月下の挑戦・剣神
社から出た瞬間、時の加速が終わり、激戦の音色が耳に届く。
相変わらずドラゴとアーサーがノクターンと必死の激戦を繰り広げる中、隣に気配を感じたスクナは口を開いた。
「何分経った?」
「2分半よ」
恐らく月狼のヘイトを買わないようにだろう。スキルで身を隠していたロウが姿を現し、スクナの問いにそう答えた。
スキルで身を隠している間音や匂いが発生しないのだとしても、今のスクナの感知能力ならばわずかな風の流れの変化でロウの位置がわかってしまう。
ロウは今ネームドウェポンであるレイピアを、祈るように両手で握っている。
否。
祈るようにではなく、この戦闘が始まってからずっと、ロウは姿を隠しながら繰り返し祈りを捧げているのだ。
「話は終わったの?」
「うん。見てたの?」
「見てはいないわ。私も似たような経験があるから、何となくわかっただけよ」
ロウのその言葉は言外に酒呑のような存在が別に居ることを示唆していたが、それに関してはスクナも何となく「そうなんだろうな」とは思っていたことだ。
初めて酒呑に会った時、ロウのことを気にかけている「何か」がいることには言及していた。そもそもあの時ロウがアポカリプスの手で死んでいたのなら、彼女は今も監獄の中にいるはずなのだ。
スクナが酒呑に助けられたように、ロウもまたそういう存在に助けられた。あの場にいたスクナだからこそ、そう考えるのは自然なことだった。
スクナはあえてロウの発言を追求することなく、今なお戦っている2人を見ながら呟く。
「2人はすごいね」
「ええ、本当に」
それはふと口から出ただけの呟きだった。
けれど、ロウはそれを皮肉かなにかと受け取ったのか、少しだけ目を伏せてこう言った。
「ごめんなさい、スクナ。私の切り札はどうしても、発動に時間がかかってしまうの」
「……そっか、ロウは3分じゃ足りなかったんだね」
言ってくれればよかったのに、なんて無粋なことは言わない。
どの道あのタイミングで押し切らなければドラゴやアーサーが先に限界を迎えていた。
それに、ロウがあえてそのことを言わなかったのは、スクナを信じてくれていたからという面もあるのだろう。
むしろ反撃を食らった挙句2分半も待たせてしまったことを謝りたいくらいだった。
「あと2分、持ちこたえてくれるかしら?」
「任せて。その分頼りにしてるから」
自信に満ち溢れたスクナの横顔を見て、ロウは目を瞬かせる。
元々戦いに関して弱みを見せるタイプではないのはロウもわかっているが、今日のスクナはいつにもまして大きな背中をしているように思えた。
何より敵であったはずのロウに全幅の信頼を置いてくれるその在り方が、何よりも胸を高鳴らせる。
「きっとびっくりするわ。配信にも映えること間違いなしよ」
「あはは、ロウがそんなこと言うなんてね。じゃあ、そろそろ行くよ。2人を助けなきゃ」
「お願い」
バフのひとつも発動しないまま、スクナは気軽な様子でドラゴとアーサーの元へと駆けて行った。
ロウは静かにレイピアを握りながら、祈りの最終段階へと入る。
それは禁忌をその身に宿すための、ドス黒い闇への祈り。
「……さあ、ジャック。そろそろ祈りは終わらせましょう。契約の時よ」
――その言葉を待っていたよ、私の可愛い殺人姫。
その声は儚く小さく、しかし明確にロウの脳裏に響き渡った。
☆
『《三日月の双刻》』
戦いは激化する。
戦いが始まっておよそ3分弱。
ノクターンのHPが残り6割を切ったあたりで、これまでは片手分しか放たれていなかった《三日月の爪刻》が両手から放たれるようになった。
「ぐ、ぬ、ふんぬぅ!」
回避できない斬撃を、キャラ崩壊など知ったことかと言わんばかりにドラゴが大剣のガードで無理やり弾く。
なんとか押し返したものの、体勢を崩したドラゴに追撃が迫る。
アーサーの援護も間に合わない。そのタイミングで、スクナが攻撃の間に割り込んだ。
「よっと」
傍から見ると軽く攻撃を当てているだけに見えるのに、ノクターンの攻撃がドラゴから逸れる。
まるで力の流れを直接操っているような神業に、必死に攻撃を受けていたドラゴは思わず笑ってしまう。
「お待たせ!」
「全く、本気で待ったぞ!」
心の底から嬉しそうに言うドラゴに苦笑しつつ、スクナは連続して飛んできた攻撃の全てを金棒で弾き返す。
全身に漲る力が以前の比ではない。ささやかな強化しか無かった《童子》とは比べ物にならないほどはっきりと、《鬼神子》によってステータスが上がっているのがわかる。
「《クアドラブルソード》!」
「あ! アーちゃん!」
「遅すぎじゃ馬鹿者!」
「ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった」
プンスカ怒りながらもノクターンの隙を見逃さず強力なアーツを叩き込むアーサーに、スクナはテヘッと笑いながら謝った。
「ロウは!?」
「あと2分、時間、かかるって!」
