《ハーモニア》
ずっと触れてこなかった、フルダイブ技術と配信についてのお話をちょっぴり。
「どうかした?」
「ん、ちょっと昔のことを思い出してた」
「そう? まあいいけど」
懐かしい思い出に浸っていると、リンちゃんは特に気にしていない様子でリモコンを操作した。
「ま、モニターが30もあれば今日一日で知識を詰め込むには十分でしょ。明日は燈火とすうぱあも交えて実戦やって、明後日には大会って感じで」
「そこら辺の判断はリンちゃんに任せるよ」
そんな風に会話をしながら、私は視線をモニターの方に向ける。
どういうシステムなのかはわからないけれど、リンちゃんが高速でリモコンのボタンを操作する度に別々の映像がモニターに映し出される。
プレイの映像、あるいは公式の配信視点と言うやつか。FPSに限らず、多人数参加型のゲーム大会では実況用に「神の視点」があることが多い。
色んなチームだったりプレイヤーの視点を移し替えて、試合を見ている視聴者たちを盛り上げていく役割。
もはや定番も定番だが、そこまで考えた私はひとつの疑問に行き当たった。
「ねぇ、リンちゃん」
「なに?」
「WLOってさ、初めてライブ配信ができるようになったゲームなんじゃなかったっけ?」
そう。WLO、《WorldLive‐ONLINE》は、世界初のライブ配信可能なVRゲームという謳い文句で発売されたゲームだったはずだ。
しかしリンちゃんの言葉が正しいのなら、この公式大会の実況視点は「配信」されていたということになる。
世界初のライブ配信可能なVRゲームとは……? そんな私の疑問に、リンちゃんは意外そうな表情を浮かべていた。
「まさかナナがそんなことに気づくなんて……」
「おっとこれは馬鹿にされてますね?」
「まあね」
「ぐぬぬ……!」
「冗談よ。ま、知らなくてもいいっちゃいいことなんだけど、せっかくだから説明してあげるわね」
リンちゃんはそう言ってリモコンを操作し、ひとつの画面を残して全てのモニターの電源を落とした。
「まず答えから言うと、WLOは『一般のプレイヤーがライブ配信をすることができる、世界初のフルダイブVRゲーム』なの」
「一般のプレイヤー……ってことは、運営とかではないってこと?」
「そうよ。だから、WLOの謳い文句はある意味で正しくて、ある意味で間違い。ナナの疑問も決して的外れなものではないのよ」
ヨシヨシと頭を撫でられて、思わず目を細めてしまう。
しばらく撫でられるままになっていると、リンちゃんは気を取り直して話を続けた。
「ちょっと遡って話をしましょう。オンラインの仮想空間に意識を飛ばすフルダイブ技術は、元々《ハーモニア》って会社が開発したものでね。開発から間もなくして、特許料を払えば誰でも使える技術として一気に拡散されたの」
「ハーモニア……って名前は聞いたことあるかも」
「中学に上がる前くらいだったかしら? そのくらいの頃に私もナナもテスターとして出向いたことがあるからね。ほら、その後燈火に煽られて、スポーツ施設でトレーニングしたでしょ?」
「ん〜……ああ、確かにそんなこともあったかも」
確かにリンちゃんの言う通り、そのくらいの頃にフルダイブのテスターをやった記憶がある。
私はとにかく動きづらくてストレスだったんだけど、リンちゃんは運動音痴が災いしてかそもそもまともに立ち上がることもままならない感じで、器用にこなしてたトーカちゃんに思いっきり笑われたのだ。
それが悔しかったのか、スポーツ施設でトレーニングをしようと試みたものの、相変わらずリンちゃんは運動がダメであんまり効果はなかった。
私はリンちゃんとデート気分だったから楽しかったけどね。
「実のところね、仮想空間へのフルダイブ技術が確立されてすぐの頃から《ハーモニア》はゲーム配信機能も開発してたの。そして、どのゲームもその機能自体は実装していたわ。じゃあなんで一般に配信が普及されなかったのか、わかる?」
「うーん……なんか最新の機材が必要とかで、それが用意できなかったんじゃない?」
「あら……ほとんど合ってるわ。どうしたのナナ、変なものでも食べた? 雪でも降るのかしら」
「リンちゃんひどい!」
「ふふふふふ」
せっかく真面目に考えて答えたのに!
