回想、そして次なる目標
第5章開始です!
月狼との戦いを終えた後。
ドラゴさんとアーちゃんが気を抜いて地面に寝転がっている中、ふと境内に近づいてくる足音が聞こえた。
一瞬翡翠だろうかとも思ったけど、聞こえてくる足音は翡翠のものとは違っていて。
階段を昇って見えた顔は、私が想像していた通りのものだった。
「お疲れ様でしたぁ……」
持ち武器なのだろうか。
珍しく両手用の重量級ハンマーを片手に……というより引きずりながら歩いてきたはるるは、少しニヤつきながらそう言った。
「どうしたの、わざわざこんな所まで」
「ロウさんを回収しに来たんですよぉ……大方こうなることはわかっていましたからぁ……」
「ああ、そっか。はるるが助っ人で呼んでくれたんだもんね」
はるるがロウを指差すのを見て、私は納得した。
ロウは元々はるるの頼みで私たちに加勢しに来てくれたのだ。そして、自分の身を一切顧みずにスキルを酷使して、今はもう片腕しか残っていない状態で倒れている。
デッドスキルによる呪いこそノクターンにほとんど取り除いてもらったものの、それはそれとして負傷が治ったわけではないのだ。
「一応私が救援として送り込んだわけですからぁ……仕事をしてくれた以上は私も義理を果たしますともぉ……このまま放っておくと殺されて監獄に送られてしまうかもしれませんしねぇ……」
はるるは少し嬉しそうな様子でそう言いながら、地面に転がっているロウにポーションをぶっかけると、割と雑に引っ張り上げて肩に担いだ。
「月狼の素材については週明けにでもぉ……子猫丸も同席させたいところですしぃ……それにスクナさんはしばらく別件の用事があるでしょうからぁ……」
「知ってるんだ?」
「えぇ……スクナさんの動向はそれなりにぃ……」
はるるが私の配信を見ているのは知っているし、私も今度のゲーム大会に出ること自体は隠しているわけではない。
だから、はるるがそのことを知っているのは全くおかしなことじゃない。とはいえ、配信ではほとんど話題にしなかったから知らない人が大半かもしれない中で、はるるが知っていたのは少し意外だった。
「それでは失礼しますぅ……お二人もお疲れ様でしたぁ……」
「うん、気をつけて。ロウもまた会おうね」
「……ええ、またね」
疲れているからか、ロウの返事はとても淡白なように思えたけど。
最後にチラリと見えたロウの横顔には、とても素敵な笑みが浮かんでいた。
「ドラゴさん、アーちゃん。私達も帰ろっか!」
2人の後ろ姿が迷いの森へと消えていくのを見届けた私は、先程から起き上がる気のない2人に声をかけて、鬼人の里へと帰ることにしたのだった。
その後鬼人の里に戻った私が、鬼人族のNPCやプレイヤー総出で祝われて。
その最中、琥珀に「また酒呑に会ったよ」と伝えたことで酷い目に遭ったりしたんだけど……それはまた、別の話だ。
☆
そんなこんなでログアウトしてすぐ寝落ちして、深夜に起きてリンちゃんと一緒に雑談配信したりもして。
翌日。
起きてすぐに隣にリンちゃんが居ないことに気づいた私は、時計に表示された10の文字を見て寝過ごしたことを悟った。
「おはよー!」
「おはよう。今朝は元気いっぱいね?」
「うん! いっぱい寝たからかな」
リビングの扉を開けると、リンちゃんがソファに座ってゆったりとタブレット端末を弄っていた。
既に朝ごはんは食べたようで、私の分だけがテーブルに残っている。
とりあえず腹ごしらえをするべくテーブルの椅子について、特に切り分けられていないフランスパンを端っこから頬張った。
「豪快に行くわねぇ」
「ふぁふぁふぇ」
「ナナがいいならいいんだけどね。パン切り包丁もあるから必要なら使いなさいな」
「んぐ……もう食べたから大丈夫」
「それは飲んだっていうの。ちゃんと噛んで食べなさい」
「フランスパンは飲み物だからセーフ」
「残念、アウトよ」
「なんですと」
そんなどうでもいい一幕がありつつ、たっぷりの朝ごはんを平らげた私は、先程からリンちゃんがタブレット端末を真剣に覗き込んでいる理由を聞くことにした。
「ごちそうさま。さっきから何見てるの?」
「次の大会の要綱。WGCSオールスターズの国内最終予選ね」
「ああ……もう明後日だもんね」
ワールドゲーマーズチャンピオンシップス、通称WGCS。
世界中を見渡して最高峰の人気を誇る5つのゲームと、WGCS初お披露目の1タイトル。
計6つのゲームタイトルの世界大会を同時に開催するという、世界一の超巨大ゲームイベントだ。
最近は呪いを解いたりノクターンと戦ったりする関係でWLOに入り浸っていた私だけど、先週リンちゃんの実家に帰った時に「次の週末に大会がある」ということは伝えられている。
メンバーは私と、リンちゃんと、トーカちゃんと、もうひとり。
その4人でチームを組んで、HEROESとして初めての大会に参加するのだ。
「ナナも見る?」
「見せて見せて」
リンちゃんの隣に座ってタブレットを覗き込み、大会の概要について目を通す。
大会名は《BATTLER》。カタカナ語なら《バトラー》かな?
