意気込み
『第1回! プロゲーマー・パンチ力No.1決定戦! 始まるよーーー!!』
司会の女性の宣言を受けて、エクササイズコーナーに歓声が鳴り響く。
舞台上に設置されたとても大きな機械。恐らくあれが目玉となるパンチングマシンなのだろうとすうぱあは当たりをつけていた。
(すごいな……)
売店で買ったわたあめを食べながら、すうぱあはそう思った。
しょうもない企画のはずなのに、不思議と会場は燃え上がるような熱気を帯びている。
こうして色んな人が盛り上がってるのを見るのは、小学校の頃の運動会くらいかもしれない。
ちょっぴり懐かしいと思う。すうぱあはもう5年近く、学校に通っていないから。
「すうぱあ、どうかした?」
「いえ……盛り上がってるなぁと」
「そうねぇ。楽しい?」
「…………わたあめは美味しいです」
リンネから問い掛けられて、すうぱあは何とか答えを捻り出した。
何となく、楽しいと口にするには後ろめたさが残っていたから。
そんなすうぱあの様子に気が付かないリンネではなかったが、今この場でそれを追求するつもりはなかった。
「そ、それにしても」
「ん?」
「さっきはあまり口を挟めなかったですけど……ナナはその、大丈夫なんですか?」
すうぱあは話題を変えようと舞台に目を向ける。
ぞろぞろと舞台に上がっていくのは、こいつらはホントにゲーマーなのかと聞きたくなるようなマッチョな男性ばかりである。
女性がいないわけではないが、それはそれで「ほんとに女の人?」と聞きたくなるような筋骨隆々ぶり。
テレビで見たことのあるボディビルの大会ほどではなくとも、ゲームの大会での催し物としては過剰すぎるほどの絵面だった。
そんな中、最後尾からちょこんと出てきたナナの姿が一段と浮いているのは明らかで。
会場の視線も心なしか微笑ましいものになっていた。
すうぱあの目から見ても、ナナというプレイヤーはとても年齢らしからぬ容姿をしていると思う。
リンネもトーカも、共に大人びた容姿をした女性であるのに対して、リアルのナナの容姿はなんというか、あまりにも若々しい。
高校生……いや、中学生くらいと言われても納得がいく。リンネと並んで歩いていると、友人というよりは姉妹に近く見えるほどだ。
はっきり言って、舞台上では相当場違いな感じは否めなかった。
「あの中で一番力持ちなのはナナだって言ったら、すうぱあは信じられる?」
「えっ? ……正直、信じられないです」
舞台上に立っている他のプロゲーマーとナナとでは、多分体重が倍近く違うだろう。
大きさ、そして重さは、そのままパワーに繋がる。それは体格の大きなすうぱあ自身がよく知っていることだ。
だからこそ、チームで一番小さなナナを送り出したことが不思議だったのだから。
まして、あの場所に立っているのは、ほとんどが筋肉モリモリのマッチョマンである。筋力を考慮すると、なおさらナナに勝ち目はないように思えた。
「信じられないわよね。でも、あの子に関しては常識を捨てなきゃダメ。まあ見てなさい、きっと驚かせてくれるから」
「はぁ……」
「気の抜けた返事ねぇ」
ナナが普通ではない、というのは昨日の練習でそれなりに理解しているけれど。
どうにもリンネの言うことが理解できなくて、すうぱあはなんとも言えない返事を返した。
VRゲームの上手さと現実の身体能力は、ある程度は結びつく。運動が得意な人は「どう動くと効率がいいか」を知識と経験で理解しているから、全く運動をしたことのない人に比べれば適応が早いのだと言われている。
しかし、現実にはほとんどのゲーマーは運動が得意とは言い難い。すうぱあも現実世界では運動音痴な方だ。
なんにせよ、結局は慣れだとすうぱあは思っている。
全身の筋肉に疲れが溜まって動けなくなる現実と違い、仮想空間では脳みそしか疲れない。であれば、より長時間練習ができるのは仮想空間の方だろう。
現実世界での運動経験など、仮想空間で積み重ねられる運動経験で塗り潰せる。これはすうぱあの持論だった。
とはいえ、いかに仮想空間で上手く運動ができたとしても、現実の肉体は仮想のアバターほど自由には動かせない。
あくまでも「現実で運動が得意なやつはVRゲームも上手い」という理論に対する個人的な意見であって、すうぱあはアスリートには素直に敬意を持っていた。
(ナナはフルダイブ適性が高すぎるタイプ。ああいうのはたまにいる)
フルダイブ適性が高ければ高いほど、仮想空間では「思った通りに」行動できる。アバターに設定された身体能力の範囲内ではあるが、想像した通りに動けるようになる。
当然、すうぱあは高いフルダイブ適性を持っている。生まれつき高かったのもそうだし、鍛え上げた部分も大きい。
