赤狼装束の進化
「やあ、すまないね。わざわざ来てもらって」
アカガネの工房の一角。普段はお弟子さんだったり他所の人が使う用のサブの工房で、子猫丸さんは待っていた。
「いやあ、むしろこっちが申し訳ないくらいで……って、はるる? 一緒に来てたんだ」
子猫丸さんのちょっと後ろにはるるの姿を見つけて、私は少し驚いた。
子猫丸さんのメッセージでは、特に一緒に来るという話はしていなかったからだ。
「おはようございますぅ……」
「もう夕方だけど」
「おはようございますぅ……」
「いや、だからね」
「おはようございますぅ……」
「ロボットかな?」
その場で微動だにせずひたすら挨拶を繰り返すはるる。
そんなはるるを揺すったりしていると、子猫丸さんが笑いながら原因を教えてくれた。
「ああ、武器の作成が結構ギリギリまでかかったらしくてね。徹夜作業になったから、さっきまでリアルで仮眠を取っていたらしいんだ」
「そうなんだ?」
「ええまぁ……そんなところですねぇ……」
「そこまで無理しなくてもいいのに」
「制作がノリに乗ってしまっただけなのでぇ……大丈夫ですよぉ……」
そうは言いつつも眠そうに目を擦るはるるに苦笑しつつ、工房の中を見渡す。
目に付いたのは、明らかに私の装備だと思われる、覆いに包まれた2つの何かだ。
ひとつは多分防具で、こちらは前に赤狼装束を受け取った時に見たものに近い、言ってしまえばよくある洋服用マネキンくらいのサイズだ。少なくとも布に覆われている今、わかるのはそれくらいのことだけだった。
問題はもうひとつ、恐らくはるるが用意したのであろう武器を覆う布の方だ。
まず、なんかよくわからないけど布に覆われた範囲が広い。中からいくつもシルエットが突き出ているあたり、恐らく武器はひとつじゃないんだろう。
どういう理由かはわからないけど、最低3本の長物があるのは間違いない。しかも地面にも何か箱のようなものを置いてあるみたいで、一体はるるは何を作ったんだろうと疑問に思った。
「というか、当たり前のように一緒にいましたけど、知り合いだったんですか?」
「ああいや、今回の製作で初めて顔を合わせたんだよ。それこそスクナくんから素材を預かった3日前に、はるるくんから連絡があってね」
「今回の武器作成にはぁ……どうしても彼の協力が必要だったんですぅ……」
「ほーん、そうなんだ」
「おやおやぁ……聞いた割には興味なさそうですねぇ……」
「正直早く装備見たくて」
私からすると、生産職なんだしまあ繋がりはあるんだろうな、というくらいの感想だ。
そんなことより目の前に置いてある装備を早く見たかった。
そんな私の返答を聞いて子猫丸さんは大いに笑っていた。
「ははは、そうかそうか。ちなみにスクナくんはどちらから見たい?」
「私はどっちでもいいんですけど……みんなはどっちから先に見たい?」
どっちで答えても何となく角が立ちそうだったので、ここはリスナーに受け流すことによって誤魔化していくことにする。
こういう時配信やっててよかったと思うよね。
『武器』
『防具がいい』
『やっぱ防具かな』
『まずそのモンゴルスタイルやめよう』
『武器がええ』
『防具で!』
「うーん……若干防具優勢か……? とりあえずアンケ流すね」
流れるコメントの数では判断しきれなかったので、最近使い方を覚えたアンケート機能で投票を促すことにした。
これも配信ではよくある機能らしくて、2〜8択くらいまでは選択肢を追加できる。それをリスナーが画面で押すと、私の方に結果が飛んでくる仕組みだ。
『かしこい』
『かしこい』
『だいぶ機能も覚えてきたな』
