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綱渡りの始まり

 一応中等部へ進学して、13歳になった日のこと。

 誕生日の目覚めは、酷く不安に満ちていた。


(……頭痛?)


 最初に感じた違和感は、そんな些細なことだった。


 私の身体は、ナナのように頑丈に作られてはいない。常人以上に運動ができない私の体質は、なんなら常人と比較したって笑えるくらいに貧弱だ。

 だから熱を出して倒れることなんて珍しくはなかったし、人並み以上に色々な病気は経験した。

 それに加えて、ここ最近はクロクロRTAの最適チャートの考察に酷く時間がかかっているせいで、毎日のように夜更かししていた。

 だから、寝不足からくる頭痛の可能性も大いにある。


 それでも違和感を覚えたのは、その頭痛がこれまで経験したことのない痛み方だったから。余りにも鋭い、切り裂かれるような痛みだった。

 そんな起き上がり際の頭痛でふらつきそうになる身体を、人肌ほどの熱が支えてくれた。


「……リンちゃん? どうしたの?」


 私の背中をそっと支えて、ナナは心配そうにそう言った。

 いつから起きていたのか。

 いや、とっくに起きていたに決まってる。

 この子は元々寝る必要だってほとんどないんだから。

 背中に回されたナナの腕から、柔らかな熱を感じる。たったそれだけのことで、不思議と頭痛は治まった。


「ちょっと頭痛がね。もう治ったから大丈夫よ」


「……ダメ。今日はまだ寝よ。最近、夜更かしし過ぎ」


 グッと引き倒されて、無理やり寝かしつけられる。

 本当に痛みは治まったというのに、ナナは許してくれなかった。

 ムッと頬を膨らませて、怒っているふりをしてる。こうなるともうなんと言っても首を縦には振ってくれないだろう。一度でも弱いところを見せた私が悪い。


「……しょうがないわね。今日はのんびり過ごしましょ」


「うんっ」


 最近、あまり構って上げられてなかったせいもあってか嬉しそうに微笑むナナを見て、思わず頭を撫でてしまった。

 頭痛があったことなんて忘れてしまうくらいにたっぷりと寝て、案の定翌日には治っていたから、ただの風邪だと流してしまった。

 終わりの始まりは、間違いなくこの日からだった。





 それからも。

 その特異な頭痛は、気まぐれに襲ってきた。

 13歳になった日から、最初は月に1回のペースで。

 次第に間隔は狭くなって、14歳になる頃には週に1回。

 15歳になる頃にはいつ頭痛に襲われるかわからないほど頻繁になり、ただ生きているだけで大きなストレスを感じるほど酷くなっていた。


 まだ13歳の時、都合3度目の頭痛で寝込んでいると、ロン姉に無理やり検査に連れていかれた。

 私としてはそれほど痛みに気をかけていなかった頃。でも、ロン姉は焦る様な表情を浮かべていたのを覚えている。


「なんて言やぁいいのか難しいとこだがな……端的に言って、頭痛の原因は頭の使い過ぎだ。集中して思考し続けるってのはそれだけで脳に負担がかかる。ましてリンの場合は中身ソフトが特別性だからな。常人の何万倍も脳みそ(ハード)に負担はかかってると思っていい。仮に1万倍の負担だとしても、お前が1秒間集中して思考を回すと、常人が3時間集中するのと同じだけの疲労があるのと変わんねぇんだ」

 

 苛立ち混じりに頭をガシガシと掻きながら、ロン姉はそう言って頭痛の原因を教えてくれた。


()()と変わらねぇんなら、これから先もお前のスペックは際限なく上がっていくだろう。それこそ、スパコンを鼻で笑えるほどの情報処理能力が身につくくれぇにな。でも、お前の身体はそれに耐えられるほど頑丈じゃねぇ。強すぎる圧でダムが決壊するみたいに、どこかで神経が焼き切れる時が来るはずだ」


「……そっか。じゃあ、あまり時間はないのね」


「なるべく持たせてぎりぎり二十歳。早けりゃあと2、3年で限界が来るかもしれねぇ。その時が来ても、命の危機ってことはねぇだろうが……才能は焦げ付いて二度と戻らないと思った方がいいな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情でそう告げたロン姉に、私は胸にストンと落ちるものを感じていた。


「……ありがとね、ロン姉。検査だけじゃなくて、色々と調べてくれたんでしょ?」


 平安から続くという、鷹匠家のルーツ。鷹匠とはその名の通り鷹を使役する役職の名前そのものであり、初代は「鷹の声を聴けた」そうだ。

 その特異性を買われて姓を授かり、多くの戦乱を経て、あるいは恐慌を乗り越え、今の時代まで1000年以上も栄え続けられた背景には数え切れないほどの犠牲があった。


 ロン姉が前例と言ったように、私のような才能を持つ存在だって居たんだろう。居たからこそ、時代の分け目で凋落することなく歴史を紡いでこれたはずだ。

 江戸時代にスーパーコンピュータがあったらと思うと、なかなかふざけたアドバンテージじゃない?

