月下の挑戦・乱舞
スクナのターン!
「……スクナが魔法に突っ込んでいったのう……」
「すべて紙一重で躱しているな。あの魔防でよくあんな真似をする気になれるものだ」
2人で協力して魔法をやり過ごしたドラゴとアーサーは、回復に努めながらスクナの暴挙を眺めていた。
今のノクターンはヘイトをダメージや敵の行動で管理していない、ということにはドラゴもアーサーも気づいている。
恐らくは単純な時間管理。ひとりにつき約1分集中攻撃を食らう時間があり、それがローテーションで変わっていく。
ロウのせいで若干不規則になっているが、恐らくその考えで間違いはないだろうとドラゴは考えていた。
かといって、集中攻撃の対象ではないからと安易に近づけば、ノクターンの周囲で浮かんでいる発射待ちの魔法がオートで襲いかかってくる。
スクナが先程まで攻め込まなかった理由はわからないが、ドラゴとアーサーはそのカウンターに苦戦してなかなか攻めきれずにいた。
2人ともスクナに比べれば魔防は高いが、だからといってボコスカ食らっていてはすぐにHPが足りなくなる。
ノクターン自体はほとんど動いていないとはいえ、その周辺は攻防一体の領域と化しているのだ。
そしてスクナがそこに単身で突っ込んだ以上、何かしらの策はあるのだろう。
「2人とも」
ともあれ今のうちに態勢を立て直さねばと回復アイテムを使用する2人に、いつの間にか近づいていたロウが声をかけた。
「ぬぉっ!? なんじゃロウか……マジでなんなんじゃそのスキルは……びっくりするんじゃが」
「びっくりするのは同意するが……何か用かい?」
「スクナからの伝言よ」
「スクナから?」
首を傾げるアーサーとドラゴに、ロウは先程スクナに託された伝言を口にする。
「『今から3分後に1本目のゲージを削りきる。その3分は手出しをしなくていいから、3人とも奥の手の準備をして欲しいんだ』。これがスクナから伝えて欲しいって言われた伝言よ」
ロウから語られたあまりにも突拍子もない伝言を聞いて、アーサーとドラゴは眉をひそめる。
「なぬ……?」
「それをスクナ女史が言ったのか?」
「ええ、一語一句違わない。私がスクナの言葉を間違えるわけがないもの」
至極真面目な表情でそう言ったロウに、2人はそれぞれ違う反応を見せた。
ドラゴは少しワクワクしているような、高揚感を感じる笑みを。そしてアーサーは何か不安要素があるのか、少し渋い表情を。
「3分か……よし、ならばとっておきを出してみるとしよう」
「ワシのはそんなに大仰な準備は要らんが……はっきり言うが長時間は持たんぞ?」
何か特別な奥の手を持っていそうなドラゴに対し、アーサーは渋い顔のままそう言った。
アーサーも、とっておきの奥の手自体は持っている。ただし、それは準備が必要なわけでもなければ、発動後長続きするような代物でもない。
いわば短期決戦用の切り札。この場で披露すること自体はやぶさかではないが、かといってスクナが望むような活躍ができるとは言い切れなかった。
「それはスクナもわかってて言ってるはず。私もそんな長時間続く奥の手はないもの。でもスクナがああ言った以上、短期決戦で決める気なんじゃないかしら?」
「耐久ではジリ貧か……まあ、否定はしきれないな」
ロウの推察を聞いて、ドラゴはメニューカードを操作しながら頷く。現に切り札を切るどころか、ただの魔法だけで押されているところだったのだ。
もちろんそれなりの消耗を覚悟すれば、戦闘を次の段階へ移行させることはできるかもしれない。
しかしドラゴもアーサーもロウも切り札を今切るには早すぎると思っていた。
なぜならこの戦闘において、スクナ以外の3人はそもそもノクターンとの基礎的なステータス差が大きすぎる。
下手に早期に切り札を切ってしまうと、戦闘が激化する後半で置き物になるどころか、本格的に足を引っ張ってしまうことになりかねないからだ。
逆に言えばその思考は、3人ともその状況下で戦えるほどの切り札を有していることの裏返しでもあった。
そして、スクナはソレがわかっていたから、この膠着状態だった微妙な時間帯をひとりで終わらせに行ったのだ。
「しかしロウよ。ワシらが3分間準備に使うのはいいが、そりゃスクナがひとりで残り半分を削り切る前提じゃぞ?」
「そうね」
