ゴールデンチーム
全部盛りで!
ロウ。
《殺人姫》の通り名を持つ数少ないネームドウェポン所持者にして、私が唯一対人戦を行ったことがある殺人プレイヤーだ。
ローレスの湿地帯で共に《理の真竜・アポカリプス》に負けて以来、一度も会ってはいないけど。
たった今この場にいたのであろうプレイヤーを全て屠り去ったその実力は、あの日から衰えてはいないようだった。
「邪魔しに来たの?」
「そうだと言ったら?」
「押し通るだけだよ」
「それは素敵ね」
軽口の応酬に、うふふっと優雅に笑みを浮かべるロウ。
しかし、互いの間に剣呑な雰囲気は流れていない。
そもそもロウの方に戦う気が微塵も感じられないからだ。
『誰?』
『ゴスロリお嬢様だ!』
『かわいい』
『人形みたーい』
「あ、そっか。リスナーのみんなは知らないのか。前に配信外で殺し合った犯罪プレイヤーのロウだよ」
「ふふ、そんなにあっさりと説明されるとは思わなかった。皆様ごきげんよう……でいいのかしら?」
「いいんじゃないかな?」
『軽率に殺し合うな』
『ガチPvPとはなぁ』
『レッドネーム?』
『ひぇっモノホンの殺人姫だ』
『ワイ3回くらい殺されたことあるわ』
『↑被害者いて草』
『↑3回殺されるのは逆に強さの証明説あるよ』
リスナーのコメントが挟まったおかげで、すっかり呑気な雰囲気になってしまった。
ロウも普段は滅多に関わらないのか、撮影用の宝玉を面白そうにつついている。
その度にロウがアップで映るからか、コメント欄が大盛り上がりになっていた。まあ、見た目はホント人形みたいに可愛いアバターだからね。
「で、結局何しに来たの?」
「本当は殺し合いたいけれど……今日はお預け。はるるに頼まれちゃったから加勢に来たの」
優雅な所作でレイピアを納刀しながら、ロウは少し残念そうにそう言った。
出てきた時から予想はしていたけど、やはりロウは戦いに来たわけじゃないらしい。
「じゃあ、はるるが言ってたサプライズってロウのことなの?」
「はるるがなんて言ってたのかは知らないけれど、そうなんじゃないかしら?」
少し首を傾げながら、ロウはそう言って微笑んだ。
はるると私の共通の知り合いで、月狼戦に参加できるくらいの存在となると、確かに思いつくのはロウくらいのものだ。
なぜならロウが持つ《誘惑の細剣》は、はるるが作ったネームドウェポンなのだから。
当たり前のように軽口を叩き合う私たちだったけれど、アーちゃんはそうではなかったようで。
剣に手をかけたまま、軽く殺意すら感じる視線でロウを睨んでいた。
「……信用ならんな。いつ寝首を掻かれるかもわからん者をパーティに入れろと?」
「あら怖い。そんなに睨まれるようなことをした覚えはないのだけれど」
「ハッ、煽るのぅ。ウチのメンバーを何人殺したと思っとる。仮にもワシは円卓のクランリーダーじゃぞ」
「ふふふ、円卓の子はみんなイキイキとしてて好きよ。殺しがいがあるったら」
なるほど。ロウは割と高レベルプレイヤーも襲い殺しているって話だから、やる気満々で攻略を続けている円卓のクランメンバーは格好の獲物なのかもしれない。
クランメンバーを相当数殺されているのだとすれば、アーちゃんとしては看過することのできない相手なのは間違いなかった。
とは言っても、このゲームでPKされたところで失うのはデスペナの6時間くらいだけどね。
アーちゃんの気持ちはわからないでもない。
それでもロウの助力は正直ありがたいのも確かなので、ここは私が助け舟を出すことにした。
「ねぇアーちゃん。不意打ちに関してはフレンドリーファイア防止のシステム使えばいいんじゃないの?」
「ぬっ、それは……確かにそうじゃな……」
