戦闘後の歓談
「ほいっ」
気を失ったままの翡翠をお姫様抱っこで運び、木陰の草むらに降ろす。
若干投げるような形になってしまい、ドスッと大きな音がしたのは聞かなかったことにして、私も翡翠の隣に腰を下ろす。
ちょっと可哀想だったので、砂で汚れた顔を布で拭ってあげることにした。
『露骨な点数稼ぎ』
『スクナさぁ……』
『ガチヤンキームーブだったな』
『コメ欄ひえっひえだぞ!』
「いやぁ……でも適度にHP削るにはあれがいちばん良かったんだよ」
『嘘つけ絶対趣味だゾ』
『笑ってたもん』
『隠しきれてないですよ』
『すげぇ楽しそうだったよ』
「ははは、私がそんな酷い人に見える?」
『見える』
『見える』
『見える』
『見える』
『見える』
「ぐぬぬ」
「いやはや、随分と酷いものを見せてもらったもんじゃ」
私がリスナーから追い詰められていると、ケラケラと笑いながらアーちゃんがやってきた。どすりと私の横に腰を下ろしたアーちゃんは、心底楽しそうな様子だった。
それに続いてやってきた黒曜が、私の隣で倒れている翡翠の顔を覗き込む。
「翡翠の様子はどうですか?」
「気絶してるだけだよ。そんなに強く殴ったつもりもないんだけど」
「いや、思いっきり全力で腰の入った一撃をぶち込んでましたよね?」
「はっはっは」
なんのことかな?
「どちらかと言えば殴られた衝撃ではなくその後の追撃で気絶したみたいですが……まあ、この子もいい経験になったでしょう。こう見えてまだ13歳の子供ですから、未熟な点には目をつぶってくださると助かります」
「えっ」
黒曜の衝撃発言に思わず翡翠に視線を送る。
私より身長も高くて体つきもいいのに、これでまだ13歳なんだ。
鬼人族は推定100歳を優に超えても全然若く見えるのに、たった13歳でここまで発育良く育つのかと思うと、少し驚きだった。
某戦闘民族みたいに、戦うために若い期間が長いってことなのかな……?
「13歳!? 嘘じゃろ!?」
「ヒミコさんはアラサーだもんねぇ」
「アラサー言うな! 辛くなるじゃろ!」
私以上に衝撃を受けたのかヒミコさんが愕然としていたのでちょっとからかうと、ひーんと声を上げて泣き出した。
それでもアラサー発言を否定はしないあたり、絶縁騒動の話を聞いた時に想像した通りやっぱりヒミコさんはそこそこの年齢のようだった。
「それで、スクナから見て翡翠はどうだった?」
琥珀からの問いかけに、先程の戦闘と呼ぶのも悲しくなるくらいの戦いを思い出す。
「うーん……思ったより硬かったかな?」
「ふむ、その感想は概ね正しいね」
先程は冗談でそんなに強く殴ってないみたいなことを言ったけど、実際には一切の手加減抜きでぶん殴った。
翡翠が突っ込んできた速度がかなり速かったのも相まって、相乗効果でとてつもない威力になっていたとは思う。
それでも翡翠はHP的には普通に耐えて、そこからもしばらくの間身代わり人形が壊れないくらいの硬さを持っていた。
要するに、素早い割に硬い。そんな印象を受けた。
「翡翠は敏捷の次に高いステータスが頑丈という、少し珍しいステータスをしているんですよ」
「……継戦能力特化?」
機動力の次に防御力が高いステータスとなると、火力が足りなくなりそうだ。
タンク向きではある……かな? パーティを組むならいくらでも仕事は思いつくけど、ソロだとひたすら長期戦になりそうでもある。
「ええ、その方向で成長すればいい戦士になれるでしょう。ですが、翡翠自身は琥珀様に憧れていますから……」
「うーん、だから私に突っかかってきてたのか」
私のステータスは、レベル30くらいの時から筋力に全振りしている。
だから、琥珀ほど極端な筋力特化ではなくとも、全プレイヤーの中でも最高峰の筋力を持っているのは間違いない。
もちろん極振りに比べれば低いけれど、初期は敏捷や器用もそれなりに割り振っていたから仕方のないことだ。
対して翡翠のステータスは、まあ琥珀とは真逆に近い敏捷頑丈型。琥珀が憧れということは筋力に特化したかっただろうに、理想とかけ離れた才能を手に入れてしまった。
それでも13歳でレベル100を超えているというのだから、本来は高い戦闘センスを持つ優秀な子なんだろう。
本来ならば、火力不足なステータスを補ってあまりある戦闘能力を持つということなのだから。
翡翠が冷静な時に戦えば、もっと苦戦した可能性はあったかもしれない。
そんなことを思いながら翡翠の頭を撫でてやると、ちょうど意識を取り戻したようだった。
「うぅ……」
「おはよう。目覚めはどう?」
「あ……、え……と」
目を覚ました翡翠は私の顔を見てピタリと固まると、カタカタと震えだした。若干涙目になっているあたり、完全に怯えられている。
『怯えられてて草』
『そらそうよ』
『震えるおにゃのこは可愛いなぁ』
『↑通報した』
『涙目なのかわいそう』
『事案発生』
「大丈夫?」
「……す、すみません、なんだか、体が勝手に震えちゃって……」
『体に染み付いてますねこれぁ』
