月下の挑戦・解放
放たれたアーサーの一撃!
しかし……!?
極光が収まり、《神剣》が砕け落ちる。
(……足りないか)
手元にあった重さが消えるのを感じながら、アーサーは歯噛みする。
威力は十分に出ていたのだ。直撃していればゲージの四割は削れていてもおかしくないほどに強力な、まさに秘奥と呼ぶに足る一撃だった。
そう、直撃していれば。
結論から言えば、アーサーの一撃はノクターンへと直撃しなかった。
アーサーの攻撃が当たる直前に、ノクターンの周りに満月のような光の盾が出現し、アーサーの攻撃を遮ったのだ。
アーサーの攻撃はその盾をほとんど破壊し、その上で1.5割程度のHPを削るほどの超火力を秘めていたが……スクナに望まれたHPまでは、ギリギリ届かなかった。
『……《満月の燐光・八連》。この本気の防御を使わされるなど、思ってもみませんでした』
これまで技名以外の言葉を発さなかったノクターンが、初めて驚愕と賞賛を含んだ声で語る。
ノクターンを取り囲む盾は残り2枚。最大8枚展開されたうちの6枚を砕き割った上で攻撃を貫通させたアーサーだが、既にバフは切れメインウェポンも失ってしまった。
「クソッ!」
スクナに頼まれた削りにも足りず、何も成せなかったようにさえ思えた。
しかしそれでも、アーサーの攻撃に意味はあった。
『出し惜しんでいる場合ではありませんね』
嬉しそうに、楽しそうに、ノクターンはそう言った。
『満ちて、満ち満ちて、暗夜を照らす望月に。《月光聖域・月詠乃天》』
謳うように言の葉を唱え、微かに降り注いでいた三日月の光が輝かしい満月に移り変わる。
天空には満天の星々が瞬き、重苦しかった境内を眩く照らす。
それに呼応するように、先ほどアーサーが6枚も打ち破った《満月の燐光》が30枚、ノクターンの周囲に出現する。
それは夜の神の名を冠した、ノクターンの最終決戦形態だった。
『これが最後の《月光聖域》。さあ、全てを出し尽くして踊りましょう? 一夜の夢を終わらせるために』
黄金の瞳を揺らしながら、ノクターンは楽しそうに語る。
「ううん、まだだよ」
その時、境内に拍手がひとつ鳴り響いた。
☆
「アーちゃん、ありがとう」
ノクターンが最後の《月光聖域》を出した。
その事実を聞き届けた瞬間、スクナは両の手を打ち鳴らした。
琥珀から習った型の通りに、スクナは《鬼の舞》を舞い踊る。
それは鬼神に捧ぐ、優艶なる神楽。鬼人族の秘奥。
一式・羅刹の舞。
二式・諸刃の舞。
三式・水鏡の舞。
四式・鬼哭の舞。
五式・童子の舞。
5つの型はそれぞれが独立しながらも、全てが繋がりを持つ舞踊となる。
『その舞は……まさか』
今まさに暴れ出さんとしていたノクターンでさえ、その舞を見て立ち止まる。
鬼人族専用レアスキル《鬼の舞》。
その最終アーツである《終式》は、使用者の人生を映す鏡と言われ、その者に最も合った形で発現する必殺の奥義だ。
本来は生涯をかけて発現する力。
しかしスクナはプレイヤーとして、たった1ヶ月という短い時間で《終式》を発現した。
そのため、本来この世界を生きるNPCたちが発現するのとはわけが違い、スクナの全てを読み取り反映するのは不可能だった。
故にこれはまだ未完の大器。
いずれ完成する時までわからない仮の姿。
それでもなお、《終式》は鬼人族最強の御業なれば。
「《鬼の舞・終式》」
――スクナの舞
神楽は確かに奉納された。
白い光がスクナを包み込み、そのアバターを作り替える。
その身を包むは鬼神の力。
スクナの中の人としての力を排し、限りなく鬼神に近しい存在へと変化させる。
双角は真紅に染まり、両の瞳は黄金に変わる。
見ようによっては《憤怒の暴走》を思わせる変化だが、その周囲に闇はなく、ただただ希望の光があるのみだった。
纏う装備はガラリと変わり、かつて鬼神が纏っていたという深紅の戦闘装束がスクナを包み込む。
そして両手の甲に輝くは、鬼神を司る鬼灯の紋章。
月が照らす神域にて、神子たる鬼が覚醒する。
「よし、じゃあ、やろうか?」
『……ええ、存分に!』
満天の夜空の下、最後の戦いが幕を開けた。
☆
『《満月の爪刻・四連》!』
ノクターンの宣告と共に、周囲を取り巻く《燐光》からノーモーションで強力な斬撃が放たれる。
その威力はひとつひとつが《三日月の爪刻》のおよそ2倍以上。ソレが無数にある《燐光》からランダムに襲いかかってくる。
