変化のワケ
時系列で混乱されるかもしれないので、先にリンナナの年齢についてお話します。
作中では現在6月末くらいです。
ナナの誕生日は7/7、リンネの誕生日は8/8なので、もうすぐ二人は22歳になります。
リンネが優勝したWGCSは3年前と言われていますが、正確には2年10か月前の8月中旬頃のことです。
つまりリンネは19歳になった直後くらいにWGCSに優勝した、という時系列になります。
もうすぐ主人公が二宿菜々香(22)になっちゃう……。
《メタルハザード/キルスコープ》は、そもそもが凜音の道楽の末に創り出された兵器である。
あらゆる物を貫通する極めて強力な火力と、水平線の先まで届く長大な射程の二点のみを追求した結果、それ以外の全てを放棄した極限の狙撃銃。
総全長6.7m。重量は実に150キロを超える、本来であれば固定砲台として利用するアンチマテリアルライフル。
その有効射程は高所からの使用を前提として実に8kmに及び、着弾の衝撃はあらゆる陸上兵器を破壊しうるとまで公言されているが、実際のところその性能の真偽は不明だった。
何しろ一度として人間の手で使用された公式記録がない。その上、デモンストレーションでロボットを利用して引き金を引いた瞬間に、射手であるロボットの方が反動でバラバラに壊れたのだ。
飛距離と、火力。その二点が要求レベルに達した代わりに、人間の手ではどうあっても扱えない兵器が生まれた。
爆裂する射撃の反動により、人間が撃てばほぼ確実に死ぬ。仮に運良く死ななくとも致命的な障害を負うことは免れない。
ロマンだけの欠陥兵器。破壊されたロボットを見て、誰もがそう思った。
結局《メタルハザード/キルスコープ》はある種の珍兵器としてその知名度を確固たるものにし、現在は鷹匠グループが管理するミリタリーミュージアムにて厳重な警備と共に展示されることとなった。
ミリタリーに興味のある人間であれば、一度は目にしたい逸品であるとかないとか言われながら、使われることなく眠っている。
そんな、常人には扱えない性能の武器が《メタルハザード/キルスコープ》というライフルな訳だが。
当然ながら、鷹匠凜音が二宿菜々香のために作った武器に決まっている。
正確に言うとリンネがナナに使わせるために勝手に作っただけなのだが、それはさておき。
12歳の頃、リンネにはある悩みがあった。
「ナナ専用の装備が欲しいのよね……」
それはとてつもなくしょうもない悩みだった。
リンネのボディガードとしての役割を担っていたナナは、基本的に大抵の武器を扱えるように仕込まれていた。
とりわけ飛び道具に関しては、ナナ本人のずば抜けた空間認識能力との相性もあって、単純な投擲から弓、銃、ライフルなどあらゆるものが扱える。
ただ、ナナはそれらを性能の限界まで使いこなせる反面、武器の方がナナの性能を引き出し切れていないという問題があった。
中でもライフル狙撃に関しては片手撃ちがデフォルトとなれば、もはやナナに対して武器の性能が追いついていないと考えるのも自然なことだった。
《メタルハザード/キルスコープ》はリンネが最初に作った、ナナ専用装備のひとつ。
この世界でナナにしか使えない。その代わり、ナナの力を限界以上に引き出してくれるライフル。
別にこれで人殺しをして欲しかった訳でもなければ、戦争に出向いて欲しかった訳でもない。
リンネはただ、ナナでさえ扱いきれないくらい高性能な武器を用意してあげたかっただけ。
そんな理由で膨大な資金をつぎ込んで作られたライフルは、たった一度の試射のみでその存在理由を全うした。
ナナが試射で16km先の標的を撃ち抜くのを見て、リンネは心から満足したのだ。
そんな経緯があった通り、《メタルハザード/キルスコープ》という武器は二宿菜々香という正式な担い手が存在する。
ソレがなぜ二度と使われなかったのかと聞かれれば、単純に使う機会がなかっただけだ。完成したのが二人が14歳の時だったため、二人の一時的な離別もあって試射以降使う機会が訪れなかった。
とはいえ作成にかかった金額的に軽々に破棄できるようなものでもないため、一時的にリンネがミュージアムに保管を依頼した。その結果、すっかり観光資源と化した訳だった。
ゼロウォーズVRの開発者がこの武器に目をつけた理由はシンプルで、「折角の仮想空間技術なのだから現実世界で絶対にできない体験を提供したい」という理由からである。
