魔の森へと続く道
そもそも。
フレンドですらない、メールも送ったことがない全くの他人に無理やりアイテムを譲渡することは出来るのか。
その答えは「不可能」だ。このゲームにおけるアイテムの譲渡は、契約によって強制される場合を除いては双方の合意によって成立することになっている。
これはそんなに難しい話じゃなくて、「○○さんから□□というアイテムを受け取りますか?」「YES or NO」というやり取りを経て初めて成り立つってこと。
だから、本来ならあんな風に押し付けられるようにしてアイテムを譲り受けることはできない、のだけど。
ちょっとした抜け道を使えば、この分銅くらいのアイテムならば物理的に受け渡す方法はあったりするみたい。
それは、アイテムの所有権を放棄すること。
あのはるるというプレイヤーは、一度完全に自分のものではなくなったアイテムを拾って渡しただけ。
つまり今この分銅は、そこら辺に落ちている石ころと同じ扱いなのだ。
現に今、私の前には「《分銅【小】》をインベントリに収納しますか?」というシステムアナウンスが出ている。
結局のところ、最終的には私が受け取るっていうアクションを起こさない限りはこれは未所有の武器でしかなく、放置すれば耐久消費でいずれは消滅するか、誰かに拾われるだけだろう。
それはそれでもったいない気がして、悩んだ末にYESを押せば、ポケットの中に入っていた分銅はインベントリへと移る。
これで、今の分銅が完全な野良アイテムであったことが証明されてしまった。
「なんだったんだろうね……」
『幼女に押し負けてて笑う』
『それ寸銅?』
『↑それは鍋』
『幼女の体型としては間違ってないのでは』
『分銅だろ……』
「ま、貰ったものは使ってみればいいか。そろそろ身体が疼いてるんでフィールド行こう」
ほとんどは自分の好奇心のせいとはいえ、露天通りを眺めるのに想像以上に時間を使ってしまった。
怯えを孕んだコメント欄の反応に苦笑しつつ、私は少し早足で北門をくぐるのだった。
☆
始まりの街では南門側が最難関のフィールドとして君臨していたものの、行き止まりのないこの街では素直に北が一番の難関となっている。
第3の街へと続くダンジョン、魔の森。 その前座として待ち構える草原は、私の想像を遥かに超える悪路だった。
まず、ススキみたいな背の高い草が所々にあって、その上足元に落とし穴……というよりは塹壕的な隠れ場が掘られていたりする。
草の陰に隠れたモンスターを警戒していたら足元の穴に引っかかったりだとか、足元に気をつけてたら隠れていたモンスターに気づかなかったとか。
結構な頻度で大きめの石が落ちてたりだとか。
要は常にモンスターに隠密ボーナスがついてるような、なかなかにいやらしいフィールドだった。
「ギャアッ」
「よっと。うーん、悪路メインなせいか敵のレベルがいまいちだなぁ」
不意打ちのつもりか後ろから狙いに来たゴブリンの頭蓋を金棒でたたき割ると、HPが尽きてあっけなく消えていく。
悪路をゆったり進みながら、私は新職業の慣らし運転をしていた。
上位種でもないゴブリンなんて、正直もう敵じゃない。
そもそもが前のダンジョンのモブだしね。地形がどうあれ体勢が崩されてても余裕で対処できちゃう相手だ。
速くて柔かったウルフに対して、ゴブリンは敏捷、頑丈ともに並といっていい程度。
武器を持っている個体が多いのとヒト型であることを除けば、むしろウルフより相手取りやすいくらいなのだ。
ヒト型であるというのも私にとっては急所がわかりやすくて助かるんだけど、どうしてもヒト型のモンスターに攻撃できないって人もいるから、そういう意味では厄介なんだとは思う。
虫も爬虫類もかわいい動物も全部まとめてモンスターのこの世界で、いまさらヒト型に攻撃がどうこう言っても仕方ないと思うんだけどね。
ちなみにゴブリンのレアドロップである《ボロの○○》シリーズの武器は、NPCショップに持ち込んで修理することで初心者装備に生まれ変わるらしい。
デュアリスまで来て今更初心者装備、コレクターなら喜ぶのかな?
