計り知れない才能の片鱗
おまたせしました。
二次予選ラストです。
試合時間は現在11分。
安全地帯は2回縮小されて、行動範囲も最初に比べれば半分もないくらいになってきた。
とはいえ、安全地帯が一番狭くなるまでにかかる30分という時間から見れば、まだまだ試合は中盤に差し掛かったばかりだ。
……と、思っていたんだけど。
フィールドに残っているのは、私たちを含めて14人しか居ない。
これはつまり、まだ半分以上も時間が残っているのに、全12チーム中8チーム分にあたる人数が既に敗退したということを意味している。
もちろん、原因は言うまでもなく。
「うふ、あははっ、あはははははははっ!!」
高笑いを上げながら、たったひとりで戦場を蹂躙しているスーちゃんのせいである。
「今日のスーちゃん、テンション高いね」
「すうぱあの使ってるキャラはね、元々あんな感じのトリガーハッピーキャラなのよ。暴れ玉のリトゥって異名がある……って公式設定ね」
「へぇ〜。性格の相性がいいのかな?」
「別にプレイヤーとキャラの性格の相性で性能が変わったりはしないけどね。所詮フレーバー的な設定でしかないし。ただまあ、ああやってひとりで突っ込んで無双するのが一番合ってるキャラではあるわよね」
私とリンちゃんとトーカちゃんは、他のチームに後ろを取られないように警戒しながら、少し離れた岩陰でそんな話をしていた。
「2人とも雑談してないでちゃんと援護してくださいよぉ!」
岩を盾にしつつスーちゃんに援護射撃を入れているトーカちゃんが、呑気な私たちを見てそんなことを叫んでいる。
ちなみに各プレイヤーの声は、同じチームの人にしか聞こえない。チームごとに別々の回線で会話が成り立っているからだ。
だから、トーカちゃんがこうやって叫んだり、スーちゃんが高笑いを上げたからって、声が原因で居場所がバレたりはしない。足音は聞こえるのに声は聞こえない、って言うのはちょっと不思議ではあるけどね。
「ちゃんと援護してるわよ」
「ナナねぇだけですよね!? リンねぇはほんとに何もしてないですよね!?」
「そんなことないわ。ちゃんと後ろを警戒してるわよ」
「後方に安全地帯残ってないですけど!?」
「ダメージゾーンを抜けてくるかもしれないじゃない?」
「ああいえばこういうんですから!」
トーカちゃんをからかうように応えるリンちゃんに、思わず苦笑してしまう。
私とトーカちゃんが岩陰の両端にいるから、リンちゃんはそのままの状態だと援護しにくいのは確かだとは思う。
ちなみに私はトーカちゃんの反対側でちょこちょこ援護射撃を入れている。とはいえ、それはスーちゃんに当たりそうな弾丸を撃ち落とすみたいな、直接的ではない援護射撃だ。
「それにしてもスーちゃんってさ、やっぱりおかしいよね」
ひとり、またひとりとスーちゃんが敵を狩っていくのを見ながら、私は思ったことを口にした。
「それをナナに言われたらおしまいよね」
「なんだとぅ」
「冗談よ。それで、ナナはすうぱあのどこがおかしく見えるの?」
「索敵。どうやって敵を見つけてるのかがほんっとにわかんないんだよね」
リンちゃんからの質問に、私は即座に答えを返した。
スーちゃんがヤバい、というのはもう今更だ。
まだまだ私はあの子の考えを理解できない。それは仕方のないことだ。
ただ、この試合、スーちゃんのことを今までになくじっくりと観察して、なんとか思考を読み解こうと努力してみて気付いたことがある。
スーちゃんの索敵速度が、あまりにも速すぎるのだ。
いや、正直に言うなら、スーちゃんのあれはもう索敵と言っていいのかさえわからない。
なんと言えばいいのか。
「スーちゃんが向かう先には必ず敵がいる」という概念的な……。
見えないし、聞こえない、完全に索敵範囲外にいる敵だろうと。
それこそキロ単位で距離が離れていようと、建物で息を潜めていようと関係ない。
スーちゃんが向かう先には、必ず敵がいる。
そうとしか言い様のない現象が、もう何度起きたか分からないくらい繰り返されているのだ。
私が何かを察知するよりもはるかに早く、スーちゃんは走り出す。
ゲームシステム的に索敵不可能な距離でも、視認が不可能な位置でも関係なく、走っていく先には必ず敵がいて。
あとはもう、純粋な実力で倒してしまう。
そうやって積み上げたキルは試合開始から累計で15をゆうに超えているはずで、その数字は今なお増え続けている。
