前日・本戦作戦会議
「本戦ではできる限り手札を温存したいです」
4人で明日の作戦会議兼最後のチーム練習をしようという話の中で、スーちゃんは頭っからそんな提案をしてきた。
ちなみに既にゲームにはログインしていて、スーちゃんはリトゥのアバターで喋っている。
まあ、体格的にはリトゥもスーちゃんも180近い長身だから違和感はそんなにないけども。
それはさておき、スーちゃんの提案に真っ先に反応したのはリンちゃんだった。
「あら、そうしたい? 本戦は素直に真正面から突破してもいいんじゃない?」
「決勝ラウンドに進むだけならそれでいいです。でも、決勝ラウンドを勝ち抜いてその上を目指すなら、本戦を漫然と勝ち上がるのは怖いです。特に決勝ラウンドの第一試合に関しては、対策を取らなければ致命傷になりかねないと思ってます」
私たちがスーちゃんの足を引っ張らなければ、真っ向勝負で十分に優勝できる。リンちゃんは少なくともそう思っていて、決勝ラウンドに進むのは当然のことだと言わんばかりのスーちゃん自身も、多分己の実力を疑ってはいない。
それでもハッキリとノーを突きつけたからには、スーちゃんの頭の中では明確なリスクが見えているんだろう。
少しだけ二人が見つめ合って、リンちゃんは満足そうに頷いた。
「そこまで予想できてるなら上出来ね。具体的に作戦は考えてる?」
「一応は。まず第一に、基本的に手札がほぼ割れているボク主体で戦うこと。それとナナの《魔弾》は絶対に隠したいってことです」
「およ? 使わないの?」
「はい」
二人の会話をちょっと気を抜いて聞いていた私は、突然槍玉に挙げられて思わず変なトーンで聞き返してしまった。
「跳弾を駆使して壁の裏を撃ち抜ける《魔弾》はこのゲームにおいては半ばチート気味と言ってもいいほど強力な必殺技ですが、だからといってどこでも自由に撃ち抜ける訳じゃないはずです。扉の近くとか窓際、広い部屋ならともかく、外から通路の奥まで狙えるわけじゃないですよね?」
「それはそうだね。角度と距離に限界はあるよ」
確かにスーちゃんの言う通り、《魔弾》はそれほど万能な技術じゃない。跳弾は重ねる毎に弾の速度を落とすため、十回も二十回も連続で反射させることはできないからだ。
もちろん普通の狙撃に組み合わせれば狙撃できるパターンは飛躍的に増えるけど、だからといってあらゆる場所に必中する技ではなかった。
「多少見せたくらいなら偶然かと思われる程度で済みますけど、何度も見せてしまえば『狙っているのかも?』程度には警戒されます。このレベルの大会で決勝に来るプレイヤーだと、対応するだけなら容易でしょう。だから《魔弾》はできるだけ価値のあるタイミングで使いたいんです」
「それは本戦のタイミングではないってことなんだね?」
「そうです」
スーちゃんの言う通り、《魔弾》は普通の狙撃より更に奥を狙ったり、普通なら当てられない角度の敵に当てられるだけの技だ。
扉からずっと奥に逃げられたり、扉を二つも三つも挟んだところに当てたりするのは難しい。
そういう意味で、建物の中であればより奥の方に入っていくことで《魔弾》に対応することはできたりする。
あるいはいっそのこと、跳弾ができない砂地フィールドで戦うか。まあこの場合は遮蔽物がない分普通に狙撃で狙えるから単純に当てやすくなるだけなんだけどね。
そもそもの前提として、弾が跳弾して当たること自体はゼロウォーズでは普通に起こる現象だ。そういうシステムである以上、たまたま当たることはある。
だからこそ、トップレベルのプレイヤーはある程度は跳弾を意識した立ち回りをすることに慣れている。
わかっていれば対応が容易だというのはそう言うことなのだろう。
「あ、でも私今日使っちゃったよ?」
「それに関しては大丈夫です。二次予選配信のアーカイブは見ましたが、ナナが《魔弾》を撃っているところも撃たれている側も配信には映ってませんでした。リザルトには反映されないですし、まずバレてないはずです」
「そっか、それなら安心だね」
「です。でも、だからこそ明日の本戦の動きが重要です。《魔弾》を抜きにしても今のナナは特に注目されすぎてるので」
「今日は色々やっちゃったからなぁ」
