ナナの配信 #改めてご挨拶と質問返し
今日のナナはご機嫌です。
『始まんないなー』
『時間が経つのが長い』
『早く早く』
『コメ欄爆速だし今なら言える……ぬるぽ』
『↑ガッ』
『↑反応早すぎる;;』
時刻は夜の7時55分。
8時から始まるナナの配信を見るべく集まったリスナーの総数は、配信開始前の時点で40万人を越えていた。
そのほとんどはSNSやまとめサイト、あるいはネットニュースでナナがバリバリヘルスくんを破壊した動画を見て、興味本位で来た者ばかり。
それでも、ナナ自身のチャンネルの平均的な同時接続数が1000人程度であるということを考えると、桁違いの数字ではあった。
『おっ?』
『はじまた!?』
『ちょっと早いけど』
『はじまった、、?』
『ナナだ!』
『ん?』
そんなたくさんの視聴者が集まっている中、まだ配信開始の時間になっていないタイミングで、配信画面が切り替わる。
映し出されたのは、全員のお目当てであるひとりの少女だった。
短めに整えられた髪に、何の変哲もない黒目。
あまり似合っていないHEROESロゴの黒パーカー。
これが「ナナ」だと、この配信に来た誰もが知っている。
彼女がマシンを粉砕した動画を見たからこそ、この数十万人の視聴者は集まっているのだから。
とはいえ。
彼らが目にしたナナはどうも、想像とは違った様子で。
大きめの椅子にちょこんと座って、口をちょっとだけ開けていて、視線は明後日の方向に向いている。
それはもう、ぱっと見て分かる程度には、ボケーッと気の抜けた表情をしていた。
心ここに在らずと言うべきか。間違いなく、配信に映っていることには気がついていないだろう。
『こんなにとぼけた顔してることある?』
『緊張感のかけらもないの草』
『かわいいw』
『かわ……かわいいかなぁ……?』
『ぼーっとしてるなぁ……』
『あまりにも集中してなさすぎる』
『これ絶対カメラ操作してるのリンネで草。ぼーっとしてるのが面白いからとかそんな理由だろw』
『親友のはずなのに寝顔配信したり寝顔写真撮ったりアホ面晒したりやりたい放題だからな』
『なんかずっと見てるとジワジワくるな』
『まだリンネがやったと決まったわけじゃないからセーフ』
『クスクス笑い声が聞こえてんだよなぁ』
『相変わらずお肌の艶が神がかっとる』
『髪のキューティクルもだゾ』
『これで微動だにしないの面白すぎる』
『そろそろ誰か教えてやれよw』
わちゃわちゃとコメントが盛り上がる中、二分以上もたっぷりと惚けていたナナ。
しかしようやくなにかに気づいたのか、眉をひそめて小さく首を傾げた。
「リンちゃん、なんで笑ってるの?」
「……わ、笑ってない。笑ってないわよ」
「嘘だぁ。ものすごい笑いこらえてるじゃん」
「気のせいよ。とんだ濡れ衣だわ」
「むぅ、リンちゃんがそういうならいいけど」
『いいのか』
『(アカン)』
『追求が弱すぎる』
『やっぱりリンネやん!』
『これはやってますねぇ』
『せっかく気づいたのに……』
何もしていないと言い張るリンネに、ナナは追求するのをやめて再びぼーっとし始めた。
が、すぐに何かがおかしいことに気づいたのか、再び怪訝な表情を浮かべる。
「さっきからチラチラ何見てるの? もしかしてもう配信始まってたりしない?」
「ええ、もちろん。……始まってるわよ」
「………………ぬぇっ!?」
『コイツはほんまwww』
『リンネw』
『絶対遊んでて草』
『ぬぇっ!?』
『弄ばれてんなぁ』
『夫婦漫才やめろw』
『↑夫婦漫才とは違うと思うんですけど(マジレス)』
『ただのドッキリや』
『思ってたよりコメディな感じだった』
リンネにからかわれて驚くナナを見て、再びコメントが盛り上がる。
ナナの壇上でのインタビュー動画まで見たリスナーは、実際にはそれほど多くはない。
それを見ていればナナが思ったより普通の感性を持っていることは理解できただろうが、多くのリスナーの中ではパンチングマシンを破壊した怪物として見られている。
だからこそいきなりコメディチックに始まった配信に驚いたし、どんな化け物が出てくるんだろうという緊張感は一気に解けた。
「えーっと……うーん……こんにちは?」
『こんにちは』
『もうこんばんはの時間ですよ』
『ウチの国ではまだ朝だよ』
『私はちょうどお昼だ』