「そだねぇ。おっ、やっぱり6割くらいが防具派ですね」
一分ほどで返ってきた結果を見ると、少しだけ防具派が優勢のようだった。
やっぱりこの機能便利だなぁ。もっと早く知ってればよかった。
「ははは、そうかそうか!」
「チッ」
私の返答を聞いて、子猫丸さんは少し嬉しそうに笑い、はるるははっきりと舌打ちをした。
思わずはるるに視線を向けると、はるるは露骨に視線を逸らした。
「はるる?」
「なんですかぁ……?」
「舌打ち聞こえてたからね?」
「気のせいですぅ……」
「こ、こいつめ……」
『草』
『職人のプライドかな?』
『意外な一面やなw』
『子供か!』
『↑見た目は子供や』
まあ、はるるはあまり他の人と競うようなタイプには見えないけれど、鍛冶に対する情熱とかけた時間は人一倍みたいだし。
職人としてのプライドというものは強い方だとは思う。
でも、確かにこういう少し子供っぽい反応を取るのは意外なことだった。
「さて、それじゃあ防具の方から見てもらおうかな。これが赤狼装束の新しい姿だよ!」
子猫丸さんはそう言って、勢いよく覆いを取り去った。
現れたのは、生まれ変わった赤狼装束。新しい私の装備。
ひと目見て目に付くのは、首元を覆う長いマフラーだろうか。両端が後ろに流れるように巻かれている。
恐らく《鬼哭紬》をめいっぱい使用したものなのか、その色合いは夜のような黒一色だ。
逆に、赤狼装束自体の意匠は大きな変化はない。こっそりついていたフードの撤廃、あとは細かな装飾の変化や尻尾が少し長くなったところはあるけれど、全体としての印象はそれほど大きく変わってはいないと思う。
ああ、でも、羽織の裾が少し長くなっているかな。それとインナーもダークウルフの素材から《鬼哭紬》に変わったみたいで、全体としての印象はかなり違って見えた。
「装備の名前は《赤狼装束改・鬼哭ノ奏》。現状でたったふたつしか確認されていない、種族限定装備のうちのひとつだ!」
自信ありげにそう言った子猫丸さんのメニューカードを見て、アイテム名を確認する。
《赤狼装束改・鬼哭ノ奏》。
少し長いけれど、《赤狼装束・独奏》という以前の装備名を踏襲したものだと考えると、すごいしっくりくる名前だ。
「赤狼装束改……あは、子猫丸さん、ネーミングセンスいいですね」
「その点に関しては同意しますぅ……個人的に親近感が湧きますねぇ……」
「そうかな? これでも結構頑張って捻り出したから、そう言って貰えると嬉しいよ!」
照れるように頭を搔く子猫丸さん。
はるるもこういう名前は好きらしい。まあ、はるるも割と厨二病なところがあるから、漢字でゴテゴテした装備名は好きなんだろう。
「みんなはどう思う?」
『マフラーが好き』
『でもこの時期にマフラーは暑そう』
『尻尾もっふもふ!』
『かっけぇ……』
『なんか見た目大人っぽくなったね』
『赤と黒は映えるね』
『すき〜』
うん、概ね高評価と言っていいんじゃなかろうか。
何より前の赤狼装束の雰囲気はほとんどそのまま残ってるから、受け入れられやすいってところもあると思う。
「装備してみるかい?」
「はい!」
子猫丸さんから赤狼装束改を受け取った私は、早速コマンドから装備を選択した。
この一瞬で装備が変わる感じは、やっぱりゲームなんだなぁと思う瞬間ベスト2くらいだと思う。
いざ身に纏ってみると、元がほとんど変わっていないからかとてつもなくしっくり来た。
マフラーも戦闘の邪魔になるかと思えばそうでもなく、なんなら纏っていることすら忘れるほどに軽い。
それに、なんというか全身に力が漲る感覚がある。これが《鬼哭紬》にあるという鬼人族の基礎ステータス上昇効果なんだろうか?
