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月下の挑戦・開幕

 ガギィン!

 そんな凄まじい轟音と共に、月狼の蹴りとスクナの逢魔による叩き付けが衝突する。


(押し、負ける……!?)


 赤狼装束改のファミリアスキルにより、馬鹿みたいに跳ね上がったはずの筋力値。

 ステータスの慣らし運転ができておらず、まだ上手く扱えていないとはいえ、真正面から完全な形でぶつけた攻撃がただの蹴りで押し返されたという事実にスクナは驚愕する。

 アーツだとか技だとかそういう問題じゃない。純粋な膂力が桁違いすぎるのだ。


「これを正面から受け止めますか! いい筋力です!」


「ちょっとずるしてるから……ねっ!」


 再びの轟音。今度は相手の力を地面に逃がし、攻撃をぶつけながらも確実にいなす。

 小細工無しのぶつかり合いで、一撃ごとに空気が震える。


(受け止めるのは無理。流しつつ反撃はできるけど……人の姿でこの威力はちょっと想定してなかったな)


 ノクターンの攻撃は、速く、強く、そして重い。それは極めてシンプルな強さであり、スクナも受けた衝撃のいくらかを地面に受け流さなければ押し切られそうなほどだった。

 しかし、攻撃がスクナに偏っているのはむしろ好都合だと言える。

 なぜならこの場には4人のプレイヤーがいるのだから。


「よそ見はダメよ?」


 スクナを攻撃している横から無音の刺突が放たれる。

 《片手用細剣》スキルのアーツ《デッドスピアー》。

 急所に当てることで与えるダメージを3倍に跳ね上げる、下手な相手であれば必殺の一撃だ。

 狙いすまして放たれた一撃は、しかし月狼を捉えることはない。軽くバックステップをして刺突を躱すと、月狼は意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふふ、遅いですね」


「そうでもないぞ!」


 剣城流つるぎりゅう大蟷螂おおかまきり

 アーツではない、アーサーの修めた剣技。大鎌のように広範囲を切り裂く一撃が、月狼の首に襲いかかる。

 バックステップで少し浮いた状態で回避はできない。これはクリーンヒットになる。

 誰もがそう思った瞬間、ギャリリッ! とまるで鋼鉄を削り合うような音を立てながら、アーサーの剣が月狼の首に弾かれた。


「なんじゃと!?」


「鋭さはありますが、威力が足りませんね!」


「ぐぁっ!?」


 返す刀で叩き込まれた蹴りでアーサーが吹き飛ぶ。

 体勢を整えず無理やり当てただけの蹴りであるが故に、スクナとぶつけ合っていた時ほどの威力はない。

 しかしそれでもなお、アーサーのHPを優に3割は削り取るほどの威力を秘めている。


「ではこれならどうだ!」


 アーサーを攻撃するために完全に体勢を崩したノクターンの胴を薙ぐように、蒼玉の刃を持つ大剣が振るわれる。

 それはかつてドラゴが所持していた《天空剣てんくうけん蒼穹そら》に、第6の街より更に先のネームドから勝ち取った魂を重ねた進化系。

 銘を《蒼天大剣そうてんたいけん無窮むきゅう》。天空剣が所持していたスキルを全て継承し、更なるネームドスキルが混合した、最強クラスの攻撃力を秘めた刃がノクターンの腹を切り裂いた。

 攻撃力に特化したドラゴによる攻撃で、二本あるHPゲージに微々たる、しかし明確な空白が生まれる。


「良い武器です……が!」


 ノクターンは着地と同時に思い切り地面を蹴りだし、その拳でドラゴへと殴りかかる。


「膂力が見合っていませんよ」


「ぐっ……!」


 ドラゴが咄嗟に盾にした大剣の腹に、バゴッ! と音を立ててノクターンの拳が叩き込まれた。

 そう簡単に折れはしない。それでも、技ですらないただのぶん殴りだけで数メートルは下がらされる。


(なん……だ、この桁違いのパワーは!? あの巨竜の比じゃないぞ!?)


