ほのぼのミーティング
「派手にやったわねぇ……」
「えへへ」
「あーもう……わかってたからいいけど」
リンちゃんにぎゅーっと抱き締められて、なんだか嬉しくて笑ってしまう。
今はだいたいお昼すぎ。もう1時間もしないうちに、私達も参加する二次予選の試合が始まる時間だ。
結論から言うと。
バリバリヘルスくん12号を破壊した私自身へのお咎めは特になかった。
理由は単純で、この状況を全て想定していたリンちゃんがあらかじめ入念に根回ししていてくれたのだ。
とはいえ、リンちゃんが実際に何をしたのかは私にはわからない。鷹匠グループの力で何とかしたのかもしれないし、リンちゃん自身の人脈で事態を捩じ伏せた可能性もあるし、実は何もしていない可能性もある。
それでも、「私が何とかしておいたわ」とリンちゃんがそう言っていた。なら私はそれを信じるだけだ。
ちなみにバリバリヘルスくん12号はすぐに修理が始まって、点検も含めて次の試合開始くらいまでには一般への開放が間に合うらしい。
元々非常に修理がしやすい設計なんだそうだ。いやーほんとによかったよかった。
「ナナ」
「ん? スーちゃんどうかした?」
「その……ちょっと、これを折り曲げてみて欲しいです」
「え、いいけど」
そう言ってスーちゃんからぽんと手渡されたのは、ただの500円硬貨。
どういう意図があるのかはよくわからなかったけど、言われるままに指先で硬貨を真っ二つに折り畳んだ。
「これでいい?」
「ほわぁ……ま、マンガで見たやつ……」
「そ、そうなんだ?」
折り畳まれた500円玉を受け取ってプルプルと震えているスーちゃんに首を傾げていると、トーカちゃんが苦笑しながら教えてくれた。
「すうぱあさんは、さっきのイベントがヤラセではないのか確かめたかったんだと思いますよ。ナナ姉様のことをそれなりに知っている私から見ても、常軌を逸した光景ではありましたからね」
「ああ……今のでいいの?」
「は、はいっ! 今度リンゴを握り潰すところも見てみたいです!」
「あはは、そんなことでいいならいくらでもしてあげるよ」
リンゴくらいなら割と誰でも握り潰せるような気もするけど、スーちゃんの無垢な視線が眩しすぎて断れない。
それに、確かにパワーの証明と言えばリンゴを粉砕するみたいなイメージはあるから、スーちゃんの気持ちもわからなくはないのだ。
こういう一面を見せられると、やっぱりスーちゃんはまだ14歳の女の子なんだなぁと思わされる。
見た目だけなら私よりずっと大きいのにね。
……冷静に考えるとHEROESのVR部門、平均身長高すぎでは?
「さてと。ナナのSNSはお祭り騒ぎだけど、その対応はいったん放っておくとして。私たちの試合までそんなに時間はないわ」
「うん? それほっといていいやつ?」
「スタッフにやらせるからいいの。話を戻すわよ」
少し浮ついた雰囲気を引き締めるように告げるリンちゃんに、私たちは頷いた。
間もなく始まるとまでは言わなくとも、試合までのんびりご飯を食べたりしている暇はない。
イベントのゴタゴタも含めて、それくらい時間が詰まっているのは確かだった。
「二次予選はまあ……すうぱあが真面目にやれば問題なく勝ち残れるでしょう。私たちが戦うチームの情報は全部見たけど、アマの中でも特筆して強そうなのは2人くらいしかいなかったからね」
「ふむふむ」
「バトラーは規模がバカでかいだけで基本的にエンジョイ系の大会よ。ただの思い出作りに参加する人も沢山いるわけ。だから序盤のラウンドはそんなに強いのが固まったりはしないのよ。むしろ有力チームは意図的にバラされてるまであるわ」
「うーん、大人の事情だねぇ」
大会の運営の立場からすれば、チケットを買って大会に来るお客さんや生配信のリスナーを増やしたいのは当然のことだ。
注目度が上がれば上がるほど金になる。
汚い話だけど、それは事実なのだ。
そうなると、多くの注目を集めることができる人材は大切に扱う必要がある。
例えば「プロゲーマー・リンネとその仲間たち」のような話題性のあるチームだったり、「『ゼロウォーズVR』の本格的プロゲーミングチーム」が、注目度の低い序盤のラウンドで潰しあってしまうのはとても勿体ない。
この手の大会を見に来るファンというのは、推しやトッププレイヤー同士の手に汗握る戦いを「最高の舞台で」見たいのであって、大したことのない序盤に潰し合われても興醒めなわけだ。