イベントのちょっと前くらいに実装された、パーティやレイド内でのフレンドリーファイア防止の設定。
リンちゃんが広域殲滅魔法の《ジャッジメント》を打った時に私が巻き込まれなかったアレだ。
あの機能は基本的にパーティを組む上で常時オンの設定で、パーティメンバー全員が承認すればオフにすることもできるようになっている。
だからロウをパーティに入れたところで、私たちがその承認をしない限りロウに不意打ちをされることはないのだ。
ちなみにPKプレイヤーとパーティを組むのは普通に可能で、周囲の目を気にしなければなんの問題もなかったりする。
「スクナが庇ってくれるなんて、ちょっと意外ね」
「私は別にロウと共闘するのに不満はないよ。そもそもフレンドリーファイア以前に不意打ちされても防げるし」
「ほぅ……スクナよ、それはワシへの挑発か? ワシがコヤツの不意打ちに怯えとると?」
「えっ、別にそんなつもりはないよ」
『天然煽りスト』
『いやー今のは煽ってるわ』
『アウトです』
『こうして自然とイキるわけです』
『はーほんまスクナって感じ』
「総スカン!?」
全方位から責められてショックを受けていると、ロウとアーちゃんに笑われた。
「クスッ、躱されちゃったわね」
「ハリのないやつじゃのぅ。……ま、業腹じゃがワシもこの女の強さだけは認めとる。助っ人の中でも上物じゃ、ワシも異存はないぞ」
もしかしてこの2人、意外と相性がいいんじゃないだろうか。
なんやかんやでさっきまでの剣呑な雰囲気はすっかりなくなり、武器に置いていた手も下ろしている。
まあ、アーちゃんも割とサッパリした性格だし、私とロウが軽口を飛ばしあっていたのと同じように、一言文句をぶつけたかっただけなのかもしれない。
「というか、スクナは本当にいいの? 今、配信中なんでしょう?」
「気を使ってくれてるの? 別にPKだってプレイスタイルのひとつでしかないからね。正直、今は助かるよ」
私個人の意見だけど、別にPKが許されてるならそれ自体を責めようとは思わない。
本気で嫌がらせくらいの意味しかないこのゲーム内でPKをやってるロウの考えは理解できないけど、プレイスタイル自体は否定するものじゃないのだ。
そもそも殺人に関するスキルや職業がある以上、ソレは運営から提示された選択肢のひとつに過ぎないんだから。
「それじゃあ決まりね。2人ともよろしくしてね?」
「それは嫌かな」
「ハッ、ゴメンじゃな」
「2人とも酷いわねぇ……」
私たちの許可を取れたからか嬉しそうな笑顔を浮かべたロウだけど、返ってきた言葉を聞いてしょんぼりとしている。
前に戦った時は不気味でよく分からない印象だったけど、こうしてちゃんと接してみるとそれなりに見た目相応な性格をしているのかも。
そんなことを考えていると、不意にロウが視線を助っ人さんの方に向けた。
さっきから私たちのやり取りを見て頷いたりやれやれと首を振ったりと、意外とリアクションをしていた助っ人さん。
ロウは心底不思議そうな表情で、助っ人さんを見つめていた。
「貴女、なんでそんな格好をしているの?」
「ん? ロウはこの人が誰か知ってるの?」
「ええ、はるるから聞いてるもの。むしろなんでスクナは知らないの? パーティなら名前は見えるでしょ?」
「アーちゃんが何も言ってなかったから、聞いたら悪いかなと思って。それと、まだ私たちパーティ組んでないよ」
なんかこう……人が隠してるものをわざわざ聞こうとは思わないというか。
わからないことを聞くのは躊躇わないけど、隠していることは教えてくれるまで待つのが私の基本的なスタンスなのだ。
だから「ロウを助けに呼んだ」というはるるのサプライズも無理に聞き出そうとは思わなかったし、助っ人さんもその内フードを脱ぐだろうと思って放置していた。