アーサーの指摘は正しい。
スクナの伝言は、「これまで4人で20分以上の時間をかけて削ってきたHP」とほぼ同じ量のHPを、たったひとりで、それもわずか3分で削り切るという内容だ。
それが無理だとは言わない。
だが、スクナをそれなりに見てきたアーサーでも、その言葉を100%信じ切ることはできない。
ましてや、ほとんど関わりもないロウなら尚更だろう。
そう思って言ったアーサーだったが、その返答は思いもよらないほど明るく眩しいものだった。
「大丈夫よ。だってスクナなんだから」
今まさにノクターンに向けて金棒を振るうスクナを見ながら、ロウはそう言って信頼の目を向けていた。
☆
話は戻って、ロウが2人にスクナの伝言を伝える数十秒前。
ロウに伝言を託し、リスナーに宣言をしたスクナは、四方八方から迫る魔法を紙一重で回避しながら月狼へと距離を詰めていた。
気分はさながら弾幕ゲーの主人公。2、3発貰えば致命傷だろうが、逆に言えばそれだけ耐えきることができるのだとも言える。
なけなしの知力とMPを犠牲に高められた魔防は、普通のプレイヤーには遠く及ばなくとも最低限の護りをスクナに与えてくれていた。
(当たる気はサラサラないけどね)
スクナは知覚範囲に入った数多の魔法の属性、速度、軌道に至るまで、その全てを完全に把握している。
今ある魔法だけではなく。
これから発生するであろう魔法も含め、描く軌跡の全てが見える。
それは文字通り、ノクターンの放つ全ての魔法を既に見切っているということだ。
襲い来る魔法をチラリとも見ずに躱しながら、つい先程まで安全を保つために30メートルほど離れていた距離を、スクナはわずか数秒で踏破した。
「なっ……!?」
驚いたような表情を浮かべるノクターンが手を振って魔法を誘導しようとした瞬間に、その手を何かが貫いた。
ノクターンの手を貫き金属音を立てて地面を転がったのは、はるる謹製の投げナイフ。
スクナが走り出すのと同時に空に向けて放っていた、数秒越しのセルフ援護射撃である。
「はぁっ!」
「ぐっ……!」
生まれた隙を突くように、スクナは《簒奪兵装・逢魔》をノクターンの脇腹に思い切り叩き込む。
グシャッ! といいヒット音が鳴り響くが、ノクターンは小さく呻き声を上げただけで大して怯んではいない。
「今度はこちらの……!」
「番は来ないよ」
「……っ!?」
ノクターンが攻撃を受けた方に視線を向けた時、既にスクナは反対側へと移動している。
その事実に気がついた時には、ノクターンは思い切り後頭部をぶん殴られていた。
この戦いで初めての頭部への打撃攻撃に、ノクターンの身体が大きく揺らぐ。
頭部への衝撃による《スタン》状態。
現実の生物でも容易に起こりうる現象だが、スタンはWLOにおいては打撃属性の武器にのみ与えられた特権だ。
斬撃武器に部位の切断や出血状態の強要といった強みがあるように、打撃武器にも相応の強みがあるのだ。
この戦闘でここまでスクナがスタンを狙わなかったのは、取ったところで有効に使えるタイミングがなかったからだ。
モンスターへの状態異常は回数を重ねるほど耐性がつき、効果時間も少なくなる。
スタンを取るのであれば、それなりに有意義に使える時に取ってしまいたい。
スクナはそう考え、そして今が好機だと判断したが故に、ノクターンからスタンを取ったのだった。
「さてと」
スクナはそんなことを呟きながら、冷静にノクターンの頭部を殴り付ける。
攻略サイトでは、どのモンスターもだいたい目安は15秒前後だと書いてあったが、場合によってはもっと早くノクターンはスタンから回復してしまうだろう。
けれど、その僅かな時間が、スクナが「次のスタン」を狙うための足掛かりになる。
魔法が大地にぶつかり霧散する音と、スクナが振るう逢魔が発する鈍い打撃音が、まるで何かの曲を奏でているように境内に響き渡る。
極めて冷静に、最も効率よく、スクナはノクターンの頭部をひたすらに殴り続ける。
スクナがノクターンを殴り続けている間にも、空間に自動生成される魔法がスクナを襲っているのだが、生成された傍から把握されているせいなのか当たる気配は全くない。
それどころかスクナの誘導に対応しきれず、主人であるノクターンに当たってしまう始末だった。
(3……2……1……今!)
