車の中で
翌日。
時間の許す限りチームとしての連携力を高めた私たちは、4人でバトラーの会場を目指していた。
私とリンちゃんだけなら電車でもいいんだけど、今日は2人も居るから万全を期して車での移動だ。
乗っているのは当然、リンちゃん専用送迎車。豪華な車内にビクビクしてるスーちゃんが印象的だった。
「それにしても、今日は勝てますかねぇ」
「ま、なんとかなるでしょ」
リラックスした様子でりんごジュースを飲みながらそういうトーカちゃんに、リンちゃんが反応する。
トーカちゃんはなんやかんやで、こういう時でもあまり緊張しない図太さがあった。
「でも、連携力が高まったかと言われると微妙な気がします」
「スーちゃんひとりで無双してたもんねぇ」
「うっ……ごめんなさい」
「別にいいのよ。それは分かってたことだから」
そう。
昨日のチーム練習は、そのほとんどがスーちゃんの独壇場だった。
15戦やって13戦でトップを取り、出したキルスコアの9割以上をスーちゃんが取っていたのだ。
私は動画で見たフィールドを実際に走り回ってみて、音を拾って銃を撃ってとそれなりに実りのある時間にはなったけど。
リンちゃんやトーカちゃんは手持ち無沙汰気味で、チームの練習としては正直成り立っていなかったのも確かだった。
「ま、初めからチームとしての機能なんてどうでもいいのよ。そもそもそういう『合わせる』のに向いてるの、ナナとトーカだけなんだから」
「ナナは主張の強いプレイヤーだと思ってたので、そこはボクも意外でした」
「まー、昔はリンちゃんのサポートが基本だったからね」
少なくとも中学以前の私がゲームをするのは、リンちゃんに頼まれた時だけだった。
ゼロウォーズの負けるまで辞めない企画をリンちゃんが撮ろうとした時みたいにね。
VRゲームでは自分の意思で自分の体を動かさなきゃいけないから、運動が苦手なリンちゃんは後衛のポジションに落ち着きがちだけど、リンちゃんは基本的に苛烈なプレイングスタイルを好む。
昔の私がそのサポートをしていたことを考えれば、私がチーム戦に馴染めるというのはおかしな話ではないと思う。
「昔……というと、リンネとナナは付き合いが長いんですか?」
「3歳の頃からの付き合いかな」
「そんなに小さい頃からですか」
「あれ、すうぱあさんは2人のことは知らないんですか?」
「はい。チームメンバーのプライベートに興味はなかったので」
「ふふ、ということは興味が湧いてきたんですね?」
「そうですね。今はそう思っているのかもです」
トーカちゃんとスーちゃんは相性がいいのか、結構すんなりと会話が進んでいる。
私がスーちゃんのことをネットのまとめくらいでしか知らないように、逆にスーちゃんが私たち自身にそれほど興味を持たないのはおかしなことじゃない。
それでも「知りたい」と思ってくれるのは嬉しいことだと思う。
「そろそろ会場に着くわね。今のうちに今日の予定について再確認しておきましょ」
スーちゃんに私たちの関係について教えていると、不意にリンちゃんがそう言って一枚の紙を渡してきた。
大会の要項やスケジュールが纏められたもの。内容はわかりやすく要約されている。
「バトラーは参加人数がものすごい大きな大会だから、4つのラウンドでふるいをかけるの。それぞれ一次予選、二次予選、本戦、決勝と考えるとわかりやすいかしらね。私たちは二次予選からのスタートになるわ」
「あれ、私たちは一次予選やらなくていいの?」
「ええ、うちのチームは一次予選を免除されてるのよ。『リンネ』がHEROESとして公式の大会に出る、ただそれだけで客寄せになるから。変に下位の予選で落ちるのは避けて欲しいってことね」
自慢でもなんでもなく、ただ事実を告げるようにリンちゃんはそう言った。
「リンちゃんが居るとそんなに違うの?」
「こう言ってはなんですが、かなり変わりますよ。リン姉様のファン層は幅広いですから」
「そうなんだー。リンちゃんさまさまだねぇ」
「感謝して崇め讃えていいわよ」
「ははぁ〜」
なんだかんだノリがいいスーちゃんも一緒になって三人でリンちゃんを崇めていると、リンちゃんが脱線した話を引き戻した。
「二次予選は一発勝負。1試合を戦って、単純に各ブロックで最後まで生き残った3チームが本戦に進めるわ。本戦は2試合制で、ここからは試合毎のキル数と生き残り順位をポイント付けして、上位3チームが決勝に行ける。最終的には12チームで決勝の3試合を戦って、トップの2チームがWGCSの本戦大会に進めることになるわ」
「えーと、えーと……全部で6試合?」