 ドラゴは相当量のステータスを筋力に割り振ってはいるが、スクナほど特化しているわけではないし、種族限定装備もない。

 あくまでもドラゴは攻撃力特化。月狼の言う通り、筋力値自体はそこまで高くはないのだ。


「気を抜いている場合では……ありません、よっ!」


 天空剣の性質を全て受け継いでいる《蒼天大剣・無窮》は、常にヘイトを2倍集める効果も同様に保持している。

 故にノクターンの攻撃は、ダメージを与えてきたドラゴへと向けられる。


「それはこっちのセリフかな」


 2人の間に滑り込んだスクナはドラゴへと向けられた攻撃を逢魔で逸らし、振り返りざまに打撃を二連、流れるように回し蹴りを叩き込んで押し返した。


「ナイスパス、スクナ」


 ノクターンが押し返された場所では、ロウが既にアーツを構えている。

 アーツ、《ポイズンレイン》。猛毒を纏った連続の刺突がノクターンの背中に突き刺さる。

 アーツ自体のダメージはほとんどないが、しかしロウの持つネームドウェポンには《斬り付けた相手の状態異常耐性を下げる》という極めて悪辣な効果がある。


「厄介な!」


「あら怖い」


 たったひとつのアーツでノクターンに猛毒を付与したロウは、反撃を軽やかに躱して距離を取った。


「大丈夫?」


「ああ、すまない!」


「アーちゃんは……平気そうかな」


 ドラゴの無事を確認したスクナは、遠くに吹き飛ばされたアーサーに視線を向ける。

 吹き飛ばされながらも体勢は立て直したのか、先程攻撃が弾かれたのを見て何やらメニューを操作しているようだった。


「なるほど……悪くないですね」


 ロウから受けた猛毒をわずか10秒程度で解毒したノクターンは、少し嬉しそうにそう言った。


「赤いのだけかと思いましたが、なかなかどうして悪くない。私も少し遊んでよさそうですね」


 ノクターンはそう言うと、右手を軽く掲げて指を鳴らす。


「《月光聖域・おぼろ》」


 先程、解呪の為に広げた反転色の聖域とは違う。

 ノクターンを中心に、ほんの僅かに霧が散る冷ややかな空間が展開された。


「では仕切り直しといきましょう。命をかけて、私を楽しませてくださいね」


「もちろんだよ。そっちが楽しませてくれるならね」


 拳を強く握るノクターンの視線の先で、スクナは珍しく獰猛な笑みを浮かべた。





(刃が通らないなど、いつぶりの経験か)


 メニュー画面を素早く操作しながら、アーサーは先程起こった事象にショックを受けていた。

 アーサーの持つ剣はスクナが新たに手にした《簒奪兵装・逢魔》や、ドラゴやロウが持つネームドウェポンに比べれば遥かに劣る性能しかない一般的なプレイヤーメイド品。

 されどその武器名は《エクスカリバー》。円卓の主に相応しい武器をと、クランの専属鍛冶師が作り上げてくれた逸品だった。


「ふっ……技術だけではどうにもならん世界もあるか」


 自虐するように笑いながら、アーサーはいくつかのアイテムを使用して武器の切れ味を上げていく。

 打撃武器と違い、刃物系の武器には武器ごとの切れ味が設定されている。

 これは切り続けていると鈍っていくという類のものではなく、「この武器はこのくらいのものまでなら斬れる」という形で設定された値だ。

 故に、今の切れ味のままではアーサーがどれほど上手く切りつけた所で刃が通ることはない。

 あるいは部位によっては攻撃が通る可能性はあるが、それを試していられるほどノクターンの攻撃は優しくなかった。


(本音を言えば、技量だけでどうとでもなると思っとったのぅ……クク、全くワシもまだまだ青い。ゲームにはゲームのやり方があるというのに)


 武器も防具もアイテムも、アーサーは比較的頓着しないタイプのプレイヤーだった。

 スキルこそ使用するが、わざわざ強力な武具を用意したことも、アイテムを使ってまで効率よく敵を倒そうとしたこともない。

 戦いに関するスタンスはスクナに近く、プレイヤースキルでゴリ押してきた場面も少なくはないのだ。


 勝手な話ではあるが、アーサーはスクナに親近感を覚えていた。

 思うままに力を振るえない現実世界を息苦しいと感じ、この世界に降り立った者としての親近感を。


 思えばそのスクナですらネームド装備を身に纏い、常にその時持てる最強の武器を更新し続けてきたというのに。

 アーサーはただ自身の技量のみを過信し、この「WLOの世界」で戦うことの本当の意味を理解していなかった。


(このタイミングで黒曜と、そして月狼と戦えたのは幸運じゃった。現実世界で敵がいないとて、この世界のワシはまだまだ弱者。驕れるほどの強さはないんじゃ)