先程の配信で何十万という人が見に来てくれたように、今の私に世間から向けられている好奇の視線は凄まじいものがある。
何をするんだろう、何をしてくれるんだろう。そんな視線に晒されているのは間違いない。
一挙手一投足が興味の対象になっていると言ってもいい。だから今の私が《魔弾》を撃ってしまえば、誰かが必ずその価値に気付いてしまう。
スーちゃんはそのことを警戒してるのだろう。
「昨日のチーム戦で実感しましたけど、流石のボクも本戦レベルのチーム戦をひとりで勝ち切るのはちょっと手間です。ボク自身もなるべく決勝までは集中力を温存したい。リンネとトーカも初心者にしては上手い方ですけど、キル能力ではナナに軍配が上がります。なのでナナに何もしないで隠れてもらうつもりはありません」
「勝ち切れないとは言わないところがすうぱあさんクオリティですねぇ」
「ええ、ナナもすうぱあもこういうところあるわよね」
「リンねぇは人のこと言えないよ?」
「そんなことないわよ」
「真面目に話してるので漫才しないでくださいよ」
自信満々なスーちゃんを見てからかうような言葉を放ったリンちゃんが、思わず丁寧語を崩したトーカちゃんに突っ込まれて目を逸らす。
そんな二人にスーちゃんがむぅと唇をとがらせているのをみて、私はなんとなく気持ちが和んだ。
「話を戻しますよ。で、今回ナナには普通に狙撃手をしてもらう予定なんですけど、ちょっとした籠城戦をしようかと思ってます」
「籠城戦?」
「はい。具体的に説明しますね」
スーちゃんがタブレット端末をいじると、今回の大会で使われている汎用フィールドマップが空中に投影され、彼女はそのマップのど真ん中を指さした。
「初手でボクとナナの二人はフィールドの真ん中にあるバベルタウン、ここでいちばん高いマンションに降ります。激戦区ではありますが、同時に五階か六階に必ずスナイパーライフルが置かれてますからね。ボクがゴリ押しでマンションを制圧するので、ナナにはここの屋上から動かずバベルタウン全方位への狙撃を担当してもらいます」
フィールドマップのど真ん中。
そこはバベルタウンと呼ばれる、一辺400メートル程度の居住区エリア。平地ながらこのゲームで最も高いビルを擁し、ビル群が立ち並ぶ摩天楼だ。
武器もアイテムもあらゆる資材が密集する、いわゆる激戦区と呼ばれる地域。試合開始直後にバベルタウンに降下した20人近いプレイヤーが殺し合いを繰り広げるのは、もはや風物詩と言ってもいいほどだ。
バベルタウンに降り立ったが最後、早々に脱落するか万全の最強装備を整えられるかの二択だ。
ハイリスクハイリターンの典型のようなエリアであるため、自分の実力に自信があるプレイヤーはこぞってこのエリアからのスタートを選ぶ。
これはチーム戦でも同じ……いや、チーム戦だからこそより多くの装備を求めてバベルタウンに降り立つチームがあるだろう、というのがスーちゃんの予想らしい。
それに、バベルタウンに降り立つ利点は装備やアイテムの充実性だけじゃない。
フィールドのど真ん中に位置している都合上、フィールド外縁部からの安全地帯縮小に巻き込まれにくいのだ。
安全地帯が時間と共に縮小していくのは今更だが、ランダムに決定される縮小の中心はフィールド全体で見れば当然中心寄りになる。
試合の後半まで安全地帯を目指して移動しなくていいのは大きなメリットだった。
とはいえ、バベルタウンにも致命的な欠点がひとつだけある。それはバベルタウンは安全地帯の最終的な中心には絶対にならないということだ。
たとえ好立地でかつアイテムに恵まれているとしても、最終的な安全地帯にはなり得ない。つまりある程度の籠城に適してはいても、最終盤まで籠城し続けることはできないのだった。
「この屋上からならバベルタウン内は全部射程内だね」
「ナナ姉様、その感想はおかしいです」
「《魔弾》とナナの五感が相性良すぎなのよね」
「まあ、全部射程内は嘘だけどね。上手く反射できる場所もあれば、全く当てようが無いところもあるよ。うーん、それでも普通の狙撃で見てもいい立地じゃないかな」