『おかしい……コメント日本語しか流れてないのに明らかに他国のモンがおる』
『今日は全言語翻訳オプションありなんだね』
『クソ高オプションを平然と使うな』
「金なら腐るほどあるのよ。あと今日のコメントはナナに見えてないわよ」
「リンちゃんが配信手伝ってくれてるからね〜。今日はお願いしちゃってるんだぁ」
そう言って、ナナは機嫌が良さそうにふにゃりと笑った。
WLOでの配信には慣れていても、現実世界を映すような配信はまだ数える程しかしたことがないため、粗相がないようにとナナはリンネに設定を任せている。
そのため、ビデオカメラや配信の操作を一手に引き受けるリンネにはリスナーからのコメントの全てが見えているが、ナナはリンネがタブレット端末とカメラを操作していることしかわからない。
今日の配信はそれでいい。リンネと相談してそう決めたのだ。
ちなみに全言語翻訳オプションとは、動画投稿サイト『ライバーズ』において最も高級なコンテンツのことで。
一回使用する度に十万円という高額の使用料を取られる代わりに、ライバーズを視聴できる全ての国の公用語へと自動で言語を翻訳してくれる機能である。
日本で見ているのであればコメントも含めて全ての言葉が日本語で表示されるし、英国で見ているのであれば英語になる。
他にもライバーズが対応している言語であれば、リスナー自身が公用語ではない翻訳言語を選ぶこともできる。
全世界を対象に配信をする場合に便利な企業向けのオプションなのだが、多様な国のリスナーが来ることを見越して、今回に限ってリンネはこのオプションを使用していた。
『リンネもちゃんと映れ』
『リンネが雑用ってマ?』
『バカな。俺たちのリンネはもっと横柄なはずだ』
『いつもの1億円ネタは?』
『いつものってなんだよ(困惑)』
『さては偽物……』
「期待されてるみたいだから、ここから私に関してクソコメしたやつから消していくわねぇ?」
『ひぇっ』
『っぱリンネよ!』
『こうでなきゃ』
『さすリンネ』
『殺伐としてきた』
『お前らリンネにばっかコメしてどうすんだ……』
『すまん』
『#運対済』
『コメントする前に消されてるヤツいて草』
「私はいいのよ今日は。貴方達だって私を見に来たわけじゃないでしょうが」
ナナは見たことがないが、リンネは見たことがある。
そういうリスナーたちとやり取りをしつつ、リンネは矛先を主役であるナナへと移そうとする。
それを見て、ナナは体を揺らしながら否定した。
「リンちゃんを見たいって人もいっぱいいると思うなぁ」
「そういうコメしたやつからBANしていきましょ」
「いやダメだよ?」
『ナナは優しいなぁ』
『リンネにこの優しさの五分の一もあればなぁ』
『ナナが優しい……?』
『一見さんは撲殺鬼娘を知らないからな』
『笑いながらゴブリンの頭を消し飛ばす女やぞ』
『200メートル先から鉄球でウサギを仕留める女やぞ』
『金棒担いでフィールドを蹂躙する鬼』
『いたいけな少女の顔面をぶん殴る悪魔』
『えぇ……』
『やっぱりパワー系女子やん!』
『印象操作やめろwww』
『否定できる要素が一個もないの草生える』
「うふふふ」
「どうしたの?」
「みんながナナは優しいって言ってるわ」
「えへへ、そうかな?」
『配信主に嘘を伝えるな』
『リンネが間に挟まるとマズイ』
『曲解がすぎる』
『まあリンネよりは優しいし……』
『別にリンネだって厳しくはないから……』
『せやろか(即BAN)』
『される方が悪い定期』
「さ、ナナ。そろそろ本題に入りましょ」
「そーだね〜」
コメント欄の盛り上がりが加速していく中、リンネがざっくりと配信を取り仕切る。
元々今日の配信の目的は、「ナナ」を知ってもらうことであって、コメントに対してレスを返すいわゆる雑談枠とは少々異なる。
ナナの負担が大きくならないよう、進行役を務めるのもリンネの仕事のひとつだった。
態度の割に意外と気を遣って配信のサポートをしているリンネとは対照的に、ナナはホンワカとした雰囲気を崩さない。
配信開始の8時を回り、リスナーの数は既に45万を超えているが、それでもニコニコと楽しそうな様子のままだ。
数十万という膨大なリスナーの視線を受けているということへの緊張はないし、そもそもナナはそういう認識を持っていない。
ナナにとってはこの配信も、リンネと一緒に遊んでいる感覚でしかない。
