メタルハザード/キルスコープ
「はぁ……」
「お、スーちゃん疲れちゃった?」
「いえ、ちょっと暴れ足りなくて」
「逆だったか〜」
そう言って楽しそうに笑うナナを見ながら、すうぱあはもう一度深く息を吐いた。
試合自体は心地よく流せたため、不完全燃焼というよりは単に力を使いきれなかったという方が正しいか。
ひとりに慣れ過ぎたすうぱあにとっては、仲間の存在は想像以上に大きかったとも言えた。
結論から言うと、HEROESは本戦をあっさりと勝ち抜いた。
一試合目にバベルタウンを中心にした作戦がどハマりしたおかげで想定以上にポイントを稼げた結果、二試合目はほぼ関係なく勝ち抜きが決定したからだ。
チームとしての累計ポイント数は42。3分の1とまでは行かなくとも、それに近い数字は叩き出した。
結局2位のチームで20ポイントだったため、Cブロックの中では割と飛び抜けた1位通過である。
すうぱあが想像していたよりずっとポイントが分散する結果に落ち着いたが、リンネの予想とはほぼ一致していた。
そんなHEROESの面々は……というよりすうぱあとナナの二人は、勝利者インタビューをリンネたちに任せて専用の休憩室で休んでいた。リンネが急遽用意させたという、HEROES専用の休憩室だ。
すうぱあは用意させたというリンネの言い回しにものすごくらしさを感じたものの、インタビューから逃げられるのは素直にありがたかった。
「注目されてますね、ナナ」
すうぱあがSNSを眺めながらそんな言葉を投げかけると、ナナは不思議そうに振り返った。
「そうなの?」
「はい。昨日の配信のこともあってか、今はボク以上にナナが注目されてます。『今話題の超人女子! 気になる大会の成績は……!?』だそうですよ?」
このタイトルで昨日の成績を載せているという、典型的なPV稼ぎの釣りニュース。フェイクではないものの、特筆するような内容は全くない。
しかし、こういう記事が作られるということ自体が世間に注目されているということの証明でもある訳で。
リンネは昔からそうだし、すうぱあもその存在が何らかの理由でバズる度に雨後の筍の如くポコポコと記事を作られていた。
「そっか〜……」
「あまり興味なさそうですね」
「うん。正直、あんまり興味ないや」
ナナはそう言って苦笑しながら、休憩室のソファに座ってゆらゆらと体を揺らしている。
昨日の生配信の内容が拡散されたことで、すうぱあが確認できる範囲でもわかるほどにナナの注目度は跳ね上がった。
それはSNSやネットニュースを見ればすぐにわかることで、1時間にも満たない昨日の配信のアーカイブは爆発的な再生回数を叩き出している。
ナナ本人にコンタクトを取ろうと躍起になっている人間は多いだろう。その中にはとにかく過激な内容を取り上げようとする悪質な相手もいるはずだ。
すうぱあもランク一位を取り続けていた頃は、そういう立場にいたことがある。褒め称える記事もあれば、手酷く非難する記事もあった。
幸いすうぱあはコンタクトの手段の一切を絶っていたため大事になる前に鎮火したが、ナナは違う。
配信者であり、SNSアカウントも動画投稿アカウントもあり、公式にもHEROESという窓口がある。
特に配信者である以上、コメントという形で接触できるのが致命的だ。社会人としてのマナーを考えれば配信コメントでアポを取るなどということは無いだろうが、それでも露骨に悪質な質問コメントが飛び交うこともあるだろう。
配信というジャンルにそれほど詳しくないすうぱあですら、その程度の予測は容易にできる。ナナはそれほど自覚していないようだが、リンネは当然分かっているはずだ。
だからこそ、リンネは大会のケリが付くまでは自分が矢面に立つことを決めているのだろう。
勝利者インタビューからナナを外したのはその意思の表れだとすうぱあは推測していた。
プロゲーマーとしてのリンネならさておき、「鷹匠凜音」が矢面に立ってしまえば、それに意見できる人間はこの国にはほとんど居ない。
鷹匠家の令嬢としての影響力。
そして何より、凜音本人が持つ人脈と資産。
どちらを用いたとしても、楯突いた人間を容易く破滅させるだけの『力』を凜音は持っている。
すうぱあはその事実を身を以って知っていた。
とはいえ、当のナナが誰よりもこの状況に興味を持っていないというのは、なんとも気の抜ける話ではあった。
(興味がないっていうのも本音だろうけど……怖いくらいノッてるな。そっちに集中力が持ってかれてるんだ)
すうぱあはそんなことを考えながら、もう一度ナナを見る。
ナナはソファの上でゆらゆら揺れている。どこを見るでもなくぼんやりとしながら、ただただ体を揺らしていた。
傍目からは気を抜いているようにしか見えないのだが、ここに来る前にリンネから言われた言葉を信じるのなら、今のナナは相当テンションが上がっている状態らしい。
やる気が溢れて止まらないから、じっとしていられない状態なんだとか。
リンネは「遊園地ではしゃぐ子供みたいなものよ」と言って笑っていた。
その理由はわかっている。すうぱあが提案してしまった、決勝ラウンド第二試合での作戦のせいだろう。
この作戦ははっきりいってお遊びに近く、すうぱあ自身も達成不可能であることを前提で「こういう作戦もある」ということを口に出してしまっただけだった。
ただ、それを聞いたリンネが予想外に面白がってナナに振ったところ、二つ返事で了承を得てしまっただけ。
(ナナならできるのかもしれない。そう思ったのは確かだけど……)
第一試合に関しては、リトゥというすうぱあの象徴とも言えるキャラをあえて使わないことで混乱を引き起こそうと画策している。
これが実際に結果を残せるかはさておき、状況の撹乱という意味は生まれるだろう。
次はリトゥを使うのか?