『記憶にないのに恐怖を植え付けた』
『いけませんねコレはいけない』
『いたいけな子供にトラウマを植え付ける配信者がおるってマ?』
好き放題言ってくれるリスナーのコメントが視界の端で私を責め立ててくる。
しょうがないじゃんか、ちょっとやる気になっちゃったんだから。
そんな風に内心で言い訳をしていると、翡翠が体を起こして立ち上がると、深々と頭を下げてきた。
「すみませんでした。初対面なのに、失礼な真似をしてしまいました」
「ううん、気にしないでいいよ。私もあえて挑発し返したりしちゃったし、ちょっとやりすぎちゃったのもあったし」
歳下の子だと聞いてからなんだか急に自分が大人気ないことをしたような気分になって、逆に翡翠が可愛らしく思えてきている。
ヨシヨシと頭を撫でてあげると、最初はビクッと震えたものの、少しずつ緊張感が薄れていくみたいだった。反応が可愛いなこの子。
「ちょっと……?」
「え?」
「なんでもないのじゃ!」
余計なツッコミを入れてきたヒミコさんに笑顔を向けると、ヒミコさんは黒曜の後ろに隠れてしまった。
ヒミコさんって割と容赦なく人を盾にするところあるよね……。
「誘われるままに飛びかかり、一撃の元に沈められる。ぐうの音も出ない程に完敗でした。最高の一撃を放ったつもりでしたが、今思えばそれこそが大きな間違いだったのでしょうね……」
「傍から見ている限りでは、確かに速いが無防備な一撃だったよ。あまりに直線的すぎたね」
琥珀の講評を受けて、翡翠が悔しげに項垂れる。
敗因を考えながら喋っているからか歯切れは良くないものの、ひとつひとつ心に受け止めながら話しているようだった。
「あれほど隙だらけに見えた中で、最も甘い罠に誘い込まれ……スクナ殿が理想的な形でカウンターを打ち込める位置に飛び込まされました。まるで思考を読まれて誘導されたようです」
「ああ、あれは最近お手本を見せてもらったから。ちょっと練習してみてるんだ」
「お手本?」
私の言葉を聞いて首を傾げたのは琥珀だった。
「うん。ほら、ちょっと前に私が始まりの街で女の子を殺そうとしたじゃない?」
「ああ、そんな風に誇らしげに話すことではないけど、そうだね」
「あの時、私は一瞬とはいえ広場にいる全員を吟味した上であの女の子を殺そうと狙ったはずだったのに、結果としてそれはメルティが扮した偽物……というか囮だった。要は私も誘導されたんだよね」
そう、あの始まりの街で琥珀と戦う直前のことが私はずっと引っかかっていた。
あの時、広場にはそれなりの数のNPCの子供がいて、簡単に殺せそうな位置にいたのはあの女の子に限らなかった。
それでも私は自然とあの子を殺そうとした。
そして、見事に女の子に攻撃を誘導されてしまったわけだ。
「あの時のことを思い出して、なんとなくこうしたら誘導できるんじゃないかなって閃いたから試してみたんだ。ぼちぼち上手くいったけど、自己採点は70点かな」
「ふむ、狙い通りに行ったなら100点じゃないのかい?」
「今は感覚を全開にしないとまともに誘導できないから、その分マイナス。慣れてくればもっとスムーズかもしれないけど……」
対象の一挙手一投足を仔細に見極めて、その上で最適な隙を作り、そこに攻撃を誘導する。
たったこれだけのことをこなすのに、脳内では尋常じゃない量の情報を処理する必要がある。
今の私の平時の集中力ではとても追いつかないから、感覚を強引に開け放って思考速度を跳ね上げないと情報を処理しきれないのだ。
「元々スクナは目がいいからカウンター向きだけど、カウンターは相手が攻撃してこないと成り立たないからね。意図的に隙を作り出せるようになれば戦いの幅も広がるだろう」
琥珀は実際にあの場にいたからか私の言ってることをいち早く理解してくれたようで、そう言って大きく頷いていた。
「それにしても……いくら私が直線的であったとしても、速さだけはそれなりだったと思うのですが、スクナ殿は『遅い』と言ってましたよね? アレでもスクナ殿からすればノロマに見えるのでしょうか?」
少し悔しそうな感情を滲ませながら質問してくる翡翠に、私は思わず頬をかく。
「うーん……いや、あの時はつい口走っちゃったというか……翡翠を馬鹿にしたり見下したりってことじゃないんだよ」
翡翠にカウンターをぶち込む前。近づいて斬りかかってくる最中に、私が思わず漏らした声を翡翠はちゃんと聞き取っていたらしい。
感覚を全開にした時、とにかく膨大な情報を処理するために、私は思考速度を極限まで跳ね上げた。
要するに集中力を上げたのだ。
これまでも集中すれば周囲がスローになることは珍しくなかった。真竜アポカリプスと戦った時のように、いわゆるゾーンと呼ばれる集中状態になることはできた。
けれど、今回の集中力はこれまでとは次元が違ったらしく。
「本当に時が止まってるみたいだったから、つい」
五感の解放によって発見できた思わぬ副産物について答えると、場の空気が少し固まったのだった。