試合を終えて
コミックス第一巻発売です!
「いやー焦った焦った。危うくアイツらに食われるとこだったぜ」
第二回戦、終了後。
HEROESと同じ試合にいた招待チーム《チーズショック》の控え室から、そんな言葉が聞こえてくる。
リーダーのパルメザン。エースのメロリィ。主に長射程武器が得意なチェダー。そして賑やかしのマスカル。
《チーズショック》はこの四人で構成される、アマチュアながら人気・実力共に高く、大会実績もそれなりの、ゼロウォーズVR界隈では有名なチームだった。
「いやいやいやリーダー、危うくってか普通にボコられたじゃんか! てかあれマジのガチですうぱあじゃん! はー……どーやって勧誘したんだろ?」
「マジでわかんねー。アレがリンネの人脈ってやつなのかもなぁ」
マスカルの言葉に反応して、パルメザンは項垂れながらそう言った。
「でも俺すうぱあと当たったことなかったからさ、ボコられたけど正直楽しかったわ」
若干空気が沈む中、チェダーがそう言って笑った。
「あれ、チェダーはすうぱあとやったことねぇの?」
「俺はランカーじゃないからな。そういうマスカルはやったことあるわけ?」
「へっへーん! もちろんないぜっ!」
「ないんじゃねーか!」
「動画はたくさん見たんだよぉ〜」
「漫才かよ」
マスカルとチェダーによる掛け合いのおかげで、控え室にはすっかり明るい雰囲気が戻っていく。
これが成熟したチームの強み。仲良しごっこに意味は無いが、チームとしてまとまるにはやはり和気あいあいとできる雰囲気は必要だ。
「でさ、リーダー。ぶっちゃけどうする?」
気を取り直して、チェダーがパルメザンに問いかける。
「そこだよなぁ。アレが本戦に上がってくんのは気が滅入るぜ」
「結局すうぱあひとりにやられちゃったもんなー。なんなんあの置き撃ち。読み合いで勝てる気しねー」
「リザルト見る限りソロのキル数26だろ。48人いて、内4人がアイツらってことを考えると、44人中の26人? 半分以上もひとりで落としてるのか。……意味わからん」
プレイ履歴を見ながら、そのイカれた戦績にチェダーは身震いする。
チェダーの最高キル数は、14キル。これはソロプレイ時に96人参加の試合で出した記録で、その時は何をやっても負ける気がしないほどに絶好調だったのだが。
AAを発動して駆け抜けてくるリトゥの姿は忘れられないほどに鮮烈で、まるで狙撃できる気がしなかった。
「すうぱあについて、噂は当然知ってたけどさ。ここまで差があるんだな」
「なんだぁチェダー。達観してんねー」
「悲観しても仕方ないからな。それにしても、HEROESのリザルト見てたんだけどさ。すうぱあがトータル5100ダメ越えてるのに、リンネが0ダメなんだよ」
「へぇ。まあでも、すうぱあがあんだけ暴れてたんだし、リンネの仕事がなかったんじゃねぇか?」
「いやそれがさ、被ダメもないみたいなんだ。明らかにすうぱあが突出してたって言っても、チームで動いてはいたわけだろ。あれだけ敵のいるとこに突っ込んどいて無傷ってのはおかしくないか?」
「そういうこともないわけじゃないが……確かに、ちょっと不思議ではあるな」
先程の試合。HEROESはほとんどすうぱあが無双していたが、チームメイトがきちんとすうぱあに追随していたのは、パルメザンも目視で確認している。
誰もがすうぱあの操るリトゥに目を奪われていたのは事実だが、だからといってチームメイトが狙われなかったわけではないのだ。
なんなら蜂の巣とまでは行かなくとも、それなりに集中砲火を受けていたくらいだった。
「まあいいだろ。たまたま当たらない時もあるだろうし、もしかしたらフライパンでも使ってたかもだしな」
「そうだな。悪い、あんま関係ないこと言って」
「気にしない気にしなーい。で、何の話だっけ?」
「すうぱあをどう対策するかって話だ。本戦は当たらなかったとしても、勝ち進めば決勝では必ず当たるからな」
