのに、人類の中であれほどインターネットに興味がない存在も珍しいだろうと思うほどに使わない。

 どうもあの子はスマホというアイテムを時計かなにかと勘違いしている節がある。

 電源が切れていることなんて日常茶飯事だし、持ち運びはしているみたいだけど通知なんて見やしないのだ。

 だからあの子に連絡をつけるのは昔からなかなか大変だったんだけど、一人暮らしを始めてからは尚のこと繋がらなくなった。


 半年間マメに連絡して、初めて連絡がついたくらいなんだから。

 でも、何度言っても改善しないあたり、もうどうしようも無い性質みたいなものなのだと割り切っている。遅刻魔みたいなものだ。





 初デートかというくらいドキドキしながら向かった待ち合わせ場所の駅前で、ぼんやりと立っていたあの子が着ている服は、お別れする少し前に私が選んであげたもので。

 なんとなく想像していたことだけど、あの子はただぼんやり立っているだけなのにこの場の誰よりも目立っていた。

 明らかに服装がおかしいのだ。

 真夏の炎天下だというのに真冬のように服を着込んでいて、だというのに汗のひとつもかかずに平然としていた。

 ここは駅前。真夏の往来であんな格好をしていたら、そりゃ目立つに決まってるでしょう。


 砂漠の暑さだろうと汗はかかないし、南極の寒さだろうと身震いしない。そんな無敵の温度耐性を持つナナは、服装の季節感というものを全く意識しない。

 そして、何故か本人は気づいていないけれど、私に指摘されない限り同じ季節の洋服をローテーションし続ける癖がある。

 なぜ今日冬服を着ているのかと言えば、最後に服装について話していたのがあの事故の前だったから。

 ナナの中では季節感覚が冬のまま止まっているから、ずっと冬服のまま今日まで過ごしていたわけだ。

 そういう所は何にも変わってない。

 そんなしょうもないことから、根っこの部分は変わっていないんだと実感できた。


「ナナ、お待たせ」


「リンちゃん!」


「っ……!?」


 ぱぁっと。

 そんな花が咲いたような笑顔を向けられて、私は思わず言葉に詰まった。


(え? これがナナ? 嘘でしょ?)


 焼き切れそうなほど絶賛フル稼働中で、13歳の頃からもう3年以上も頭痛を訴え続けていた脳みそが、ここに来て初めて完全にフリーズした。


 いや、確かにこの、声をかけられたら嬉しそうにこちらに振り返る素振りは、私の知っているナナと一致する。

 でも、普段はもっとぎこちなくて、それこそ付き合いの長い私だからこそ理解できるような微笑みだった。

 それが、こんなに自然で可愛い……眩しい笑顔を向けられたのは初めての経験だったから、思わず思考を止めてしまった。


「わっ……なになにリンちゃん、いきなり抱き締めたりして」


「いいでしょ! ……久しぶりなんだから」


 ぎゅっと抱き締めると、びっくりしたような表情を浮かべた。でも、少しだけ嬉しそうなのは昔のまま変わらない。


「あはは。うん、久しぶり。だいぶ痩せたね、ちゃんとご飯食べられてる?」


「最近忙しくてね。ナナは太った? 少しお肉がついた気がするわ」


「うーん、お肉は付いたかな? 土木作業だとこれくらいがちょうどいいのかも」


 ナナを抱きしめたまま、下らない内容の会話を交わす。

 この子とスムーズな会話が成り立っているということ。

 これがどれだけ衝撃的なことなのか、身内にしか伝わらないのがもどかしい。

 燈火だったら感動で泣いてしまうかもしれない。


「それで、今日は何するの?」


「ナナは何がしたい?」


「私はリンちゃんと一緒ならなんでもいいよ」


「もう、それじゃなんにも決まらないでしょ。そういうとこは変わらないんだから」


 主体性のなさは相変わらず。でも、ナナが本当に私と一緒にいられればいいと思っているのも確かだ。

 こういう我欲の無さが、この子の持つ最大の欠点であり魅力でもある。


「とりあえず服を買いましょうか。真夏に真冬用の服なんか着てるから死ぬほど目立ってるし」


「あ〜、どーりで視線が集まるなぁと思ってたんだ〜。そういえばもう夏なんだねぇ」


 気温の変化自体は感じ取れる癖に気にも止めない。ナナが生物としてどれだけハズれた存在なのかなんて今更言ってもしょうがないけど、周りと自分の格好を比較しないその無関心さには呆れてしまう。

