目指すべき目標
「りばーすわーるど?」
「ええ、それがあのプレイヤーの所属してるチームよ」
翌朝。結局一晩中寝ずにあの部屋で動画を見ていた私は、起きてきたリンちゃんから調査の結果を教えてもらった。
プロゲーミングチーム《Rebirth-World》。リンちゃんによると、米国で去年新設されたVRゲーム専門のゲーミングチームらしい。
「チームを設立したのはアーカーシャってプレイヤーでね。VRシューティング界隈では結構有名なヤツなの。だから、チームの情報自体はサラッと見つけられたんだけど……」
「歯切れが悪いね」
「ええ、ちょっとね。アーカーシャのヤツがなんで独立したのかがさっぱりわからないのよ」
リンちゃんが言うには、そのアーカーシャさんとやらは元々全米で二、三番を争うと言われるプロゲーミングチームのエースだったらしく、金銭的にも環境的にも最高に近い環境で活動していたんだとか。
少なくともわざわざリスクを冒して独立してチームを作るとは思えない、そんなプレイヤーなのだそうだ。
「日本も相当いい環境が揃ってる方だけど、やっぱりアメリカのeスポーツ人口の多さは図抜けてるわ。そんな中でトップクラスの実力を認められてるってことは、ただそれだけで価値があるの。スポンサーからの年収だけでも数千万は堅かったはずなんだけど……」
「なんかとんでもないお金を積まれたとか、あとはチーム内に敵として戦いたい人がいたとか?」
「順当に考えればそんなところね。それでも新設のチームであっちの大会を勝ち抜いてWGCSの出場権を獲得してるっていうんだから、そこは流石なんだけど」
リンちゃんがここまで実力を認めているということは、実際に相当上手い人なんだろう。
そもそも全米トップクラスのチームでエースを張っていたという肩書自体が、私みたいな素人が聞いてもすごそうな感じがする響きだ。いや、実際にすごいんだろうけどね。
「で、その人が作った《Rebirth-World》ってチームに私が見つけたあのプレイヤーがいると」
「そうなるわね。登録された名前は《Ai》。エーアイじゃなくてアイって読むみたいよ」
「アイ……なんか日本人みたいな響きの名前だね」
「アイリスとか、そんな名前のイニシャルかもしれないから一概には言えないわね」
まあ、名前なんてどうせ直前までは忘れてるだろうから、今はそこまで重要なことではない。
「私は基本的に国内のプレイヤーをスカウトの対象にしてるから気づかなかったけど、確かにちょっと光るものはある感じだわ。アーカーシャがその人をスカウトした理由も多分そんなところでしょうね」
「ふむふむ……でも、アメリカってことは次の大会には出ないんだよね?」
「ええ。さっきも言ったけど、《Rebirth-World》はもうアメリカのほうでWGCSの本選出場を決めてるわ。だからナナが戦ってみたいっていうなら、次のバトラーで本戦出場資格をもぎ取る必要があるわね」
私が興味を持った、私と同類と思しきプレイヤー。
同類とはいっても、私のように現実世界の身体能力が振り切れているタイプだと言い切れるわけじゃない。
私が見た映像は所詮アバターで動き回るシーンでしかなく、ゲームのアバターより身体能力の高いプレイヤーは総じてアバター状態では動きづらそうにするから、動きからでは見分けようがないのだ。
じゃあ何を見てそう判断したのかと聞かれれば、その答えは「反応速度」だ。反射速度、反射神経といってもいい。
例えば銃声が聞こえてから何かしらのアクションを起こすまでの速度。なんなら体をかすかに緊張させる程度の反応だったとしても、それは如実にその人の反応速度を露わにしてくれる。
あのプレイヤーは、それが私と同じくらいに速い。
反応速度が速ければ速いほど、あらゆる行動への移行がスムーズになるのだ。
あれは間違いなく、普通の人がどんなにトレーニングしてもたどり着けない領域に立っている。
「楽しみになってきたなあ」
「ふふ、ナナがやる気みたいで嬉しいわ。とはいえ、バトラーも決して簡単な大会ってわけではないんだけどね」
「世界最高峰の舞台に続く大会なんだもんね」
「三つある国内予選の最終戦ってのも大きいわね。特にバトラーは参加者の多い大会だから、うっかりジャイアントキリングが起こったりなんかもするのよ」
「今回は私たちがそれをする側なんじゃない?」
「それはそうなんだけど」
なにせHEROESのVR部門は今回の大会が初めての公式戦なのだ。
いかにHEROESがリンちゃんという超有名人のチームであり、他部門が結果を残していようとも、私たちは今回が初の大会になる。特に私とトーカちゃんに関してはプロとしてeスポーツの大会という舞台に立ったことはない。
そしてもうひとりは……んん?
「そういえばリンちゃん、もうひとりの子はどうなったの?」
HEROESのVR部門はもともとリンちゃんと私と後二人の内定者がいて、その内のひとりが家の都合で辞退したから補充要員としてトーカちゃんが入っている。
そして最後のひとりは海外で武者修行中だとかで、先日ドタキャンされたリンちゃんの出張はその子に関係したものだったはずなのだ。
「すうぱあのこと? それならもうすぐ来るんじゃないかしら」
「来るって、このマンションに?」
「ここは事務所でもあるって言ったでしょ」
「ああ、そっか」
そういえば昨日、ここがHEROESの事務所だって話を聞いたばかりだった。
トーカちゃんやロンさんならリンちゃんの親戚だから当然上のお家に来るだろうけど、そのすうぱあって人に関してはチームのメンバーなんだから、こっちで出迎えるのが筋だろう。
「ああ、トーカもすうぱあもそろそろ来るみたいよ。ほら、ナナはこれに着替えて」
「なにこれ」
「HEROESのチームTシャツ。プロゲーミングチームってのはこういうのがあるものなのよ」
「そ、そうなんだ」
若干押し付け気味にリンちゃんから渡された、でっかいロゴ入りのチームTシャツに着替える。
よく見るとジャージのズボンやパーカーもあって、どれも黒一色なのが印象的だ。
「黒いね」
「大抵のゲーマーは黒が好きなのよ」
「……ほんとぉ?」
「ほんとほんと。このTシャツだってちゃんとメンバーにアンケート取って作ったんだから」
リンちゃんの態度的に嘘ではないらしい。
別に私は着るものなんて気にはしないけど、そうは言ってもこの黒一色コーデはどうなんだろう?
HEROESのロゴ自体色つきで、私のは赤色のロゴが刻まれている。リンちゃんのは青色のロゴみたいだ。
それ自体はなかなかセンスを感じるけど、もっと全体的にカラフルな方が目立っていいと思うんだけどな。
「どう? 似合ってる?」
「うーん……イマイチかしら」
「そんなー」
とりあえずチームジャージに着替えてHEROESのメンバーごっこをしていると、インターホンの音が鳴り響いた。
トーカちゃんか、それともすうぱあさんか。
そのどちらかの来訪を告げる鐘の音に、私は少しだけワクワクした気分を感じていた。
ゲーマー、虹色に光るか黒かのどちらかという極端な戦い。
ただ、白より黒に対しての方が純色のカラーは映えますよね。