脱ぎ捨てた皮
スーちゃんの視点です。
(………………今のが、魔弾)
後方で聞こえた銃声。
そして、遠方で弾けたダメージエフェクト。
味方の与えたダメージがパーティメンバーにも見えるのは、このゲームの特徴だ。
100を超えるダメージの表示からして、スナイパーライフルによるヘッドショットなのは間違いない。
ゼロウォーズVRでの100を超えるダメージは、いくつかの例外と爆弾を除くと、ヘッドショット時のスナイパーライフルでしか出せないからだ。
加えて言うなら、例外となる武器は試合開始から10分後に投下される支援物資からしか手に入らない。
試合開始から現時点で約6分。まだ支援物資の投下まで4分も時間が残っている以上、今のはナナがやったと見るのが妥当だった。
続けざまに二発の銃声。今度はチラリと視線を後ろに向けて、射撃時のナナを目に焼きつける。
視線を正面に戻せば、どういう訳か明らかに射線からずれた位置の敵にダメージが発生する。
今度はヘッドショットではないようだけど、最初にヘッドショットを当てた敵に52✕2ダメージ。
視界の端を流れたキルログが、ナナの狙撃でダウンが発生したことを証明していた。
(ダウン自体にはあまり意味はないけど、ちょっとは詰めやすくはなるか)
ゼロウォーズVRはこの手のバトロワの基本を踏襲している作品だ。
なので基本的にHPがゼロになれば敗北になるものの、チーム戦に限ってはHPをゼロにされても即死亡にはならないようになっている。
その代わり、HPがゼロになった瞬間に、ダウン状態という攻撃も防御もできず移動もほとんどできない状態に移行する。
ダウン状態では基本的にノロノロと移動する以外になにも出来ないものの、味方の手で復活させてもらえば戦線復帰が可能。蘇生にはかかる時間はせいぜい15秒なので、この距離で発生したキルの意味は薄い。
というのも、ダメージが発生した位置は目測で220メートルは離れた場所だ。距離を詰めるまで普通の移動なら最速でも30秒はかかるし、遮蔽物も少ないからある程度の迂回は必要になる。
そうなると、蘇生後に警戒態勢に入った敵を4人全員落とすのは少し手間だ。
ひとつ気になるのは、ナナが一旦射撃をやめたこと。
今の狙撃の正確さからして敵の位置はわかってそうだけど……音で位置を把握しているのだとすれば、もしかすると銃撃の反響音で位置がわからなくなったのかもしれない。
昨日から見てて知っている。
ナナは無駄弾は使わないタイプだ。
ルーファはスナイパーライフルの弾を消費しないんだから撃ち続ければいいのに、という思いはある。
ただ、無駄打ちのせいで警戒が厚くなったり、場所がバレるリスクも大きい。
だから、当たらない弾を撃たない主義ならそれはそれで構わない。
今の三発が偶然でないのならそれでいい。
道を、作ってくれるのなら。
それで事足りているから。
(……うん、試してもいいかも)
「ナナ」
「何? スーちゃん」
「真っ直ぐ突っ込みます。援護を」
「いいよ〜」
気楽な返事。
まるで集中していないような、軽い受け応え。
まあ、最悪これで私がダウンなりキルを取られても、他の三人だけでも勝てるはずだ。
だからこそ、今この場でナナの《魔弾》を確かめる。
私はグッと足に力を入れて、走る速度を跳ね上げた。
ナナの使っているルーファというキャラクターが狙撃に特化した能力を持つように、ゼロウォーズVRのキャラクターはそれぞれ固有の特殊能力を持っている。
それがアクティブアビリティとパッシブアビリティ。通称で「AA」と「PA」なんて呼ばれる技能だ。
前者が任意発動、後者が常時発動の能力となっていて、両方持っているキャラクターもいれば、片方しか持っていないキャラクターも存在する。
例えばルーファはパッシブアビリティとして、スナイパーライフルに関する特殊能力がいつでも発動している。
対して私が使っているキャラクター「リトゥ」は、アクティブアビリティ「剛体」を有している。
効果はシンプル。「28秒間アバターの身体能力をかなり上昇させて、かつ敵の弾丸のダメージを抑える」。