撃てば必ず死ぬが、あらゆるライフルを凌駕する最強の武器。ロマンを追い求めるミリオタ達に一度は撃ってみたいと思わせるには十分すぎる材料だった。
レーザー光線が撃てる武器があり、某宇宙戦記の如きビームソードがあり、空から隕石を降り注がせるキャラクターがいるゲームの中で、MHKSは一際高い性能とどうしようもない扱い難さを両立して実装された。
以来、この武器を利用するプレイヤーは数しれず。
流石に大会のような結果を求められる場で使われることはほとんどなかったが、大会やランクマッチ以外のカジュアルな対戦では、数試合に一度は銃声が聞こえる程度には愛される武器となったのだった。
ちなみに、ゼロウォーズVRのキャラクターアバターの身体能力はリアルのナナより遥かに低いが、MHKSの性能は作成者であるリンネが満足する程度には再現されている。
それはつまり、アバターに対して明らかにオーバースペックな性能をあえて実装されているということだ。
ナナが「ギャップ」と言ったのは、本来の身体能力に対して弱すぎるアバターでMHKSを使うことそのものに戸惑ったということだったりする。
☆
「とまあ、こんな経緯があったんだよ。あの武器は元々私が撃つことを前提に作られてるんだ」
「随分と長いこと、なんで作られたのか分からないって言われてたんですけどね……それが『リンネはそういうことする』で片付けられてたのもおかしな話ですけど。……あっ、見てください、SNSではちょこちょこナナとあの武器を結び付けてる人もいますよ」
「気づく人は気づくよね〜」
昨日の配信でナナとリンネの関係性とナナのスペックが世界中に知れ渡った今、過去のリンネの「奇行」として処理されていた案件が掘り起こされている真っ最中だった。
実のところ、リンネが過去に携わったこの手の遺産は多い。その全てがナナに通じるのかと言われればそれは違うのだが、基本的に未来を見据えて数え切れないほどの布石を打っているリンネの行動は、その場その場では首を傾げたくなるようなものも多いのだ。
とはいえ、MHKSほどかけた金額と結果が見合わないものもなかったため、リンネの「奇行」の代表例として挙げられるのは大抵これだった。
「実はこの大会のために作ってた……とか、ありますかね?」
「それは無いんじゃないかな。明らかに現実のアレよりスペックは落ちてるし、反動も控えめだし。そもそもスーちゃんが提案しなければリンちゃんもその作戦をする気はなかったと思うよ」
「うっ……。つい、魔が差したんです」
「あはは、責めてるわけじゃないよ。リンちゃん凄い嬉しそうだったし、スーちゃんがあんな提案するなんて思ってなかったんじゃないかな。リンちゃんの予想から外れるのって、結構難しいんだよ」
感心するように言うナナに、すうぱあは少し恥ずかしくなって俯いた。その場のノリで軽率なことを言う怖さを実感した。
こんな作戦、ソロでやっていた時のすうぱあなら思いつきもしなかったし、そもそもランクマッチを蹂躙していた頃のすうぱあは遊び心なんて欠片も持っていなかった。
HEROESに入って、仲間らしいものができて、それが憧れていた《魔弾の魔女》。
射手と策士の二人のコンビで、すうぱあが思い描いていた姿とは異なっていたけれど、その技量だけは紛れもなく本物だった。
すうぱあはまだ14歳の少女である。原点とも言える憧れを捨てられる年齢ではなかったのだ。「見たい」という気持ちを抑えきれなかったのも仕方のないことだった。
ただ、ナナの言うことを信じるのなら、リンネもすうぱあがそういう思考に流れること自体を予想していなかったらしい。
「……リンネは、ボクの提案を予想してなかったんですよね」
「うん。あの嬉しそうな表情を見る限り、思いついてはいたけど可能性の中からは切り捨ててたんだろうね」
「リンネの中のボクと、今のボクに、それだけ差が生まれているってことなんでしょうか」
「少なくともリンちゃんの考えるこれまでのスーちゃんは、もっと合理的で無駄がなかったのかもしれないね。……でもね、リンちゃん好みなのは今のスーちゃんの方だと思うよ。ああ見えてやんちゃで派手好きだからね」
誰よりもリンネと付き合いの長いナナは知っている。