それとも別のキャラで来るのか?
いわばこれは対戦相手により強く「すうぱあ」という存在の脅威を刷り込むための作戦だ。
そして第二試合に関しては、すうぱあの中では当初から、ナナの狙撃を中心に進めていくという方針だけは決まっていた。
一日目に見せてくれた《魔弾》。すうぱあの紛い物とはワケの違う精度を誇るアレを使わない手はない。
第一試合ですうぱあに集まった視線を貫くように、ナナの狙撃を炸裂させるのだ。
本戦の間にナナの狙撃能力の高さはチラつかせた。当然、トッププレイヤーであればその精度の高さはひと目で理解できたはずだ。
しかし、正確な狙撃ができるスナイパーが居る前提で丁寧に遮蔽物を利用する相手にこそ《魔弾》は深く突き刺さる。
後は、どうやってナナの狙撃が活きる状況に持っていくか……というところまで考えて、ふとした拍子にほんの僅かに魔が差したのだ。
もしかしたら、という期待を抱いてしまったのである。
(アレは私にも扱えない……というより、そもそもが一発ネタの権化みたいな武器だからな……)
ゼロウォーズVRには、スペック上は最強ながら誰にも使いこなせないと言われるスナイパーライフルがある。
その名を《メタルハザード/キルスコープ》。
世間一般にはMHKSなどと略される、現実世界ではたった一丁しか製造されていない幻のアンチマテリアルライフルである。
この武器は毎試合必ず同じ場所に出現するため取りに行くだけなら非常に簡単で、このゲームを多少やり込んだプレイヤーなら一度は触ったことがあると言われるほどに知名度が高い。
そして、あまりにも使い勝手が悪いため産廃として有名な武器でもあった。
フィールドの最北端に位置する高塔の頂上に鎮座されており、塔には上から降り立つ以外の侵入口はない。塔の中には専用スコープと専用マガジン以外に一切のアイテムが存在しない。
防弾チョッキもなければ回復アイテムもなく、ゲーム開始から数分で安全地帯ですらなくなってしまう。
そして何より、入口がない以上当然ながら出口もない。
塔に降り立った時点で、落下死か安全地帯から外れることによるスリップダメージによる死かの二択を強いられるのだ。
あまりにも詰んでいて使いに行った時点で死亡が確定してしまうため、すうぱあですらランクマッチでは一度も使ったことはない。
その癖、試し打ちはできないようになっているため、試合でしか使えない。
ランキングに関係ない通常のマッチであれば使ったことはあるが、どの道使いこなせはしなかった。
誰にも扱いきれないロマン砲。現実世界でたった一丁しかない貴重な武器を触れるという点のみに価値がある産廃。
そもそも現実世界のこの武器自体が、撃てば射手の体が吹き飛ぶというイカれ具合である以上、ゲーム内でじゃじゃ馬なのは当然といえば当然なのだが。
フィールドの端から端まで届いてしまう破滅的な射程距離がありながら、それでも誰にも使われない不遇な武器。
すうぱあはソレをナナなら扱えるのではないかと一瞬だけ思い、そしてそれを口に出してしまったのだ。
誤解してはいけないのは、MHKSは様々な制約の結果「致命的に扱いにくい」だけであるということ。
産廃と言われてこそいるが、武器そのものの性能は間違いなくゲーム内で最強に設定されている。
どれほどHPが残っていようと、防弾チョッキの耐久があろうと、ヘルメットを被っていようと、胴体にクリーンヒットすれば即死する。
文字通りの一撃必殺。故に、勝負そっちのけでMHKSのところに行ってスナイプに勤しむ馬鹿なプレイヤーが一定数存在するくらいには、大勢に愛される武器でもあった。
(まさかリンネがあんなに食いついてくるなんて思わなかった。ナナはさておき、リンネは知らないはずないのに)
そう。この作戦を提案した時、恐ろしいほどリンネの食い付きが良かったのだ。
確かにリンネがこういう派手でバカバカしい作戦を好むのはわかる。わかるのだが、それにしても異様に食い付きが良すぎた。