そんな訳で、それなりに注目度のあるチームは試合が被らないように分散させられている。
これはあらゆる大会の予選ラウンドにおける暗黙の了解であり、私たちHEROESもその中ではある種贔屓されるチームのひとつとして扱われているということだ。
そしてその上でダークホースの登場を楽しんだりするのもまた、ゲーム大会の醍醐味ということになる。
まあ、全部リンちゃんの受け売りなんだけどね。
「問題は明日の本戦以降、プロアマ問わず強者が集まってくるようになってからよ。ゼロウォーズVRの経験が浅い私たちは、とにかくすうぱあを軸にして戦うしかない。そんなことはちょっと目敏いチームなら把握してるし、だからこそ間違いなくすうぱあは狙われる。流石のすうぱあも集中砲火されればしんどい場面もあるでしょ?」
「……まあ、遮蔽物のほとんどない場所で10人以上こられると、ボクもちょっとキツイですね」
ポリポリと頬を掻きながら、スーちゃんはそう言って頷いた。
それでも10人までなら倒せなくはないんだなぁとか、遮蔽物が多ければ倒せるんだなぁとか、サラッと凄いことを言ってるスーちゃんに驚いた。
「具体的ね。逆に言えばそこまでならひとりで受け持てる?」
「10人くらいなら」
「とまあ、この通りすうぱあは頼りになるけど、ひとりで全員倒すのは流石にしんどいわけ。そこでナナ、貴女の出番よ」
「私?」
スーちゃんはすごいなーと思っていると、不意に話を振られて思わず首を傾げる。
今の話の流れ的に、スーちゃんの負担をみんなで減らしていこうねって感じじゃないんだろうか?
「実はね、昨日の練習の中で、チームの合わせと並行してナナにはちょっと別のミッションを与えてたの」
「ああ、フィールドマップ全域の詳細把握ってやつ?」
「そう、それよ」
確かに私は昨日、より正確にはモニターでたくさんの動画を見ていた時から、リンちゃんにそんな指示を受けていた。
要するにしっかりとフィールドを観察するようにという指示だ。
「フィールドマップの全域なんて、地図を見れば誰でも把握できませんか?」
「ただ地形を把握するだけならね。ナナには地形だけじゃなくて、建物の内部構造や建造素材、地形の細かな造りまで全部覚えてもらったの」
「……? それで、それによって何ができるようになるんですか?」
リンちゃんの説明では目的が理解できなかったのか、スーちゃんはなおも不思議そうに首を傾げている。
「《魔弾の魔女》。すうぱあなら知ってるんじゃない?」
「《魔弾の魔女》!! 知らないはずないです! シリーズファンの伝説ですから!」
まだん……魔弾かな?
つまり《魔弾の魔女》。なかなかかっこいい通り名だ。
魔法みたいな弾って意味なのか、それとも何か別の意味があるのかもしれない。
うーん、でも魔女ってくらいだから魔法みたいな弾って意味で合ってそうな気がする。
それにしても伝説かぁ。リンちゃん、そんな凄い人と組んでた時期があったんだなぁ。
「かっこいい呼び名ですねぇ。具体的にどんな伝説を残した人なんですか?」
「《初代ゼロウォーズの到達点》と呼ばれたほどの怪物プレイヤーです! あらゆる武器で百発百中の射撃精度、未来予知に近い偏差撃ち、絶対に先制されない索敵精度、そして何より有名なのが代名詞である跳弾ヘッドショット、通称《魔弾》。遮蔽物すら無意味と化し、チートですら再現できない極限の技術。リンネのバディとして動画に登場したんですが、その動画シリーズ以外で全く登場しなかったので、伝説になってるんです……!」
トーカちゃんの質問に対して興奮気味に《魔弾の魔女》について語るスーちゃん。もしかすると、その魔女さんのファンなのかもしれない。
スーちゃんの興奮具合になんとなく驚いていると、トーカちゃんが全てを理解したように頷いた。
「……なるほど。リン姉様、これはアレですね」
「ええ、ナナのことよ」
「は?」
「ほぇ?」
満足げに頷くリンちゃんと、自慢げなトーカちゃんと、石のように固まったスーちゃんと、何も理解していない私。
4人の間に、ちょっぴりカオスな空気が流れていた。
忘れられてるかもしれない設定の再来。
なんだっけと思った方は4章の序盤をチェック!
それとコミカライズ最新話更新されてます〜。