四方八方から時間差で襲い来る攻撃を見ても、スクナは動じることなく《逢魔》を構える。
「おおおっ!」
ガガガガッ! と音を立てて、スクナは金棒でその全てを叩き割る。月光属性を含む斬撃が無属性の武器に撃ち落とされるのを見て、ノクターンは驚愕に目を見開いた。
『それは鬼神の……!』
「《絶対破壊》の力だよ!」
《絶対破壊》。それは属性も、特性も、たとえ呪いであろうと祝福であろうと、何もかもを破壊する鬼神の権能。
今のスクナは《終式》により、擬似的に鬼神の力をその身に宿している。それはある意味で《剣聖》スキルの《零番》を己の身で体現しているようなものであり、それ故に今のスクナは破壊の化身と成っていた。
「らぁっ!」
《終式》により爆発的なステータス上昇を得たスクナの攻撃が、紙を破くようにあっさりと《燐光》を砕き割る。
盾としても砲台としても機能する多様性を誇り、属性攻撃でなければ破壊もままならない強力な防御。
しかし今のスクナならば、その全てを容易く食い破ることができる。
『くっ……《破滅の月閃光》!』
「ぬおっ!?」
全ての攻撃をものともせず、《燐光》を破壊しながら迫るスクナに、全ての《燐光》からレーザーのごとき月光線が放たれる。
雨のように降り注ぐ光線にスクナも思わず変な声を出してしまったが、その全ての軌道を冷静に見切り当たりそうなものだけを金棒と当身で砕き壊す。
「甘い甘い甘い! そんなもんじゃ今の私は止められないよ!」
『ならばこれならっ! 《蝶々華・満月降臨》!』
《燐光》だけでなくどこからともなく全方位から迫る魔法の蝶。回避する隙間はなく、防ごうにも破壊しようにも全方位がぎっしりと埋められている。
物理型のソロプレイヤーではどう考えても回避のしようがない明らかなクソ技。しかしスクナはポーチに手を突っ込んであるアイテムを取り出した。
「《結界術・黒》!」
スクナを中心に展開された結界術が、全ての蝶々を防ぎきる。
こんなこともあろうかとこれまで温存していた、妖狐族の雪華から買い求めた呪符。《結界術・黒》は琥珀と暴走スクナの戦いにも耐え切った最強クラスの防壁だ。
全ての蝶々を防ぎ、それでも結界術が解かれることはない。
呪符の欠点は「効果時間が固定されてしまう」こと。
それを理解しているノクターンは、スクナが結界術の中にいる間に強力な攻撃を用意する。
ノクターンが大きく開いた口元でギシギシと音を立てながら凝縮されていく、とてつもない力の塊。
それを見ながら、スクナは内側から《結界術・黒》を自ら破壊し受けて立つ。
「《鬼神流破戒術・奥義》」
スクナの呟いたその名前は、《終式》を覚醒した鬼人のみが使える鬼人族専用スキル。
擬似的に酒呑童子の力を継承している今のスクナならば、本来微塵も上がっていないはずのこのスキルの熟練度を無視してアーツを使用することができる。
スクナが手にした金棒に、黒く輝く光が点る。
『《満月の咆哮》!!』
「《鬼哭天衝》!!」
全てを貫く圧縮レーザーのごときブレスと、鬼神の奥義が衝突する。
余波だけで境内に暴風が吹き、スクナの《絶対破壊》の力を含んだ衝撃波で《燐光》がいくつも割れ砕ける。
「ぐ……おりゃぁ!」
『なっ……!?』
スクナの全力を込めた叩きつけで《満月の咆哮》が砕け散り、ノクターンは再び驚愕を顔に浮かべる。
アレはノクターンの持つ技の中でも単体での威力は最高峰に近いものだ。それを真正面から打ち破られたことが、ノクターンを動揺させる。
ここまで互いにダメージはなくとも、大きな消耗を強いられているのはノクターンの方だ。
スクナの《終式》にも制限時間はあるが、ノクターンが展開した30の《燐光》はこのわずかな時間で既に半分以上が破壊されている。
それほどの力。
この場において強者は明らかにスクナの方だ。
スクナの《終式》の効果そのものは《憤怒の暴走》に極めて近く、そのステータス強化倍率自体は《憤怒の暴走》には及ばない。
しかし、その代わりに酒呑童子のみに許された「スキルを超える力」である《権能》に加え、《鬼神流破戒術》のような鬼人族専用スキルの全てを解禁されている。
まさに小さな鬼神そのもの。ステータスも、持っている手札の数も、本来のスクナの比ではないのだ。
更に、何より強力なのはこの《終式》の制限時間だ。