 たとえネットワークがなくたって、皇族の存在と共に歴史を書類に残し続けてきたこの国では、膨大な情報を記録して運用できるだけでも大きな価値があるんだから。

 きっと彼らも相応に活躍して、若くしてその才を失ってきたのだ。そう考えるとなんだか感慨深いものがある。


「最長で7年、最短で2年か。ふふ、リミットが決まってるとやる気も出てくるものね」


「……お前ならそう言うと思ったよ。そうでなきゃリンじゃねぇもんな」


 楽しげに呟いた私に、ロン姉は呆れたように笑った。

 やりたいことは山ほどある。

 目指す頂きはハッキリしている。

 後は私が、才能が枯れる前にどれだけ頑張れるか。それだけの話でしかなかった。





 頭痛は日に日に悪化していった。

 痛みに耐えられずに寝込む日も多くなった。

 仕事もマネーゲームも、早い段階でしなくなった。それこそ頭痛が治療できないものだとわかった13歳の頃には、全部から手を引いていた。

 いや、正確にはマネーゲームの方はもっと前には飽きてしまったから、元々やってないといえばやってなかったけれど。勝手に稼げる仕組みを作ってからは、メンテナンスくらいしか手をつけていなかったし。

 仕事の方も、元々頻度は減っていた。お母様……と言うよりはグループ全体との折り合いが悪くなっていたから、バッサリと辞めるにはちょうど良い機会ではあった。

 シンプルに稼ぎ過ぎたのだ。私という存在がグループ全体から見て大きくなりすぎたせいで組織のパワーバランスに色々と不都合が出てきたから、さっさと抜けたというのが正しかった。

 鷹匠グループはお父様とラン兄が支配する場所であって、私の居場所ではないんだから。



 そうして空いた時間で、ナナと過ごすことが増えた。

 唯一ナナといる時だけは頭痛が起こらないことに気付いたからだ。

 そのおかげで、ナナには最後までこの症状に気付かれないまま過ごせた。少しでも体調の悪いところを見せたら心配をかけてしまうから、こればっかりは僥倖だった。


 痛みがなかった理由は分からない。あの子と居る時はそれだけリラックスできていたのかもしれないし、あるいは脳内麻薬とかで痛みが治まっていただけなのかもしれない。

 理由は結局分からないままだけど、重要なのはナナと過ごせる時間が増えてお互いに幸せだったということだけ。

 この頃はナナも毎日楽しそうだった。たまに燈火も交えたりしながら、残された時間を大切に過ごした。


 そうは言っても、無為に緩やかに時間を過ごす暇はない。

 これまではゲームをしたり、お昼寝したり、お出かけしたりとその日の気分で遊び倒すだけだったけれど、もう私には時間がそれほど残されていない。

 ()()私にしかできないことを。偉業と呼ばれるような、ゲームの歴史に刻める何かを成し遂げたかった。


 候補は2つあった。

 年単位でチャートを考察して、そろそろ実を結びそうなクロクロの達成度100%RTAで極限まで削ぎ落とした理想タイムを出すこと。

 そしてもうひとつは、ゲーマーとしての頂点。WGCSで優勝すること。


 WGCSに出るために必要なものは多いけれど、クロクロに関しても後回しにはできない。頭痛の頻度は徐々に増していて、いずれはナナと一緒でも抑えられない時期が来るのはわかっていたからだ。

 クロクロRTAは、どう計算しても丸3日以上はかかってしまう。少なくとも、頭痛を抱えたままでは体力的に厳しいのは明らかだった。


 悩んだ結果、クロクロの100%RTAを優先することにして、これを15歳になる直前に完遂した。

 年単位で練り上げた攻略チャート。

 三日三晩ナナに見守ってもらいながら、食事や排泄をスキップ不可のムービー中に済ませてできる限り時間を短縮して。

 60時間を超えた頃には半分意識はなかったけれど、何とか達成して力尽きた。


 この時が私の、ゲーマーとしては初めての生配信だった。

 従来の記録を20時間近く塗り替える大記録の達成。

 今なおその界隈では燦然と輝く、世界最速のタイムだった。

 結果論ではあるものの、この配信が世界的に話題を呼んだおかげでWGCSへの参加が一年は短縮できたのもあって、実りのあるRTAだったと言えた。


 残る目標はWGCSの優勝だけ。

 けれど、残った時間は少ない。

 最長で5年。最短で言えば1年持つかも分からない。

 たったそれだけの時間で、怪物ひしめくプロの世界でどれだけの結果を残せるのか。

 プロゲーマーという職業もピンキリだけど、WGCSに出てくるようなゲーマーは誰も彼も怪物だらけ。世界の頂点に立つというのは、そんなに甘い事じゃない。

 限られた時間でできること、やるべきことと諦めることを選別する必要があった。

 でも大丈夫。だって私には、支えてくれる人がいる。

 ナナが隣にいてくれさえすれば、私はなんだってできるんだから。


 その時私は本当にそう信じていた。

 ナナと二人ならなんでもできると信じていた。


 でも、世界はあまりに残酷で。

 私たちはずっと一緒には居られない。


 そう。

 ナナの両親が亡くなったのは、雪の降るクリスマスのことだった。

リンネのような存在は鷹匠一族には100〜200年にひとりくらい生まれてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] スパコン以上の負荷が……廃人だけは避けてくれると、信じてる…。 ないよね?ないのな? …………無いと思いたい。 無いと言ってください…… もう十分ナナは曇りきったじゃないかァァ!! (…い…
[一言] 一度焼ききれたエンジンはもう元には戻らない…… 関係ないけど、ナナが一緒にいると痛くないって部分で何故か猫のお腹をクンカクンカするイメージが脳内に湧いた。きっと色々と間違ってるw
[一言] それでFPS界に名を残す、魔弾と対をなす鬼神が生まれたのか… むしろ才能を失ってなお、今もあれだけの思考力があるって 自らの才能に鍛えられたのか…?
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