第2の街と職業
WLOにおける第2の街、《デュアリス》。
始まりの街に比べるとやや小さな作りになっているのはご愛嬌か。
街の構造はさておき外観や街並みに大きな差はないようで、メニューカードを提示して街に入ればそれほど変わりない景色が広がってきた。
時刻は5時に近くなり、空はすっかり夕焼け模様に染まっている。
あっさり抜けたとはいえ、平原から試練の洞窟と単純に距離があった。時間がかかってしまったのはやむないことだろう。
「はー……果てしない道のりだったね!」
『ほとんどお散歩だった件』
『強くなりすぎた女』
『観光ツアーかなにかかな』
「せっかく人が大変だったなぁって雰囲気作ってるのに!」
はい。ぶっちゃけ楽でした。それもこれも試練の洞窟で私のゴブリンたちを奪っていったパーティが悪いと思います。まる。
あ、そう言えばダンジョンボスのボーナスステータスポイントは5ポイントだった。
これはクリア報酬なんだろうね。他に素材手に入らなかったし。
「強くなりすぎたって言ってもリンちゃんはレベル47だって言ってたし、まだまだだよねぇ」
最前線に行くのは朝までの私の至上命題だった。
プロゲーマーとしての実力を示すには、やはり注目の多い最前線に立つのが手っ取り早いとリンちゃんに言われたからだ。
だった、と過去形なのは、赤狼アリアの討伐という目に見える戦果を出してしまったから。
現状、最前線への強行軍は必要ない。至上命題から、なるべく早くくらいまで優先度が下がっていた。
「とりあえず、今日のこのあとの予定は職業の獲得になります。あ、職業っていうのはレベル20から登録できるやつです。第2の街の……職業登録所って場所で出来るらしいから探そうか」
WLOでは、レベル20から職業が設定できるようになる。
ステータスやスキルを参照するそうだけど、実際に行って説明を聞いたほうがいいとリンちゃんは言っていた。
始まりの街には「職業登録所」はなく、現状は「偶数の街」、つまり第2とか第4の街で登録できるようになっているそう。
せっかくレベル20を超えているんだし、早速登録しようと思ったのだ。
鼻歌を歌いながら街を歩いていると、ここにも朝の放送の視聴者さんがいたのか、チラチラと視線を感じた。
勇気を持って話しかけに来てくれた人とはちょこっとお話しして、ついでに職業登録所について聞くことにした。
「あ、職業登録所ってどっちですか?」
「ああ、まっすぐ行ったら広場があるんで、左手に見えるデカい建物っすよ」
「ありがとうございますー」
爽やかな人族の好青年だった。盾持ちの片手剣士とは中々バランスの取れた構成だね。
盾は便利なものだ。受け止めることも受け流すことも出来るし、殴るのにも使えなくはない。
ぶっちゃけた話をすれば、赤狼との戦いは盾があればもっと楽に戦えたと思う。
ただ、盾を装備してると両手で使う系統のアーツ……つまり《打撃武器》スキルのアーツが使えなくなる。
《片手用メイス》スキルが全く育っていない現状、盾を装備する余裕は私にはないのだ。
「もう少し我慢して両手系の打撃武器にするのもありかなぁ」
『いきなりどうした』
『怖い』
『まさかさっきの青年を……』
『早まるな!』
「いや別にそんな算段は付けてないよ!? 両手武器もいいなって思っただけで!」
ちょっとリスナーさん達、思考回路がおかしな方向に行ってる気がする。
いやまあ、私もつい独り言を呟いちゃってるところあるけども。
そんな勘違いコントみたいなやり取りをしていると、街の広場にたどり着いた。
「確か左手に……ああ、あれか」
普通に漢字で「職業登録所」って書かれた建物があった。
なんだか釈然としない気持ちになりつつ、特に扉のない広い入口を潜ると、まるで役所のようにカウンターと受付NPCが並んでいた。
「どれに並んでも一緒だよね?」
『おっさんの所にしよう』
『びじんなおねぇさん!』
『可愛い受付の方が絵的に良いよ』
「うん、適当に選ぼうか」
混雑という程でもない、チラホラ空いているカウンターのひとつに向かうと、美人なNPCのお姉さんがにっこり笑顔で出迎えてくれた。
「ようこそ、ここは職業登録所……えっ?」
綺麗な人だなぁなんて思っていたら、突然お姉さんが固まってしまった。
え、バグった?
