想像以上に近くにある
リンちゃんに連れられてきたのは、普段生活している40階から1階下の39階。
40階は全ての部屋がリンちゃんのために買い与えられていて、そのうちの一室を私が貰っている状態なんだけど、まさか39階にも部屋を所有しているとは思わなかった。
「この階にも部屋があるんだねぇ」
「そうね、36階から40階は売らずに残してあるからね」
「ん? 売らずに?」
リンちゃんの発言に首を傾げる。
その言い方では、まるでリンちゃんがこのマンションの部屋を自由に売る権利があるように聞こえたからだ。
そんな私の疑問は、リンちゃんの続けたセリフで解決した。
「ええ、このマンションは私のだから」
「……えっ?」
「言ってなかったかしら? 正確には不動産会社の……とか細かいことはわからないわよね。まあ要するに、このマンションの売買契約は私を通さないとできないのよ」
「ほぇ〜……」
リンちゃんはごく自然な事のように言っているけど、このタワーマンションの大家さんかそれに近い立場にいるってことだとしたら、とんでもないことなんじゃないだろうか。
リンちゃんが鷹匠本家の支援抜きにしても超がつくほどのお金持ちなのは知っているつもりだったけど……もしかしたらリンちゃんは私が想像しているよりもずっとお金持ちなのかもしれない。
そうは言ってもリンちゃん自身は大してお金にがめついタイプじゃない。元々使い切れないほどの資産を持っているからか、使う時は使うし無駄なことには使わない。
ただ、何もしなくても自然とお金が集まってくるような、そんな星の元に生まれているのも確かだとは思う。
まあ、今は私もリンちゃんに養ってもらっているわけで……その恩恵を一身に受けてる以上はその財力に感謝するだけなんだけどね。
「ここよ。といっても、どの扉から入っても内部は全部繋がってるんだけど」
「ほんとに基地みたいだね」
「そういうコンセプトだからね」
気を取り直して、リンちゃん曰く秘密基地がコンセプトらしいお部屋に入る。
「おお……」
まず目に入ってきたのは、七色に光る様々なガジェット。
ブルーの照明がそれらの存在感を引き立てていて、この空間の中では足元を走っている自動運転の掃除機でさえ何かのロボットのように思えた。
なんの意図があってこんなにピカピカと光っているのかはさっぱりわからないけれど、思えば昔からリンちゃんに連れていってもらうゲームイベントでは七色に光るものが多かった。
確かリンちゃん曰く……。
「ゲーミングアイテムは無駄に光る!」
「ふふ、そんなこと教えたこともあったわね」
「でも、リンちゃんあんまり好きじゃないって言ってなかったっけ?」
そう、ゲーミングパソコンだとかゲーミングチェアだとか、キーボードだとかマウスだとか。
なんなら特に意味もなく光るだけの棒みたいなアイテムもある中で、リンちゃんが持っている機材はどれも光らないタイプのものばかりなのだ。
この6年で趣味が変わったのかな? と思ったけど、実際に上の部屋にある機材はどれも光るヤツじゃない。
不思議に思っていると、リンちゃんがそのことについて説明してくれた。
「このフロアは一応HEROESの事務所も兼ねてるからね。それっぽい見た目で作ってあげた方が新規メンバーの掴みもいいのよ」
「ここがチームの事務所なの?」
「ここがチームの事務所なのよ」
「ほぇ〜……思った以上に身近にあったことが衝撃だよ……」
まさかいつも暮らしている部屋の真下にHEROESの事務所があるなんて思いもしなかった私は、ちょっと気の抜けた表情で部屋中を見渡す。
そんな姿を見て、リンちゃんはため息をつきながら首を振った。
「あのねぇ……言わなかった私も悪いけど、今度からは自分の所属してるチームの所在地くらいは調べておきなさいな」
「ふふん、そもそも私今住んでる家の詳しい住所も知らないし」
「何回も教えたでしょ」
「あっはっは」
そうは言われても、そもそもこのタワーマンションの名前すら知らないのだ。
契約はリンちゃんがいつの間にか書き換えていたし、前の家も荷物を取ってきてからはどうなっているのかもわからない。多分、もう引き払われているんじゃないかとは思う。
「それにしても、事務所なのに人がいないね? 掃除ロボットの気配しかないや」
