見つけた物
凜音の視点です。
「……………………」
複数動画の同時視聴を始めてから、約5時間。
最初の1時間くらいこそちょこちょこ質問をしていたナナだけど、ここ数時間は全く微動だにせず、一言も発することなく、集中力を維持したまま視線をモニターの方へと向けている。
吐息の音さえ聞こえてこないせいで時折不安になるものの、正面から見ると眼球が忙しなく動いているのがわかるため、寝落ちしているという訳ではないらしい。
ただ単純に、微動だにしないほど集中しているだけだった。
目の前の30あるモニターの情報を処理しようと思った時、私とナナではそのアプローチの方法は変わってくる。
簡単に言うと、私は思考を分割し、ナナは思考を加速するのだ。
あくまでもイメージだけれど、私は脳内にいる30人の自分ひとりひとりに一画面を担当させて、画面の情報と音を処理させている。
そして31人目の自分にこうして普通に思考する役目を割り当てることで、今もモニターの情報を全て拾いながらナナを気にかける余裕がある。
ナナのやり方はもっと強引で、純粋に思考速度を異常なほど加速することで膨大な情報を高速で処理している。
私のように一度に30個の情報を同時に処理するんじゃなくて、私の30倍の速さで情報を処理することで強引に同じだけの処理能力を引き出しているのだ。
これは、本気を出せば時間が止まって見えるレベルで思考の速度を加速できるナナならではの方法だ。
……というか、ナナ以外がそんなことをしたら脳に負荷がかかりすぎて廃人になるだろう。この子がやってるのはそういう、自分の頑強さに任せた無茶ばかりだ。
(とはいえ、そろそろ限界っぽいわね)
映像を見るナナの姿は静かなものだけど、残念ながら抑えられていない音がひとつだけ。
さっきからぐぅぐぅとお腹が鳴っているのだ。
まあ、こんな無茶な頭の使い方をしていれば、相応にエネルギーを消費するに決まっている。
しかも今朝はフランスパン一本とスープくらいしか食べてない上に昼ごはんがまだだから、余計にお腹が空いているはずだ。
「ナナ」
「…………ん?」
「ちょっと休んでご飯にしましょ。お腹、減ってるでしょ?」
「んー? ……ほんとだ、お腹減ってる!」
集中してる時は気づかなかったのか、お腹を撫でながらそんなことを言っている。
人の数倍の基礎代謝を持つナナは、基本的にとても燃費が悪い。運動にせよ、こうして頭を使うにせよ、単純にエネルギーを使う時も人の数倍使ってしまうのだ。
「何食べたい?」
「お米!」
「じゃあ丼物にしましょ。いくつにする?」
「特盛で20個くらいかな」
「随分食べるのね」
丼物を特盛で20個。カロリーだけを見れば2万キロカロリーくらいはありそうだ。
2万キロカロリーともなると流石のナナも基礎代謝を上回るはずだし、今使ったカロリーを含めても多分相殺しきれない。だから、これは食い溜めをしたいという意思表示だろう。
ナナは体内に脂肪ではない形で余剰エネルギーを蓄えられる体質だから、いわゆる食い溜めをしても体重に反映されることは無い。この子が何も食べないでも1ヶ月、2ヶ月生きていられるという理由はそこにある。
とはいえ、だからといってナナも普段から蓄えている訳では無い。蓄えられるエネルギー量には限界があるからだ。
そもそもナナは食事を取るのが単純に好きなので、必要な栄養は適宜確保するようにしている。
つまり、ナナにとっては食い溜めるということ自体がそれほど好ましくない行為なのだ。
それでも食い溜めをするということは、何かしら理由があるのだろう。
「ちょっとね……覚えることが多すぎるから、無理やり詰め込むのにカロリーが欲しいんだ。今日は一日ここに籠っててもいいかな?」
「それは構わないけど……結構やる気なのね。ナナは大会自体にはあまり気乗りしてないのかと思ってたわ」
正直、意外。それが私の本心だった。
なぜなら、ゲームの大会そのものは、ナナにとって楽しみに思う要素がないものだからだ。
そもそも、ゲーマーがゲームの大会に出る目的なんていうのは3つに絞られる。
賞金やスポンサーからの賞品、場合によってはチームのイメージイラストを書いてもらえたりという意味での「金」。
大会優勝、準優勝、あるいはWGCSクラスの大会なら出場しただけでも得られる実績という名の「名誉」。
仲のいい友人との練習や思い出作り、単純に同じゲームを一緒に楽しんでいる人たちとの「交流」。
そしてこの3つの要素というのは、ナナにとっては価値の低いものなのだ。
ナナに物欲がない、というのは今更言うまでもないだろう。生きていくのに最低限のお金以外に、ナナは「金」を必要としない。
「名誉」に関しても、ナナは承認欲求の方向性が極めて歪なためか、見知らぬ他人からの評価に興味がない。
ナナは「リンちゃんが褒めてくれたら嬉しいな」くらいの承認欲求しか持っていないのだ。そして別に私が褒めなかったからって落ち込むわけでもない。
普段からリスナーに「すげーすげー」と言われまくっているにもかかわらず淡白な反応ばかりなのは、褒められたいと思ってやっていることではないからだ。
そして「交流」に関しても同じ。ナナはそもそも自分の交流の幅を自ら広げに行くタイプじゃないのだ。
ナナが持っている人並外れて高い能力は人を惹きつける。
はるるやアーサーのように、あるいはNPC達のように、ナナに目をつける人達は多く、WLOではそうして交流が広がってはいる。
あるいは現実でもサクとの仲を見ている限り、バイト先の人ともそこそこ良好な交友関係が築けていたことだろう。
露骨に悪意を持って接しない限り、ナナは基本的に相手を拒絶しない。そして相手の趣味嗜好を肯定的に受け入れるから、一緒にいて心地よくもある。
けれど、ナナは決して「自分から」交友の幅を広げることはない。
クエストやお使いで人に会いに行く必要があるとかでもなければ、ナナは自分から見知らぬ他人に会いに行くことはない。
交友関係を広げる時、ナナは常に受け身となる。
理由は簡単で、見知らぬ他人に興味がないからだ。
この辺りを含めて考えると、ナナが今回の大会に出てくれるのはあくまでも私の「お願い」だから。
自分の限界を試せる、自由に生きられるWLOと比べれば、ずっとモチベーションは低いものだと思っていたんだけど……もしかすると、何かがナナの琴線に触れたのかもしれない。
「えーとね、3時間くらい前かな。一本だけ、気になる動画があって」
「気になる動画?」
「うん。多分海外のプレイヤーかな。特に実況も解説もなくて、ただのプレイ動画だったんだけど」
ナナの発言から、自分の記憶の糸を手繰る。
少し気を抜いて見ていたせいで、思い出すのに少し時間がかかってしまった。
「あの画面で流れてた動画ね?」
「あ、そうそう。よく覚えてるね」
「今どき無編集の動画も珍しいもの。それで、それがどうかしたの?」
ナナが目をつけたその動画は、確かに今どき無編集という時代に逆行したような内容が印象的ではあったけれど、良くも悪くもそれ以外に目をつける部分はないように思えた。
そんな私の感想とは裏腹に、ナナは機嫌良さそうに体を揺すっている。
何がそんなにこの子にやる気を出させたのだろうか。
「ひと目見てわかった。アレのプレイヤーね、たぶん私の同類だよ」
首を傾げる私に、ナナは少しだけ嬉しそうな様子でそう言った。
スタンド使いは惹かれ合う。
書籍の方も引き続きよろしくお願い致します!