私たちが今岩陰で後方支援に徹してるのは、何もスーちゃんを囮にしたり、見捨てたりしているわけじゃない。
スーちゃんの動き出しがあまりにも速すぎる。キルに向かう動きに無駄がなさすぎて、単純に追いつけなかったのだ。
ついでに言うと今のスーちゃんは、私が聞き取れる範囲だけでも4つの銃口に狙われていて、とても近づいて助けに行ける状態じゃない。
主にトーカちゃんが頑張っている援護射撃は、置いてかれた私たちからのせめてもの手助けでしかなかった。
「ちょっと前、本家で対軍シミュレーションをやったでしょ?」
「やったね。すごいしんどかったやつ」
リンちゃんの言葉で、鷹匠本家に帰った時のことを思い出す。トキさんに1000人の軍隊を相手にシミュレーション戦闘をさせられた時のことが、苦しかった記憶とともに蘇ってくる。
ただでさえ1000対1、その上二戦目からは無手でライフルを奪うところから始めなければならない鬼畜仕様で、しかも気を抜いてるとすぐに死ぬクソゲー。クリアするのに相当な回数リトライさせられたやつだ。
「すうぱあはね、アレを2回でクリアしてるの」
「2回! ……ヤバすぎじゃない?」
「ヤバすぎよ。しかも初見で800ちょい殺してるの」
それはもう、ほぼ初見クリアしたと言っても過言ではないのでは。
私の無言の問いかけに、リンちゃんも神妙に頷いていた。
アレのクリアは私ですら半日かかったし、トーカちゃんも相当な日数をかけたと聞いている。
特に初見では私も戸惑っている間に瞬殺されたくらいだったのだ。それを初見で8割も殲滅するというのは、異常という他ないだろう。
「知識とか経験の積み重ねで、何となく敵が居そうな場所はわかってくるものだけどね。すうぱあのアレはそういう努力の結晶じゃないわ。あえて言葉にするなら、第六感とか野生の勘とか本能とかそういうのよ」
「あの精度で『勘』なの?」
「あの精度で『勘』なのよ」
「うーん……そっかぁ」
知識ではない。
経験も関係ない。
ただ殺すべき敵の位置を嗅ぎ分ける、本能。
しかもその精度は私ですら引くほどに高い。
なるほど、もしそれが本当ならバトルロイヤルにおいては最凶クラスの才能だ。
敵の場所がわかる、ということは。
スーちゃんに対しては、待ち伏せや罠が一切通じないということなのだから。
音を聞いて、景色を見て、匂いを嗅いで。
そういう五感を使って索敵するプレイヤーとは根本的に違う。
獲物を見つけ出す超常的な本能と。
数多の敵に囲まれて、武器のひとつもない状態でも、ソレを最適な手段で殺し尽くす、尋常ならざる殺しの才能。
この二つの才能が最高の形で噛み合ってしまったこと。
それがスーちゃんの、プレイヤースキルを超えた強さの秘密なのかもしれない。
「やっぱりスーちゃん、化物側だよねぇ」
「当然よ。そうじゃなきゃ大金積んでスカウトなんかしないわ。あの才能が欲しかったから買ったんだもの」
「そんなスーちゃんを物みたいに。……ちなみにおいくら?」
「即金で12000」
「ひぇっ」
まだ中学生の女の子をスカウトするにはあまりにも恐ろしい金額が出てきて、思わず震えてしまう。
言葉通りの金額な訳がない。リンちゃんの金銭感覚だから、当然これに0を4桁上乗せするに決まっている。
スーちゃんの親に支払ったのかな……? いや、ここは追求しても闇を見る気がするからやめよう。
「まあ、あの子を誘った時の話はまた今度にしましょ。とりあえず、この試合で確信したわ。スカウトしといてよかったってね」
「リンねぇ! 油断するには早くないですか!」
「早くないわ。だってもう試合は決まってるもの」
「決まって……? あ、ほんとだ。残りチーム数3って表示されてる」
プレイ時間とか、残存人数とか、マップとか。
これらは視界に表示することもできるし、スマホ的な情報端末という形で随時確認する方式にすることもできる。
私は端末派だからすぐには気付かなかったけど、言われて確認すると確かに端末には残りチーム数が表示されていた。
「あれ、でも昨日の練習では残りチーム数なんて表示されてなかったよね。……というかついさっきまで表示されてなかったよ」
ゼロウォーズのように、全プレイヤーの生存人数がわかってしまうバトルロイヤルゲームではよくあることらしいんだけど。
例えば1チーム4人のチーム戦で、生存人数が9人で、自分のチームが4人全員生存していたと仮定して。