先程のアスリート云々も、要はフルダイブ適性は現実世界でも鍛えられるという話だ。
それらを踏まえた上で、すうぱあはナナのずば抜けたアバター操作能力はソレに起因するものだと思っている。
圧倒的なフルダイブ適性の高さ。それがナナの射撃能力やアクロバットな動きに反映されているのだと。
それはある意味では正しい考察だった。
しかしこの後、すうぱあは自分が根本的なところで思い違いをしていたことに気がつくことになる。
ナナのフルダイブ適性が高い、というのは事実だが。
それはあくまでも、あの怪物が宿した理外の身体能力からこぼれ落ちただけの、副次的なものでしかなかったということに。
☆
『さあさあ続々と選手の皆さんが集まってまいりました! いやぁセバスさん、今や定番と化した筋肉枠の皆さんですが、やっぱり華がありますよね!』
舞台の上でマイクを握るのは、自称大人気MCである「マイケル」。実際の話、大きな大会では複数の企画でMCを担当する、そこそこ人気の女性ストリーマーだ。
もうひとり、話を振られたのは執事服がトレードマークの「セバス=ちゃん」。元声優というやや異色な経歴に執事というキャラ付けで人気を博す、執事系MCである。
『華って表現はどうですかね……いやしかし、壮観なのは確かです。今やプロゲーマーのプロたる所以はゲームの腕前だけにあらず。彼らはまさにその体現者と言えますからね』
『まさしくその通りです! しかしこの絵面、ボディビルの大会でもやってるのかと思ってしまうところですが、ノンノンノン! 今日のメインは彼らのパワー! みんな思っていることでしょう、彼らの筋肉は見せかけだけじゃないのかと!』
『これまで色々な手段で彼らのマッスルを計ってきましたが、今回はある意味原点回帰。というより、これまでやってなかったのが一周回って驚きではありますね』
『パンチ力No.1決定戦! ベタな企画ではありますけど、パンチングマシンなんてもの自体なかなかお目にかかれないですからね! いやーほんとマシンの提供をしてくださって感謝感激雨あられです!』
『協賛の皆々様、ありがとうございます』
パンチングマシンとは、殴りつけることでパンチの威力を測る機械のこと。主にゲームセンターなどに設置され、アトラクションのひとつとして人気を博したものだ。
しかしゲームセンターという場そのものが失われつつある昨今、ただでさえここ10年程で希少になっていたパンチングマシンは、もはや絶滅危惧種と言っても過言ではないほどだった。
いや、だからこそ数年前にナナが起こしたパンチングマシン騒動は多少なりとも注目を集めたし、これまでパンチ力に関するイベントが開催されなかったのだ。
『さて、とりあえずマシンの紹介から始めましょう。舞台上にあるこちらの巨大な機械が『バリバリヘルスくん12号』ですね』
セバスの紹介で、観客全員の視線が『バリバリヘルスくん12号』へと向けられる。
その機械はとにかく巨大だった。
まるで簡易な家でも立てたのかと聞きたくなるほどに巨大で、実際、内側には部屋のような空間が内包されている。
部屋は大の大人が全身を動かしても余裕がありそうなほど広く、むしろ機械の大きさのほとんどはその部屋の部分が占めているくらいだった。
『いやぁ、ネーミングセンスが光ってますね! 『バリバリヘルスくん12号』! たしか元々はパンチングマシンじゃないんですよね?』
『はい。こちらは最新鋭の技術が詰め込まれた健康測定機でして、なんと『バリバリヘルスくん12号』にかかればわずか30秒で全身の健康診断を完了できるんだとか。血液検査にレントゲン撮影やガン検診、CTスキャンなど、これ一台で一通りの検査はできてしまうみたいですね』
『なるほど! なんでもできちゃう万能測定機なんですね! 本来は病院で使ったりするものなのかな? でも、なんでパンチングマシンの機能がついているんでしょう?』
『パンチの強さから筋力や骨格の歪み、骨密度なんかを測定するということらしいです』
『ほほぉ! それではあくまでもパンチングマシンとしての機能はおまけってことなんですね!』
『つまらない測定を少しでも楽しいものに変えたい、という制作者の意図を感じられますね。今回はこちらを活用させていただくと同時に、イベント後には体験ブースを設けますので、是非観客の皆さんも参加してくださいね』
セバスの説明により、観客席に小さな歓声が沸く。
最新の機械というのはそれだけでワクワクを刺激するものだ。
HEROESの面々でいうと、すうぱあは無意識に目をキラキラと輝かせていて、リンネやトーカはそれを見て苦笑していた。
