#ナナの寝顔配信する・2
エピローグです。
「――なるほど、大変だったのねぇ」
『そうだぞ』
『凄かったわ』
『めっちゃ頑張ってたからなぁ』
『アーカイブくらいは見てあげて』
「ちゃんと見るわよ」
自宅で、深夜にスマホを使っての配信。
私が帰ってくる3時間くらい前に終わっていたはずの月狼戦の顛末をリスナーに聞きながら、私は雑談配信をしていた。
出張に行くはずが色々と予定が変わったことでその日のうちに帰ってきた私は、ソファで眠っているナナを見つけてすぐさま配信を始めた。
ナナは全人類で一番魅力的な子だけど、基本的にはカワイイよりカッコいいタイプだ。
そんなナナが一番可愛らしい姿を見せるのが、私の前で無防備に寝ている姿。
そう、「私の前で」無防備に寝ている姿である。
寝ているナナの傍にいられるのは、今は私だけの特権。
ご両親が生きていた時は、2人の前で寝ていることもあったけれど……。
『急に黙ってどした』
『センチメンタルな顔してて草』
『↑草生やすことじゃないだろw』
『↑ブーメラン刺さってるぞ』
『リンネだってたまには真面目な顔するかもしれないだろ』
「ちょっと、それじゃあ私がいつも真面目じゃないみたいじゃないの」
『ん?』
『え?』
『なんて?』
「喧嘩なら買うわよ〜?」
『ひぇ〜』
『じょーだんじょーだん』
『そんなことよりもっとナナ映して』
『よく見るとほんと顔がいいなこの2人』
『ナナの肌めっちゃつやつやもちもちしてそう』
『高画質だからわかる肌のキメ細かさ』
『ほんとに人の肌?』
「これですっぴん手入れ無しっていうんだから腹立つわよね。えいっ」
「んぅ……」
「モッチモチだわ……」
『マジで気持ちよさそうで草』
『なんかスイーツとかにありそうな』
『おお、伸びる伸びる』
『起きないな』
『警戒心ゼロなの最高』
『そういうとこだぞ』
「やぁ……」
むにむにとほっぺを摘んで遊んでいると、不意にナナがくすぐったがるように顔の向きを変えた。
ナナは痛みにはめっぽう強いけど、くすぐったいのはちょっと苦手なのだ。
「わかる? この可愛さ。でもこれ私のだから」
『ドヤ顔やめろ』
『腹立つ〜』
『草』
『ほんと寝てると別人みたいだな』
『かわいい』
「昔は起きてる時もずっとこんな感じだったのよ。ぼーっとしてて、私が声をかけないとなんっっっにもしない子でね。ほっとくとご飯も食べなかったのよ。まあナナは1ヶ月くらいは何も食べなくても生きていけるんだけど」
『なんにもの所に感情こもりすぎだろ』
『想像つかない』
『はぇ〜』
『1ヶ月……?』
『生物辞めましたシリーズやめろ』
『ナナの人外化が止まらないんだが』
『新しく設定が生える度に人間から遠ざかる女』
「普通じゃないのよ、生まれつきね。そのせいで小さい頃色々あったの。こんな気の抜けた顔してるけど、結構重たい過去があるのよ」
『なるほどなぁ』
『ご両親が亡くなってるんだもんな』
『言いたかないけど今どき女の子が中卒ってワケありですって言ってるようなものだし』
『リンネなら助けられたんじゃないの?』
「ナナが嫌って言ったのよ。自分から、はっきりと。だからずっと、長いこと見守るだけにしてたの」
ナナが私のいうことを断ったのは、あの時が初めてだった。
あの時の衝撃は今も忘れられない。
「一緒に……いちゃ、駄目だから……」
鷹匠グループの会社に勤めればいい。そう言った私に、たどたどしい口調でナナはそう言った。
最初の頃は会ってもくれなかった。1年、2年、そのくらいの頻度でしか会えないこともあった。
ナナに会えないストレスで私はいつの間にか世界大会で優勝してたわけだけど……この6年という時間は、ナナの小さな頃から止まっていた心を大きく成長させてくれた。
