七星王とイリスの秘宝
「そもそも《名持ち単独討伐者》とは何なのか、という話から説明しようかのぅ」
白曜はそう言って改めてキリッと表情を引き締めると、私の方を向いて話し始める。
「その《名持ち単独討伐者の証》が神……すなわち創造神から与えられた物であるという認識はあるな?」
「うん、一応は」
赤狼アリアを討伐した際に手に入れたアクセサリー《名持ち単独討伐者の証》。
これはフレーバーテキストではあるけど、《ネームドボスモンスターを単独討伐した際に神から与えられる》アイテムであると明記されている。
この神が創造神のことなのだとすれば、このアイテムは確かに創造神から与えられた物と言えるだろう。
ただ、現時点で他のプレイヤーがコレを入手したという話は聞いたことがない。
なんでも、そこらのネームドをソロ撃破して手に入れられるアイテムではないらしい。現に、パーティネームドをソロで倒したプレイヤーが手に入れられなかったという情報があるのだ。
「世界に名を刻んだモンスターを、《名持ち》あるいは《ネームド》と呼ぶ。奴らには何度死んでも同一の個体として蘇るという特徴があるんじゃ。その存在が世界に刻まれ、記録されておるからのぅ」
「同一の個体って?」
「そこらの森もそうじゃが、普通の魔物が現れる時、レベルには個体差があるじゃろ? 名持ちのモンスターにはそれが一切ない。常に同一のステータスで復活するんじゃ」
「ああ、なるほど……言われてみると、確かにネームドは同じレベルで復活するらしいね」
フィールド内に出現するモンスターはポップ時のレベルが変動する。例えば始まりの街南にある平原のウルフなら、レベル3~5の間といった具合だ。
そして、各フィールドに1体ずつ存在するネームドボスモンスターは、一部の例外を除けば白曜の言う通り常に同一のレベルで出現する……らしい。
そう言われてみると、確かにネームドの出現の仕方は普通のモンスターと比較すれば不思議といえば不思議なものだった。
「しかし、お主が倒した赤狼を含め、世界には6体の極めて特殊な《名持ち》が存在するんじゃ。彼らのレベルは挑む者の強さに合わせて変化し……そして、単独での挑戦しか許されん。《名持ち単独討伐者の証》は、その6体の名持ちのどれかを倒した者にのみ神から与えられるんじゃ」
白曜の話を聞いて、琥珀と出会った時に聞いた話を思い出した。
ネームドボスモンスターには種類がある。
《孤高の赤狼・アリア》のように、ソロでしか挑戦できないソロネームド。
《不動の魔猪・ドルドラ》のように、1パーティ6人まで挑めるパーティネームド。
そして《波動の巨竜・アルスノヴァ》のように、レイドで挑めるレイドネームドの3種類だ。
ネームド戦が始まると、周辺に結界のようなものが張られて外部のプレイヤーが戦いに干渉できなくなる。その結界によって内部の人数を調節するのだ。
ついでにいうと倒さない限り逃走もできないから、下手に戦闘になってしまうと確定でデスに陥ることもある。
白曜が話していたのは恐らくソロネームドの話だろう。
ソロネームドは挑戦者のステータスに合わせて自身のステータスを変動させると、前に琥珀が言っていた。
実際にアリアから証を入手できていることから、条件としても一致している。
つまり、白曜の話が正しいのであれば、《名持ち単独討伐者の証》は「ネームドを単独討伐する」んじゃなくて、「ソロネームドを討伐する」という入手条件が正しいってことなんだろうね。
「そして、ここからが肝心なのじゃが……名持ち単独討伐者には、創造神イリスによって閉ざされた、七星王へと至るための道が開かれる」
「七星王……レクイエムとかのことだよね?」
「そうじゃ。狼王の写身である赤狼を打倒したお主は、その時点で《天枢の狼王・レクイエム》を討伐する使命を与えられておるわけじゃ」
白曜はそこまで言い切ると、ふぅと大きなため息をついた。長い説明が一段落したからだろう。
現状で七星王と呼ばれる存在としてほぼ確定してるのが、《天枢の狼王・レクイエム》と以前のイベントを引き起こした原因……という設定の《歌姫セイレーン》だ。
レクイエムはさっき白曜が言ったように赤狼の関係で、セイレーンに関しては前のダンジョンイベントの黒幕みたいな形で既に私も関わりがある。
今回新たに判明した情報を整理してみる。
《名持ち単独討伐者の証》はソロネームドを討伐することで入手可能なアクセサリーであるということ。
そして、そのソロネームドは全部で6種類いるらしいこと。
そして、6体のソロネームドと七星王という要素が繋がっていたという事実だ。
赤狼アリアが狼王レクイエム討伐に向かうためのキーモンスターなのは、恐らく間違いないと思う。これに関しては酒呑も言及していたしね。
となると、他の5体のソロネームドも、何らかの形で七星王に繋がるキーモンスターということになるんだろうか?