ノクターンのスタンからの復帰を見極めつつ、それとは別に時間をカウントしていたスクナはとあるアーツを使用する。
マスターランクスキル《打撃の極意》、アーツ《ディープインパクト》。
これは一定のSPを消費し、10秒間打撃によるスタン値の蓄積を4倍に上昇させるバフアーツ。
とある名馬にあやかってつけられたアーツ名だが、実はスクナはこのアーツを先程の後頭部殴打の直前にも発動していた。
それこそが、たった一発の打撃でノクターンがスタン状態に陥った理由。
初回はスタンに必要な蓄積値が極端に低くなっているのも相まって、一撃で一気にスタン状態まで持っていけたのだ。
しかし、《ディープインパクト》も使い易いだけのアーツではない。
難点は、まず前提として発動に必要なSP量が他のアーツに比べてかなり多いこと。その倍率の高さから、使用できる時間が短いこと。
そして、いざ発動したとしても、スタン値は基本的に相手の頭部を殴った時にしか蓄積されないことが上げられる。
スクナはノクターンを殴り続ける際にアーツを使用しないことで、逢魔の持つ《簒奪》を発動させて消費SPを回収している。
そしてスタン中に殴り続けることで、本来狙いにくいはずの頭部への打撃を当てやすくしていた。
スタンに陥って約18秒後に、ノクターンのスタンが解ける。
この18秒間の猛攻で、ノクターンのHPゲージが残量の20分の1ほど削られる。それは微々たる、しかし確実な前進だった。
「くっ……よくもやってくれ」
「まだ寝てて!」
「ぐっ!?」
スクナはノクターンがスタンから回復した瞬間に、もう一度全力で頭部を殴って2度目のスタン状態に叩き込んだ。
スクナが狙ったのは簡易な「ハメ技」。
ハメ技とはハクスラゲーなどではオーソドックスな行為で、罠や毒などと絡めて相手の行動を制限し続けることで一気にモンスターのHPを削る手法である。
WLOではスタン値の蓄積は相手がスタン状態に陥ったタイミングで0に戻るため、スタン中に適切な蓄積を行えれば今のように即座に2度目のスタン状態に叩き込むこともできるのだ。
本来であれば《ディープインパクト》による消費と通常攻撃による消費ですぐにSP切れに陥り、ひとりでの連続スタンが決まることはなかっただろう。
しかしスクナの持つ《簒奪兵装・逢魔》は先ほども言った通り敵のSPを奪い取る。その回復量は、スクナのステータスで振るえばSP消費を回復が上回るほどだ。
更にいえば、スクナはただ頭部を殴っているのではない。後頭部やこめかみや顎など、より効果的に急所を突いてダメージ量の底上げを狙うことで、ダメージ・スタン蓄積・SP回復の3つを極めて効率よく両立させていた。
惜しむらくは、一見すると今のスクナのように延々と無抵抗な敵の頭部を殴り続けることになるため、見栄えがよくないということだろうか。
これが大型モンスター相手ならば手際の良さを褒められるところだろうが……今のところは人型を取っているノクターン相手では、凄惨な暴力行為に映るということに、肝心のスクナ自身が気付いていなかった。
とはいえ、戦いの見栄えを考えていられるほど今のスクナに余裕はない。
(ディープインパクトのSP消費は逢魔で回収しきれてる。スタンの拘束時間は一回目できっちり18.5秒だった。スタン中に当てた打撃の回数は32回で、33回目で2度目に追い込めた。1回目は1発でスタンに追い込めたのにこんなに手数が必要になるなんて。次はもっと殴る回数が増えてスタンの時間は減るはず。このスタン耐性が付く速さ、間違いなく次は間に合わないな)
あと2回はハメられると思っていたが、想定以上にスタン耐性の付き方が速すぎる。
とはいえ、スクナもそう長い時間スタンによる拘束が続くとは思っていなかった。