お姉さんNPCはしばらく固まった後、再起動して頭を下げてきた。
「……し、失礼しました。まさかこの街でその証を見ることになるとは思わなかったもので……」
お姉さんの示す先には、《名持ち単独討伐者の証》がぶら下がっている。
大した大きさじゃないし、戦闘の邪魔にならないからネックレスにしてつけていたやつだ。
「これかぁ……そんなに凄いものなんですか?」
「凄いなんてものじゃないですよ! 世界に認められし覇者をたった1人で倒した証なんですから!」
一目見た時はクール系美女ってイメージだったんだけど、お姉さんはなんだかミーハーなアイドルファンみたいに興奮していた。
NPCの好感度アップってこういう事なのかな。
そしてそんなことより、気になる厨二ワードがあった。
「世界に認められし覇者……?」
「名持ちのモンスターのことです。世界にその名を刻んだモンスターは、無双の力によって人の力を試すと言います。例えば試練の洞窟のダンジョンボスであるレッドオーガ。あれは名持ちではなく、あくまで種族名に過ぎないんですよ」
そう言われると、確かにレッドオーガには名前らしい名前はなかった。
瞬殺できてしまったから印象が薄いけど、流石についさっきのことだし覚えてるよ。
それにしても、世界に名前を刻む、か。
その内、戦ってたモンスターが突然世界に名前を刻んで「ネームドボスモンスターに進化しました」とか言って進化したりして。
「そういう扱いなんですね……あ、職業登録なんですけど」
気になったことは聞けたので、肝心の本題に移るために話題を変える。
興奮して前のめりになっていたお姉さんはハッとした表情を浮かべて頬を赤らめ、姿勢を正して接客モードに入った。
「んんっ、失礼致しました。職業登録ですね。メニューカードをお出し下さい」
「どうぞ」
「ありがとうございます。レベル20の達成確認……はい、今からこちらに表示されるのが現在のスクナ様が選択可能な職業になります」
「どれどれ……」
――
《戦士》
武器を用いた物理攻撃を主体に戦う職業。
筋力、頑丈に上昇補正がかかる。
取得条件:いずれかの武器スキルの熟練度を20以上まで上げる。
《粉砕士》
打撃武器を用いた物理攻撃に特化した職業。
打撃武器を装備している場合に限り、筋力と頑丈に上昇補正が入り、武器の攻撃力補正をアップする。
取得条件:打撃属性を持つ武器スキルの熟練度を50以上まで上げる。
《シーフ》
ダンジョン探索に特化した職業。
《罠解除》スキルと《鍵開け》スキルを習得できるようになり、器用に上昇補正がかかる。
取得条件:器用、敏捷が50以上で《探知》または《隠蔽》スキルを熟練度10以上まで上げる。
《童子》
魔法技能 (MP、知力、魔防)の一切を捨てた鬼人族に示される特殊職業。一度就いたら転職出来ない。
ボーナスステータスポイントを魔法技能に振り分けられなくなる代わりに、物理技能 (筋力、頑丈、敏捷)に上昇補正。
また、鬼人族NPCからの好感度がアップする。
取得条件:《鬼人族》プレイヤーで、ボーナスステータスポイントを一度もMP、知力、魔防に振り分けていない。
――
「こういうのって割と自由に選べるイメージだったんだけどなぁ……」
「そう仰られる方は結構いらっしゃいますが、そういうものですので」
お役所仕事的というか、いやまあゲームのことだから当たり前ではあるんだけど。
まあとやかく言っても、私が取れる職業に変わりはない。
この4つの中だと《戦士》と《シーフ》は切っていいだろう。
説明を見る限り、《戦士》は幅広く色々な種類の武器を使いたいプレイヤーが取るべき職業だ。
例えば短剣と両手剣とか、メイスと片手剣とか。
良くも悪くもどっちつかず。それが悪いとは思わないけど、私は打撃系の武器以外を使うつもりはない。
《シーフ》はそもそも斥候系の職業だ。前衛戦闘職の私とは合わない。
となると残る2つの中から選ぶ訳だけど、さてどうしたものか。
《粉砕士》は多分、剣士とか魔法使いみたいなものだろう。
ひとつの武器属性に対応した職業である代わりに、戦士のような幅広い職業より少し補正が強いのだと思われる。
もうひとつがなければノータイムでこれを選んでた自信があるくらいには、今の私と噛み合った職業だ。
問題はもうひとつの、《童子》の方にあった。
「すいません、特殊職業ってなんですか?」
「あら、特殊職業が表示されていらっしゃるんですか?」
「はい。《童子》ってやつが」
