満月の日
白曜から色々な話を聞いて3日、遂に満月の日がやってきた。今日、私は全身を蝕む呪いを解くために月狼ノクターンに会いに行く。
初めて月狼についての話を聞いた時、白曜は「戦いになるかどうかはわからない」みたいなことを言っていた。
でも、改めて聞いた話によると、やっぱり月狼との戦いは避けられないということがわかった。
一応「月光宝珠を持っていけば戦闘を避けられる」というのは事実らしいんだけど、問題は私が赤狼アリアを倒したプレイヤーだということみたいで。
「元より月狼は好戦的な性格でのぅ。更に狼王の眷属の一体であるノクターンにとって、スクナの存在は看過しえないものになるじゃろうな……」
と、白曜は神妙な顔でそんなことを言っていた。
前に言ってた穏やかな性格とはなんだったのか。
そう聞きたかったけど、まあ戦えるならいいかとそれ以上の追求はしなかった。
元々私は月狼と戦いたかったんだから、むしろそっちの方がありがたいくらいなのだ。
あと、地味に月狼ノクターンが狼王の眷属って設定なのも重要な気がする。こうなると狼系のネームドは全部狼王に関係してるんじゃないかと思っちゃうよね。
そんな訳で私は、ネームド戦を前提としたレベリングをこの3日間ガッツリ行っていた。
それこそ食事と睡眠以外の全てを削り取るくらいの気概でみっちりレベリングをこなした。
結果として、私のレベルは87から94まで上昇している。かけた時間を考えれば上々の結果だろう。
レベル90を超えても転職の条件とかは出なかったから、職業は《童子》のままなんだけどね。
加えてレベリングの片手間にこなせる採取系のクエストだったり、以前翡翠から教えてもらった《鬼血》スキルの取得なんかも済ませたんだけど、これに関しては割愛する。
一応、無事にスキルを入手することができたのは確かだった。今は呪いで使えないけどね。
そしてそれと並行して行っていたのが、月狼戦の仲間集めだ。
というのも、白曜の話の通りソロネームドというのは世界で6体しかいないくらい希少な存在で、かと言ってレイドネームドもそうポンポンと出てくるものでもなく。
要は月狼ノクターンはパーティネームドだって話なんだけど……正直な話、その場合私がひとりで月狼を倒すのはほぼ不可能だろうと思っている。
ソロで行って勝てる可能性も0ではない。
けれど、レイドネームドであった《波動の巨竜・アルスノヴァ》が膨大なHPを持っていたように、パーティネームドである月狼には「1パーティ6人で戦うことを前提にしたHP」が設定されているはずだ。
月狼が取る行動全てを初見で見切り、その上ひとりで戦うことを前提とされていない大量のHPを削りきる。
その途方もない難易度を考えた時、私は素直に仲間を集めた方がいいと思ったのだ。
そんな訳で始めた仲間集め。
色々と時間を調節してもらったんだけど、やっぱり今度のWGCS予選大会の関係でリンちゃんはダメだった。以前話していた最後のチームメンバーに関することで遠出をしているからだ。
多分明日の夜までは帰ってこないので、一緒に月狼には挑めない。またリンちゃんと遊びたかったんだけど……こればっかりは仕方ないね。
ただ、代わりと言ってはなんだけど、アーちゃんは付いてきてくれることになった。ほぼ間違いなく戦闘になる……そんな話をしたら二つ返事で了承してくれた。
「フハハハ、ネームド戦は久々じゃ! 血が滾るのぅ!」
なんて言いながら木剣で黒曜組の皆さんを蹴散らしていたのは記憶に新しい。
スリューさんは何かの研究が深夜に近くまでかかるからダメ。トーカちゃんも大会練習に忙殺されているから同じくダメ。
メグルさんも第5の街と第6の街の間にあるダンジョンの中らしい。
ヒミコさんは……申し訳ないけどそもそも戦力としてはアテにしていない。