再使用のためのクールタイムは3分と決して短くはないが、パーティ戦なら最前線で突撃するのに最も向いた、強力なAAだ。
(キャラクターアバター自体の基本性能が上がるのは、割と珍しいけど)
味方を守る為にバリアを貼ったり。
斥候として索敵をしたり。
足止めとして罠を設置したり。
そういう「らしい」AAを持つキャラクターに比べると、リトゥの持つAAはシューティングゲームらしからぬ性質ではある。
だってこんなの、戦略性の欠片もない。
キャラクターのスピードを上げて、耐久を上げて、真正面の撃ち合いにしか特化していないんだから。
だけど、そのゴリ押し性能がたまらなく好きだから、私はいつもプレイアブルでリトゥを選ぶ。
私のプレイに一番応えてくれるのは、彼女だから。
接敵まで13秒。ナナほどの索敵感度がなくても、この距離なら多少なり音は拾えるし、倉庫の窓から影も見える。
迎撃が来るのは間違いない。何せ相手は立て篭りやすい倉庫が立ち並ぶエリアにいるのに対して、私たちは大した障害物も無い道を走っている。
スタート時に近場に居たチームは開幕速攻で殺したから挟撃の可能性は低いけれど、逆に倉庫地帯に1チームしかいないとも限らない。
安全地帯の縮小もまだしばらく先であり、放置すれば次の移動の際にほぼ確実に私たちに背後を取られる以上、あちらからすれば迎撃しないという選択肢はないのだ。
「ッ!」
影が動いた。
一瞬しゃがみ、進路を左前にずらす。
その瞬間、私の右側を弾丸が通り抜けた。
真っ直ぐ突っ込んできている「剛体」状態のプレイヤーに対する狙撃は、初撃を除けばほとんどギャンブルみたいなものだ。
ほんのちょっぴりマウスやスティックを動かせばエイミングできる通常のFPSとは違い、VRのシューティングは銃口の先端を相手に合わせるのに手間がかかる。
単純に大きく移動されれば、余程先読みが上手でない限り基本的に狙撃は当たらない。
遠方から止まっている敵を撃ち抜くのには威力も精度も十分に便利なスナイパーライフルだが、敵が動いているというだけで途端に役立たずになる諸刃の剣とも言える。
……と。
私もそう思っていたし。
きっと、つい先程まではそうだった。
「残念、見えてるよ〜」
置き去りにしたチームメイトの、そんな気の抜けた声が耳に届く。
ライフルが爆ぜる。音から僅かに遅れて着弾。
(当たる。ふふ、今のが当たるんだ)
ダメージを見るに、敵も高性能のヘルメットを被ってはいたようだが、今のでさえヘッドショット。恐らく窓から通した弾を反射させての魔弾だろう。
想像を遥かに超える精度、安定感。
確かに当たる。こうして何度も見せられると、もはや外れる想像をする方が難しい。
その事実に、思わずニヤリとしてしまう。
楽しい。ああ、なんて楽しい。
これがナナ。
これが魔弾の魔女。
私が憧れた、神域の狙撃手。
(狂ってる。ああ、なんて狂気的な技術。真似なんて、できるはずがない。ふふ、あんなのが真似できるわけなかったんだ)
なるほど、真似できないはずだ。
目の前で何度か見て、そしてやっと理解した。
ナナの狙撃には、本来あるべきものがない。
それは構えと、そして狙いだ。
支えはいらないと言わんばかりに、片手で軽やかにライフルを操り。
スコープを覗くこともなければ、狙いをつけることもしない。
本当に、拳銃でも撃つかのように、気軽な様子で引き金を引くのだ。
構えを取って。
狙いを定めて。
そして、撃つ。
そんな当たり前の工程を挟んでいる時点で、根本的に間違っているのだということに、私はようやく気づいた。
(初代ゼロウォーズはコンシューマーゲームだったから、ライフルを撃とうとすると自然と構えてスコープを覗いてしまう。だってソレはそういうアクションだから。でも、思えば確かに、魔弾の魔女は銃を構えてからスコープで狙いをつけてはいなかった。当然だよ。だって魔弾は「見えない位置にいる敵」を撃ち抜くための技術なんだから)
コントローラーやマウスを通じて操作するゲームである以上、VRゲームのようにいちいち銃を構えようとする必要はない。