WLOの迷宮イベントでコラボ配信をした時と同じで、要するに今日のナナは、すこぶるご機嫌なのだった。
「えーっと改めて、今日は来てくれてありがとうございます。私がナナ。HEROES・VR部門のナナです。よろしくね〜」
『よろしゅうな!』
『HEROESかぁ』
『ゲームの方のリンネは見てなかったから知らなかったわ』
『コネ入団ってやつですよね』
『コネって言ってもHEROESがとってなきゃ別のとこが取ってたんじゃないかなとは思う』
『筋肉枠としてこれ以上ないスペック』
『筋肉は映えないけどね』
『肉の付き方はふつーにスポーツやってる女の子くらいに見えるね』
『スラッとしてるかな?』
『ぺったんこ』
『やめたれwww』
『まあ子供体型よな』
『ぺったんこコメは消されないのか……(困惑)』
「とりあえず今日はなんかこう、事前に質問を募集してたらしいから、その質問に答えていくよ〜。その内容の関係で背景がスポーツジムになってます。コメントへの返信じゃないから、そこはごめんなさいだね〜」
『なるほど』
『グダるよりはいいやね』
『スムーズにいこう』
『ええんやで』
『ちらっとマーク見えてるけどリンネのマンションの私設ジムやん』
『↑本人が一度も使わないと話題のアレか』
「それじゃあ、質問読んでいきますか。ひとつ目はこれ〜」
【答えられる範囲でプロフィールを教えてください。できたら身長体重も……】
「ナナ、21歳、見ての通り女で誕生日は7月7日。身長は155で、体重は今は42キロみたい」
『軽いな』
『重さは見た目相応ではあるかな?』
『あっさり教えてくれるもんだね』
『21歳は嘘やろ……中高生にしか見えん』
『↑リンネと同い年なんだからそこは疑う余地ないだろ』
『小さいってほど小さくはないんだね』
『かなり童顔に見える』
『もうすぐ誕生日なんだ。めでてぇ』
『たし蟹めでてぇ』
『はっぴばーすでー』
『リンネより生まれが早いのは意外だな』
『↑おれリンネの誕生日知らないんだけど』
『↑8/8だよ覚えときな』
『やさしい』
スポーツジムということで、あらかじめ測っておいた身体測定の結果をスラスラと読み上げる。
それを聞いたリンネが、少しだけ首を傾げた。
「ナナは基本的に体重変わらないと思ってたけど、中学の時よりはけっこう重くなったかしら?」
「5キロくらい増えてるかも。まあほら、あの時はまだそんなに力もなかったしさ」
「見た目は時が止まってるみたいに変わらないのにね」
「それはそういうモノだからね」
『そういうもの #とは』
『生きてる時間軸が違う説』
『その身長で5キロ増えて見た目変わらないのはさすがにおかしいと思うんですけど』
『↑そういうものだからね()』
『パワーワードじゃないのに「圧」を感じる』
『凄みがあるよね』
「細かなプロフィールは改めて計測してからHEROESの公式サイトに載せておくわね」
「よろしく〜。じゃあ次の質問読むね」
【どうやってあんなとんでもないパワーを身につけたんですか?】
「この質問はやっぱり来るよね。と言っても……生まれつきとしか答えられないかな〜」
「そうね」
「特にトレーニングとかはしてないんだよ。習い事とか部活とかもやったことはないなぁ」
ナナの言葉に偽りはない。
身体能力に関しては、ただ生きているだけでここまで成長したものである。
アルバイトはしていたし、怜によって人を殺さないための力加減の仕方を学んだことはあったが、身体能力に関してはトレーニングらしいトレーニングは経験したことがない。
そもそも小学生の頃にはヒグマを一撃で沈めるだけのパワーを有していたことを考えると、やはり生まれつきとしかいいようがないものだった。
『嘘やろ』
『明らかに生まれつきのパワーじゃないよ……』
『逆に鍛えてどうにかなるパワーじゃなくね』
『ほんそれ』
『ボクサーとかじゃないんだね』
『↑右ストレートで相手の首から上消し飛ぶやろ』
『↑ただの右ストレートがガード不可の必殺チート技になりそう』
『それでも衝撃で壊すとかじゃなくて貫通して破壊だからやっぱちょっとおかしい気がする』
『フォームがいいからなんかの格闘技はやってるのかと思ってた』
「ナナが練習したのなんて、対人戦での力加減の仕方くらいじゃない?」