「ねぇ、その特殊な名持ちと七星王ってのはさ、一対一で繋がってるの?」
「うむ。それぞれが主であったり、あるいは本体と結び付けられとる。一対一の繋がりと考えて間違いはないぞ」
白曜の答えを聞いて、ひとつ疑問が湧いてきた。
「ちょっと待って。私が狼王の討伐をって言うのは、元々ぼんやりと目指してたからいいんだけど……七星王に繋がる名持ちモンスターが、なんで6体しかいないの? 7体いるから七星王なんて呼ばれてるんじゃないの?」
仮にも七星王なんて名乗るのなら、7体いて然るべきじゃないんだろうか?
ソロネームドが6体でそれぞれに対応する七星王が居るんだとしたら、1体余ってしまう。
「その説明をするためには七星王について教えねばならんのじゃが……いや、それも説明するべきか。よいかスクナ、セイレーンの侵攻を受けたことで恐らく勘違いをしておると思うが、そもそも七星王というのは人類と敵対する存在ではないんじゃ」
「……うん?」
私の質問から話を広げた白曜の言葉に、私は首を傾げた。
ゴルドが私に語ってくれた限りでは、セイレーンは明確な侵略者であると言っていた。そして彼はそれを止めようとしてくれていたとも。
だから、全ての七星王がそうとは言わなくとも、少なくとも敵よりの存在なのかなと思ってたんだけど。
そう伝えると、白曜は大きく首を横に振った。
「逆じゃ、セイレーンだけが例外なんじゃ。七星王は本来、《イリスの秘宝》と呼ばれる宝を守護するために創造神から選ばれた存在のことを指すんじゃよ」
「要は宝の番人ってこと?」
「身も蓋もない言い方をすればな。セイレーンは本来与えられた使命を逸脱し、秘宝の力に魅入られて莫大な力を得た怪物じゃ。その力に溺れ、他の秘宝を奪おうと世界を荒らし回った結果、創造神の手で異界に隔離されたんじゃ」
宝を守る番人が宝に魅入られてしまったと。それはつまり、ミイラ取りがミイラになるってやつだね。
「秘宝を持っている以上、セイレーンが七星王であることに変わりはない。じゃが、秘宝を取り返そうにもこちらの世界から奴に干渉する手段がないんじゃ。それ故、正常に守護者として機能している6体の分しか《名持ち》がおらんわけじゃな」
つまり七星王の内の1体が造反して隔離されてるから、実質的に6体しかこの世界に残ってないってことか。
何だかややこしいけど、セイレーンが敵であるということも、七星王が敵じゃないってことも、一応話としては筋が通ってる。
重要なのはソロネームドと七星王の関係であってこの部分ではないだろうし、少し脇道に逸れちゃったかな。
「ちと長くなったが、名持ち単独討伐者になったことで、イリスの秘宝を目指すことを許されたのだと理解すればよい」
「何となくわかったよ」
白曜の総括に、私は大きく頷いた。
☆
「それで、白曜。スクナが鬼神様に目をかけられている理由の方がまだなんだが」
「おお、そうじゃった」
私が勝手に満足気な気持ちになっていると、琥珀がそんな質問を投げかけた。
そういえば、そもそもこの話は酒呑が私に干渉してきたのが名前のせいなのかそうでないのかって話だったね。
白曜もそれを思い出したのか、ぽんと手を打って話の続きを始めた。
「鬼神様は世界を半壊させた後に創造神の手で封印されたんじゃが、そのあまりに大きすぎる力を封ずるためにイリスの秘宝のひとつを楔として使っとってのぅ。その封印の楔となる秘宝を守っとるのが狼王レクイエムなんじゃよ」
「……それってつまり、酒呑の封印を狼王レクイエムが守ってるってことじゃないの?」
「まー……そうじゃな!」
何が面白いのか大笑いする白曜は置いといて。
何となく話の筋が読めてきた。
私が必死にパズルのピースを嵌めている間に、琥珀は既に考えを纏めたようだった。
「伝承によれば、鬼神様は《童子》に対しては干渉できるという。問題は、スクナよりも2週ほど早く《童子》になった旅人もいたというのに、何故スクナだけが干渉されたのかだったわけだが……」
「私が封印の守護者であるレクイエムに繋がる、赤狼の単独討伐者だったからってことかな」
琥珀の言葉を引き継いで、ようやく核心に至った。
「そういうことじゃな。逆に同じような条件さえ整えれば鬼神様からの干渉を受ける可能性はあるのぅ。まあ、赤狼を討伐するというのが最大の難関じゃが……」
あれから1ヶ月くらいの時間が経って、ネームド自体は徐々に討伐報告が増えてきている。
それでも未だにひとつも赤狼の討伐報告がないあたり、赤狼の討伐難易度は高いままなんだろう。
そもそも遭遇が運任せなところがあるし、そういえば前にアーサーと話した時、レベルが高くなると出現しなくなるって話をしてたような……?
