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月下の邂逅、解呪の刻

 ロウと合流し、組んでなかったパーティを改めて組み直した私たちは、遂に月狼の領域にたどり着いた。

 断ち切られた注連縄しめなわのようなモノが地面に落ちている辺りで、翡翠が一度足を止める。


「これより月狼様の領域です。気を引き締め、決して警戒を解かぬようお願いします」


「は〜い」


「言ったそばから気の抜ける返事をするでない!」


「ええっ!?」


『草』

『ちょっとかわいそうで草』

『気は抜けてたけどもw』


 いつも通りに返事をしたつもりなのにアーちゃんに見咎められて、びっくりして大きな声を出してしまう。

 そんな私たちを気にすることなく、ロウは全く別のことに気を取られているようだった。


「さっきまでは入れなかったのに……ふふ、あの人たち負けたのね」


 入れなかったと言うのはロウが50人を殺戮している間、ボスの領域から弾き出されていたという意味だと思う。

 それはつまり、既に月狼に挑んでいるパーティがいたということだ。


 ちなみにさっきまでロウが殺していたプレイヤーたちは、いわゆる順番待ちのプレイヤーたちだったらしい。

 ロウは予めここら一帯に罠を張って潜り込み、露払いのために麻痺毒と隠蔽スキルで惨殺していったのだそうだ。


「勝ったのかもよ?」


「そんなわけないでしょう。殺そうと思えば私ひとりでも全員殺せる程度のパーティよ?」


「ああ、じゃあ無理だね」


 ロウが殺せると言い切るのだから、きっとそれは事実なんだろう。仮にもレベル150のネームドを倒すのにその程度の強さしかないならステータス差で瞬殺されると思う。


「ロウ女史は前からこんな感じだが、スクナ女史も割と容赦がないな」


「何がです?」


「いやなに、弱い者を弱いと言い切るのもなかなか勇気のいる話だということさ」


「ふむ?」


「その顔はよくわかっとらんな」


 やれやれとため息をつくアーちゃんに首を傾げて、なんだかめんどくさくなったので考えるのをやめた。

 もうすぐネームド戦だし、無駄なことを考えていても仕方がない。


 それにしてもなんだろう、今の私……すっごいリラックスしてる。

 気を抜いてるわけじゃないけど、他3人が割と緊張感のある空気を出してる中で、私だけちょっと浮いてるような気分だった。





 月狼の領域に入ってから少し歩いたところで、明らかに人工的に作られた階段が現れた。

 迷いの森はほとんど平坦な森のはずなのに、この階段の先にある領域は明らかに高所にある。

 百段ほどの階段。それはまるで、神社やお寺の境内へと続く階段そのもので。

 それを示すように、私たちの視線の先には月明かりに照らされた赤い鳥居が存在していた。

 あの先に月狼の待つ領域がある。

 そうわかっているからか、私はパーティ全体の空気が会話もなく引き締まるのを感じた。


「……今宵は、やけに挑戦者が多いことですね」


 私たちが鳥居をくぐったその瞬間。

 ()()()()()()境内、その中心に佇むひとりの女性が私たちに流し目を向けてそう言った。


「我が領域を侵す割には歯ごたえのない相手ばかり。一夜の夢を楽しもうにも、脆くて話になりません」


 女性は気だるげな様子のまま、空に浮かぶ満月を見つめている。

 艶やかな白銀の長髪に、まるで絵に描いた満月の様な黄金の瞳。

 頭の上に一対の獣耳。そしてお尻には立派な尻尾。

 人の形を取ってはいるが、間違いなくアレが《彼方の月狼・ノクターン》なのだろう。


「そこな鬼の子。里の者ですね。なぜこの領域を侵しているのです?」


 その黄金の瞳を薄らと細めながら、女性は翡翠をめ付ける。

 それに対して翡翠は焦ることなくその場に跪き、静かに己の用件を告げた。


「捧げ物を持って参りましたので、戦う前に顔通しをすべく供をさせていただきました」


「ほう、捧げ物を。……なるほど、そこの赤いのですね」


「赤いの……」


 翡翠の言葉を聞いて数秒私たちを眺めたあと、女性は私を赤いの呼ばわりした上でこちらに歩いてきた。

 なんだろう、月光宝珠を持っているプレイヤーがわかる能力でもあるのかな。

 最初に見た時は遠目だったからあまり意識してなかったけど、いざ近づかれてみると身長はかなり高い。

 見る限りでは190近くはあるか。トーカちゃんより大きな女性ってなかなか見ないから、少しびっくりした。


「奉納の期限は本来ならば三月後。それを今しに来たということは、何か望みがあるのでしょう。大方予想はつきますが、己の言葉で語りなさい」


「この呪いを解いて欲しいんだけど……」


「なんだ、その程度のことですか。それならば容易いことです」


 私の望みを聞いた女性は、少しつまらなそうに、それでいて嬉しそうな表情でそう言った。

 そういえば月狼は月光宝珠に目がないって白曜が言ってたっけ。そんでもって、月光宝珠を渡せば二つ返事で治してくれるって。

 何やら少しゆらゆらと揺れているしっぽが可愛いなーなんて思っていると、女性は両手で器を作ってずいっと前に出した。


「先に対価を出しなさい」


「ちゃんと治してくれる?」


「嘘をつく理由がありません。いいから早く出しなさい」


「しょうがないな……はい、どーぞ」


 とにかく月光宝珠が欲しいようで、クールな表情に対して振り方がゆらゆらからブンブンに変わりつつある尻尾のギャップがすごい。