ちなみに売ると500イリス。こちらはぼちぼちの値段だろう。
あ、ゴブリンアーチャーが遠くの岩陰から狙ってる。
「うりゃっ!」
私が今それなりに真面目なモーションで投げたのは、先程受け取った分銅だ。
見た目は普通の秤に乗せるタイプの分銅なんだけど、どういう原理なのかテニスボールほどの大きさなのに結構重たい。推定2キロはありそうな感じ。
シンプルなピッチングスタイルで放られた分銅は、私が思い描いた通りの軌道で飛んでいくと、そのままゴブリンの首をへし折った。
「ナイッシュー」
30メートルほど離れた標的が砕け散って消えるのを見て、中々の爽快感に拳を握る。
ゴブリンアーチャーはかなり遠距離から狙ってくる代わりに耐久も攻撃力も低めだ。
もしホブゴブリンだったなら、多分今の一撃では倒せなかったと思う。
『ひぇっ』
『何を殺ったんですかね』
『空き缶をゴミ箱に放り込む感覚で狙撃するな』
「空き缶捨てるのにこんなに真面目な投げ方しないって」
今どきあまり見かけなくなったけど、昔はそこらの公園に缶のゴミを捨てるためのよくわからない金属のカゴがあったよね。
そんな風に過去の記憶を思い出してしみじみしていると、リスナーからは『違う、そうじゃない』というコメントが山のように飛んできた。なんでさ。
「それにしてもこの分銅、ナイフより投げやすくていいなぁ」
言うまでもないことだけど、棒状の物を投げるよりボール状の物の方が投げやすい。
特に投げナイフなんかは真っ直ぐに投げないとまともなダメージを期待するのは難しいしね。
その点、ただ重く硬いだけの分銅は、勢いをつけてぶつけるだけでそこそこダメージが期待できる。
モーションもシンプルなピッチングスタイルで十分だし、重さがあるから石ころより安定した飛び方をしてくれるとなれば、いちいちナイフを投げるよりも楽なのだ。
欠点は、私の装備しているベルトではこれをホルダーすることが出来ないってところ。
あのはるるとか言う幼女の所に行けばそういう装備もあるのかな……?
そんな風に分銅を試しながらゴブリンやらウサギやらを屠ることしばらく。
「おー、これが魔の森じゃない?」
私は無事に、森というには木漏れ日豊かなダンジョンの前にたどり着いた。
一応どこからでも入れそうだけど、少しだけ整備された入口のような場所もあるようだ。なんか小屋立ってるし。
『ダンジョンいくの?』
『小屋ァ!』
『スクナたそ絶対殺すダンジョンってマ?』
『↑うーん…………』
『あ、相性を見れば……』
『追尾しない限り当たらなさそう』
「私も間近で見た魔法はリンちゃんのだけだしなんともね。とりあえず小屋だけ覗いて帰ろっか。12時には一旦落ちなきゃいけないから」
リスナーの信頼の厚さを感じつつ、チラホラとプレイヤーが集まっている小屋へと向かう。
いざ近くによってみると、思ったよりも大きな建物で。
小屋というよりは茶屋のような、いわゆる休憩ポイントとでも呼ぶべき場所だった。
「すいません、ここって何をする場所ですか?」
「ん? ああ、まあざっくり言えばセーブポイントっすね……って君、昨日の」
面倒を省くために、この場所について片手剣を背負った青年に尋ねてみると、どうにも私と会ったことがありそうな反応で。
記憶を捻り出すこと5秒間、私も彼の顔を思い出した。
そう、彼こそは私に職業登録所の場所を教えてくれた片手剣士の青年だったのだ。
「……あぁ! 道を教えてくれたお兄さん。昨日はありがとうございました。おひとりですか?」
「いや、フレンドがいるっす。今ちょうど買い物中かな……っと失礼したっす、僕はシューヤっす」
「私はスクナです。あ、配信中なんですけど大丈夫でした?」
「ああ、結構配信者のフレンドいるんでオッケっす。……ってスクナ? 君の名前がスクナなんすか?」
「そうですけど……」
片手剣士の青年改めシューヤさんは、どうも私の名前を先に知っていたらしい。
しかしこの反応は直接配信を見たわけではなさそうで、ついでに言うならその話を又聞きしていたようでもなくて。
なにか腑に落ちた、とでも言いたげな顔だった。
「ちょっと待ってて、フレンドを呼んでくるっす」
「あ、はい」
シューヤさんはそのまま、茶屋の2階に居ると思われるフレンドを呼びに行ってしまった。
「なんだろうね」
『これはリスナー』
『リスナーカナー』
『カナー』
『カナー?』
『金槌』
「金槌とは」
アリアとの戦いの配信で名前が売れたとはいえ、知らない人に知られているというのは不思議な気持ちだなぁ。
そんなことを考えつつ若干手持ち無沙汰になった私は、彼のいない間、コメントと戯れて待つことにするのだった。