《魔弾の魔女》
熱心なファンが推しを語る回。
「そもそもなぜ、《魔弾の魔女》が伝説と呼ばれたのか、詳しくお話ししますね」
スーちゃんはそう言って、まず自分自身を落ち着かせるような語り口で《魔弾の魔女》について教えてくれた。
スーパープレイ。
華々しい魅せプレイ。
とんでもない大記録。
探せばいくらでも存在するそれらを押しのけて、それでも《魔女》が伝説と呼ばれるのには大きくわけて二つの理由がある。
ひとつは、ある動画シリーズを除いて彼女の存在が一切観測されなかったこと。
リンネがクロクロRTAで若干名前を上げ始めた頃に上げた《負けるまで終われないゼロウォーズ》シリーズ。
実際にはただ単純に勝ち続ける限り続くシリーズ動画と言うだけなのだが、それはさておき。
そこそこの反響を呼んだこのシリーズにおいて、リンネのバディとして現れたのが、《魔女》の最初で最後の登場だった。
それ以前もそれ以降も、一度として動画に出演していない。それどころか彼女とマッチングをしたという報告さえなく、そして当のリンネもこれに関しては口を噤んだ。
その結果、正体不明のスーパープレイヤーというミステリアスさだけが一人歩きしてしまった。
語られるうちに話が誇張され、面白半分リスペクト半分で伝説とまで呼ばれるようになったのだという。
「と、この辺りまではよくある話です。恥ずかしい話ですが、ボク自身ネットではそんな扱いをされたりもしていましたから」
「『すうぱあ、最新のAI説』とかあったものね」
「誰とも交流してなかったですから、そこは仕方ないです。……こうして想像を掻き立てて楽しむ程度の下地ができたという話ですが、《魔弾の魔女》が伝説になった理由は単純明快。チートやツールを使ってもなお、彼女の《魔弾》を後世で誰ひとりとして再現できなかったからなんです」
《魔弾の魔女》の代名詞である《魔弾》。
これはゼロウォーズシリーズに初代から搭載されている「跳弾システム」を利用し、極限の変則軌道で放つヘッドショットのことである。
跳弾とは簡単に言うと、弾丸が何かにぶつかった際に反射する現象のことだ。やや強引な解釈ではあるが、野球ボールが何かにあたって跳ね返る現象が、銃弾の速度で発生していると考えればいい。
3Dゲームで跳弾を実装するには極めて複雑な処理が必要ということで、長らくシューティングゲームでは見向きもされていなかったこの機能を初めて実用化したのが、初代ゼロウォーズだったという。
ゲーマーたちは歓喜した。跳弾を駆使して曲芸じみたキルを狙える、新たなゲームシーンの到来を心待ちにしていた。
そして、いつの世も変態は存在する。
初代ゼロウォーズが発売された直後から、跳弾システムは日夜研究が続けられたそうだ。
「細かな歴史はボクも小さかったのでよく知りませんが、とにかく跳弾システムは当時から研究が続けられ、有志による解析は今も続いているそうです」
そして有志の努力により、同一の武器で、全く同じ位置に、全く同じ角度で、全く同じ距離から弾を打ち込むことで、理論上は全く同じ挙動の跳弾が発生することが判明した。
許される誤差は弾丸の速度にして時速1キロ、着弾点で一ミリ。そして角度も0.5度ズレれば違う方向に飛んでいく。
この情報が公開された直後に、跳弾システムはゼロウォーズでトップクラスのネタ要素になった。
音速で飛んでいく弾丸、乱数に支配される弾の軌道、絶えず移動を迫られるバトロワ系TPSのゲーム性。
その全てが、あまりに繊細な跳弾システムと噛み合わなかったからだ。
加えて、この跳弾システムがいわゆる『強武器』のほとんどに搭載されていなかったというのも、ネタ要素化への拍車をかけた。
ゼロウォーズに限らず、FPSやTPSといったシューティングゲームにおいて、強い武器には共通点がある。