二次予選、そして本戦に関しては、上位3チームが次のステージに上がる権利を得る。
その関係上、本戦は4ブロックに分かれての試合になるため、すうぱあ擁するHEROESと必ずしも同じブロックになるとは限らない。
だが、決勝に残った場合、ほぼ確実にHEROESとは争うことになる。アレが本戦で敗退する姿は、現時点では想像できなかった。
決勝を勝ち抜き、WGCSへの出場権を得られるのは上位2チームだけ。
HEROESは当然として、他のチームも全力で獲りに来るだろう。
WGCSへの出場は、それだけ価値のあるものなのだ。
「ガン無視で逃げ回る、ってのもひとつの手ではあるんだよな」
「馬鹿言え、そんなの他のチームから見ていい的だろが。それに本戦は生存点だけじゃダメだしな」
「他チームに共闘持ちかけてみるとか〜? HEROES潰すために共同戦線張ろうぜ! ってさ」
「それもあんま現実的じゃねぇしなぁ」
チェダー、マスカル、パルメザンの三人が真剣に悩んでいると、不意にひとりの少年が立ち上がった。
これまでひと言も喋っていなかったチームのキル取り屋、メロリィだ。
「メロっち。どうかした?」
「悩んでても、仕方ないよ。……いつも通り、やるしかない」
どうでもいい、というわけではない。
メロリィとて、混乱していたとはいえすうぱあに手も足も出なかった悔しさはある。なんなら悔しさで今の今まで一言も喋れなかったくらいだ。
だが、だからと言って何ができる訳でもない。
結局のところ上手いプレイヤーの倒し方は「囲んで叩く」以外になく、更に言うなら《チーズショック》はこの大会の中では決して強いチームではない。
プロレベルではあるが、トッププロには及ばない。中堅どころと評されるくらいのチームなのだ。
HEROESだけにかまけていられるほど、彼らとて余裕はない。全員が敵であり、手強いライバルなのだから。
「……ま、そうだな。そもそも俺らよりつえーチームばっかなんだ。すうぱあの衝撃がデカくて目が眩んじまってたな」
「一応国内大会最後だもんねー。みんなやる気すごいし! あー、でも《天地神明》とかがいれば共食いしてくれたかもしれないのになー!」
「はははっ、それは確かに」
ゼロウォーズVRのプロシーンで最強と呼び声が高く、既に別の大会で優勝してWGCSへの出場を決めているチーム《天地神明》に恨み言を送るマスカルに、チェダーが笑いながら頷いた。
諦めるにはまだ早く、闘志は依然尽きていない。
ここから先は思い出作りではなく、意地とプライドのぶつかり合い。
世界を目指すプレイヤーたちによる激戦を前に、彼らもまたよりいっそうの気合を入れるのだった。
☆
「んふ……んふふ……んふふふふふ」
帰りの車の中。
わたあめを片手に、もう片方の手にりんご飴を持って、頭にリトゥのキャラお面をつけた状態のスーちゃんが、そんな含み笑いをしながら眠っていた。
「器用ですね……」
「ほんとに寝てるのかな」
「起きる気配は無いので、寝てはいるんでしょうけど……」
「久々にはしゃいで疲れちゃったんでしょうね。屋台も楽しんでたみたいだし」
「屋台は楽しかったよ。スーちゃんも楽しそうだったし」
そう。
試合の後、私はスーちゃんと二人でイベントの出店を回ってきた。
本当なら私がパンチ力決定戦をやっている間の空き時間でスーちゃんとトーカちゃんの二人で回るはずだったんだけど、あのイベントの後は色々と大変で時間が取れなかったからだ。
容姿が完全に割れていて、パッと見で目立ってしまうトーカちゃんとリンちゃんが囮になりつつ先に車に戻って。
その隙に、変装すれば目立たない容姿の私とそもそも顔が割れていないスーちゃんが出店の屋台を回る。
そんな作戦は見事にハマったようで、1時間ほどではあったけど、楽しく屋台を見て回ることが出来たのだ。
わたあめとりんご飴とお面はその戦利品。車で食べる予定だったんだけど、その前にスーちゃんが寝ちゃったから、ちょっと面白い状況になっていた。