位置的には街の中心で、高さがあって見通しもいい。しかも街で一番高い位置だから、自分より高い位置からやられる心配もない。ビルのせいで射線が通りにくい方向もあるけど、逆に街の端まで視界が開けてる場所もある。
遮蔽物を無視すれば、スナイパーライフルの射程で街全体をゆうゆうと射程に収められる範囲だ。
スナイパーとしては垂涎の立地であるのは間違いなかった。
「バベルマンションに必ず設置される四つの神器の存在を考えれば、まず間違いなく数チームでの奪い合いが発生すると思います。同時にマンションに降り立った敵の殲滅はボクがするので、ナナは索敵役になって欲しいんです」
「敵の場所を伝えればいいってこと?」
「はい。バベルタウン全域くらいは正確に聞き取れちゃうんですよね?」
「うん。このくらいの範囲なら全然余裕だよ」
バベルタウンは一辺だいたい400メートルで、バベルマンションはその真ん中にある。
四角形を想像した時、真ん中から外の辺まで真っ直ぐ線を引いた時が最短で、だいたい200メートル。角に向かって真っ直ぐ線を引いた時が最長で…………まぁ、300メートルは無いはず。
となれば半径360メートルまでが音を拾える最大範囲のこのゲームの設定上、バベルタウンは私の索敵範囲内にすっぽりとハマるだろう。
「ナナが索敵を担当してくれれば、あとはボクが殺します。このコンビでバベルタウンを制圧してしまおうというのが作戦の概要ですね」
「おっけー。……これっていうほど籠城戦かな?」
「細かいことは気にしないでください。誤差ですよ誤差」
「いや、いいんだけどね」
スーちゃんがさっき言った通り、バベルマンションには四つの神器と呼ばれるレアアイテムが落ちている。
ものすごく簡単に言うと、レアな防弾チョッキとレアなヘルメットとレアな中射程アサルトライフルとレアなショットガンが必ず配置されているのだ。
この組み合わせがどのくらい強いのかと言うと、ソロプレイでこれを全部取れれば、勝率が五割増になるなんて言われてしまうほどだ。
それだけ明確に「強い」装備。とりわけ武器に関しては一試合で4本しか登場しない武器のうちの2本がバベルマンションに現れる。
武器を取りに来るか。
他のチームに取らせないためにそれを防ぎに来るか。
はたまた気にせず別の装備を選ぶか。
ソロに比べて重要度が低いとはいえ、全チームがスルーするなんてことはありえない。
それに別の装備を選ぶにせよ、バベルタウンが最も優れたアイテムの配置場所である事実は変わらない。
だから大なり小なり集まった敵を狩ってスコアに変える。それがスーちゃんの立てたシンプルな作戦だった。
ついでにスーちゃんが強力な武器を取れれば万々歳である。
「本戦でのナナへの指示はこのくらいですね。まぁ、ある程度死なずにボクの目になってくれれば大丈夫です」
「任せて」
「決勝は……と、その前にリンネとトーカに関してですね」
「指示ってほどやることないでしょ?」
私への指示を終えたスーちゃんが続けて指示を出そうと視線を向けると、リンちゃんは不思議と楽しそうにそう言った。
「ログの監視とほどほどの生存。他にやることはある?」
「……ないですけど。もしかしてボクの作戦わかってる感じですか?」
「当たり前でしょ。私は『リンネ』なんだから」
「むぅ……そう言われると何も言い返せないです」
当然のことのように言い放つリンちゃんと、ちょっとむくれてるスーちゃん。
二人の間では見た目以上のやり取りがあるんだろうけど、残念ながら私にはなんのことなのかわからなかった。
「ねぇねぇトーカちゃん、二人がなんの話してるかわかる?」
「えーと……そうですね、プロゲーマーとしてのリン姉様は全盛期に沢山の呼び名があったんですけど、有名なもので《戦略の魔女》なんて呼ばれてたことがありまして……その理由が、未来予知に近い精度で相手の作戦を全て読み通すところから来てたんです。実は今でも結構代名詞として使われることがあるくらいなんですよ」
「戦略の魔女」
「こらそこ! ダサい上に恥ずかしいことわざわざ教えるんじゃないの!」
私とトーカちゃんがヒソヒソ話しているのを耳聡く聞きつけたリンちゃんが、少し顔を赤くして突っ込みを入れてきた。
