追いつく、そのために
明かされていくすうぱあの怪物性。
「キル厨」という言葉は、決して褒め言葉ではない。
ルールを軽視、あるいは無視してまで不要なキルを取りに行くプレイヤーに対する、言ってしまえば蔑称に近い呼び方である。
それでも、すうぱあには「キル厨」と呼ばれる理由がある。
ある種の尊敬のために。
あるいは、苦々しい怨嗟の声と共に。
第11シーズン、月間戦績一覧。
総試合数1311回。
平均試合時間12分22秒。
生存点獲得率99.2%。
トップ獲得率96%。
平均与ダメージ数5977。
そして平均キル数、24.2。
これは、すうぱあが初めてレート1位を取った時の戦績として、今なお語り継がれる大記録。
この記録の何が凄いのかと聞かれれば全てにおいて桁違いという他ないのだが、この中でも特に異常とされるのがその平均キル数である。
ゼロウォーズシリーズは1から4、そしてVR版まで5つの作品全てで、1試合の参加人数が96人までとなっている。
そして敵を毎試合ひとり殺せば、月間の戦績での平均キル数は1とカウントされる。
つまりすうぱあというプレイヤーは月間1311試合という膨大な戦いの中で、毎試合全プレイヤーの4分の1以上をひとりでキルしていたということになる。
もちろん、試合中にこれ以上のキル数を取った記録を持つプレイヤーはいくらでも存在する。
だが、それはあくまでも平均値ではなく、プレイヤーとして取った単発的な最高キル数の話だ。
ちなみにすうぱあが現れるまでにゼロウォーズVRで記録された最大キル数は「1試合中に32キル」であり、平均キル数は「1021試合で7.5キル」である。
1300を超える膨大な試合数の中で「平均して」24キル以上を取るなどということが、あまりにも常軌を逸しているのが分かるだろう。
これは、すうぱあが試合に現れれば、平均して24人がその毒牙にかかってリタイアすることを意味している。
そしてその24人は弱い人から死んでいくわけではなく、すうぱあに捕捉された順番に死んでいくという悪辣さ。
強くても、弱くても。
発見したプレイヤーは全て殺る。
たとえそれが安全地帯の外であろうと、多数のプレイヤーに囲まれた死地であろうと。
すうぱあは何よりも優先して、キルを取りに来る。
そんな、定石を全て覆すような、破壊的なまでの殺戮能力を持つ怪物。
ルール無用で戦場を駆け回る、悪魔のような殺し屋。
マッチングしたが最後、すうぱあを「討伐」しなければ試合そのものが壊される。
故に、彼女とマッチングしたことのあるプレイヤーは口を揃えてこういうのだ。
すうぱあは最凶最悪のキル厨だ、と。
☆
止まらない。
加速する。
スーちゃんの思考が追い切れない。
二次予選が始まって、まだたったの5分だというのに。
HEROESは既に8キル、つまり丸ごと2チームを敗退に追い込んでいる。
うん、もちろん私は何もしていないし。
リンちゃんやトーカちゃんもそれは一緒。
スーちゃんが。
たったひとりで。
8人全員のHPを削り切ったのだ。
(判断が早すぎる……!)