「そうだね。スポーツにせよ武術にせよ武器術にせよ、一度見たら再現できるんだ。だから使いどころの勉強はともかく、技の練習とかはしたことないかな」
『はぇ〜』
『しれっと言うなぁ』
『スポーツ漫画で必ず一人はいるタイプの強キャラじゃん』
『主人公チームの尖った一芸で突破されがち』
『才能の塊すぎる』
『剣とか槍も使えるの?』
『武術のビデオいっぱい見たら最強じゃん』
「小さい頃はお母様に死ぬほど武術のビデオ見せられてたわよね」
「リンちゃんはつまらないからって寝てたけどね」
「だってつまらなかったんだもの」
「リンちゃんは……なんか絶対失敗するもんね」
「そうなのよねぇ」
『お母様ってナナの? リンネの?』
『↑リンネは自分の母親のことをお母様と呼ぶことをお前に教える』
『英才教育……!』
『リンネの運動音痴は小さい頃からか』
『音痴ってレベルじゃねぇんだよな』
『絶対失敗するって表現が的確だな』
『ボール投げたら後ろに飛んでくからな』
『ナナとは逆の方向性で世界観がおかしい女』
『ナナに全部持ってかれてるんだよきっと』
『こればっかりはリンネに勝てる自信があるわ』
『リンネが唯一否定しない欠点だからな』
「運動だけはどうしてもねぇ……」
「そこは私の担当だからいいんじゃない?」
ナナが運動を得意としているのとは対照的に、リンネは絶望的なまでに運動ができない。走るだけでも高確率でコケるほどに。
そしてそれは周知されている事実であり、リンネ自身もこればっかりはどうしようもないと思っている。
それでも改善する気が起きない理由は、目の前にいる親友のせいではあるのだが。
頼り合う余地があるというのは、リンネにとってもナナにとっても幸せなことなので、あえて直す理由もないのだ。
「それはそうなんだけどね。次、行きましょうか」
【動画のパンチがヤラセや加工じゃないなら、相応の筋力があるはずですよね。重たいもの、例えばバーベルみたいなものを持ち上げているところを見たいです。あれだけのパワーですし、当然500キロくらいは持てるんですよね?】
「ふむふむ。なかなかに長文だね。……この500キロって基準はなんでつけたんだろう?」
「重量挙げの世界記録が400キロいかないくらいだからじゃないかしら。要は煽られてるのよ」
「あ、なるほど〜」
『慇懃無礼ってやつだ』
『疑いたくなる気持ちはわかる』
『みんな知りたいことではあるよな』
『嫌味な書き方せんでもええのにとは思う』
『↑肝心の相手に嫌味が通じてないからあんま意味ないけどな』
「そのためのスポーツジムだし、ちょっとバーベル持ってくるね」
「はいはい。ケガしないでね」
『パンチのパワーと重いものを持つパワーに違いってあるか?』
『ないんじゃない?』
『やはり筋肉……筋肉は全てを解決する』
『重量挙げは技術も必要だゾ』
『パンチングマシンでも必要だけどね』
「パンチの威力は基本的には『速さ✕重さ』なのよ。だから重いものを持ち上げるってこととはちょっと向きが違うのよね。筋力がなくても体重があるだけで威力が上がったりするし。とはいえ速いパンチを打つには筋力がいるし、無関係ではないんだけど」
『なるほどー』
『それがわかっててなぜ運動ができないのか』
『リンネ七不思議のひとつだ』
『頭でっかち……』
『残りの六不思議はなんやねんて話』
『↑お金の出処とかですかね……』
ギャリギャリと音を立てて、ジムの中に金属同士が擦れ合う音が響く。
画面の中にぬぅっと現れたのは、10本や20本ではない、パッと見では数え切れないほどたくさんのバーベルシャフトを両腕で抱えたナナだった。
まるで鉛筆でも抱えているのかと聞きたくなるほどにあっさりとした表情だが、わかる人が見ればあまりにも異様な光景である。
ざっくり説明すると、シャフトとはバーベルの持ち手の棒の部分を指す言葉。両端の重りに目が行きがちだが、シャフトだけでも最低10キロ程度、重たいものであれば20キロはくだらない程度には重さがあるものだからだ。
つまり、ナナが気楽に抱えているその数十本のシャフトは、それだけで200キロをゆうに超えた重さということになるのだった。
「持ってきたよ〜」
「お帰りなさい」
「デザインがイケてるのがあったからいっぱい持ってきちゃった〜。どう? 500キロくらいありそう?」
『お帰りじゃないが』
『すっご』
