月下の挑戦・宣誓
(火水氷風土雷光闇……どれも基本属性ばっかりだなぁ)
自身に向かって飛んでくる魔法のことごとくを回避しながら、スクナは思案する。
月光聖域・天魔を展開して以降、ノクターンの攻撃は魔法主体に切り替わっていた。
これまでのアクティブな肉弾戦闘とは対照的に、今のノクターンは魔法の固定砲台に近い。
ほとんどその場を動くことはなく、まるでMPが無尽蔵にあるのではないかと思えるほどに魔法を乱射している。
ひとつひとつの威力は大したことがなくとも、その物量が凄まじい。下手なプレイヤーであれば見ただけでキャパオーバーを起こしそうなほどの魔法の嵐が、それほど広くない境内を吹き荒れていた。
スクナが見た限り、ノクターンが放つ魔法は大きくわけて2通り。
ファイアボールのような各基本属性の初級魔法を乱打してくるか、《月明光焔》のように巨大な魔法をぶん投げてくるかのどちらかだけだ。
後者がクリーンヒットすれば、スクナの魔防で耐え切るのはまず不可能だろう。
しかし、スクナ自身はそれらの攻撃が当たることはないと確信していた。
(ステータスが現実の身体に近づいてきたからかな。特に器用が上がったおかげでこれまで以上に身体が動かしやすい)
スクナの現実世界の肉体は、全ステータスが超強化され筋力値に至っては700を超えた今でもなお、総合的にはアバターより遥かに高い身体能力を有している。
しかしながら、赤狼装束改のおかげで常に《餓狼》スキルと同程度のバフがかかっているような状態である今、筋力値に限れば現実世界とのギャップが相当に小さくなっているのもまた事実で。
更にいえば器用値が上昇しているおかげで、アバターの操作性も格段に上昇していた。
ソレは速度やパワーだけが上がるのではなく、全ての物理ステータスが上昇することによる恩恵。
今のスクナは、これまでにないほど現実の菜々香に近い感覚で戦いに挑めていた。
そして、これまではアバターの操作に割かなければならなかった分の集中力を、スクナはこの戦闘中、絶えず観察に費やしている。
どの体勢からどんな攻撃が飛んでくるのか。
魔法は種類によって速度や操作性が変わるのか。
視線の動き、重心の移動、発する言葉のひとつひとつさえ捉えて予測の内に加えていく。
(うん、今のノクターンにこれ以上の手札はないかな)
今なお襲い来る魔法を回避しながら、スクナはそう断定する。
戦闘が始まって約20分。
それが、スクナがノクターンの観察を完了するのにかかった時間だった。
「さて……そろそろ限界かな?」
ヘイトがドラゴたちの方へ向き、自分へと向かってくる魔法が少なくなったタイミングで、スクナはそう呟いた。
断続的に現れたり消えたりを繰り返すことで魔法の標的から外れているロウはともかく、大剣のガードに頼りきりのドラゴとひたすら駆け回って回避を続けているアーサーはそろそろ限界も近いだろう。
「ロウ!」
「はぁい」
「ちょっとこっち来て」
まるでどこに居るのかわかっているかのようなスクナの呼びかけに、ロウが嬉しそうにスキルを解いて姿を現す。
スクナはそんなロウをちょいちょいと手招きをして呼び寄せると、耳元で何かを囁いた。
最初は嬉しそうな笑みを浮かべていたロウも、スクナの話を聞き終わるとキョトンとした表情を浮かべる。
「本気?」
「もちろん」
「2人に伝えればいいのね?」
「うん、できるでしょ」
「ええ、スクナの頼みなら」
スクナの名前を強調しながらそう言うロウに、スクナは思わず苦笑を返した。
「じゃあ、私からはこれを。あって困るものじゃないでしょう?」
さも今思い出したと言わんばかりにロウから投げ渡された布袋を、軽い調子で掴み取る。
それは先程ロウがアーサーから受け取り、スクナに渡すことを約束していた強化の丸薬だった。
「さっきみんなで飲んでたやつ?」
「あら、見えてたの?」
「見えてたし聞こえてた。いつくれるのかなーって待ってたんだけど」
「慣らし運転が終わるのを待ってただけよ」
クスッと笑いながらそう言うロウに「ならいいけど」と言いながら、ご丁寧に所有権を放棄されていた丸薬を口に放り込む。
所有権を放棄された野良アイテムは誰でも拾えるし誰でも使えるのだ。初めてはるるに出会った時に押し付けられた、あの分銅の時のように。
「期待してるわ」
「うん、期待してて。本気の私を魅せてあげるから」
「……っ……!?」
無邪気で明るい笑顔でそう言ったスクナに、一瞬ロウがフリーズする。
去り際の激励のつもりで掛けた言葉に、予想外の反撃が返ってきたのだ。ロウは顔を真っ赤にしながら、何とか言葉を絞り出す。
「……スクナのそういうとこ……好きよ……」
「ん? 顔赤いよ? だいじょぶ?」
「気にしないで。じゃあ私は伝えてくるから」
「よろしく〜」
早くこの場を離脱したいと言わんばかりに早口で言い残し、再びスキルを使用して姿を消したロウ。
スクナはそんな後ろ姿にヒラヒラと手を振ると、気を取り直して戦況に意識を向ける。
今はドラゴに向かっているヘイトも、あと14秒で自分の方に向かってくるはず。
スクナはそれを把握すると、少し大きな声を出した。
「はい注目!」
その呼び掛けはこの場で戦っている他のプレイヤーに向けたものではない。
スクナが視線を向けているのは、配信撮影用の宝玉。これまで本気の戦闘中はなるべく意識しないようにしてきたリスナーに、スクナは初めて自分から呼びかけた。
今日は気分がいいから、いつもならしないようなこともやってみよう。
そんな気楽な気持ちで、スクナは宝玉に笑いかける。
「さてさてリスナー諸君。今からスクナさんがめちゃくちゃかっこいいとこ見せたげるから、ちゃーんと刮目するように!」
リスナーに向かって煽るように宣言すると、スクナはこれまでにないほど凶暴な笑みを浮かべてノクターンへと駆け出した。