私にベッタリ依存していたナナがひとりで生きていけるようになったのは正直寂しい。
でも、そのおかげでナナは両親の死を受け入れられるくらい心が強い子になった。
私もナナもお互いに依存しすぎていたのだ。
あの頃に比べて、今の私たちの絆が弱まったなんてことはない。一緒に生きていくという意味では、今の方がずっと健全な関係だろう。
「……ん……?」
いつもの癖でナナの髪の毛を弄りつつリスナーと会話をしていると、腿の上のナナがモゾモゾと動き始めた。
「ナナ、起きたの?」
「リンちゃんだぁ……んふふ……」
「はいはい」
「んふふふふっ……」
幸せそうに甘えてくるナナを構い倒したい気持ちをぐっっっと堪えつつ、少しあしらう様に髪の毛を梳いてあげる。
ナナ的にはこうして髪の毛をゆるゆると触ってもらえるのがかなり嬉しいらしい。
『尊い……』
『尊い……』
『絶対別人でしょ』
『尊い……』
『2人きりだと無防備がすぎる』
『この可愛い生物はほんとにスクナか?』
『ナナ二重人格説』
『今更だけど勝手に配信していいんか?』
「前は取ってなかったけど、もう言質は取ってるわ」
『前は取ってなかったんかい』
『覚悟の準備をしておいて下さい!』
『↑草』
『てか深夜の突発雑談で同接22万越えてるのやばくね』
『これがリンネのフォロワー1000万人の力よ』
『この時間帯は英語圏の人もよく見るし』
『最近は自動翻訳が便利よなぁ』
『リンネは英語もいけっけどな〜』
『マルチリンガル定期』
「雑談で22は結構多いかもね。ナナの方のリスナー達が流れてきてるんじゃない? というかナナも英語はしゃべれるわよ」
『嘘乙』
『嘘乙』
『流石に嘘』
『ナナに喋れるわけ』
『↑草』
『酷い言いようだ』
『ナナって頭悪いん?』
『↑バトルIQは高い』
『↑あたまわるわる』
『↑あんま考えないところはある』
『実際どうなん?』
「さっきも言ったけどね。昔は言われなきゃ何もやらないけど、逆に言われればなんでもやる子だったのよ。私と一緒に海外に行くことも多かったから、主要なのは私が仕込んだのよね」
『なるほど』
『信憑性が増したな』
『カジノのディーラーやってたならそもそも英語必須だろ』
『↑たし蟹』
『変に多芸だよな』
『意外とナナのこと知らないもんだな』
『ナナペディアは常に最新の情報を求めています。ナナペディアは常に最新の情報を求めています』
『↑大事なことなので2回』
『自分語りはしないタイプかもな。いつもWLOだからかあんま雑談の配信とかしないし』
『ナナの雑談配信は需要高い』
『朝から夜まで配信して寝る配信者にあるまじき健康生活』
『↑夜はリンネと寝るからしゃーない』
『尊いからヨシ!』
『(リアタイ追えないからよく)ないです』
『ナナリアタイ勢は基本ニートか自営業か学生』
『毎日10時間配信されっと公式クリップの人も大変だよな』
もはや私が話をしなくても盛り上がっていくコメント欄をゆったりと眺めていると、ようやく寝惚けていた頭が覚めたのか、ナナが体を伸ばしてから体勢を仰向けに変えた。
「んんっ……リンちゃんおはよー……」
「おはよう、よく寝てたわね」
「うん……うん? なんでリンちゃんがいるの? 出張は?」
当たり前のように私の膝枕を堪能していたナナは、しばらく考えて違和感に気づいたのか、不思議そうな顔をしている。
「色々あって飛行機に乗る前にドタキャンされたから帰ってきたの。というかね、ちゃんとベッドで寝なさいよ」
「リンちゃんがいないならソファもベッドも変わらないよ」
『はぇ〜』