射撃ボタンを押せば操作キャラが勝手に最適な構えをして、狙った位置に弾を飛ばしてくれるからだ。
反面、仮想空間で自分の体を動かして戦うVRシューティングでは、銃を撃つときは自分の意思で銃を構える工程が要る。つまり、引き金を引こうとすると勝手に射撃体勢を取ってくれるような機能はついていない。
自分で最適な狙撃体勢をとって、それから狙って撃つ。
これは一見すると面倒な工程に見えるが、逆にプレイングの自由度を生む。
たとえば、正面を向きながら後方へ銃を撃ったり。
よそ見をしている振りをして、見てもいない方向を撃ち抜いたり。
ナナのようにスナイパーライフルを片手撃ちするような、構えを排除したプレイングが可能なのだ。
もちろん相応のプレイングスキルは要求されるが、それだけプレイの多様性も生まれる。
上位のプレイヤーになるほど自分なりに撃ちやすい体勢というものを会得しているし、私自身も決してお手本となるような綺麗な射撃の姿勢はしていない。
だけど。
ナナのソレはあまりにも自由すぎる。
たいていの場合、スナイパーライフルを両手で構える理由は、反動を抑えるためと射線を安定させるためだ。
オリンピック金メダリストくらいの身体能力を持つプレイヤーアバターをして、スナイパーライフルはとても重いもの。
片手で水平に持ち上げられる時間はせいぜい数秒。それ以上の時間が経てば、アバターの持久力がもたなくなり、高さは維持できなくなる。
そして反動も拳銃やアサルトライフルの比ではなく、片手撃ちなんかをした日には弾はあらぬ方向に飛んでいく……はずなのに。
ナナはそういった要素の全てを計算した上で、理想的な射線を通るようにライフルを撃っている。事実がどうなのかは分からないけど、私にはそうとしか見えない。
あんな撃ち方で真っ直ぐ弾が飛んでいくのは、異常としか言いようがない。その上それがきちんと跳弾として成り立つんだからお手上げだ。
魔弾。
アレは狙い撃つものじゃない。
なにかもっと別の、おぞましい世界を見ている化け物にだけ許される、文字通り魔法のような弾丸だ。
ありきたりでは届かない神業だ。
魔弾の魔女は自分ひとりの称号ではない、と。
ナナはそう言っていたけれど。
それはきっと違うと、今になって思う。
魔弾の魔女は、ナナだ。
そこにリンネがどのような形で関わっていたのだとしても。
私が憧れた人は、そして技術は、きっとナナが魅せてくれたものなんだ。
(どんな世界を見てるんだろう。ねぇ、ナナ。君の眼には、何が見えているんだろう)
心の中で問いかける。
もちろん、答えなんか返ってきやしない。
それでも。
噛み合わなかった歯車が。
空回りしていた、私というパーツが。
今この瞬間、仲間の存在によってピタリとハマる。
(知りたい。知りたい。知りたいし、知って欲しい。……だから)
興奮が、止まらない。
好奇心がどうしようもなく溢れてくる。
聞いてみたい、試してみたい、ドキドキしてしょうがない。
そうだ。きっとナナだけじゃない。
ナナが全幅の信頼を置く、リンネにも。
私には一番よくわからない、トーカにも。
きっと何かがある。何か底知れないものがあるような気がしてる。
「ふ、ふふ、はははっ!」
思わず零れた笑い声。
声を出して笑ったのなんて、いつぶりのことだっけ。
「いいですよ。見せます。これはお礼……いや、先払いです」
きっとナナには聞こえている。
それでいい。十分だ。
別に隠していたわけではない。
どうせ必要ないだろうからと、少し気を抜いていただけだ。
でも、ナナが私に魅せてくれたから。
私も魅せて、それでお相子。
私が一番壊れていた頃。
この世界で最強だった、あの時の私を。
「蹂躙しましょう。残らず、全部」
被っていた猫の皮を剥いで。
本気の私が、牙を剥く。
「スーちゃんの(殺しの)嗅覚ヤバい」
「ナナの狙撃は狂ってる」
互いに得意分野が極端に違っていて、お互いに相手のすごいところを見て気持ちよくなっちゃって、いいとこ見せちゃうぞ〜ってなってます。
3巻は引き続き発売してます〜。
それから最近はTwitterで打撃系鬼っ娘の設定を垂れ流したりもしてるのでぜひ〜。