そんな中、アーちゃんが「助っ人に心当たりが……ないこともない」と言っていたので、もうひとりは来てくれるかもしれないといった状況だった。
つまり最悪の場合、私とアーちゃんのふたりで挑むことになる。人数的にはなかなかに絶望的な話だ。
とはいえアーちゃんも本来の武器が帰ってきたと言っていたし、少なくとも攻撃が分散するからひとりの時よりは一気に楽になるだろう。戦闘力についても疑いの余地はない。
ちなみに助っ人をNPCに頼むのはナシだ。というのも月狼は鬼人の里の守護者という立ち位置らしく、里で生まれた鬼人族との直接の戦闘は契約で禁じられているらしい。
まあ、私もNPCを死ぬかもしれない戦いに連れていく気はさらさらなかったし、それについてはむしろホッとしたくらいだった。
☆
時刻は午後の5時。
白曜から言われた時間よりもだいぶ早い時間にログインした私は、配信の設定を始めた。
「映ってる? おっけー?」
『おっけー』
『見えてる見えてる』
『相変わらず画質がよき』
『画質のオプションは3000円だっけかぁ』
『夕方配信助かる〜』
「お金のことはあんまわかんない! リンちゃんに任せてるからね!」
『たまには自分で設定しろw』
『こないだ顔出しやった時めちゃ苦戦してたからな』
『結局リンネがやる羽目になる』
『これだから脳筋は』
「えー、だってWLOでしか配信したことなかったんだもん。いや、ほんと楽なんだってこのゲームの配信機能……ってまあそんなことはよくてさ。今日は夜に月狼に挑みに行く前にやることがあるんだよね」
『?』
『なんかあったっけ』
『装備かな?』
「そそ、前に依頼した装備を取りに行くぞ〜」
『ヤッター!』
『待ってた』
『服の方? 武器の方?』
『スクナが配信で武器更新するのレアな気がする』
『いっつもこっそり調達してるもんなぁ』
『↑金棒の軽いヤツとかこないだの無銘とかあったじゃん』
『↑無銘は繋ぎの武器だしノーカンじゃね』
『金棒の軽いヤツ懐かしいなトリリアのヤツか』
「とりあえず防具かな? というか確かにあんまり装備の配信してないね」
言われてみれば、例えば赤狼装束の時は《月椿の独奏》があまりにもぶっ壊れていたから配信はしないように言われていたし、はるるはそもそも配信に映りたがらなかった。
だから赤狼装束はあとからお披露目することになったし、武器はいつもシレッと付け替えたり必要な場面が来るまで温存したりしていた。
でも、今回の装備に関しては子猫丸さんから「問題ないよ」とお墨付きを貰っているし、はるるも配信に映ることに抵抗はなくなったらしいから問題ないと思うし。
赤狼装束クラスの装備はさすがに更新が一大イベントってところもあるので、配信に映せるならそれに越したことはなかった。
「じゃあ初お披露目ってことでひとつ、楽しんでいこっか〜」
『いぇーい』
『わーい』
『うぉー』
『いくぞー』
「絶妙に気の抜ける掛け声コメだな……新装備のお披露目だよ?」
『リラックスさせようというやさしさだぞ』
『そうだぞ』
『ビックリマークがあればいいってもんじゃないんや』
『↑エクスクラメーションマークだぞ』
『↑ちょっと何言ってるか分からないですね』
「そこはいつもみたいにノリノリで行こうよ!? ……まあいいや、アカガネのとこで工房借りてるらしいからそこ行くよー」
『アカガネかぁ』
『ゴリマッチョ姉貴だ』
『↑消されるぞ』
『なんであの人だけあんな筋肉質なんだろ』
「うーん、確かにね。筋力だけなら琥珀以上に強い人なんていないからねぇ」
リスナーとなんとなく締まらない緩い会話を交わしつつ、徐々に暗くなり始めた鬼人の里を歩く。
赤狼装束の強化、それからはるるが新しく作ってくれる武器。そしてそれらの後に待っているであろう死闘。
その全てが楽しみで、私は全身を包む高揚感に思わず微笑んだ。