『っぱこれよ』
『いいね!』
『いつもの』
『やったぜ』
『成し遂げたぜ』
『おかえり』
「あはは、ただいま。すごい着心地いいんだよ、これ」
「それは良かった」
私の感想を聞いてほっとする子猫丸さん。
それはそれとして、私はあることに気がついた。
「それにしても……このマフラー、割と自由に使える感じっぽいですね?」
「わかるかい? それは胴体用の装備の一部ではあるんだが、取り外すこともできるようになってるんだ。もしかしたらスクナくんには邪魔かもしれないと思ってね」
「いや、正直つけてる感覚がないくらい軽いです」
「それならいいんだ。まあ、必要に応じて外してくれても構わないからね」
「はい、ありがとうございます!」
せっかくの赤狼装束との差別化要素だ。邪魔なわけでもないし、できれば外さない方向で考えよう。
というか、このくらいの長さのマフラーなら別の使い道もないわけじゃないしね。
「よし、それじゃあ性能の方を早速見てみますね」
「私は先に見せて貰いましたがぁ……凄かったですよぉ……」
「はるるが言うなんてよっぽどだね?」
あえて口を挟んできたということは、それだけの性能を持つ装備であるということなんだろう。
私はメニューカードを操作して、装備のステータスを表示した。
――
《赤狼装束改・鬼哭ノ奏》
特殊製作:4点一式
種族限定装備:鬼人族
レア度:ネームド・PM
MP:-100
防御力:+121
敏捷:+81
知力:-50
魔防:+55
要求筋力値:10
装備制限筋力値:500
ネームドスキル:《狼王疾駆・改》《歌姫の護り》
ファミリアスキル:《鬼哭啾啾》
孤高の赤狼・アリアの素材から作られた戦装束を数多の素材で強化した逸品。
現世と幽世の狭間で鬼哭を纏う、鬼人族の決戦装束。
装備者に衰え知らずの軽やかさと魔法に対する耐性を与え、更に鬼人族の力を大きく引き出す効果を持つ。
※鬼人族以外は装備不可。
※この装備はロストせず、譲渡できない。耐久度がなくなった場合《破損待機状態》となる。
※ネームドスキル・ファミリアスキルは装備に付与される特異なスキルです。装備者のスキル枠に関わらず、その恩恵を受けることができます。
――
「うわっ……何これすごっ!?」
「ははは、そうだろう?」
装備の性能を見て大きな声を出してしまった私に、子猫丸さんは嬉しそうに笑った。
何がやばいって、パッと見ただけでも全てがやばいんだけど。
まずもって防御力が高い。赤狼装束は防御力が+50だったところが、+121というとんでもない強化を受けている。
敏捷も同じく+50が+81に。さらになんと言っても衝撃的なのが、魔防+55という装備効果だろう。
鬼人族である私の魔防ステータスは初期値が0で、さらにレベル4につき1しか上がらない。
それはつまり、レベル94の今の私は魔防が23しかないということだ。
この装備をつけているだけで、素ステ換算だとレベル220に匹敵するステータス補正がつく。そう考えてもらえば、私にとってどれだけありがたい効果なのかはよくわかると思う。
おそらく、この辺りのステータス上昇効果はMPと知力のステータスダウンでバランスを取っているんだろう。
何せ魔防が上がる代償に、今の私のMPと知力の数値はなんと「0」まで下がっているのだから。
要求筋力値を高くするほど色々な性能を押し込めるとはるるが言っていたり、デッドスキルにとてつもないバフ効果があったように、このゲームは「デメリット効果をつけることでメリット効果を盛ることができる」のだ。
だからって元々使ってないMPと知力を下げて魔防を上げるのはちょっとずるい気はする。まあ、私は強化されるだけだからいいんだけどね。
一応マイナスにはならないんだなぁ……と密かに思いつつ、この化け物級の装備に付いているファミリアスキルの欄をタップする。
ネームドスキルも気になるところだけど、これは一応見たことがあるスキルだ。
私の興味は初めて見るファミリアスキルに向いていた。
――
《鬼哭啾啾》
ファミリアスキル
纏うは殺した者たちの怨嗟。纏い、包み、そして捩じ伏せ力と成す。
・装備者が鬼人族の場合に限り、装備中《筋力》《頑丈》《器用》《敏捷》ステータスの数値を1.4倍にする。
※このスキルは常に効果を発揮する。
――
「おお……」
そのぶっ飛んだ効果に思わず声が漏れる。
これは流鏑馬のおじさんが言っていた、《鬼哭紬》が持つ基礎ステータス強化の効果だろう。
自分のステータスを見直してみると、確かに対象のステータスは全て基礎数値が1.4倍になっていた。
ちなみに赤狼装束改のステータス補正は、《鬼哭啾啾》の計算の後に加算されているみたいだ。
ファミリアスキルという名称の由来はよくわからないけど、とりあえず文句なしで強い。
そして何より恐ろしいのは、この効果にはデメリットが存在しないことだろう。
これが《種族限定装備》の性能。おそらく全種族でこういう装備が手に入るのだと考えると、今後普及し始めた時にプレイヤーの強さが一段階上がる「必須級装備」になるのは間違いない。
とてつもない装備性能に少しニヤニヤしつつ、続けてネームドスキルの方にも目を向ける。
《狼王疾駆・改》。これに関しては元々赤狼装束に《狼王疾駆》というスキルがついていて、確かその効果が敏捷ダウンへの耐性とかだったかな?
