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HEROESのメンバー

「いやぁ……疲れましたねぇ!」


 ナナがバリバリヘルスくんを破壊してからおよそ二時間ほど経ち、二次予選が開始される直前のこと。

 パンチ力No.1決定戦のMCを務めていたマイケルはそう言いながら、大会関係者控え室のひとつに飛び込んだ。

 後ろからは弁当をふたつ抱えたセバスが追従しており、全く疲れていなさそうなマイケルにため息をついた。


「マイケルさん、今そのテンションにはついてけないです」


「ああっ、すいませんっ! でもでも、やっと休めるわけですし、今日のロケ弁はお高いお弁当の日ですし!」


「まあ、今日はこの後仕事はないですからね。明日の決勝に向けてゆっくり観戦しましょうか」


 セバスは椅子に腰掛けて弁当をマイケルに渡すと、ほっと一息ついた。



 ナナがバリバリヘルスくんを破壊した直後。

 セバスとマイケルのふたりは何とかしてイベントを進行させ、パンチ力No.1決定戦を完了させたのだが。

 その直後に運営委員に捕まり、今の今までイベントで何があったかを聴取されていたのだ。


 それでも彼らは明日の本戦、そして決勝のMCを務める予定がある。

 二次予選の公式配信を視聴するという名目で早めに切り上げてもらった方なのだ。


(リンネの影響力……いや、鷹匠グループの力かな。ありがたいような迷惑なような。……しかしすごいものを見たものです)


 ナナがバリバリヘルスくんを破壊した、という本来ならばとんでもないアクシデントになるはずの事態も、まるで全てが想定されていたかのようにあっという間に処理されてしまった。

 それはつまり、全てリンネの筋書き通りだったのだということだ。


 ナナ。

 HEROESのナナ。

 今この瞬間に世界で一番「熱い」人は誰かと聞かれれば、間違いなく彼女の名前が挙がるだろう。

 なぜなら今、パンチ力No.1決定戦の配信を切り抜いた動画が、SNSや動画投稿サイトで爆発的に拡散されているからだ。


 鋼鉄を素手で貫き、鉄塊を紙のように引き裂く。身長(サイズ)だけならセバスよりずっと小さい、それこそ少女のような体格で、重機並のパワーを兼ね備えているという恐るべき事実。

 超人的、なんて言葉が陳腐に聞こえるほどの怪物。

 SNSではソレが、良くも悪くも凄まじい盛り上がりを見せているのだ。


 すっげー身体能力の女の子がいるらしい! と盛り上がる人もいれば。

 いやいやこんなの演出だろ、と懐疑的に見る人もいて。

 炎上と言うべきか、はたまたバズったと言うべきか、良い方向にも悪い方向にもとにかく話題になっている。

 実際にパンチ力No.1決定戦に参加した選手たちのSNSアカウントに飛び火しているし、ナナ本人の公式アカウントは秒間何人という単位でフォロワーが増え続け、過去の配信告知には無数のリプライが送られていた。


 もちろんマイケルとセバスも飛び火させられた側だ。

 イベントのMCという立場上仕方のないことだが、セバスとしてはSNSの反応にはある種の納得さえ覚えていた。


(目の前で見て、それでもまだ信じられないですからね)


 あれだけのことを直に見た今でも、ナナという人物が「一見すると普通」に見える。

 それこそが最も異常なのではないか、セバスはそう思っている。


 可愛いかと言われれば、まあ可愛い部類だろう。特別に美人と言うわけではなくとも、素直に可愛らしいと評価できるくらいの容姿ではある。

 とはいえ、同じチームのリンネやトーカほどには特筆する容姿ではない。身長もなんなら小柄な部類だ。

 そういう見た目の特別さは無く、そして性格が破綻しているという訳でもない。

 インタビューも最初の宣言を除けば至って普通で、特筆するような内容はなかった。

 トークの内容もお行儀が良く、MCとしては扱いやすくも、ソレだけで会場が盛り上がるタイプでもない。


 そう。

 普通なのだ。

 どこを切り取っても、傍目から見てわかるオーラのようなものがない。

 ナナという人物は、どことなく普通に見えてしまう。

 まるで、意図的にそうしているかのように。


 ただ、それでもインタビューを通してわかったことはある。

 特に、どうやらナナは普通の人間と同じ目線で物を見ていない、ということはよく伝わってきた。


 初めてマイクを向けられた時に「1位を取る」と宣言したのも、今思えば単純にそうなるべき事実を口にしただけだ。

 油断でも慢心でも傲慢でもなく、事実として「ナナ」はあの中で最強だったのだから。

 周りの選手をバカにするとか、明らかに舐め腐っているとか、そういう態度ではない。

 ただ単に、最強であると確信していたからそう言ったのだ。


 そう、セバスがよく見てきたものに喩えるのならば、まさしくゲームのトッププレイヤーたちのような。

 他者と自分の隔絶した実力を認識した上で、格下の相手に対して向ける態度。

 ひとつの天井に到達した者が纏う雰囲気を、ナナという人物は持っている。


(世界には、別次元の視点を持つ人間がいる。ゲームに限った話ではなく、あらゆるジャンルでそういう人間は必ず存在する。……とはいえ、ああいうのは格闘技やスポーツの世界に現れるモノだと思うんですけどね)