少しでも削れたら儲けもの、くらいの作戦だ。
「この……離れなさい!」
「ヤダね」
(2回目はジャスト16秒。思ったより時間は短縮されてないかな? もしかしたら耐性がガッツリ付くけどスタン時間は減らないタイプなのかも)
ここまで約45秒。スタンループから早くも抜け出したノクターンの攻撃にカウンターを合わせながら、スクナはノクターンのHP残量を注視する。
元々2本あったHPゲージのうち1本目の半分まで削った段階で、ノクターンの行動は魔法主体に切り替わった。
そこからほとんどダメージを与えられていないまま、この30秒の猛攻で削れたのがゲージの1割弱。つまりノクターンのHPはまだ1本目の4割ほどが残っている。
(たぶん、体感的にはアルスノヴァよりもHPがあるっぽいよね。それか異様に防御が高いか。通常攻撃が普通に通ってるから前者だと思うけど、うん、まあ、このペースじゃ当然間に合わないよね)
戦いながらも思考は止めない。
――熱さに呑まれるな。今はまだその時じゃない。
距離を詰めきったからか魔法ではなく肉体による攻撃に移ったノクターンに対し、スクナは酷く冷静に対処する。
(もう見切った。受け止める必要すらない)
カウンター。
カウンター。
カウンターに次ぐカウンター。
ノクターンが出しうる全ての攻撃パターンを、威力を、速度を見切ったスクナは、攻撃全てにカウンターを返していく。
時に空から降り注ぐ魔法さえも利用してノクターンの体勢を崩し、攻撃の軌道を逸らす。
スクナお得意のカウンター戦法だが、これまでの戦いとは僅かに違う。
これまではほとんどその場を動かずに回避とカウンターのみを行っていたが、今回スクナはただ受け身になってカウンターをするだけでなく、多彩な攻めも織り交ぜていた。
(どれだけ動いてもSPが切れない。消費を回復が上回ってる。こんな武器を作れるなんて、はるるは凄いな)
本来《簒奪兵装・逢魔》が敵から奪い取れるSPの量は、カタログスペック上ではプレイヤーのSP消費には追いつかないはずだった。
はるるが実装できたのは、せいぜいがSP消費速度を落とす程度の性能だ。常に行動し続けていたり強力なアーツを放ち続ければいずれはSPが尽きるはずだった。
しかし、スクナはネームド装備《月椿の独奏》を装備している。
全てのSP消費を半減するというぶっ壊れ性能を有するこの装備により、《簒奪兵装・逢魔》のSP回復量は実質的に倍加されているのだ。
それに加えて、赤狼装束自体も強化され、ネームドスキル《狼王疾駆・改》の効果によりSP消費減少(大)の効果が発動している。
子猫丸が言ったように、全ての装備のシナジーが噛み合った結果、とてつもないSP効率を叩き出すことに成功していた。
もはや今のスクナにSP切れの憂いはない。
これまでずっと悩まされてきたSP問題に、ついに終止符が打たれたのだ。
その事実に、スクナは内心で大きな感動を覚えていた。
スクナの猛攻は止まらず、ノクターンの抵抗の全てをプレイヤースキルのみで捩じ伏せる。
1分、2分と時間が経ち、約束の3分まで残り30秒。
ノクターンのHPはそれでもなお1本目の残り2割ほどの位置にあり、アーツなしでのスクナの攻めをその圧倒的なHP量で耐え続けていた。
しかし、一方的ながらも互いに攻撃を続けていた2人の状況に、ある変化が起こる。
「はぁっ!」
「ガッ……!?」
決め手は武器を手放してのアッパー。
それにより、ノクターンが3度目のスタンに陥った。
2度目のスタンの時からじわじわと蓄積していたノクターンのスタン値に限界が来たのだ。
(ここまでは想定通り。スタンのタイミングも悪くない。今回は多分15秒もないし、ここで一気にケリをつける!)