残りチーム数が4チームとわかってしまったら、相手の組み合わせは3:1:1あるいは2:2:1の2択しかないことがわかってしまう。
多対一を余裕でひっくり返すスーちゃんが例外なだけで、バトロワは基本的に数の暴力が勝負を分けるゲームだ。
人数の有利というのは、ただそれだけでとても大きな優位になる。
敵が4人残っているのなら相応の警戒も必要になるけど、全チームがこちらより人数が少ないのであれば、しっかりと数をかけて潰せばいいだけだ。
優位に立った側のチームからすれば、孤立している敵をひとつずつ狩るだけのゲームに変わってしまうのだ。
だからこの手のゲームのチーム戦では、残存チーム数は表示されないようになっている。
それはゼロウォーズVRでも同じで、昨日の練習の時もこんな表示はなかったし、なんならついさっきまで端末に表示されてもいなかったと思う。
「大会予選の特別ルールよ。生存上位3チームが本戦に出場できる関係上、勝利チームが確定した時点でわかるようになってるの。選手側というより、運営側がすぐに理解できるようにってことね」
「なるほど」
私の記憶が間違っていたわけではなかったのか、リンちゃんがそう説明してくれた。
「ナナねぇ、ちゃんと大会のルールに書いてありましたよ!」
「じゃあなんでトーカは気付かなかったのよ」
「すうぱあさんを援護してたからですよ!?」
「ふふふ、知ってるわ」
「ぐぬぬぬ!」
私と同じく端末派のトーカちゃんは、両手でしっかりライフルを構えて援護射撃をしてるから、とてもじゃないけど端末を取り出して見る暇はなかったんだろう。
私はライフルを撃つのにちゃんとした構えは要らないから、ちらっと確認するくらいはできたけどね。
それにしても。
ちゃんとルールは読まなきゃなぁ……なんて思っていると。
それを悟られたのか、リンちゃんが微笑みながらこう言った。
「ちゃんと読んでおきなさい。別にこんな表示について覚える必要は無いけど、禁止事項とかも書いてあるんだから。ルールを破って失格なんて、一番カッコ悪いものね」
「うん、気をつける」
自分ひとりで責任を負えることならいい。
でも、私たちはチームだ。
自分のせいでチームに迷惑をかけるようなことはあっちゃいけないし、ましてそれがただの確認不足だなんて論外すぎる。
チームであるからこそ、お互いに迷惑をかけないように。そういう意識はちゃんと持っておかなきゃならないと、改めて思った。
「そういえば、結果は出たのに試合自体は終わらないんだね」
「ええ。この予選の結果次第で本戦の組み合わせも変わるからね。1位になった方が当然有利よ」
「もう終わりそうですけどね。あと1チームしか残ってないですし」
「いやいや、いくらなんでも早すぎるって」
端末に流れるログを見ていると、スーちゃんが8人のプレイヤーをたったの3分で壊滅に追いやったのがわかる。
残り3チーム〜みたいな話をしてたのもせいぜい1分ちょっと前のことだから、この1分だけで4人殺したんだろう。
8人ものプレイヤーが固まって一区画にいたというのも驚きではある。
ただ、ソレをひとりあたり20秒くらいしかかけずに、ちゃんと全員殺しているのがスーちゃんの一番おかしなところだ。
8人死んで、残り6人。
HEROESは4人残っているから、敵はあと2人。
チーム表示を見ると残り2チームになっているから、残る2人は同じチームのプレイヤーなのは明らかだ。
「あ、スーちゃん走ってった」
「ということは近くにはいないみたいね」
「2人とも順応が早すぎますよ……というか追いかけないと!」
「そうね!」
「ほいほい」
残る2人の場所へと向かっていくスーちゃんを、3人で追いかける。
ただでさえ距離が離れているのに、これ以上離れたら姿さえ追えなくなってしまう。
まあ、本気で見失ったら見失ったで、マップを見れば味方の大まかな位置はわかるんだけどね。
そして、それから。
安全地帯の正反対側にいた2人に強襲を仕掛けたスーちゃんが勝利をもぎ取ってくるのにかかったのは、たったの2分だけだった。
✩
バトラー、二次予選Fブロック第一試合。
試合時間、16分9秒。
予選突破チーム《HEROES》《チーズショック》《激マブ王子様爆誕》。
チーム内総キル数28という、破壊的な記録と共に。
怪物を擁する《HEROES》VR部門のデビュー戦は幕を下ろした。
全盛期のすうぱあ、その片鱗。
バトルロワイヤルでたくさんのキルを取ること。
その最大の障害は技量ではないのです。