「ええ。HEROESに加入させた子たちに関してはちゃんと自宅に環境を整えてあげてるからね。わざわざ交通費をかけてまで事務所まで来る子はあんまり居ないのよ。通話はオンラインが基本だしね」
「なるほどなー」
リンちゃんの言葉を聞いて、私は素直に納得した。
確かにそれなら、わざわざ事務所に来る理由は薄いだろう。
私たちが生まれる前くらいの時代では、ゲームの通信をするのにケーブルを用意して、近距離で直接ゲーム機を繋がなきゃいけない時代もあったらしい。
でも、インターネットの発達で世界中のゲーマーの間に距離の壁はなくなった。今はほとんどのゲームが、家にいながら世界中の人々と繋がるシステムを構築している。
WLOだってそうだし、今からやろうとしているゼロウォーズもそうだ。言語の壁はあれど、どんなに距離があろう関係なく、私たちは色んな人とゲームができる時代を生きている。
リンちゃんがHEROESのメンバーにゲーム環境を整えてあげたというのが本当なら、わざわざ集まったりしなくても、ボタンひとつで通話をしながらゲームができるのだ。
交通費をかけてまでここに来る理由は本当にないのだろう。
「ちなみにHEROESに入るとどのくらい支援してもらえるの?」
「私が目をつけるような実力がある子は、大抵ゲームをする環境の方はそこそこ整ってるからね。支援なんて言っても基本給の他にひとり高くて50万円くらいよ。たま〜にホント信じられないようなクソ環境でトップレベルの成績を残してる子とかだと、100万円くらいは使ってあげることもあるけどね」
「太っ腹だねぇ」
「これまで稼いだ賞金なら腐るほど余ってるもの。それで少しでもメンバーのパフォーマンスが上がるなら安いもんだわ。ま、もちろん投資に見合った実績は出してもらうけどね」
その言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を浮かべるリンちゃんを見ていると、HEROESというチームがリンちゃんにとってどういう存在なのかが伝わってくる。
リンちゃんにとって、HEROESは自分の手で育てた子供のようなものだろうから。
プロゲーミングチーム《HEROES》は、元々はリンちゃんがプロゲーマーとして活動するために立ち上げたチームだ。
最初はリンちゃんしか所属していない名前だけのチームだったんだけど、リンちゃんのスカウトや育成によってここ数年で瞬く間に実力を発揮し、今ではトップクラスに有名なチームのひとつになっている。
運営資金の全てはリンちゃんが賄っていて、メンバーのスカウトも全てリンちゃんが行っている。
WGCSを制覇して世界一になった少し前からじわじわと準備を進め、世界一を取ってからは精力的にチームの成長を後押ししてきたらしい。
そうして、約3年というほんの僅かな期間だけで、著名なゲームのほとんどで好成績を残す怪物チームに成長したのだ。
チームメンバーの努力はもちろんある。ただ、そこにリンちゃんの影響がなかったかといえば、そんなことがあるはずもない。
むしろその逆。リンちゃんは本当に献身的なくらいにHEROESのメンバーを支え、時にリーダーとして、時にマネージャーとしてメンタル面から技術面まで全てをサポートしていたんだとか。
その結果、HEROESというチームは「プロゲーマー・リンネを慕う強者の集い」と化しているらしい(ってリンネウィキに書いてあった)。
まあ、私はHEROESのメンバーとはひとりも会ったことないから真偽はわからないんだけどね。
「ナナ?」
「んー、今行く〜」
ちょっとぼーっとしていたらしい。
既に目的の部屋に入ったリンちゃんの呼びかけに応えて部屋に入る。
「おお……」
リンちゃんが待ち受けていたその部屋を見て、私は感嘆の声を漏らした。
そこは、パッと見では数え切れないくらいたくさんのゲーム用モニターが壁に埋め込まれた、極めて特殊なレイアウトの部屋だった。
秘密基地とはいいつつも、実際には事務所でした。事務の人などは常駐してたりしてなかったりします。
そしてゲーミングデバイスがやけに七色に光りたがる案件について。
ちなみにタワーマンションの大家さんという表現は、ナナの主観だからです。この子は建物の管理人は全員大家さんだと思っています。ちょっとアホの子。