『リンネのいる所が寝床ってね』
『てぇてぇ』
『元々壁で寝てたらしいし』
『↑壁で寝てた……?』
『いうてそのソファ八桁万円だし寝心地はよさそう』
『壁に寄っかかって寝てたんだと』
『八桁万円????』
『お兄さんからのプレゼントだべ』
ナナが私の視線の動きを追って、明らかに配信中のタブレット端末に目を向ける。
「……今配信してる?」
「してるわよ」
「そういうのは先に言ってよ〜」
よっこいしょとおっさん臭い声を出して起き上がったナナは、私の隣に座ってパパパッと一瞬で身だしなみを整えるとカメラの方に向き直る。
「どうも、ナナです」
『どうも』
『どうも』
『おっす』
『どうも』
『急に配信慣れしてない人みたいになるな』
『おはよう』
『ボス配信おつ』
『おつ』
『見てたで』
『楽しそうでなにより』
「ボス戦楽しかったねー。疲れて寝ちゃってました。それと見てくれてありがとです。……ところでこれはなんの配信?」
『寝顔配信』
『寝顔配信だぞ』
『晒されてたぞ』
『寝顔を28万人に晒された女』
『↑また同接増えてる……』
『お肌のハリツヤで女性リスナーの大半をノックアウトした女』
『今日も人外ですね』
『↑素敵ですねみたいに言うなw』
以前のイベントの時に10日間連続配信をしていたおかげで、ナナもすっかり私の配信の準レギュラーだ。
何より一緒に暮らしてるのもあるし、私が配信で話題に出すのもあるしで、リスナーからのウケはかなりいい。
ついでにいうとナナのところのリスナーは割と民度がいいのもあって、コラボしてもコメ欄が荒れないのもありがたい。
「またか! いやいいけど……私の寝顔なんか見て楽しい?」
「需要はあるわよ?」
「え〜?」
そんなことあるはずないと言わんばかりのキョトン顔を浮かべるナナとは対照的に、コメントが加速する。
『尊さに思わず拝んだ』
『一遍の悔いなし』
『てぇてぇから毎日やって』
『リンナナ尊い』
『営業じゃないってわかってると幸せを感じるんだ』
『リアルガチやね』
「尊いって……私そんな仏様みたいな顔してるかな?」
ちょっとだけショックそうなナナになんと声をかけるべきか悩む。
私もナナもわざとやってる訳じゃないけど、まあ控えめに言って外から見た私たちの関係は百合営業などと言われても仕方がないものだ。
とはいえ、ナナには自然なまま、こういう話は知らないままでいて欲しいとも思うし……。
「うーん……そんなところも好きよ」
『草』
『否定したれw』
『顔は大丈夫だ』
『説明を諦めるな』
『無知シチュ!』
『膝枕はよ』
「顔ではないのか……」
どういうことなの……と言いながらも楽しそうにリスナーと雑談をしている姿を見て、何となく嬉しくなる。
そして、配信初日にナナに聞いたあの言葉を、もう一度聞いてみたくなった。
「ねぇナナ」
「ん?」
「ずっと前にも聞いたけど……今、楽しい?」
この6年の決まりきったルーティンを消化するような生活とは違う、激動の一ヶ月半。
目まぐるしく過ぎていく中で、色々なことがあった。
聞くまでもないことかもしれない。
それでも私は、どうしてもナナに聞きたくなったのだ。
ナナは少しだけキョトンとしてから、クスクスと笑い声を零す。
「配信も、ゲームも……うん、すっごい楽しいよ!」
私の親友はそう言って、満開の笑顔を浮かべた。
これにて第4章「鬼人の里編」完結です!
戦闘後の描写はあえて省きました!
もちろん後々書きますが、5章の頭で振り返る形にする予定です。リンナナ書きたかった。許してください。
後は掲示板などの閑話を数話挟んで第5章『初めての大会編』に進む予定です!
引き続きよろしくお願いします!