リンネはロマン戦法を好むが、同時に冷静に物事を考えられる人物だ。MHKSを使った戦法は確かにリンネ好みだろうが、このゲームにおいてこの武器がどれほど産廃であるかを知らないはずもない。
それだけこの武器は有名だし、そもそも《メタルハザード/キルスコープ》という武器自体が、鷹匠グループによって作られたモンスターライフルである。
その事実をリンネが把握していないはずはなく、余計にゲーム内でどんな扱いを受けているかも知っているはずなのだ。
ナナはやる気満々のようだが、すうぱあとしては自分の失言が招いてしまった事態に少しだけ後悔しているのだった。
「ナナ、本当に第二試合はあの作戦でいいんですか?」
「あはは、今更そんなこと言う? 大丈夫だよ、むしろ楽しみなくらいだから」
「それはわかってます。でも、昨日の練習では結局五分五分以下の命中率でしたし……」
実は昨日この作戦の決行が決まってしまったあと、HEROESの面々は専用の練習を行った。
ナナの狙撃を最大限に活かすためだけのシフトだ。
ネタ要素しかない作戦でも、ナナの特化した一芸とすうぱあの万能さで強引に成り立たせる。
その覚悟でやってはみたものの、現時点での感触は芳しくない。
もちろん、MHKSを使って5割近く当てている時点で破格ではある。
射手にかかる負荷は凄まじく、反動ダメージこそないものの、一撃ごとに大型のオートバイに撥ねられる程度の衝撃を受けるのがMHKSの狙撃というものだ。
これが非常に厄介なもので、仮想空間である以上痛みは感じないのだが、痛みを伴わなくとも全身を打ち付けられる衝撃はシンプルに苦しいのだ。
息ができない、過呼吸のような錯覚に陥るプレイヤーも少なくない。あくまで錯覚だが、それでも耐えられないというプレイヤーは多い。
その状態を瞬時に立て直して二発三発と連続で撃てる時点で、立派すぎるくらいだった。
ただ、それでは足りない。すうぱあが想定している限り、ナナが生存している間に7割は当てて欲しいのが本音だ。
弾がフィールドの端から端まで届くとしても、MHKSには遮蔽物を貫通する効果はない。つまり建物や地形ひとつで簡単に防げてしまうのだ。
それも踏まえて、実際に的中させられる位置に敵が来る確率を考えると、7割くらい当てないとポイントにならない。
いや、最悪ポイントを稼げなかったとして、そもそもがネタに全力投球の作戦である。
舐めプと罵られても仕方が無い作戦を取って成果なしとなれば、観客にマイナスの印象を与えてしまうだろう。
それらを踏まえて、今の5割弱の命中率では不安だと言うのがすうぱあの本音だった。
だが、ナナはふんわりと笑みを浮かべたまま、余裕の表情を崩さなかった。
「心配しなくていいよ。昨日と今日で狙撃のカンは取り戻したから。最初はギャップに戸惑ったけどね」
「確かに、他のライフルと比べると全然違いますもんね」
普通のライフルであってもVRゲームで実際に撃つと反動にびっくりするものだが、MHKSともなれば次元が違う。
スナイパーライフルを片手撃ちする変態挙動ができるナナであっても、そのギャップに驚くのは当然のことだろう。
ナナも意外と普通の感性を持ってるんだなぁ、などと失礼なことを考えるすうぱあだったが、ナナは手を振ってそれを否定した。
「あ、違う違う。他のライフルとのギャップじゃなくてさ。現実で実際に撃った時とのギャップの話だよ」
「えっ?」
「あれ? 知ってて提案したんじゃないの?」
お互いに首を傾げる。
何か、二人の間で認識の齟齬が発生している。
その事実をすうぱあが理解するより先に、ナナが口を開いた。
「《メタルハザード/キルスコープ》って、そもそも私の武器だよ?」
「は?」
唐突なナナからのカミングアウトに、すうぱあは思考を停止した。
書籍の特典か、あるいは過去のどこかで出した記憶はあるものの……遂にMHKSくんの登場です。金持ちのご令嬢が「語感がいいから」という理由で名付けたらしいですよ。