「ねぇ、白曜。私の知り合いが、赤狼はある程度のレベルを超えると遭遇できなくなるって言ってたんだ」
「ふむ? 儂の憶測でしかないが……赤狼は単独でのウルフ種の連続討伐数が一定数を超えると出現すると聞いたことがある。かといって、例えばレベル100の存在がレベル一桁のウルフを狩っても挑戦資格は得られんのは何となくわかるじゃろ?」
「それはそうだね」
あくまでも赤狼と戦った私の感想だけど、アレは強者との戦いを好む典型的な戦闘狂タイプのAIが積まれてるっぽかった。
あまりにレベルのかけ離れた雑魚狩りをしても、赤狼的には戦いの意欲をそそられることはないだろう。
「お主の知人がどの程度の強さなのかは知らん。じゃが、その知人が適正な強さのウルフ種を単独で連続狩猟すれば、挑戦資格は得られるかもしれんな」
「なるほど!」
白曜の予想は、思わず手を打ってしまいそうなくらい納得のいく内容だった。
これが正しいのかは分からないけど、試してみる価値はありそうだと思えるくらいには。
これはなかなか面白い情報だと少しウキウキしていると、不意に白曜が真面目な様子で口を開いた。
「スクナよ。何故儂がここまで多くのことをお主に伝えたかわかるか?」
「わかんない」
「少しは考える素振りを見せんか!」
白曜は少し大きな声を出してから、やれやれとため息をつく。
「名持ち単独討伐者じゃからといって、必ずしも七星王を倒さねばならぬということは無い。先程も言ったが、それはお主の意志によって決められることだからじゃ。……しかし、創造神はお主が望む望まないに関わらず試練を与えてくるじゃろう。七星王へと挑むのにふさわしい強者を育て上げるためにな」
「それは強いモンスターと戦う機会が増えるってこと?」
「そうじゃ。その意志に関係なく、強者がお主に牙を剥く。お主は異邦の旅人であるが故に永久の死は訪れんが、これから先何度も苦難に晒されることになるじゃろう。……しかし、肝心のお主が最終目標も知らずに延々と苦難に晒され続けるのは忍びないと思ったんじゃ」
うーん、別に強いモンスターと戦えるのは嬉しいからいいんだけど。
もし白曜の言うことが本当で、私だけが強いレアモンスターやらネームドやらと沢山遭遇したりしたら、他のプレイヤーから見たら不公平な感じにはなるかもしれない。
それを「《名持ち単独討伐者》だから」の一言で黙らせることができるという意味では、今の情報には大きな価値がある。
逆に言えば、他のプレイヤーも今後は《名持ち単独討伐者の証》を目指してソロネームドを倒す方向で進めていけばいいわけだしね。
「もし、どうしてもその証が重たいと感じたならば、聖都セフィラの神殿に行くといい。創造神イリスに祈りを捧げれば、あるいはその証を剥奪してもらうこともできるじゃろうからな」
「セフィラね……わかった」
聖都セフィラ。雪花に教えてもらった第7の街の名前だ。
そこに行けば名持ち単独討伐者じゃなくなることもできると。
赤狼の素材は欲しいけど名持ち単独討伐者にはなりたくないなぁ、みたいな稀有な人向けだろうけど、ちゃんと辞退する方法があるみたいでよかった。
「はぁ、長いこと真面目に喋って疲れてしもうた。何か他に聞きたいことはあるか?」
「ううん、今はないかな」
わからないことはその場で聞かせてもらったし、詳しい情報の精査はこの配信のアーカイブそのものを投げて考察してもらえばいい。
あとはリンちゃんに報告かな。今日は色々なことがあったから。
「そしたらお開きにしようかの。満月は4日後、その日の19時頃に一度屋敷に来るんじゃ。月狼への道案内を用意しておくからのぅ」
「色々ありがとね、白曜」
割と本気で疲れたのか、さっきまでとは比較にならないくらいダルっとした姿勢に変わった白曜にお礼を言うと、ヒラヒラと手を振られた。
「気にせんでええ。お主のためだけという訳でもないしのぅ。ま、月狼に挑むまでにできる限り力をつけておくんじゃな」
「うん、そうする」
「それでは、外までお送りしますね」
「うわっ……!? なんだ、黒曜か」
これまでずっと白曜の後ろに控えて黙っていた黒曜が、いつの間にか私の隣に立っていた。
気を抜いていたとはいえ、どうやって音もなく私の隣に立ったんだろうか。思わず声を出すくらいにはびっくりした。
その後は特に何をするわけでもなく、黒曜と琥珀にお見送りを受けた私は素直にログアウトしたのだった。
長かった説明回もやっと終わりです。
白曜は昔、単独討伐者である夫を亡くした過去を持っていたりします。あえて口には出したりはしなかったですが、単純にスクナを心配していたんですね。