名前のシンプルさとは対照的に、ロゴがなかなかイケている。このロゴを作った人はセンスがあるね。
「ふむふむ……競技は2日間、4ラウンド制の勝ち上がり方式で……上位2チームのみがWGCS本戦への出場権を得ると……」
「わかる?」
「優勝すればいいってことはわかった!」
「まあ……間違ってはないわね」
私が大して理解できていないことは承知の上だったのか、リンちゃんは頬に手を当てながらそう言った。
「逆にわからないことはある?」
「正直ほとんどさっぱりだね」
ゲームの大会のルールなんて、正直さっぱり分からない。
なんせこれまで自分が出ることなんて考えたこともなかったから。
リンちゃんの隣で一緒に見ていたことはあるけれど、私はどちらかと言うと大会の様子を見てはしゃぐリンちゃんを横から眺めていただけだ。
それに、もし仮にちゃんと大会を見ていたとして、どんなルールなのかまで理解できたかは怪しいところである。人間、興味のないことは覚えられないものなのだ。
「ふふ、まあそこら辺から説明が必要よね」
リンちゃんは笑いながらそう言って、大会についての説明をしてくれた。
「今回のバトラーで使用されるゲームのタイトルは《ゼロウォーズVR》。ゼロウォ自体はナナもやったことあるからゲーム性自体はわかるわよね」
「うん」
ゼロウォーズシリーズのゲームジャンルはTPSバトルロイヤルゲーム。
一定範囲の安全圏の中で最後のひとり、あるいはチーム戦で最後の1チームになるまで戦い、勝利をもぎ取るという単純明快なものだ。
このバトルロイヤルゲームというのは、まだVRがフルダイブに対応していない時代に、爆発的にヒットしたジャンルらしい。
最初に与えられるのは最低限の装備のみ。一定範囲の中からスタート位置を自分で決定し、武器や防具を拾い集めながら殺し合いをする。
黎明期には多くの作品が乱立し、結果として特にユーザーに愛された数作品だけが今もそのサービスを続けている。
ゼロウォーズはその内のひとつであるというわけだ。
「据え置きやPCでできるゼロウォーズはTPS……つまりキャラクターの全身を見ながら操作できる訳だけど、VRシューティングはプレイヤーの視点がそのまま反映されるから、ジャンルとしてはFPSに近くなるわ。実際のゲーム内容はナナが前に実家でやってた対軍シミュレーションみたいな感じね」
「ふむふむ」
「基本的にはゼロウォーズ3の頃のシステムが採用されてるから、ゼロウォ4ほど複雑ではないわ。ライブ配信の動画は公式大会以外のものはないけど、プレイ動画は結構あるからまずはそこら辺を見て貰うつもりよ」
「りょーかい」
リンちゃんは基本的に、対戦ゲームは知識をつけてから挑むタイプの人だ。
だから、RPGみたいなネタバレが楽しさに影響してしまう作品はさておき、こういった対戦ゲームでは「定石」「強キャラ」「強ポジション」「勝ち筋」のようなものは一通り頭に叩き込んでから始めていく。その方が上手くなる効率がいいからだとリンちゃんは言っていた。
そんなリンちゃんのやり方を知っているからこそ、私はその方針に素直に頷いた。
「じゃあ早速行きましょうか。時間もそんなにはないしね」
「行くって、どこに?」
VRゲームをする環境なら既にあるし、ゲームの動画を見るにも大きなモニターはリビングに置いてある。
わざわざ移動する意味がわからずにいる私に、リンちゃんは「ああ、そっか」と言いながらポンと手を叩いた。
「ナナには見せたことなかったっけ。下にゲーム練習用のフロアがあるのよ。私が世界一になるまで使ってた、とっておきの秘密基地がね」
リンちゃんが指差したのは、私たちの真下。
未だによくわからずにキョトンとする私を見てクスッと笑ってから、リンちゃんは楽しそうに私の手を引いた。
琥珀に酒呑に会ったと伝えてどうなったかは……(震え声)
次回はリンネの知られざる秘密基地が……!
ちなみに五章は「鷹匠凜音とリンネ」を知ってもらう、そんな話になる予定です。