 なんだかお預けしているようで楽しい気もするけど、可哀想なので素直に渡すことにした。

 煌めく宝珠を受け取った女性はもう振り切れんばかりに尻尾を揺らしていて、緊張感が高まっていた場の空気はなんとも柔らかなものになっていた。


「おお……なかなか良い宝珠です。これほどの出来は何年ぶりでしょうか。ふふふ、褒めて差し上げます」


「わ……あ、ありがと?」


 よしよしと頭を撫でられ、思わず疑問形で返してしまう。

 女性は私を10秒ほど撫でてから、軽く手を振って空間を切り開いた。そうとしか表現できないような穴が空中に開いたのだ。

 その中に大事そうに月光宝珠をしまうと、荒れ狂っていた尻尾の振りもようやく収まり、冷静な瞳を私の方に向けてきた。


「うむ、それではそこに立ちなさい。懐かしい気配を感じる呪いですが、その程度ならば造作もなく解けましょう」


「この辺?」


 指定された場所に立つと、女性は満足そうに頷いてから指を鳴らした。

 その瞬間、世界が塗り変わる。全ての色が反転したような空間の中に、私と女性の2人だけが包まれていた。


「わぁ……」


「これは《月光聖域》。私が本来生きている世界を少しだけこの場に持ってきたものです。これにより、私は十全に力を発揮できるようになるのですよ。仮にもあの酒呑童子に連なる呪い、万全を期さねば宝珠への返礼にはなりませんから」


「酒呑の呪いだってわかるんだ?」


「わからないはずもありません。我が主の知己ですからね……」


 女性はそう言って少し懐かしむような感情を瞳に浮かべていた。

 なるほど、目の前の女性が月狼ノクターンなのはほぼ間違いないとして、ノクターンは狼王レクイエムの眷属だから……酒呑とレクイエムは知り合いだったってことか。

 狼王が酒呑の封印を護ってるのも、もしかしたらそれが理由だったりするのかもしれない。


「さて……そろそろ解呪しましょうか。そこを動いてはいけませんよ」


 女性はそう言うと、大きく右手を掲げた。

 まるで月の光が集まっているかのように、女性の手の先に三本の光の刃が生まれる。


「《破邪はじゃ爪刻そうこく》」


 その技名とともに、女性は光の刃を横薙ぎする形で私の全身を切り裂いた。

 ズバッ! と明確に斬られた感覚が全身を通り抜ける。


 動くなと言われたから動かなかったのはいいんだけど、私の体輪切りになってない?

 そう思って斬られた部分に手を当ててみると、不思議なことに傷どころかダメージエフェクトさえ発生していなかった。

 

「……よかった、輪切りにはなってないや」


「当たり前でしょう。私が切り裂いたのはお前の体を蝕んでいた呪いのみ。ほら、早くステータスを確認しなさい」


「うん……あ、治ってる! ねえみんな、もう黒いヒビとか入ってないよね?」


 ステータス欄からバッドステータスが消滅しているのを見て、思わずテンションが上がる。

 後ろを振り向いてみんなに確認を取ると、4人とも頷いてくれた。どうやら見た目上も呪いは解けたようだった。


「ありがとう!」


「礼には及びません。対価は既にもらっています」


 私からのお礼の言葉を聞いた女性は、毅然とした態度でそう言い切った。

 それでも尻尾が少し動いてるから、お礼を言った意味もないわけではないのかなと思えた。



「さて……里の者であるそこの鬼の子を除き、本来であれば私の領域を侵したお前たちは殺さねばなりません。しかし今の私はすこぶる機嫌が良い。お前たちが戦いを望まないというのであれば、見逃すのもやぶさかではありません」


 月光宝珠を貰ったのがそんなに嬉しいことだったのか、女性は私たちに選択肢を提示する。

 このまま里に帰るか、それとも戦うかの選択だ。

 思った以上にあっさりと解呪は達成された。

 私自身の目的は既に達成されてはいるけれど。


「じょーだん、戦うに決まってるでしょ」


「……ふふ、臆することは無いようですね。《赤》を倒したのであればそれも当然のことでしょうが、それだけの啖呵を切るのです。今宵の退屈を紛らわせるくらいの力は見せて欲しいものですが」


 各々が武器を抜くのを見届けながら、女性は静かに笑みを浮かべる。


 《彼方の月狼・ノクターンLv150》


 その表示が出た瞬間、凄まじい威圧感が境内全体を覆い尽くした。


「我が名はノクターン。月と共に世界の夜を護る者。……構えなさい、戦士たち。警戒し、集中し、僅かも気を抜かぬよう。そうでなければ……戦いは、一瞬で終わりますよ?」


 次の瞬間、夜想曲ノクターンの名を冠する存在は一瞬でその姿を消し。

 私がほとんど反射的に振り下ろした攻撃と、いつの間にか私の目の前で振り切られようとしていた蹴りが、轟音と共に衝突した。

2人の会話を黙って後ろで見守る4人。

なんやかんや皆、ロールプレイは弁えているのです。

翡翠はロールプレイではなく素ですけどね。


というわけでノクターン戦、ついに開幕!

名前が出てから半年もかかりました……!

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに来ましたノクターン戦!!しかしとにかくノクターンが可愛い…!!
[一言] なろうなのにノクターン戦かぁ・・・
[一言] しゃぁ!宴の始まりじゃぁ! 蛇猫さんの戦闘シーン好きなので楽しみです!
感想一覧
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