そんな風に頬を膨らませていると、突っつかれてぷしゅっと萎まされた。
なんとこしゃくな……。
「まあ、ナナの言う通り、この配信機能を使うのに当時はとてつもなくコストがかかったのよ。それこそ導入に億単位の金額がポンと飛んでいくくらいにね」
「億単位……!? って、そのくらいリンちゃんならポンと出せるんじゃないの?」
流石に億を超える値段のゲーム機材となると驚きはするけど、ぶっちゃけリンちゃんの資産からすればそのくらいはポンと払える金額のはずだ。
それこそ、このマンションの部屋ひとつ分くらいの値段だろうし。
「ええ、まぁはした金よ。私もそうだし、世の中お金持ちは結構いるからね。億単位の機材でも買おうと思えば買える人はいたの。でもね、その機材は一般には一切出回らなかったのよ」
「買いたくても買えなかったってこと?」
「そういうこと。《ハーモニア》はその機材をゲームを開発する企業にしか売り出さなくて、結果としてどのゲームも公式側が関わるイベント以外では配信はされなかったわけ。ちなみに一般向けには録画用機材だけは売り出されてて、こっちは結構ガッツリ普及してるわ」
「なるほど、それがさっき見ようとしてた沢山の動画なわけだ」
リンちゃんはこの部屋に来る前に、プレイ動画と公式の配信があると言っていた。
そのプレイ動画の方が、いわゆる「ガッツリ普及した機材」を使って録画されたものなんだろう。
「配信の仕組みはよくわからないけど、昔は録画ができれば配信もできる感じじゃなかったっけ?」
「そこはフルダイブゲームだからとしか言いようがないわね。正直フルダイブ技術ってけっこうオーバーテクノロジーで、ちゃんと仕組みを理解してるのって《ハーモニア》だけなのよね。そもそも理解しようにもブラックボックスの部分が多すぎるのよ」
「最新技術なんてそんなもんなのかなぁ」
「開発者と会ったことはないけど、頭がおかしい人なのは間違いないわね。ちなみにWLOの開発にも携わってて、機材無しで一般プレイヤーでも配信できるようなシステムを新たに構築したのも《ハーモニア》よ。本当は昔からできたのを今になって持ち出したのか、それとも新しく開発したのかは定かじゃないけどね」
「ほへぇ〜」
「もう……飽きたからって適当に返事しないの」
「えへへ、つい」
生返事だったのがバレバレだったのか、ムニムニとほっぺを引っ張られる。
ともかくWLOが「世界初」というのが嘘ではないことはわかった。聞きたかったのはその部分だから、細かい部分はおいおいネットで調べたりすればいいだろう。
「《ハーモニア》は小さな会社だった時から目をつけてたのよねぇ……お陰でめちゃくちゃ儲けさせてもらったわ」
珍しくお金儲けの話をするリンちゃんに、私は内心で結構驚いていた。
リンちゃんは小さい頃に資産が増える仕組みを整えてからは、ゲームの案件を除いてほとんど仕事らしい仕事はしていないはずだ。
もちろん私がいなかった6年の間にそういう仕事をしていた可能性も否定はできないけど、それは無いとほぼ断言できる。
リンちゃんが能動的にお金稼ぎをするのをやめたのは、他でもない鷹匠グループのためだからだ。
端的に言うと、トキさんがリンちゃんの飛び抜けた商才を恐れていて、リンちゃんはそれに気づいていたから、トキさんの心労を減らすためにお金稼ぎをやめた。
要は私が両親を傷つけないように「物に触る」のを止めたのと同じだ。リンちゃんはトキさんとの間に軋轢を生むのを嫌がって、お金稼ぎをしなくなったのだ。
厳密に言えばその時点で一生遊べるくらいの資産を持っていたから、そもそもそれ以上稼がなくてよかったという現実的な理由もあったらしいけどね。
「リンちゃんのめちゃくちゃってホントとんでもない金額じゃないの?」
「ゲームの賞金が馬鹿らしくなるくらいには稼いだわよ。今ある資産の3割くらいはソレ関係だと思うわ」
「途方もないなぁ」
リンちゃんの資産の3割って、多分少なくとも何十億とか何百億とか、そういう単位のお金のはずだ。
逆に言えばその《ハーモニア》もそれ以上に稼いだってことなんだろう。私はお金にそれほど興味はないけど、動いている金額が金額なだけになかなか刺激的な話だった。
「ほら、そろそろ見るわよ」
「はーい。あれ、リンちゃんも?」
「ええ。隣で見てるからわからないことがあったら聞いていいわよ。というかナナ、今更だけどあのモニター全部見られるわよね?」
「今ならよゆー。あ、でも質問の時は一応画面を止めて欲しいな」
「了解。じゃあとりあえず半分配信、半分動画で見ていきましょうか」
「うぃっす」
「ナナ、たまにソレ使うわよね」
私の返答に不思議そうな表情を浮かべながら、リンちゃんがリモコンを操作する。
すると、画面ではなく地面からカチッと音がなり、突然床に空いた穴から七色に光る座布団が排出された。
何となく拾い上げて何度か握ってみる。見た目の割に結構柔らかい。これ、どうやって光ってるんだろう?
「……なにこれ?」
「ゲーミング座布団よ」
「なぜ座布団?」
「チェアかソファか座椅子か座布団のどれかって話になって、HEROES内のアンケートで座布団に決まったのよ」
「……HEROESのメンバーってちょっとおかしい人多いんじゃ」
「ナナ、それは言わない約束よ」
めっと叱られて、なんとも言えない気分で七色に光る座布団に座る。
妙に座り心地のいい座布団に微妙な気分になりつつも、私はプレイ動画が映り出した画面へと意識を集中させるのだった。
《ハーモニア》はWLOに配信技術の提供はしていますが、運営はまた別の会社がやってます。
ちなみにフルダイブ技術はゲームもそうですがシュミレーション方面での活用が著しく、結構な業界がそれに依存しているため、《ハーモニア》が「ノー」と言ったら誰も強くは出れなかったんですね。
なお、リンネは幼少期に気まぐれで投資させた《ハーモニア》のおかげでめちゃんこ儲けてます。やったね。