「それであってるわ」
一次予選免除についてはとりあえずラッキーで済ませるとして。
二次予選に関しては、たったの一試合で決着する。単純に生き残ったチームが本戦に出られるということは、「一人も倒さなくても勝ち上がれる」可能性もあるってことだ。
必死に身を潜めて、最後の三チームになるまで生き残る。二次予選ではそう言う戦法も有効に働くと見るべきなんだろう。
本戦からは逆に、キル数が直接ポイントになる。
例えばあるチームが単純に2回とも生存順位で1位を取った。しかし、2位と3位のチームは1位のチームの何倍もキルを取っていた、という場合。
生存順位での加点は1位でも、キル数による加点で負けているせいで、最終的な順位は3位だった。みたいなことが起こりうるのが本戦以降のルールだ。
逆に言えば、ものすごい沢山キルを取って荒らしまくっていれば、早い段階でチームが全滅しても本選を突破する可能性は生まれるということでもある。
生き残りによる加点を取るか、キルによる加点を目指すか。
本戦以降は、このバランスが大事になりそうだった。
「でもさ、この方式だと二次予選が一番大番狂わせになりそうだよね」
「ジャイアントキリングが起こりやすいのは確かにそこよ。と言っても二次予選はまだまだレベルが低いし、大して気にするような話じゃないわ」
「そっか。まー何となくわかったから大丈夫かな」
「すうぱあは平気?」
「はい。ルールはわかってます。知ってる名前がいくつかあるので、決勝は少し楽しみです」
「ほぇ〜……」
予選や本戦は勝ち抜いて当然という態度のスーちゃんだけど、昨日の無双っぷりを知っている私たちはそれを侮りや慢心とは思えなかった。
「ま、あとは臨機応変にやっていきましょ。それから、うちのチームは試合では会場に設置されてるマシンを使うわよ」
「うちのチームはってどういうこと?」
「全チームが会場で繋いでたらとんでもなくお金がかかるでしょ。初日に会場でプレイするのはそれなりに名の通ったチームだけよ。上手さじゃなくて集客性重視でね」
「確かに、規模を考えるとめちゃくちゃお金かかりそうだね」
「実際にこれだけでもめちゃくちゃお金がかかってるのよ」
「はははは」
流石に私たちが使ってるお値段数千万円もするベッドタイプのハイエンドダイブマシンではないだろうけど、普通のヘッドギアタイプのマシンもそれなりに値段はするのだ。
最低でも決勝で使われる12チーム48人分は用意されてると思っていいはずだから、付属品も考慮するとなかなかシャレにならない金額なのは確かだった。
そんな風に大会について話していると、ふとスーちゃんが口を開いた。
「一次予選免除ということは、会場に着いてからしばらくは時間が余りますよね? ボクはのんびり会場を回ってていいですか?」
「そうね。会場では練習もできないし、少し遊んでいくのもいいと思うわ。ほらこれ、お小遣いもあげるから好きに遊んでいいわよ」
リンちゃんはそういうと、まるで親戚の子供にお年玉をあげる感覚でポンと金一封を手渡した。
多分10万円ぐらい? リンちゃんからすれば端金だろうけど、中学生のスーちゃんからすればなかなかの大金になるのかな?
というか、ちゃんと封筒に入れて用意しているあたり、元々渡すつもりだったに違いない。
スーちゃんは不思議そうに封筒の中身を見てから、顔をサッと青くさせた。
「そんな、自分のお金は持ってきてますし、申し訳ないです」
「いいのよ、チームメンバーの士気をあげるのもリーダーの務めなんだから。……そうね、トーカが付き添ってあげてくれる? どうせ使うの遠慮しちゃうだろうし、どの道会場をひとりで歩かせるのは怖いから」
「はーい。保護者代わりですねぇ」
「うう……」
リンちゃんがお金持ちなのは言うまでもないけど、金銭感覚という意味ではトーカちゃんも大概だ。
なんならリンちゃん以上に、トーカちゃんは「お嬢様」なのだ。私たちにはフランクに接してくれているけれど、お嬢様モードのトーカちゃんはそれはそれで魅力的な子だったりする。
ちょっとまごついてから金一封を自分の鞄にしまいこんだスーちゃんを見届けてから、リンちゃんが思い出したように口を開いた。
「ああそうだ、ナナはちょっと別の案件があるのよ」
「別の案件? なんの?」
そんな話は全く聞いていないし、考慮もしていなかったんだけど。
「スポーツイベント恒例、エクササイズコーナーのデモンストレーションよ」
「……えぇ?」
満面の笑みでそういうリンちゃんに、私は思わず首を傾げた。
(練習風景は)カットだ!
という訳で早速会場に到着しました。