配信の裏で、燈火は
「ふふ、二人とも楽しそうですね」
一度は起きてご飯を食べたものの、お腹がいっぱいになって再び眠ってしまったすうぱあのお守りをしながら、燈火はナナとリンネの配信を見ていた。
楽しそうなナナも、滅多に見せない無防備なリンネも、どちらも燈火にとっては見ていて微笑ましい。
あの事故の日からずっと……ずっとこんな、幸せそうに笑う二人を夢見てきたのだから。
(もうすぐ1日目が終わる。私は役割を果たせていたでしょうか……)
今日1日、燈火は3人を一歩引いたところで見守ってきた。出しゃばらず、無理をせず、できる範囲で力を尽くしてきた。
ナナも、リンネも、すうぱあも、それぞれが誰にも真似できない武器を持っている天才。
燈火に求められた役目はその3人の潤滑油になることであり、ゲームの上手さではないと、すうぱあとの一対一で早々に悟ったからだ。
すうぱあの強さを知るまで、燈火はずっと「なぜ自分がHEROESに誘われたのか」という疑問を抱いていた。
リンネに頼まれて、欠員があったHEROESのVR部門に参加した。
4人チームの制限をクリアするためには、すうぱあとナナの他にもうひとり必要だったのは確かだ。
けれど、ソレが燈火である必要はない。そのことは燈火自身が一番よくわかっている。
シューティングゲームにさほど詳しくない燈火を数合わせでチームに入れて、付け焼き刃の技術を叩き込むくらいなら、ゼロウォーズVRのトップランカーからフリーのプレイヤーを捕まえた方がいいに決まっている。
あるいはHEROESの他チームからメンバーを連れてくるとか、代替案はいくらでもあったはずだ。
だと言うのにリンネは、最後のひとりとして燈火を選んだ。
その理由に悶々としていた燈火だが、ここに来てようやく理解できた。
理由はあまりにも単純なもの。
WGCSに向けた戦力という点で見れば、すうぱあひとりで事足りてしまっていたのだ。
燈火が要らないどころの騒ぎではなく、本質的にはナナやリンネさえ戦力としては不要。
チャンバラをしている子供たちの中に武装した軍人が割り込んでくるような、それほど隔絶した実力差がすうぱあとそれ以外のプレイヤーの間には存在する。
それはある意味で、常人とナナとの間にある身体能力の差と同質のもの。絶対にたどり着けない領域に、すうぱあという少女は立っている。
少なくともこの国に彼女とまともに戦えるプレイヤーは片手の指ほどもいないし、その数少ないプレイヤーは既にWGCSへの出場を決めているためバトラーには出ていない。
こんな状況であることを鑑みると、最後のひとりが誰でもよかったというリンネの判断は、とてもスマートなものだった。
HEROESがバトラーを勝ち抜くというその目的のみを見るなら、だが。
(《天地神明》が参加しているならともかく、現状他のチームにはすうぱあさんを止める手段がない。リン姉様も酷いことをしますよね。よりによってすうぱあさんを引っ張り出してくるんですから)
誰も予想していなかった、すうぱあの参戦。
今頃他のチームが想定外の事態に頭を抱えている姿が、燈火には容易に想像できた。
燈火がゼロウォーズVRを始めてから、まだ2週間程度しか経っていない。付け焼き刃ながら足手まといにならない程度の実力は身につけた燈火だが、それでもすうぱあやナナには到底及ばない。
故に実力で劣る部分を知識で補おうと、ゼロウォーズVRの環境変遷や界隈については調査を重ねてきた。
その程度の知識でも、断言できる。
すうぱあの参戦により、バトラーはチーム同士の競い合いではなくなった。
この大会は「すうぱあを殺せるか、否か」というサバイバルゲームに変貌したのだ、と。
12ヶ月連続、ぶっちぎりのランキングトップを取り続けた絶対王者、すうぱあ。
そのあまりにも現実離れした強さを、このゲームのトップランカーたちは嫌というほど味わってきた。
対策を練ろうにも、SNSもやっていない、プロフィールやキャラクター衣装も初期設定、どこかのチームに入っているわけでもなく、動画投稿や配信もしていない。
フレンド限定バトルなど当然不可能で、戦うにはランダムマッチで運良く遭遇できることを祈るしかない。
いや、現実にはすうぱあと遭遇しないことを祈るプレイヤーの方が多いのだが、それはさておき。
対策しようにもその情報は限られ、辛うじて敵としての視点から彼女のプレイを分析するのが精一杯という、悪魔のような存在。
こうした理由から、ゼロウォーズVRのトッププレイヤー、いわゆる「ランカー」と呼ばれる世界ランキングトップ1000のプレイヤーたちはこう結論づけた。