『えぇ……』
『それ本物?』
『30本はあるね』
『それMCの超重量バーベルじゃん!』
『MCの超重量バーベルで草』
『それとんでもない値段するんじゃなかったっけ……?』
『シャフトの部分だけで1本40万!』
『たけぇ!』
「そうそう、マッスルコーポレーションの超重量バーベル。あそこの重役とちょっと話す機会があって、オススメされたから買ってはみたのよ。ただ、うちのマンションの子達は誰も使わなくってね。私は当然持てないし、利用者に聞いたらシャフトが従来より重すぎて違和感がすごいらしいわ」
「普通は両サイドに重りつけるもんね」
「そういうことみたいね。まあ、私はそういうのはよくわからないんだけど」
『なるほどね』
『筋トレマニアならわかるのかな』
『ふーん』
『それっぽいこと話してるけどそれ1本40キロあるんじゃ……』
『↑は?』
『んんんん?』
『偽物か?』
『模造する意味よ』
『じゃあ今ナナが持ってるの、めちゃくちゃな重量だってこと?』
『34本あるから1360キロでっす』
『ちょっと何言ってるか分からない』
「偽物じゃないわよ。ナナ、ちょっとそれ床に置いてみて」
「いいけどちゃんと離れててね。危ないから」
ナナは横向きに抱えていた、リスナー数えで34本あるシャフトをぎゅっと押さえつけて纏めると、縦向きにして床に立てる。
シャフトが床に接地した瞬間、ゴォン……! という重低音が響きわたり、床のコンクリートの表面が僅かに砕け散った。
『ひぇっ』
『ゆ、床が……』
『重たい音がした』
『ドゴッて音してたな』
『1トンくらいはあってもおかしくはないかも……?』
『どういうことなの』
『マズイですよ……(震え声)』
「はっ、縦置きだと手が離せない……!」
リスナーが戦々恐々としている中、ナナはちょっとズレたところで衝撃を受けていた。
「いや当たり前でしょ。横向きに下ろしなさいよ」
「そうするね……」
「さて。とりあえず本物なのはわかったんじゃない?」
『半信半疑』
『半分信じられるだけやばいと思うんですけど』
『↑わかるよ』
『仮に本物だとしてどんなパワーしとんねん』
『工事現場のプラスチックポールでもあの量はしんどいしなぁ』
『逆に本物感ある』
「ホントはちゃんとヤラセじゃないのを見せたいんだけど、身内じゃ参考にならないしねぇ。これを見てわかっててもらえれ……ば?」
リンネがリスナーのコメントを見ながらどうしたものかと頭を捻らせていると、不意にメキ、メキ、バキッ! と嫌な音が響き渡った。
パッと視線を上げると、二つに千切れたシャフトを手にしたナナが嬉しそうに笑っていた。
「リンちゃんこれ凄いね! 鉄とかより頑丈な感じ!」
「……ナナ、それどうしたの?」
「あ、ごめん。なんか気になっちゃって。折れるかなーと思ったんだけど曲がるだけで折れなかったから、千切っちゃった」
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『うわぁ』
『中までみっちり金属なんだなぁ……(白目)』
『すんごい嫌な音がした』
『おれ割り箸おるのでももう少し苦戦するのに……』
『頑丈とは』
『ガチの怪物やんけ』
『二回曲げて捻ってちぎった?』
『金属ってそういうふうに折れるもんだっけ……?』
『仮にプラスチックだとしても今のは無理』
『ガチのバケモンで草生えない』
『怖すぎる』
コメントに目を向けていたリンネはナナが実際にシャフトを千切るところは見ていないが、画面の前にいたリスナーたちはその瞬間をしっかりと捉えていた。
地面に置いたシャフトを一本持ち上げて、真ん中付近を両手で持って、内向きにクイッと捻る。
力を入れている様子もないとても自然な動作の後に、金属棒はあまりにも容易く折り畳まれた。
ナナはそれを見て首を傾げると、反対側に折り直してから最後にくるりとシャフトを捻り、脆くなった中心部分を千切ったのだ。
一連の動作にかかった時間は二秒足らず。あっという間の出来事だった。
「んふふ、前よりパワーが上がってる〜」
リンネも含め、この場の全員がドン引きしている中、ナナはとても嬉しそうな表情を浮かべていた。
機嫌がいいとニコニコしてるし体が揺れる。
バーベルで重さを測るって言われてシャフトだけ沢山持ってくるちょっとお茶目な主人公です(1.3トン)