「……んふふ……わたしは……まだまだ……ころせる……」
フラフラとりんご飴を振りながら、スーちゃんがそんな寝言を呟いた。
「物騒な寝言ですよね」
「夢の中でもゲームしてるのかなぁ。……というか、スーちゃん今『わたし』って言わなかった?」
「あー……そうね。聞かなかったことにしてあげて」
「……うん、わかった」
スーちゃんは自分のことを「ボク」って言っていたはずだよなぁと、つい突っ込んでしまった私は、リンちゃんが言葉を濁すのを聞いて色々と察した。
つまりアレだ。
スーちゃんは喋る時「キャラを作っている」のだろう。
まあ、私が知ってる範囲でもアーちゃんとかヒミコさんとかはるるも割と作ってる感じだし。
知らない人の前でロールプレイをするというのは、別段珍しいことでもないと思う。
私だって配信をしている時はいつもより二割増で真面目にやっている、つもりだ。
ただ、スーちゃんはボクっ娘ではなかったんだなぁという、それだけの話だ。
「そういえばさ、この後はどうするの? 普通に帰って休む?」
「そうねぇ……少し休むのは当然として、チーム練習もやりたいところだけど。ナナはその前にやらないといけないことがあるわねぇ」
「私?」
「ええ。スマホ、試合のためにずっと機内モードにしてたでしょ? 解いてみなさい」
「うん。……うわっ!?」
リンちゃんに言われた通りにスマホを操作すると、すごい勢いで通知が鳴り響き始めた。
まるで蜂の大群でも飛んでるみたいに、なかなか激しい振動が手に伝わってくる。
通知を送っているのは、リンちゃんに言われて入れただけの使ったことも無いアプリたち。スマホなんて電話とインターネットのためにしか使わないから、どのアプリがどんなものなのかは未だによくわかってない。
ただ、明らかにおかしな勢いで……というか、アプリの上に表示されている数字がカンストしている。表示しきれないくらいの通知が来てるらしいのだけは確かだった。
「何コレ」
「試合の前にちらっと、ナナのSNSがお祭り騒ぎだって言ったでしょ? ソレがそのアホみたいな数の通知ね」
「へぇ〜……わぁ、フォロワーが5万人超えてる……」
「元々どれくらいだったんですか?」
「1万人はいなかったような気がする。つい最近一気に増えちゃってあんま覚えてないんだよね」
月狼戦後、リンちゃんに勝手に寝顔を配信されていたあの雑談枠の時に、私の配信チャンネルのフォロワーはドカンと伸びた。
リンちゃんの配信の中でも雑談枠っていうのは比較的人が集まる……というより、WLOの配信はあまり人が集まらないらしい。これは単純に、WLOのプレイヤーがまだまだ少ないせいだ。
だからと言うとアレだけど、あの雑談枠の後、イベントの時のコラボ配信の比じゃないくらい私のフォロワーは増えた。
でも、今回の増え方は桁違いだ。
なんなら今も増えてるくらいで、通知は全然鳴り止まない。
こういうのをなんて言うのか、私は最近ネットサーフィンをしている中で学んだのだ。
「これがバズるってこと……!」
「ナナ、それだいぶ古いわ」
「なんですと!?」
衝撃の事実に愕然としていると、トーカちゃんが慰めるように無言で私の肩をポンポンと叩いてきた。
いや別に落ち込んではないよ。
「で、これがどうしたの」
「うちのスタッフに頑張って火消しさせてたんだけど、ちょっと想像以上に盛り上がっちゃったから。ここはひとつ、思い切ってやっちゃおうかなって」
「何を?」
「釈明会見。というより、ちゃんとしたお披露目配信ね」
「んん?」
何をするのかよくわかっていない私に対して、リンちゃんはそれはもう楽しそうな笑顔を浮かべていた。
メロリィくんは2年前まで「ごるごんぞおら」という名前でプレイしていたんだとか。
ちなみにこの試合、ナナはなんだかんだで2キルしか取ってません。ダウンは沢山取りましたが、その後蘇生されたりなんだりで意外とキル自体は稼げなかったのです。