それにしても、なんではるるは当然のようにアーちゃんが連れてきた助っ人の正体を知っているんだろう。
明らかにあの子の持っている情報網は私たちの比じゃないような気がする。
「本当は戦いの直前に明かそうと思っとったんじゃがなぁ……ロウ、ヌシが出てきたせいでサプライズが台無しじゃよ」
「あら、私のせい?」
「ほれ、もう隠す意味もなかろ。はよ脱げ」
「……やれやれ、隠せと言ったのは君だろう、アーサー女史」
聞き覚えのある、少しハスキーな女声。
何より印象的なその喋り方。
ため息をつきながらフードを取り払ったその人物もまた、私の知る有名プレイヤーで。
「ドラゴさん!」
「やぁ、久しぶり……というほどでもないだろうか。また会ったね、スクナ女史」
アーちゃんがリーダーを務める《円卓の騎士》に並び立つ、WLO最大の規模を持つクラン《竜の牙》。
そのリーダーであり共にレイドバトルで肩を並べた、ゲーム内屈指の廃人プレイヤーでもあるドラゴさんは、この状況に苦笑を浮かべていた。
「どうしてドラゴさんが?」
「君にはレイドバトルの時、全ての責を負わせてしまった借りがある。どこかで返したいと思っていたところで、アーサー女史に声を掛けられたんだ。共にネームドに挑まないか……とね」
「使徒討滅戦から毎晩のようにワシに『あの時私はどうすればよかったんだろうか……』なんて泣きながら愚痴ってきててのぅ。知るかと突っぱねたんじゃが、いつまでもメソメソされててもウザいのでな。ちゃっちゃと借りを返せと言って連れてきたんじゃ」
「ちょっ、アーサー女史!?」
「なるほどねぇ」
最大手クランのリーダー同士であるドラゴさんとアーちゃんの間に繋がりがあること自体は、全く違和感のないことだ。むしろ交流がないほうがおかしいくらいだしね。
ただ、毎晩連絡を取り合うくらいに親密だったとは。
トーカちゃんとアーちゃんはリアルでも仲が良くて、リンちゃんとドラゴさんもゲーマー繋がりがあるらしい。
となると案外アーちゃんとドラゴさんもそんな感じで仲が良かったりするのかな?
オフ会とかいう、ゲーム友達とリアルで遊ぶイベントもあるらしいし、そういう繋がりなのかもしれない。
「アーサー、ドラゴ、スクナ、私。ふふっ、はるるから聞いてはいたけど、楽しい戦いになりそうね」
「フルアタッカー編成なのが気がかりではあるが……」
「このぐらいの方が楽しいじゃろ? どうせ下手にまともなパーティを組んだところで適当に崩れておしまいじゃし、それなら使えそうなのが多い方が良いってもんじゃ」
三者三様に話しているのを眺めながら、思う。
正直、ここにリンちゃんがいないのが悔やまれるくらい豪華なメンバーだ。
個々のプレイヤーとしての質が高い人ばかりが集まっている。全力ではなかったのだとしても、全員の戦い方を見たことがある私としては、多分これ以上ないほどに強力な布陣だ。
「あのぅ……スクナさん、この方々は一体……?」
「あ、ごめん翡翠。翡翠は2人のこと知らないもんね」
完全に内輪な雰囲気になってしまっていた私たちに、おずおずとした様子で声をかけてきた翡翠。
ちょっぴり寂しそうな彼女に謝ってから、私はリスナーたちへの説明も兼ねてロウとドラゴさんの紹介をするのだった。
考えうる限り最強の戦力を集結させて、いざ月狼との戦いへ……!
ちなみにアーサーとドラゴは割と仲良し、ドラゴはロウを撃退した経験あり、アーサーははじめて会った時にクラメンを4人殺された挙句逃げられています。サッパリしてるからあまり気にしてませんが、殺す機会があれば殺しておこうと思うくらいには根に持ってたり。