「弾がブレない、ダメージが大きい、射程が長い、連射性に優れる、装填数が多い」というざっくり分けて5つの要素。この要素が優れているほど、強い武器と言われることが多い。
そして多くのゲームで優秀になりがちなのが、いわゆる中量級や中射程と呼ばれる武器。
5つの要素が全てそこそこに高く、近距離遠距離のどちらにもオールラウンドに対応できる万能さから、いわゆる『強武器』が生まれやすいのだ。
その、ほとんどのプレイヤーのメインウェポンとなる中射程の武器たちが、軒並み跳弾システムの恩恵を受けられない。
それが「跳弾システム」がネタ要素化してしまった致命的な原因だったのだという。
「それでもしばらくの間はネタとして『跳弾だけで1位を目指す』だとか、『跳弾システム検証動画』など上がってはいましたが、あくまでもネタの域は超えませんでした。そしてある程度ゲームとして円熟してきた頃、《魔弾の魔女》が現れたんです」
どういう訳か跳弾システムを完璧に使いこなし、遮蔽物が遮蔽物として機能しないというシューティングゲームの根幹をひっくり返すような神業。
ほとんど景色の一部でしかないステージの鉄パイプひとつでさえ、《魔女》にかかれば喉元を食いちぎるための道標になる。
隠れようが、逃げようが、理論上「当たる」場所にいる限り《魔女》の一撃からは逃げられない。
望んだ場所に確実に当てる、神域のスナイパー。
そして何よりも、その神業を活かしきる立ち回りの洗練度合いを称えられて、《魔弾の魔女》は伝説とまで呼ばれるようになったのだ。
「概要としてはこんなところです。このゲームで出来ないことはないと昨日の練習の前に言いましたが、正確には《魔弾》に関してはボクも習得はできていません。成功率は特定状況で2割あるかどうかです。狙ってできるというには精度が低く、まだ運ゲーレベルですね」
「それでも化け物じゃないですかね? 私間違ってますかね?」
「大丈夫よ、燈火。何も間違ってないから」
「なるほどなぁ……」
トーカちゃんとリンちゃんの突っ込みに関しては一旦無視するとして、スーちゃんの説明で何となく概要は理解できた。
確かに、うん、スーちゃんの言う《魔弾の魔女》の中の人は当時の私のことだとは思う。
リンちゃんと一緒にゼロウォーズの動画を撮った記憶はあるし、スーちゃんの言う通り《魔弾》とやらを使っていた記憶もあるからだ。
「《魔弾の魔女》はボクのプレイスタイルの大元になった人。ボクがHEROESへの加入を決めた理由に、《魔弾の魔女》についての情報を何かしら得られたら……という期待があったのは確かです」
少しだけ目を伏せながら、スーちゃんはそう言った。
「……もし仮にナナが《魔弾の魔女》だとして、納得がいく部分もあるんです。射撃の精度は初心者というには異次元の領域ですし、当時から全くプレイをしていないとして、ブランクを考えればむしろ出来すぎなのかもしれないくらいです。……でも、ボクの中の《魔弾の魔女》のイメージと、ナナのプレイがどうしても重ならないんです。技術云々ではなく、立ち回りが単純に別人のプレイにしか見えないというか……」
ゼロウォーズというゲームをやり込んで。
きっと、その《魔弾の魔女》を研究してきたスーちゃんだからこそ感じる違和感。
それがどうしても納得がいかないと、要はそういうことなんだと思う。
そもそも私は《魔弾の魔女》なんて呼ばれてるなんてことは知らなかったし、その称号に興味はない。
でもまあ、そうだね。
スーちゃんの感じている違和感の答えはわかる。
「んー、それはそうだと思うよ」
「えっ?」
「だってあの時私、リンちゃんに言われた通りにプレイしてただけだから」
そもそもの話。
あの《負けるまで終われないゼロウォーズ》という企画は、リンちゃんが楽しむための企画だった。