赤狼戦に始まり、スクナがこれまで戦ってきた強敵のほとんどが長時間の戦闘を強いてきたことで、《終式》はスクナに「時間」が必要だと判断した。
故にこの《終式》は「10分」という、効果に対して破格の効果時間を持つ。
戦いの終わりまで持たせるには十分すぎる時間。
その上SPもアーツ以外では消費しないため、今のスクナを止めるには《満月の咆哮》並の攻撃を直撃させ一撃の元に消し飛ばす必要があるのだった。
もちろんそれらの細かな要素をノクターンが知る由もない。
だが、この戦いを勝ち切るためには《満月の咆哮》を超える超火力の技が必要だということは理解していた。
『《燐光分裂》』
なんにせよ、このままではスクナを止める所ではない。
ノクターンの宣言と共に、スクナに半分破壊された《燐光》が分裂して元の数に戻った。
「ず、ずるい!」
『狡くなどありません』
思わず叫んだスクナに、ノクターンがシレッと言葉を返す。
そう、そもそも《燐光》はその強力さ故に、ノクターンの持つ莫大なMPを以てしても多くを維持し続けられるものではない。
それをこうして増やし、維持する量を戻すというのは、必ずしもノクターンにとって利となる行為とは言いきれないのだ。
それでも、捌かなければならないほどの物量をぶつけ続ければ、スクナからの猛攻そのものは止められる。
そして、今なおこの戦いに割り込むことさえできていないドラゴやアーサーは、この状態のノクターンからすればそこまで注視する程の相手ではない。
スクナを抑えながら先にその2人を潰し、最後に結界術すら貫く必殺の一撃でスクナを倒す。
そんなノクターンの思考を嘲笑うように、境内に響き渡る音があった。
《アラート:封印が解かれました》
☆
システムアナウンスが響き渡る、ほんの少し前のこと。
激化する戦いを見届けながら、ロウは静かに呟いた。
「頃合いかしらね」
祈りの姿勢を解いて、レイピアを逆手に持つ。
スクナを助ける為に、ロウははるるの頼みを受けた。
あの日の戦いから、ずっと。
スクナの絶望的な戦いでも輝きを失わない、死を厭わない姿に焦がれた。
欠かさず配信を見て、どんどん強くなっていくスクナに置いていかれないように、必死にレベリングに努めた。
――弱い私では忘れられてしまう。
――強ければ、スクナは私を見ていてくれる。
強く、強く……そう思った。
そしてそれは決して間違いではなかったのだ。
スクナはこの戦いで、ロウを頼りにしてくれた。
たったそれだけのことが、ロウにとっては蕩けるような喜びだった。
故に。
ロウは己の全てを捧げる覚悟があった。
「ジャック、私のレベルを全部貴方にあげるわ」
――全部! それは大きく出たね!
――でも、その半分でいいよ。貰いすぎは趣味じゃないんだ。
――さあ、封を解きなさい。再誕の時だ!
「ふふっ、欲のないことね」
ロウは己のみに聞こえる悪魔の声に笑いかけながら、エクストラレアスキル《超隠密》を解き、《誘惑の細剣》で自分の喉を貫いた。
急所へのダメージで一気にHPが減るのも構わず、赤いダメージエフェクトを零しながらレイピアを引き抜く。
《アラート:封印が解かれました》
ロウの行為に対して、システムアナウンスが流れる。
そのままレイピアを引き抜き、続けて両手を順番に突き刺した。
《アラート:封印が解かれました》
腹を突き刺し。
《アラート:封印が解かれました》
両腿を突き刺し。
《アラート:封印が解かれました》
両足を突き刺し。
《アラート:封印が解かれました》
そうして最後に心臓を貫き、全ての儀式を完了する。
《リザルト:全ての封印が解かれました》
《アラート:世界七大災禍《嫉妬》による侵食が発生します》
システムアナウンスと共に、ロウの瞳が漆黒に染まる。
美しい金髪は白く色落ち、全身を覆うように闇が纒わり付いては、全ての色を奪い去っていく。
数秒もすれば、まるで死装束のごとく、ロウの全身は肌も髪も衣服も武具でさえ白一色に染まっていた。
ギラつく深淵の瞳だけが、ロウに残された色だった。
《――――――ッ―――――!―――!?――――》
あってはならない力の解放。
世界に、ノイズが、走る。
《ハザード:デッドスキル《嫉妬の恋情》を発動します》
「……うふふっ」
零れ落ちたのは、人殺しの嗤い声。
月光満ちる聖域に、禁忌の殺人姫が生まれ落ちた。
開放された鬼人の秘奥と禁忌の力。
次回、月狼戦決着!