武器は手放したまま両手を合わせ、スクナは《鬼の舞》を奉納する。
発動したのは鬼の舞、《五式・童子の舞》。
《波動の巨竜・アルスノヴァ》を屠った際に一度だけ使用した、《鬼の舞》スキルの第五の舞だ。
その効果を端的に説明するならば、《30秒間死ななくなる》。正確には《発動から30秒間、どんなダメージを何回受けてもHPが1残り続けるが、防御力、頑丈、魔防の全てが0になり、受けるダメージが全て5倍になる》アーツである。
これを発動した以上、スクナはもはや魔法を回避する必要はなくなった。
ここから先はただ攻撃のみに全ての意識を割くことができる。
「換、装!」
さらに畳み掛けるように、スクナは《簒奪兵装・逢魔》を《瞬間換装》スキルでインベントリへと戻した。
今のスクナは完全な素手。となれば使用するスキルは決まっている。
すなわち《素手格闘》スキル。スキルの熟練度を上げるほどに「素手のままの状態が強くなっていく」スキルだ。
地味に熟練度を上げていたスクナの《素手格闘》スキルは、遂にヘビメタ・ガントレットを装備しない方が攻撃力が上がる領域に至っていた。
3度目のスタンに陥って十数秒だけ動きを封じられたノクターンに、スクナの切り札になりつつある必殺の連撃が叩き込まれる。
《双龍》。
《三雲》。
《四葉》。
《五和》。
《六道》。
《七曜》。
《八輪》。
《九世》。
《素手格闘》スキルのアーツ接続、締めて44連撃。
今のスクナの敏捷であれば、打ち切るのに10秒とかからない。
狙いはノクターンの腹。無理に頭を狙おうにも、武器がない状態では大した有効打にはならないからだ。
「おおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
もはやブレて見えるほどの高速の拳打がスタン状態のノクターンに放たれる。
しかし、重要なのはこの44連撃ではない。
《双龍》から《九世》まではあくまで前座。
本命はここから先に待ち受ける、超絶威力の11連撃。
「ひとつ!」
スクナの掛け声と共に、ゴッ!! と音を立てて、アーツの1発目が打ち込まれる。
間髪入れずに2発目、3発目。立て続けに打ち込まれる連撃は一撃ごとに威力が増しており、衝突の度に轟音を奏でる。
《素手格闘》スキル、10連撃アーツ《十重桜》。
打つ度に威力が1倍加算され、全て打ち込めばその威力は初撃の55倍分にもなる、超絶威力の対ボス専用アーツが放たれる。
本来であれば、アーツ後半になるとあまりの拳打の威力に対してとてつもない反動ダメージが発生するため、すべて打ち切ること自体が困難なアーツだ。
しかし今のスクナは《五式・童子の舞》の効果により、どのような形であれ「ダメージでは死なない」。
それが敵の攻撃によるものだろうと、反動による自傷だろうと関係はない。
童子の舞はどれほどの死に体であろうと、制限時間の限り使い手を生かし続けるのだから。
「8つ! 9つ!」
凄まじい反動ダメージでアバターの全身が軋んでいるのを理解しながらも、スクナは攻撃の手を緩めない。
スタンはまもなく解ける。そうなる前に最後の一撃を打ち込まなければならないのだ。
「10!」
もはや爆音と称していいであろう大音量と共に、アーツ《十重桜》が完遂された。
全アーツの中でもぶっちぎりのDPSを叩き出す最強スキルの完遂により、ノクターンのHPゲージの1本目が破壊される。
まだ3分は経っていないが、スクナは3人に宣言した通りにノクターンのHPゲージを砕き割った。
だが。
まだ。
スクナの攻撃は終わってはいない!
「まだ、だぁ!」
昂るテンションのままに叫びながら、スクナは思い切り右腕を引く。
ギシギシと軋むアバターを酷使して構えるのは、《素手格闘》スキルの最強アーツ。
《十重桜》の総ダメージと等しい威力をただの一撃に込める、理外にして究極の一撃が放たれる。
「それ……は……!」
「《絶拳・結》!!」
ようやくスタンから解けたノクターンは、スクナが構えた技を見て驚愕の表情を浮かべる。
しかし、ノクターンに最早それを躱す時間は残されておらず。
技を放った己ごと全てを破壊する極限の一撃が突き刺さり、その余波が境内中に破壊の嵐を巻き起こした。
命を削り、己に挑む。
そんな好敵手たちに敬意を評して。
……月下の聖域に、夜想曲が響き渡る。