スーちゃんの判断が早すぎて、私たちはなんとかついて行くので精一杯な状況。
チームとして会話をすることさえなく、スーちゃんの暴走に近い移動に食らいつきながら、私は全霊で五感を研ぎ澄ませていた。
ゼロウォーズVRの世界はWLOとは違い、五感の感知範囲に制限がある。
例えば聴覚に関しての制限。
今の私が全開で五感を解放した時、現実世界なら半径数キロ、WLOの世界なら半径2キロの範囲くらいまでは音を拾うことができる。
対してゼロウォーズVRの世界では、自分から半径360メートルより先の音は綺麗にシャットアウトされて、聞こえないようになっているのだ。
上手く言えないけど、半径360メートルの透明な半球の中に閉じ込められているような。
そんなむず痒い制限が、この世界には存在する。
もちろん、これに関しては練習の時からわかっていたことではある。
それに360メートルも索敵範囲があれば、よっぽどの長距離かつ変則的な狙撃でもなければ対応はできる。
だから、この音が聞こえる範囲における危機の察知が、今の私に求められている大きな仕事のひとつだった。
けれど、聞こえた音や見えた光景から私が何かを判断する前に、スーちゃんは既に3歩先を走っている。
私の報告を聞くまでもなく、その足取りに淀みはない。
経験則か、はたまたスーちゃんも音や目で視認しているのか。
どちらにせよ全くブレずに走っていく以上、もう次の獲物をターゲットしているんだろう。
まるで飢えたケモノのように、スーちゃんは獲物を探してフィールドを駆け回る。
私とトーカちゃんはその不規則な動きにほとんど対応できておらず、背中を追っかけるので精一杯。
そしてリンちゃんは多分スーちゃんの思考は読めてるけど、スーちゃんの通る不規則かつアクロバティックな悪路に苦戦して、ついてくるのでさえ大変そうだった。
文字通り、スーちゃんひとりのワンマンチーム。
あまりにバラバラで、噛み合う部分のかけらもない。
個々の実力は決して低くはないはずなのに、チームとしてはほぼ瓦解している。
それでも。
たったひとり、すうぱあというプレイヤーが居るだけで。
このチームは成り立ってしまっている。
(……でも)
昨日のチーム練習の時点で、正直この結果はわかっていた。
ほとんどの試合をスーちゃんがひとりで終わらせて、私たちは練習以前にスーちゃんについていくので精一杯で、まともな練習にもならなかった。
しかもスーちゃんのプレイスタイルは常識外れで、リンちゃんの指示で無理やり詰め込んだ定石や基礎は、そのほとんどが活きていない。
膨大なプレイ時間の差がある。
それによって積み重ねてきた経験値の差がある。
明確な実力差が、私たちとスーちゃんの間には存在する。
ゼロウォーズVRというゲームに全てを捧げてきた最強のプレイヤーとの間に走る、あまりにも大きな溝がそこにはある。
(だから、なに?)
ライフルを握る手に力が入る。
前を走るスーちゃんの背中を追いながら、思う。
スーちゃんが誰よりも上手かろうと。
そのプレイスタイルが常識外れのものであろうと。
私たちと実力差があろうと、そんなのはどうでもいい。
ただ、確信を持って言えることがある。
スーちゃんは間違いなく「化け物側」に居る存在だ。
それもきっと仮想空間で、もしかしたらゼロウォーズVRの世界でだけ輝くような、稀有な才能を持つ怪物だ。
でもそれは、私たちが何もかもをスーちゃんに押し付けていい理由にも、追いつけなくてもいい理由にもならない。
飛び抜けた才能は、人を孤独にしてしまう。
同じ場所に立てる人がいなければ、いずれ自分自身を食い尽くす。
(私たちはチームなんだ。スーちゃんはひとりじゃない。そう言ってあげられなきゃ、【HEROES】のVR部門に存在価値はない)
私がリンちゃんに救われたように。
今度は私が、私たちがスーちゃんの隣に立てるように。
「ふぅ……」
ワザと小さく息を吐いて、思考回路を切り替える。
動画で学んだ定石は捨てて、昨日の練習と今この瞬間をまっさらな思考に刻み込む。
スーちゃんの行動をトレースしろ。
キルの形を思い出せ。
もっと早く、もっと鋭く。
何より深く、そして鮮明に、殺意の刃を研ぎ澄ませ!
「……ははっ、全然わかんないや。でも」
スーちゃんの見つめる先にある、小規模な倉庫街。その中から確かに聞こえた4つの敵影。
スナイパーライフルの飛距離は足りている。
そして、道は確かにそこにある。
「なら、当たるよ」
狙いを定める必要はない。
スーちゃんの後を追いながら、ただ、見えた道をなぞるように、そっとライフルの引き金を押せばいい。
360メートルの可聴域。
そしてその先で弾けたダメージエフェクト。
倉庫に響く四回の跳弾は私が思い描いた形の通りに道をなぞって、獲物の頭を撃ち抜いた。
知能に特化したリンネのように、剣技に特化したアーサーのように、ゼロウォーズVRに特化したすうぱあのようなものもいるのです。
一応バッチリ宣伝を。
打撃系鬼っ娘が征く配信道!第3巻が本日正式に発売されました!
それに伴いまして、発売までシークレットにしていただいていた最後のキャラデザも活動報告にあげています!
大幅加筆した部分もありますので、ぜひこの機会に書籍版もよろしくお願い致します!