 昔のように、露骨に周囲に興味が無いぼんやりとしたナナであれば、その無関心さも納得が先に立っていた。ああ、こういうぼーっとした子なんだなと。

 でも、表情豊かで感情を表に出せるようになった今のナナがそれをやってしまうと、びっくりするくらいズレを感じる。

 歪さ、という意味では間違いなく今の方が歪だった。


「その季節感のなさ、職場の人は何も言ってくれないの?」


「現場には現場用の服で出勤してるから、私服着たのも久しぶりだよ。若いからって皆良くしてくれるけど、遊んだりはしないしね」


「そんなものかしら」


 変わったところも目に付くけど、変わっていないところの方が強く感じる。

 やっぱり根本的には昔のまんまで変わっていない。この半年で社交性だけは身についたようだけれど、価値観そのものは事故前と大差ないようだった。

 その事に、無性に安心感を覚えてしまう。


 結局私はナナが大好きで、そしてナナに大好きで居てもらいたいのだ。

 才能や能力なんて関係ない。

 ただ一緒に過ごすだけで幸せを感じられるナナだからこそ、一番好きだって思っていて欲しい。

 そんな卑しい独占欲で満たされる自分が確かにいる。


「さ、行きましょ。とりあえず最低でも5着は身繕わないと」


「そんなに要らなくない?」


「要るの! 部屋をパンパンにするくらい買い込んでやるんだから」


「なんでそんなに張り切ってるの〜」


 グイグイと引っ張ってやれば、ナナは今まで見た事がないような辟易とした表情を浮かべていた。

 昔からそうだ。気温差の影響を受けないナナにとって、衣服とはそもそも無用の長物。見た目を着飾る趣味もない。羞恥心もほぼ皆無だから、往来を裸で歩いていてもなんら恥ずかしがりはしないはずだ。

 ゲームのように着たらステータスが上がるとかならともかく、そんな都合のいいアイテムは現代になっても存在しない訳で。

 つまるところこの子にとって、衣服とはただただ邪魔な布以外の何物でもないのだ。

 小さい頃からこれだけは嫌がっていた。服を買いに行くのを嫌がる子供だったのだ。


 それでも抵抗しないのは、本心から嫌がってるわけじゃないからだ。なんだかんだで付き合ってくれるのがナナのいい所だから。

 でも、2時間近く着せ替えて遊んじゃったのは、ちょっとやりすぎたかもしれない。

 回り回って夏に合わない赤地の長袖猫耳パーカーを着たままぐったりしているナナを見て、私は少しだけ反省した。





「じゃあ、またね。次はいつになるかわからないけど……」


「あはははっ」


「笑って誤魔化さないの! もう少し連絡がつくようにしてよね」


「はっはっは、もちろん努力はしますとも」


「どーだか」


 一日中、他愛もないデートを楽しんで。

 真面目に話していると別れ際に泣いちゃいそうだったから、軽口を交わして別れようとした時に、不意にナナが私のことを抱き竦めた。


「頑張ってね。応援してるから」


 ナナはそう言って、私の反応を待たないままにスルスルと雑踏を抜けていってしまった。


 今日のデート中私は一度だってWGCSの話はしていない。当たり前だけど、頭痛のことも。

 今更心配をかけたくなかったのもあるし、ナナに頼りたくなかったのもある。

 だから伝えたのはせいぜい一人暮らしをしていることくらいなのに、どうやら隠しきれてはいなかったらしい。


「ホントに……そういうところがずるいのよ」


 ダメだ。

 顔が真っ赤になる。

 ナナの方から抱きついてくることなんて滅多にないのに。しかも半年ぶりに会ってのこれだからたまらない。

 自分から抱き締めるのはあんなに簡単なのに、どうして自分がされるとこんなにドキドキしてしまうのか。


「この先1年は戦える気がするわ」


 鼓動が高鳴るなんていつぶりの経験だろう。

 WGCSに挑み始めて半年以上、ナナ成分をたっぷりと補給できた私はその日、いつになく心地よい睡眠を摂ることが出来たのだった。

リンネはこうやってエネルギー補給してしたんだよというお話。リンネは自分で思ってる100倍くらいナナにドキドキしながら生きてます。


ちなみにナナがパッと見だけは社交的になった理由のひとつに、人付き合いの師匠がいたりします。

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― 新着の感想 ―
もしかしてちょくちょくフリーズするおかげで脳が休まっていたのでは
[良い点] てぇてぇ。 [一言] こうやって定期的にナナニウムを補給してたんですね。
[一言] 甘すぎて飲んでたお茶が甘い…
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