すうぱあの対策は捨てよう、と。
ゼロウォーズVRは、《VRシューティングゲーム》というジャンルにおいては世界一のアクティブプレイヤーを有するゲームであり、バトラーに限らず公式開催の大規模大会はいくつか存在する。
そうなるとeスポーツとしての競技シーンは、個人としての実力を誇示するランクマッチ以上に、公式大会に重点が置かれてくる。
そしてすうぱあは、大会には決して出てこない。
12ヶ月連続のランクマッチ制覇。蹂躙の具現、運営の用意した最強AIとさえ呼ばれた怪物は、これまで一度たりとも大会へ出場しなかった。それは公式大会に限らず、規模の大小を問わずだ。
名を騙る者はいても、実力は真似られない。むしろ騙りと言うよりはリスペクトと取られるほどに、すうぱあの存在は大きく……そして、競技シーンでは小さいものだった。
どうせ大会に出ないのなら、すうぱあの対策をするのは時間の無駄だ。
ランクマッチで当たったら、何とか上手くやろう。
これがゼロウォーズVR界隈での暗黙の了解……だった。
そう。
すうぱあは遂に、よりによってこのタイミングで、最後の公式大会に参加してきたのだ。
(本当に、意地が悪いですよね)
高笑いするリンネの姿を幻視して、燈火は独りごちる。
ゼロウォーズVRというタイトルは、言い方は悪いが既に盛り上がりの最高潮を過ぎたゲームだ。
燈火たちHEROESが目指すWGCSの《オールスターズ》は、世界で最も盛り上がっている5つのゲームタイトルに、プラスアルファで開催されるエキシビションマッチ。
そしてそのエキシビションへの出場決定戦に使われるタイトルである以上、それは「凄く人気で知名度があるけど、世界で五本の指には入らない」程度のゲームということになる。
VRシューティングジャンルはここ数年で盛り上がってきたジャンルではあるが、そのトップを独走するゼロウォーズVRですら、5本の指には入れなかった。
落ち目とまでは言わなくとも、そろそろ衰退が始まる界隈……その最後の花火が、WGCSオールスターズ予選大会だったのだ。
日本国内ではバトラーを含め、ゼロウォーズVRを用いたWGCS予選大会が3回開催されている。
一度目の大会は、国内最強プロチーム《天地神明》が。
二度目の大会は、アマチュアながらもトップランカーに名を連ねる強者四人が集まったチーム《#すももは絶対ももじゃない》がWGCSへの切符を掴んだ。
そして今回のバトラーからは2チームが、WGCSへの切符を手にすることができる。
正真正銘、最後の最後。プレイヤーそれぞれに思うところはあるだろうし、闘志を燃やしていたことだろう。
だが、それでもリンネはすうぱあを連れてきた。
全てのゼロウォーズVRプレイヤーにとっての、ラスボスとも呼べる怪物を引っ張り出してきたのだ。
それは有終の美を飾ろうとする最後の大規模大会を阿鼻叫喚とさせる、とんでもない一手のように燈火には思えた。
(だからこそ不思議。もちろん、すうぱあさんが悪い訳じゃない。彼女は誰よりも強いだけ。でも、すうぱあさんの強さは……きっと、あの日のリンねぇみたいに、何もかもを壊しちゃう)
2年……いや、正確には3年近く前の、WGCS。プロゲーマー・リンネがその地位を不動のものとした大会のことを燈火は思い出す。
鷹匠凜音が人生でただ一度きり、死力を尽くして戦ったあの日。《凶獣》なんて揶揄されていたリンネが、全世界に手のひらをひっくり返させた、伝説の死闘。
……そして、ナナがリンネに気を許しているその根源的な理由を、燈火が初めて理解した日。
(今の状況はあの日に近い。絶対の強さを持った怪物を、倒すための戦い。あの日のリンねぇは勝った。でも、今回は……)
怪物同士の激突だった、あの日のWGCSとは違う。
リンネが死力を尽くして挑まなければ勝てなかった「彼」は、この大会には存在しない。
その代わり、この大会にも怪物は2人居る。
そしてその双方が、よりによって同じチームに居る。
王座で君臨するより、挑戦者として下克上を果たす方が好きなのが、燈火の知っているリンネの姿だ。
そういう、観客が盛り上がるようなエンターテイメントを大切にするのが、リンネのはずだ。
(違和感ばかり。……WLOを楽しんでいたナナねぇを、わざわざWGCSへ連れていく理由は何? そもそもeスポーツから遠ざかっていたリンねぇ本人が、WGCSを目指す理由は? そしてよりによってすうぱあさんを選んで連れてきたのはなんで?)