アレは結局一度も日の目を見ることがなかった悲しいネームドスキルだったけど、今回「改」として新たなスキルになったらしい。
《歌姫の護り》はたぶん、アルスノヴァから手に入れた《使徒の魂・歌姫》を素材にしたことで発生したスキルかな。
大体の見当をつけて、私はそれぞれのスキル名をタップして効果を確認した。
――
《狼王疾駆・改》
ネームドスキル
激戦を重ね、魂を燃やした。焼き付いた遺志は主と共に有り、更なる闘争への助力となる。
・敏捷低下に対する耐性《特大》を付与。
・装備者よりレベルが高い相手との戦闘時、SP消費減少《大》状態を付与する。
※このスキルは常に効果を発揮する。
――
《歌姫の護り》
ネームドスキル
欲に飲まれて堕ちたのか、救われず闇に在るのか。優しき歌姫の心の欠片。
・装備者が受けるダメージを10%減少させる。この効果は50%の確率で発動する。
・HPが60%以上残っている状態で即死ダメージを負ったとき、HPを1残した状態になり、自身の《出血》《火傷》《毒・猛毒》《麻痺》《スタン》の状態異常を完全に解除する。
※これらの効果は自傷ダメージに対しては発動しない。
――
これもまた強い。《歌姫の護り》については言わずもがな、シンプルにダメージカットの効果が強力だ。
2回に1回発動ということは頻度も決して低くないし、たかだか1割でもチリツモと言うやつでかなり効果を感じられると思う。
もうひとつの効果も使い所は限られるけど、ものすごく強い効果だと思う。
HP60%というのがちょっとネックだけど、例えば私なら魔法攻撃を不意に受けた時に即死を避けられるとか。
ついでにHP1になったあとのスリップダメージケアとしての状態異常回復効果もあるのが抜け目ない。でも、テキストに書いてないということは《呪い》は解けないんだろうね。
《狼王疾駆・改》に関しても、格上との戦いになりがちなボス戦ではかなり有効なスキルに変化している。
SP消費減少《大》というのがどれくらいの効果を持っているのかはわからないけど、少なくとも敏捷低下耐性なんかよりはずっと使いやすそうだ。
SPが足りなくなる戦闘が大抵格上相手なのもあって、欲しいところにきっちり手が届いている。
全く無駄の無い強化だと言えた。
総じて、同じ装備とは思えないほど強化されている。
私が渡した素材だけではなく、いくつものレア素材を使って強化したんだろうなというのが伝わってくる性能だった。
「これは……やばいですね」
素直に感想を口にすると、はるるも子猫丸さんも頷いた。
「だろう? でもね、エルフ族の種族限定装備も似たようなファミリアスキルが付いているんだよ。だから恐らく、種族限定装備は『そういうもの』なんだ」
「今後出てくるモンスターが強くなるのかもしれませんがぁ……なんにせよこの里ではオーバースペックな代物ですねぇ……と言っても、月狼相手ではそれくらいでも足りないのではないかと思いますけどぉ……」
「どういうこと?」
まるで月狼がどんなモンスターなのか知っているような口ぶりのはるるに聞き返すと、はるるは体の前で大きなばってんを作った。
「その説明は後でしましょうかぁ……次は私の武器の番ですよぉ……」
「あ、うん、そうだね」
少し子供っぽい仕草で装備のお披露目を急かすはるる。
子猫丸さんに先を越されたのがよっぽど悔しかったのか、それともただ単にソワソワしていただけなのか。
急いで聞きたい話でもないので、私ははるるの言葉に素直に頷いた。
という訳で赤狼装束の大幅強化でした。
スクナが渡した素材だけでなく、子猫丸さんがかき集めためちゃんこレアな素材をふんだんに使用した、総額2000万イリスは下らない超高級装備だったりします。