今でこそチームのまとめ役であったり、イベントのMCであったりと「まとめる側」に立っているリンネだが、昔のリンネは違ったことを。
気に入らない相手には平気で暴言を吐くし、歳上だろうが目上だろうが他人に敬意は払わない。
どちらかというとプロゲーマー時代に《凶獣》と呼ばれていた頃の方が、リンネの本性には近い。
しょうもない理由で何十億という金をつぎ込んで《メタルハザード/キルスコープ》を作ったのを聞けばわかるように、リンネは元々自分の衝動に従って生きるタイプなのだ。
そんな話をナナからされて、すうぱあは少しだけ考えてから口を開いた。
「ボクはプロでバリバリやってた当時のリンネを昔の動画でしか知らないので、理解できてるとは言えないですけど……ボクを含め、色々な才能を発掘してはサポートする今のやり方とは正反対に近いですよね。何か変わるきっかけがあったのか……その辺り、仲のいいナナなら知ってるんじゃ……」
「知ってるよ。直接聞いた訳じゃないし、当時は何をしていたのかは私にはわからなかったけど、リンちゃんが生き方を切り替えた理由なら私は知ってる。今の私ならわかる、って言った方がいいかな。……気付いたのは、ホントに最近なんだけどね。だから私が知ってるってことも、リンちゃんは気付いてないかもしれない」
少しだけ悲しそうな感情を瞳に浮かべるナナを見て、すうぱあは口を噤んだ。
自分のことで精一杯で、見守られていることにさえ気付けなかった6年半。ナナの目から見ても、その間にリンネの態度が柔らかくなったのは確かだ。
以前鷹匠の本家に行った時に、リンネとトーカが一瞬だけ険悪な雰囲気になったことがあった。リンネがトーカの過去をつついて、お互い様だと嫌がられた時だ。
あの時は何の話をしているのか思い出せなかったナナだったが、この2週間で思い当たる節があることに気が付いた。
具体的には約3年前のゲームの大会――今思えば、恐らく当時のWGCSだったのだろう――をきっかけに、確かにリンネは大きく変化した。
ナナ自身は、リンネの本質が変わったとは思っていない。外向きの顔が変わっただけで、今も昔もリンネはリンネのままだ。
それでも、リンネを深く理解している人間がナナやトーカのような身内以外にほとんど居ない以上、世間から見ればリンネは「WGCSを優勝したら人が変わったように大人しくなった」としか言いようがなかった。
憑き物が落ちたような、という表現が最も正しいだろうか。
全てを拒絶するような冷たく鋭い瞳は穏やかになり、口を開けば罵倒と挑発しか出てこなかった態度は「誰に対しても結構キツい」程度まで緩くなった。
その時、何があったのか。それをナナは思い出したのだ。
リンネはとにかく強がりで、自分が弱っているところを他人に見せることがない。幼少期ならいざ知らず、リンネが無防備に甘えられるのは今となってはナナの前だけだ。
逆に言えば、リンネがナナに甘えたがっている時と言うのは、何らかの理由でリンネが酷く弱っている時でもある。
そのことを、リンネ本人は自覚しておらず。
リンネが自覚していないことまで含めて、ナナはその弱さを知っていた。
「私はね、スーちゃん。昨日見せた通り生まれつき持ち合わせた『肉体』があって、この世界の誰にも同じ場所には立てないくらい規格外の化け物なんだ。それこそ、普通の生活だってまともに送れない時期があったんだよ」
ナナが話を切り出すのを聞いて、すうぱあは「それはそうだろうな」と思った。
あれだけの力があって、人間と同じ生活が送れているほうがおかしいのだ。
大して力のないすうぱあだって、身体の柔らかい虫を摘もうとして潰してしまったことがあるくらいなのだから、そもそもの基本値が桁違いに高いナナにとっては世界の全てが脆く感じていてもおかしくない。
「でもね。リンちゃんは私と同じくらい、規格外の『頭脳』を持ってたんだよ」
「持って……た、ですか?」
ナナの言葉の中で引っかかる部分があったすうぱあは、思わずそう聞き返した。
「持っている」ではなく「持っていた」。似ているようで全く違う、現在と過去を表すふたつの言葉。
それではまるで……。
「リンちゃんはね、3年前に一度壊れちゃったんだよ。だからもう、全盛期と同じようには戦えないんだ」
少しだけ悲しそうに、だけど嬉しそうに告げられた事実に、すうぱあはただ息を飲むしかなかった。
次回、多分リンネの話編。
シリアス要素はないです。