 アーサーとて、別に格下相手にイキリ散らす為にこの世界に来たわけではない。

 枷を背負っていたが故に、自由を求めるスクナとも違う。

 彼女は明確に、己より強い敵との戦いを求めてこの世界に降り立ったのだ。


「さて、スクナに加勢を……っと、そういえばアレがあったか」


 これまで邪道だと思いながらもクランメンバーの意思を汲んで手元に残してあった、武器や防具の性能を強化するアイテムの類。

 今使えるアイテムは全て使用し、回復用のポーションを飲み干したアーサーは、ふと黒曜から受けとった強化用の丸薬の存在を思い出した。

 見れば、長時間戦闘でも全員が食べ続けられる程度の量はある。戦闘前に渡しておけば良かったと後悔しつつ、とりあえず自分で食べてみることにした。


(ぬぅ……これは凄い。全ステータスが2割も強化されとる)


 効果時間はたった5分間とはいえ、全てのステータスを2割も上昇させるというのは破格の効果だ。

 戦闘後にちょっとした代償があるようだが、それは今は考えなくともいいだろう。

 これは使える。そう思ったアーサーは、スクナ以外の2人に声をかけた。


「ドラゴ! ロウ! こっちへ来るんじゃ!」


 先程《月光聖域・朧》が展開されて以降、ドラゴが早々に大剣を持ち替えたせいか、今のところヘイトの全てがスクナに向いている。

 はっきり言ってロウとドラゴは隙を見て攻撃を挟むくらいしかやることがなく、言ってしまえば手が空いている状態だった。

 故にアーサーはさっさと2人に丸薬を融通することにしたのだ。


「なんだ、戦闘中に」


「これ渡し忘れとったろ? 結構なもんじゃから持っとれ」


「黒曜殿の丸薬か……スクナ女史にこそ渡すべきだろうにな」


「それはマジですまんと思う」


 ドラゴのもっともな指摘に目を逸らしつつ、手早くアイテムの譲渡申請を送る。

 2人も一瞬でそれを受諾すると、早速丸薬を飲み込んだ。


「あら……確かにいいものね」


「尚更スクナ女史に渡したいんだが」


「ワシが悪かったから! ええい、さっさと加勢しに行くぞ!」


「……これ、スクナには私から渡しておくわ。貴女達は戦いに集中してて」


 月狼に挑み掛かろうとするアーサーにそう告げると、ロウはその場で姿を消した。


「先程も思ったが、隠蔽スキルにしては効果がおかしいな」


彼奴あやつのことじゃ。エクストラスキルでも持っとるんじゃろ」


 ドラゴの指摘に対して呆れるようにそう言うと、アーサーは改めて月狼を見据える。


「この戦い、恐らくスクナ頼みになるのぅ」


「違いない。だができることはあるはずだ。何せやつはまだ狼としての姿の片鱗さえ見せてはいないのだからな」


「長丁場になりそうじゃな」


「ああ。……先に行っているぞ」


 いつの間にか戦闘に参加していたロウと同様に、スクナの助太刀に走るドラゴ。

 アーサーはその姿を見送りながら軽く息を吐いて、全身の力を抜く。

 そして、アーサーは今この時より、全ての油断と慢心を捨てた。


「《剣神憑依・壱番》」


 《剣聖》スキルの発動。

 黒曜との戦いでは弐番までしか見せなかったが、このスキルにはまだまだ先がある。


「正真正銘、出し惜しみは無しじゃ。ワシもようやくゲームを始められるのぅ」


 誰が聞いている訳でもない独り言。

 己の技量を最大限に生かすために、使えるものは全て使う。

 これまで邪道として頼らずに来たドーピングアイテムという力に頼ることになってもだ。

 駆け出したアーサーは、まるで生まれ変わったように清々しい気持ちで笑っていた。

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[一言] 何処ぞの騎士王娘「騎士にあるまじき失態····」
[一言] まぁ、そもそもレベルが足りてねえからな。 熟練者ほど最高の仕事をするために道具は選ぶんだよな。
[一言] スクナの極振りの馬鹿力を前提に装備でブーストマシマシでも押し返されるのか・・・物理系統だけでもどれだけステータスの合計値なのやら というか五人に分散していた負荷を一人で受けきれてるスクナの…
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