「《童子》……魔法技能を捨てた鬼人族にのみ選ぶことが出来るという特殊職業ですね。正直に申しますと、選ばれる方はほとんどいないです」
それは、私からすればかなり意外な話だった。
始まりの街周辺に魔法を使うモンスターがほとんどいない以上、ここに辿り着く《鬼人族》プレイヤーは大抵の場合《童子》の取得条件を満たしていると思われる。
余程バランスを重視するプレイヤーか、鬼人族で魔法使いをやるような奇特なプレイヤー以外は、使いもしない魔法技能に限られたボーナスを振り分ける理由はないからだ。
で、いざ職業登録をしようと思った時にこういう尖った職を見つければ、多少のデメリットは無視して選びたくなるのが人の性だと思う。
特別、特殊。そういうものに惹かれるのはもはや本能なのだから。
そんなに意外そうな顔をしていたのか、私の表情を見たお姉さんは質問を投げかけてきた。
「もしかしてとは思っていましたが、スクナ様はこの街に来たばかりですか?」
「ついさっき着きました」
「なるほど。それでは第3の街 《トリリア》に続くダンジョンの事はご存知ですか?」
「いえ、全く」
「それなら仕方ありませんね。北門の先、荒野フィールドを抜けた先にある大森林。通称 《魔の森》は、出てくるモンスター全てが魔法を使ってくる魔法特化型ダンジョンなんです。ここに登録しに来る方々は、ほとんどがそこでレベル20に到るんですよ」
「ああ……なるほど」
お姉さんの説明で、私が抱いていた疑問はおおよそ解消できた。
つまり、だ。
アリア戦の恩恵で魔法を一度も経験しないままこの街に来た私と違って、普通のプレイヤーは「魔法の怖さ」をしっかりと身に染み込ませてから登録に来るのだ。
なぜならこの街はソロでもレベル15もあればたどり着ける街。
レベル20を超えるまで始まりの街周辺にいること自体が珍しい。
そして、とりわけ鬼人族は魔防が低いから、適正レベル帯のモンスターが放つ魔法攻撃は脅威だろう。
「レベル21の私の数値でレベル1の人族の初期値と同じ」といえばその低さが伝わるだろうか。
そんな状態で魔法ばかりのダンジョンに潜れば、まあひどいことになるのは想像出来る。
もし仮に、それでもボーナスポイントを魔防に振らなかったのだとしてもだ。
今後一切振らないという《童子》の条件を飲めるかと言われれば、他にも優秀な職業があれば無理して取る必要もないと思う可能性は高かった。
私ですら《粉砕士》との間で迷ってるわけだしね。
「世間的にはどんな感じなんですか、これ」
「そうですね。確かに職業としての補正は高く、鬼人族としての長所をさらに伸ばすことができます。ただ、見ての通りデメリットが大きいですから、命が限られたこの世界の住人は滅多なことでは選びません。だからこそ、《童子》を取得し習熟するまでに至れば、世の鬼人族からは羨望の眼差しで見られるのですが……私はオススメしませんね」
「なるほど。じゃあ《童子》にします」
《童子》でよろしいですか? はい。
本当によろしいですか? はい。
やり直しはききません。本当によろしいのですね? はい。
そんな、三重にかかった確認画面をサクサクスルーして、私は特殊職業 《童子》を選択する。
そして、ステータスに《童子》の文字が刻まれたメニューカードをお姉さんに受け渡した。
「えっ? あっ、もう選択されてる……! 話聞いてましたか!?」
「聞いてました。でも、ほら……特別って、良くないですか?」
大慌てなお姉さんだけど、私は彼女の話を聞いて特に問題ないと判断した。
ピーキー上等。尖った職業大歓迎だ。
元より「全部躱して殴り倒す」という理由で選んだ鬼人族である。
魔防に振ってバランスよく……なんて考えるよりは、全てを力でねじ伏せるくらいの気概を持つべきだろう。
何よりも、ここで特殊職業を選ばないのは色々と負けた気がする。
ほとんど居ないということは少しは居るということで、先駆者がいるのに及び腰になるような甘えは要らないのだ。
「それにほら、お姉さん。私、これを持ってるくらいには強いんですよ」
「うっ……」
ここに来てドヤ顔で《名持ち単独討伐者の証》をチラ見せすると、お姉さんは勢いを失っていく。
こういう使い方をするものじゃないとわかっているけど、レベルやステータスで強さを示せない以上これほど便利なアイテムもないなと思った。
こうして、私は鬼人族専用特殊職業 《童子》への就職? を果たしたのだった。