 鋼鉄を貫くパワーがあろうと、仮想空間では「ステータス」が全てを決める。

 ナナが普段プレイしているMMORPGであれば、ステータスは可変であり、成長し、それこそ鋼鉄を簡単に破壊するようなパワーを得ることもできてしまう。


 だが、VRシューティングというジャンルにおいて、もっと言うなら「eスポーツ」という世界においては、ステータスによるプレイヤー間の差は存在しない。

 より正確には、存在してはならないのだ。


 あらゆるプレイヤーが最低限、フェアな条件で戦う。プレイヤー個人の技能を磨き、知識と経験を積み上げ、その成果をぶつけ合う。

 このeスポーツという世界において、ナナの持つ規格外のパワーは、ある意味最も活かしにくい特徴と言える。


(それでも、リンネ選手がそんなことをわかっていないはずもない。親友だから、なんて理由だけでチームメンバーを選ぶような人柄でもないですし……何かあるんでしょうね。『ナナ選手』がHEROESに参加した理由が)


 多くのイベントで顔を合わせ、何度もインタビューの機会があった。

 セバスはリンネとそれなりに顔見知りの関係であり、だからこそ断言できる。

 HEROESのVR部門のメンバー選考には、必ず理由があるのだと。


 単純に考えるのならば、ナナというプレイヤーが現実世界での規格外のパワー以外にも、VRシューティングへの適性を持つ人物であるとか。

 あるいは、もっと他に理由があるのか。

 リンネが何を考えてあのメンバーを選んだのかまではわからないが、ナナだけではなく()()「トーカ」を加入させ、そして……。


「セバスさん? 食べないんですか? 美味しいですよこのお弁当!」


「っ……と、すいません、ちょっと考え込んでました」


 大きなエビフライを嬉しそうに頬張るマイケルに、セバスは思わずハッとして思考を打ち切った。


「もう二次予選も始まってるみたいですね! ほら、公式配信も流れてますし」


「そうですね、もう五分くらいは経ってますから」


 元々試合開始ギリギリで控え室に帰ってきたのもあってか、セバスが考え込んでいるうちに既に試合が始まっていたらしい。

 開始して5分程度であれば、序盤も序盤。特に大会であれば立ち上がりも慎重なため、まだ各々が装備を整え終わったくらいだろう。


 おおよそ20分で1試合というのが、ゼロウォーズVRにおける平均的な試合時間である。

 1試合20分。これはフィールド上の安全地帯が最も狭くなる時間であり、それが1試合の平均ということは、ほとんどの場合その前後で試合が決着するということでもある。


 しかし、大会では意図的に試合展開を遅くするため、安全地帯の縮小速度が若干変更されている。

 30分。それが大会における試合時間の目安である。

 そうなると、5分程度ではなかなか試合は動かない。

 序盤の展開を多少見逃したくらいであれば、観戦に困ることはなかった。


「あっ、見てください! ちょうどランダム配信の方がFブロックですよ!」


「F……ああ、Fブロックの第一試合は《HEROES》と《チーズショック》が出てるんでしたか。予選から彼らを見られるのは運がいいですね」


 二次予選までは同時に進行する試合数の関係で、全部の試合をライブ配信するのは難しい。

 そのためランダムに数試合をピックアップし、イベントの公式チャンネルで配信している。

 マイケルが発見したFブロックの第一試合に、今話題のHEROESや他の注目チームが映っているというのは、単純に運のいいことだった。


「チーズショックはやっぱりエースのメロリィ選手ですよね! HEROESは……うん、素直にナナ選手が気になります!」


「ならないわけがないですよねぇ」


 マイケルの素直な感想に、セバスは苦笑しながら頷いた。

 気になる。気になるに決まっている。

 彼女が上手いにせよ下手にせよ、あれだけ話題になったのだ。目立ったぶんだけ注目は集まる。

 現に今も、Fブロックを映しているチャンネルだけ視聴者の数が段違いに多いのだから。


「HEROESのメンバーは、リンネ、ナナ、トーカ、すうぱあ……トーカ選手はアレですよね、リンネ選手の従妹で……。あれ、このすうぱあ選手、セバスさんは知ってます?」


「ええ、もちろん。有名ですからね」


 各チームの簡易プロフィールを眺めながら疑問を投げかけるマイケルに、セバスは頷いた。


「ホントですか? どんな選手なんですか? ゼロウォーズに関してはちょっと勉強しましたけど、有名なチームを調べるので精一杯で……」


「そうですね、色々と語れるプレイヤーではありますが、一つ特徴を挙げるなら……」


 すうぱあ、という四文字の名前。

 聞く人によってはトラウマであり、憧れであり、目標でもあるが故に、ある程度このゲームをやり込んでいればどこかで耳にするだろう。


 ゼロウォーズVR、ソロのレーティングにおいて12ヶ月連続最終順位1位の記録を持つ怪物。

 しかし、それはあくまでも結果的にそうなったというだけの記録だと、すうぱあをよく知る者であれば誰もが知っている。

 すうぱあのプレイスタイル、その本質は。


「最凶最悪のキル厨、ですかね」


「ええっ!?」


 想像もしていなかった返答に、マイケルは思わず素っ頓狂な声を上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] キル数稼ぐ為に激戦区に降りてチームを組まずにソロでチームを狩る キルレートは高いけど最後まで生き残らないタイプかね? いや最後まで生き残っているときの方が多いのか…
[一言] 最凶最悪のキル厨。かっこいい名前だね(一体何をしたらこう呼ばれるのやら)
2021/01/02 14:26 しおりすぐ無くす読書好き
[良い点] 待ってました!! [一言] 最凶最悪のキル厨好き
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