正直ダサいなと思ってたんだけど、やっぱりリンちゃんもそう思ってたんだ。
「もう、話が逸れちゃったじゃない」
「ごめんごめん」
「とにかく私たちは本戦では基本的に生存を第一に動くわ。隠れるのを徹底してれば程々にポイントが取れるくらいまでは生き残れるでしょ」
「それで大丈夫です。トーカは本戦のうちに、リンネと行動しながら試合の空気に慣れておいてください。練習や予選とは試合展開が段違いに早くなりますけど、このレベルの練習はできなかったので……」
「それも含めてのハイディング、ということですね。わかりました」
3人の間では基本方針として生存意識で行動することで話がついたらしい。
まあ、リンちゃんとトーカちゃんが納得してるなら私から口を出すようなことじゃない。私なんかよりずっと頭がいい二人なんだから。
「一応本戦での目標ポイント数も確認しておきますね。12チーム参加で自チームを抜くとキルポイントだけで最大44。サバイバーポイントは1位が10で2位が5、以下6位まで1ずつ減るので合計は25。分け合うポイントは二試合で138ですから、本戦ではこの内25ポイント程度をキルか生存で何とかして稼げればいいです。ブロック制でそれぞれ3チーム決勝に行ける訳ですから、このくらい取っておけばまず敗退はないですね」
「妥当なところね。35取れれば1位通過も見えるかしら」
「観客や他のプレイヤーの目を考えるとあまりポイントを独占したくはないですし、現実的にはそんなものですね。皮算用にはなりますけど、第一試合に多めに稼いで二試合目は程々に抑えるのが理想ではあります」
「エンタメの観点から見るとどうしてもねぇ。本戦は布石を打ちながらになるけど大丈夫?」
「展開とナナ次第ですけど、まあ大丈夫です。ボクはナナの能力を信頼してるので」
リンちゃんとスーちゃんが早口で状況を確認していくのを眺めながら、頭の中でぼんやりと点数を計算する。
スーちゃんが示した目標は、138ポイント中の25ポイント。全体のポイントからざっくり5分の1くらいだ。
他に30ポイントを取るチームが3つあったら、25ポイントを取っても本戦は負けだけど……。
とはいえそんなに綺麗に分散するかと言われるとあんまり現実的じゃない。バトルロイヤルでは基本的に色んなチームが少しずつキルを取ってしまうものだからだ。
結局、ある程度の分散を考慮すると25ポイントくらいに落ち着くんだろうと思うことにした。
多分こういうのは実際に大会を経験したり観戦したことがないとわからない。いわゆる肌感ってやつ?
私はリンちゃんと一緒に大会の観戦をしたことはあるけど、リンちゃんと一緒に居るのが楽しかっただけで大会をちゃんと見てたわけじゃないのだ。
「一応作戦は立てましたが、端的に言って本戦は前座です。正直な話をするなら作戦なんて立てなくてもなんとかなるとは思ってます。リンネとも最初は適当でいいって話をしてましたし。それでもわざわざボクとナナが目立つような作戦を立てたのには当然理由があります」
もっとちゃんと見ておけばよかったかな〜なんてちょっと後悔していると、本戦に関する目標決めは終わったのか、再びスーちゃんがこちらを向いてそう言った。
「わざと目立つようにしたの? いや、確かにこの作戦は配信画面に写ったら目立ちそうではあるけど」
「そうです。リンネにHEROESへの参加を打診された時から長い時間をかけてきたとっておきの仕込みと合わせた、一試合限りの作戦のための布石です」
とっておき。スーちゃんがそういうくらいだから、とんでもない作戦ではあるんだろうけど。
長い時間をかけたって、そういえばスーちゃんにリンちゃんが声をかけたのっていつくらいの話なんだろう? VR部門の立ち上げを決めたのは私がバイトを辞める前だって話だったような気がするけど、その頃からスーちゃんに声をかけてたのかな?
そんなことを考えていると、スーちゃんは作戦の詳細を説明してくれた。
「決勝ラウンド第一試合、ボク達は敵の前提を引っくり返す。具体的には、ほぼ確実に起こるであろうチーミングの裏をかきます」
「ちーみんぐ?」
聞いたことの無い言葉を思わず聞き返した私に、スーちゃんは力強く頷いた。