「生半可な切り札じゃ許さんからな!」
ステータスが追いついたからか、アーサーもまた目を見張るほどの技量でノクターンの攻撃を捌いている。
とはいえかなり余裕を持ってノクターンの攻撃を受けているスクナに比べれば、アーサーのソレはかなりギリギリの綱渡りに近いものだった。
(ノクターンのHPは残り7割からほとんど減ってない。3分弱でほんの少しだけか……2人で耐えていてくれただけ十分すぎるけど、最後のひと押しがちょっと不安な硬さかも)
スクナはノクターンの残りHPを見ながら思案する。
2分。それがロウから提示された時間。スクナひとりが耐えるだけなら容易だが、恐らくアーサーの焦りようからしてバフがそろそろ切れてしまう可能性が高い。
先ほどの酒呑との邂逅で、スクナの《終式》は覚醒した。
ノクターンにも他のネームドボスと同様最後の切り札はあるはずだが、ソレに対する対策もスクナはひとつだけ持っている。
ドラゴはHPこそかなり減っているものの、バフに関しては心配いらなさそうだ。あれが切り札なのだとすれば、最後の詰めに使えるような手札はない可能性もある。
ロウの切り札と自身の切り札。それに加えてドラゴとアーサーの切り札。想定でしかないが、恐らく《終式》でもこのHPをひとりでは削りきれない。
(んー、そうだなぁ……)
冷静に手札を整理し、どう詰めればノクターンに勝てるかを考える。
そして何かを決心したように目線を鋭くすると、アーサーに声をかけた。
「アーちゃん!」
「なんじゃ!?」
「ロウが来るまでに半分まで削りたい! できる!?」
「恐らくできる! が、その後は使い物にはならんぞ!」
「おっけー! よろしく!」
この場で最も余裕があり、状況を把握しているスクナからのゴーサイン。
であればアーサーも躊躇う必要はない。
元より《剣神憑依・参番》は既に切れており、続けて発動した《肆番》の時間もロウが参戦するまでは保てそうにないのだ。
「全くっ、簡単に言ってくれるな!」
ノクターンのヘイトがドラゴとスクナに移った瞬間、アーサーは準備のために最前線から一歩身を引いた。
スクナから削るのを頼まれたのは、ノクターンの総HPからすれば十分の一程度。
それでも、変身して防御力が格段に上がったノクターンのソレを削るのは困難であり、現にステータスが2倍以上も強化されているドラゴとアーサーが3分ほどかけて減らせたのはほんの僅かなHPだけだった。
(やらねばなるまい。この戦いで足でまといだった汚名を返上するくらいのことはな!)
「《剣神憑依・零番》」
エクスカリバーを地面に突き立て、アーサーは《剣聖》スキルの奥の手を解禁する。
「《神器開帳・神剣リ=ラ》」
突き立てたエクスカリバーを覆うように光が爆ぜ、その存在を造り変える。
それはあまりに美しく、神聖な雰囲気を持つ黄金の剣。
その存在圧はスクナたちと戦っているノクターンが一瞬気を取られるほどであり、握ることさえ躊躇いたくなるほどの 高貴な佇まいの剣だった。
《剣神憑依・零番》は、《剣神》の力を己の武器に憑依させる究極の一手。
一時的にでも神の力を借り受けるという点では《憤怒の暴走》にすら匹敵する、《剣聖》スキルの秘奥義だ。
《零番》の継続時間は理論上無限。
次にアーツを放つか、相手に攻撃を当てるか、そのどちらかが行われた瞬間に《神剣リ=ラ》は崩壊し、元となった武器も完全にロストする。
故に《零番》は「ロストしない」特徴を持つネームドウェポンでは発動できず、更に「所有者が長く使い込んだ武器」でないと発動できないという欠点もある。
(良くも悪くも……このエクスカリバーだからこそ発動できる技じゃ)
エクスカリバー。
『アーサー王伝説』という、クラン《円卓の騎士》のモデルになった物語に出てくる、王の剣を模して作られた剣。
それなり以上に愛着はある。
クランの職人がアーサーのためだけに鍛造した、《円卓》の為の剣なのだから。
だが。
それでも。
ここで使い切ることに後悔はない。
「スクナ! ドラゴ!」
「うん!」
「頼む!」
機は満ちた。
ただの呼び掛けでそれを察知した2人が、アーサーが攻撃しやすいように若干だがノクターンの立ち位置を誘導する。
ただ真っ直ぐ進んで斬る。
もはや、アーサーがするべきことはそれだけだ。
「剣城流奥義・閃光」
剣を構え、穏やかに呟き、爆発的な加速を得る。
それは己の足を使い潰すほどの踏み込みによって擬似的な高速移動を可能にする、剣城流の奥義。
これまでにないほど強化されたステータスで実行された《閃光》は、スクナ以外の誰にも見えないほどの速さを生み、アーサーの身体をノクターンの目の前まで運んでくれる。
もはや回避は不可能。
防御だろうと反撃だろうと、何もかもを切り裂く不可避の刃がここにある!
「《メテオスラッシュ》!!!」
纏うは《片手剣》スキル、その最強アーツ。
咆哮と言ってもいいほどの気合いと共に、アーサーの持ちうる最大の一撃が放たれた。