『さて、そうこうしているうちに選手の皆さんが集まったようです! いやー、堪らない筋肉ですねぇ……!』
『マイケルさん、ヨダレ出てますよ』
『じゅるり……おっと失礼しました! 私、マッチョな人が好みなんですよね! あはははははっ!』
引き締まり、そして盛り上がった筋肉。
ボディビルダーよろしく黒く焼けた肌。
やはり何度見てもイイ。堪らない。
マイケルのそんな欲望を隠さない視線を受けて選手たちは思わず寒気を感じたが、セバスはいつものことだとサラッと流した。
『しかし皆さん素晴らしい肉体美を披露してくださっていますが、ちょっぴり気になる方がひとりいますね』
『最後尾から出てきた彼女ですね! 【HEROES】のナナ選手! あのリンネさんが親友と公言して憚らず、初めて存在に言及されてから6年もの時を経てついにそのベールを脱いだ、新進気鋭のストリーマーです!』
『マイケルさん、詳しいですね?』
『何を隠そう私リンネさんの大ファンでして! 配信も欠かさず見ております! ここだけの話、ナナ選手が立っている場所には本来リンネさんが立つはずだったんですよね! 本日急遽メンバー変更の申し出がありまして、ナナ選手が出演することになりました!』
『あれ、それってオッケーなんですか?』
『リンネさん曰く「絶対その方が面白いから」とのことで! 運営一同押し切られちゃいました! くぅ、非力な自分が憎い!』
『なるほどなるほど。それにしても彼女、小さいですねぇ』
色々と問題のある発言も聞こえたが、スポンサーがOKを出したのであれば司会でしかないセバスやマイケルが口を出せることはない。
さっさと話題を変えようと、セバスはナナにフォーカスを戻した。
先程からナナにばかり話題が向いてしまうが、それも仕方の無いことだ。
どれほど小さくても170センチ、高い者は2メートル超えのマッチョが並ぶ中、150センチそこそこで華奢な少女の姿は異様なほど浮いていた。
会場の視線もどうしてもそちらに向いてしまうし、なんならリンネの狙いはそうして『ナナ』の知名度をあげることなのかとさえ思えた。
『プロフィールを見る限り私とは大差ないはずなんですが……如何せん周りの選手がデカすぎる! マッチョの中に咲いた一輪の花とでも言うべきでしょうか!?』
『いや何も上手くないですよその喩え。ほらマイケルさん、そろそろ進行していかないと』
『おおっとそうでした! それでは早速今回参加する選手の方から抱負でも聞いていきましょうか! うーん、ここはやはりナナ選手から聞くべきですかね!?』
『そうですね、それもありなんじゃないかと』
今回の企画の趣旨はあくまでもナナにはなく、筋肉枠の選手たちのパワーで格付けをすることだ。
ナナへのインタビューをさっさと済ませてしまえば、興味本意の視線は本命に戻るだろう。逆に最後に回せば、どうしても観客やリスナーの注目はナナに引きずられてしまう。
マイケルもセバスもそう思ったからこそ、先にナナに声をかけることにしたのだ。
『それではナナ選手! 今日はどうしてこの企画に?』
『リンちゃん……えっと、リーダーのリンネに頼まれたので』
容姿と比較すると案外落ち着いた声色。
リンネのことをリンちゃんと呼ぶ姿に若干どよめきが湧き、視界の端でチラチラと映っている大スクリーンの配信コメントが盛り上がるが、答え自体は特筆するような内容ではなかった。
『なるほど、リーダーからの頼みは断れないと言ったところでしょうか! 大丈夫ですか? 彼らの筋肉を見て緊張したりとかはしてませんか?』
『あ、そういうのは大丈夫です。私緊張しないので』
『これは豪胆な発言が飛び出ましたね! 強敵揃いの中とはいえ、やる気は十分と言ったところでしょう! それでは最後に意気込みを一言どうぞ!』
『意気込み……うーん、はい、わかりました』
マイケルの問いかけに少し悩む様子を見せたナナは、観客席に少し視線を向けてから、何かを覚悟したように頷いて。
差し出されたマイクにそっと手をかけて、会場中に聞こえるようにはっきりと宣言する。
『1位は私が貰います』
そう言って、怪物はただ楽しそうに笑みを浮かべていた。
『バリバリヘルスくん12号』
一台十五億というなかなかハンパねぇ値段の医療機器。その大きさとは裏腹に、パーツが細かく別れているため解体・再設置がとても簡単なのがウリ。
主に中に乗り込んで運動するなどして身体を測定する。
11号とは一線を画す性能で生まれ変わった、医療機器界の期待の新星である。
コミカライズの更新もされてるので引き続きよろしくお願いします!