燈火はあくまでも、リンネに頼まれたからHEROESに参加したに過ぎない。
潤滑油としての役割を期待されたのだろうと思っていたし、実際に今日はそんな役割を担ってきたつもりだ。
けれど、考えれば考えるほど、本当にそれだけの理由なのかという疑問が湧いてくる。
(最初はバトラーを確実に勝ち抜くために、最強プレイヤーと名高いすうぱあさんをスカウトしたんだと思ってた。……けど、多分それは違う。バトラーじゃなくて、WGCSにナナねぇとすうぱあさんの力が要るんじゃない? すうぱあさんの才能がゼロウォーズVRだけに収まらないのは、対軍シミュレーションで証明されてる。……リンねぇは初めから、バトラーでの勝ち負けなんて見てないのかもしれない)
少しずつ見えてくる、リンネの思惑。
リンネを従妹の立場で見てきた燈火だからこそわかることもある。
「リンちゃんだから」で全てを信頼するナナの姿は尊いと思うが、だからといって燈火はリンネの全てを即座に信頼することはできない。
騙しはしないが、隠し事はする。リンネはそういうタイプで、そしてサプライズが大好きな性格だということをよ〜〜〜く知っているからだ。
「……はぁ、今はバトラーに集中するしかないですね」
際限なく湧き出る疑念を打ち切って、配信を終えて帰ってくる二人を待つべく立ち上がる。
どうせリンネは聞いたところで理由を教えてはくれないだろう。「今じゃないのよねぇ」なんてはぐらかされるに決まっている。
どの道、バトラーが終わった頃にはわかることだ。勝つにせよ負けるにせよ、リンネの目的くらいは見えるはず。
「……はぁ。あまり、気は乗らないですね」
明日のバトラーのことではなく、その先を見据えて燈火は遠い目をして呟いた。
数合わせとしての端役ならいい。潤滑油としての役割なら喜んで果たそう。
けれど、ふと気付いてしまったのだ。
もしもリンネの思惑に、鷹匠燈火の登場シーンがあるのなら。
それはどうしようもなく八方塞がりになったタイミングでの、捨て駒役なんじゃないかと。
何故なら燈火には、それを完璧にこなせる理由があり。
そしてソレを知っているのは、リンネだけ。
何よりも嫌なのは捨て駒にされることではなく、ナナにそれを見られることだ。
「まぁ、ナナねぇのためならいいですけどね」
物憂げな表情を一転させ、笑顔を浮かべる燈火。
先の話、それもただの想像でネガティブになるのも馬鹿らしい。
そんなことより、二人が戻ってくる前にすうぱあを起こさなければ、この後の会議に支障が出る。
「ほら、すうぱあさん夜ですよ」
「うぅん…………よるなんですか……?」
「夜なんです」
「…………ぐぅ」
「それはダメです」
「ぐぇっ」
割と図太い反応を見せるすうぱあを少し手荒に起こした燈火は、配信の準備のために夕食を抜いていたリンネのために、ちょっとした食事の準備をするのだった。
まさかのすうぱあの登場でゼロウォーズVR界隈阿鼻叫喚なう。
すうぱあ包囲網は着実に……。
ところでそこにどこからでも確実にぶち抜いてくる超人スナイパーがですね。