基本的にはリンちゃんがリンちゃんらしく無双して楽しむという趣旨だったから、私はあくまでおまけとして、リンちゃんのサポーターとしてお手伝いをしていた。
実際、150を超える勝利のうち、8割以上はリンちゃんがほとんどひとりでもぎ取っていた。
私が主に手伝ったのは残りの2割。
リンちゃんが先に死んでしまった時だけだ。
索敵は私がした。
引き金も私が引いた。
キャラの操作は全て私がやった。
でも、勝利に向けた戦略の組み立ては、全部リンちゃんの指示に従った結果だった。
先に死んでしまったせいで手持ち無沙汰のリンちゃんにブレーンになってもらって、私が集めた情報をもとに勝ちへの戦略を立ててもらったのだ。
たぶんこの部分が若干誇張されて《魔弾の魔女》という存在が生まれたんだと思う。
だからあえて言うのなら。
《魔弾》は私。
《魔女》はリンちゃん。
二人合わせて《魔弾の魔女》なのだ。
「《魔弾の魔女》はひとりじゃない。私のプレイとリンちゃんの作戦。二人でひとりのプレイヤーなんだよ」
「二人でひとり……?」
「そう。だから指示を受けてない私の立ち回りがスーちゃんから見たら違和感の塊なのは当然だと思う。私、そういうのあんまり得意じゃないからさ」
私は基本的に作戦を立てるのが下手だ。
私が立てられる作戦というのは「ここからここまで私がやるからあとはみんなで頑張って」というものでしかない。
だからソロで立ち回るならともかく、パーティを組んでの行動はあまり得意じゃないのだ。
人には得意不得意があって、私は「使う」より「使われる」方が向いている。
逆にリンちゃんやトーカちゃんは「使う側」だろうし、スーちゃんはちょうど中立辺りにいるかな。
「……なるほど、確かに誰も《魔弾の魔女》がひとりのプレイヤーだなんて言ってないですね。ナナのスキルに、WGCS優勝者であるリンネの戦略が合わされば、そういう怪物が生まれるのも納得です」
「むしろたったひとりでソレに肉薄してきてるすうぱあがおかしいのよ。当時の私たちって結構イケイケだったんだから」
「そうだね。スーちゃんはすごいと思う。私ほんと戦略とかダメダメだからな〜」
「えへへ……本人たちにそう言われると嬉しいですね」
ちょっぴり頬を赤らめて、スーちゃんはそう言って笑みを浮かべた。
「さ、謎も解消されたところで、二次予選もサクサクッといきましょう。もう試合までほとんど時間はないですからねー。ナナ姉様の使い方に関してはそれが終わってから吟味しても遅くないですし」
「そうね。さっさと行きましょう」
話がだいたい落ち着いたのを見計らったトーカちゃんの号令で、私たちは急いで会場のマシンルームへと向かうことになった。
VRマシンの設定なんかもしなきゃいけないから、実は時間的にかなりギリギリになっていたらしい。
会場に小走りで向かう中、スーちゃんが私に声をかけてきた。
「あ……ナナにひとつ聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」
「《魔弾》って、当時どうやって100%の成功率を叩き出していたんですか?」
「え、勘だよ」
「えぇ……」
リンネが《魔女》について何も言わなかったのは、一番話題になっていた当時「ナナ」の存在を口にしていなかったことが理由です。一応プライバシーですから。
ついでにひとつ。すうぱあは《魔弾の魔女》を伝説の人だと神聖視していますが、所詮は過去の記録です。大多数の人は既にその正体にあまり興味はなく、ネット上ではあくまでも語り継がれる化け物プレイヤーのひとりくらいの立ち位置です。
それでもすうぱあのような熱心なフォロワーは一定数いたりするので、ゼロウォーズ界隈では地雷ワードのひとつとして扱われていたりします。
という本編には活かされない裏設定。