初めてのダンジョン
「スクナさんですよね! 朝の配信見てましたー」
「おーありがとうございます。お互い頑張っていきましょう」
麻のシャツ装備のエルフの少年プレイヤーと通算5人目になる握手を交わして、手を振って別れる。
現在私は北の平原に通されている街道をのんびりと歩いていた。
休日の昼ということが関係しているのか、南に比べると遥かに人の多い北の平原。
普通に街道を歩いているだけでは、モンスターのポップにありつくことも出来ない有様だった。
今更私がボアを狙う理由はないから、いいと言えばいいんだけど。
というより、どうも北の平原にいるプレイヤーはそもそもそれほどガチでやってる訳じゃないっぽい。
みんな散歩でもしてるくらいの感じでホンワカしていて、私のことを知った人たちからちょいちょい握手を求められるくらいには穏やかなフィールドだった。
ちなみに、リンちゃんから聞いたこの平原のネームドボスモンスターの名前は《不動の魔猪・ドルドラ》。レベル40を超えるパーティネームドだそうだ。
完全ランダムにふらりと現れては全てを破壊して去っていくマジモンの災害らしい。
ただ、滅多に出てこないんだとか。3日に1回出現報告があればいい方、といった頻度のようである。
「リンちゃんから聞いたんだけどねー、ドルドラってのがいるんだって。出ないかな〜」
《試練の洞窟》までの道のりがあまりにも暇なのでそんなことを呟くと、リスナーたちがその名前に反応する。
『ドルドラ?』
『何そのドラゴンっぽい名前』
『北の平原のネームドボスだってさ』
『体長10メートルのクソデカ猪だよ』
『ひぇっ』
『バケモンで草』
「なにそれこわい」
そんな話は聞いてないよリンちゃん。
そんなこんなで1時間ほど雑談をしながら歩いていると、大きく開けた洞窟の入口が見えてきた。
何十メートルもありそうなその空洞はダンジョンというよりはただの洞窟のようで、《試練の洞窟》というボロボロの立て札がなければ疑いたくなるくらいに普通な場所だった。
「初ダンジョン行きましょー」
草原に比べれば疎らな人の群れを抜けて、私は薄暗い洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟内は入口同様かなり開けていて、ぼんやりとした光源が壁に張り巡らされてるおかげで視界は確保されていた。
洞窟というよりは坑道と言った方が合ってるかもしれない。
ならす程度に整備された足場も、その印象を後押ししている。
「リンちゃんによると、このダンジョンの適正はパーティ平均10レベル。ソロなら回復アイテムをしっかり持ち込めば15くらいで行けるそうです。余裕だな!」
『イキリ鬼娘』
『フラグを立てるな』
『21レベルはズルでしょ』
『ボスを倒した正当な報酬なんだ』
『不慮の事故だったからね仕方ないね』
『出てくるモンスターの種類とかあるの?』
「あー、蝙蝠のモンスターとゴブリン系。蝙蝠の名前は《バット》と《ジャイアントバット》だったかな。動きが不規則な飛行モンスターってことで割と苦戦する人も多いみたいだけど……」
リスナーの質問に答えていると、ちょうど探知の範囲にモンスターの反応があったのでベルトに差した投げナイフを抜いて掌で弄ぶ。
暗いのと保護色で見づらいけど、天井に普通に蝙蝠のモンスターが止まってるのが見えた。
「よっ!」
指に挟んだナイフをダーツの要領で弾いてやれば、反応する間もなくバットの首を貫いた。
実に呆気なく砕け散ったモンスターから落ちてきたナイフをキャッチして、ベルトにしまい直した。
「こんな風にやれば簡単に倒せるよね」
『どうやったの今の』
『すげぇ』
『投擲を使いこなす変態』
『PSでゴリ押しするの草』
『もう少し一般向けの方法で頼む』
「実は速度が大したことないから慣れればあっさり倒せるみたい。こんな感じ」
前の方のプレイヤーから流れてきたっぽいバット3匹を、テンポよく金棒で叩き落とす。
投げナイフ程度でも即死する耐久で耐えられる訳もなく、あっさりと散っていった。
「最悪武器を振り回すか範囲魔法で消し飛ばせばいいって。MPの無駄遣いだけどねー」
そもそもバットはこのダンジョンの中では最弱だ。
最悪噛み付かれてもここに来るくらいのプレイヤーならほとんどダメージはない程に弱い。
毒を持ってる訳でもないので、冷静に対処すれば怖い相手ではないのだ。
「怖いのはゴブリンの方だね。基本的にはウルフより弱いくらいなんだけど、上位種が3種類。ホブゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャーってのがいて、大抵群れの中に一体はいるんだって」
ちなみにひとつの群れは5〜7体ほど。遠距離持ちが混じっているなら確かに面倒な相手だとは思う。
「ただ、どうも前を行ってるパーティがほとんどの敵を倒しちゃってるっぽいんだよね」
『あー』
『敵がいない訳だ』
『今はプレイヤー飽和してるもんな』
『無理してでも先に行ったもん勝ちみたいなとこある』
「レベル20以下ならデスペナも少ないし、ある程度育てたらさっさと先に進むのはありだと思う。始まりの街にしかないものってほとんどないらしいし」
のんびり進みながら、襲いかかってきたバットをたたき落とす。
レベル3の表示に合った、悲しみを感じる経験値を入手した。
☆
気付けばゴブリンと出会うことはなく、ボス部屋の前にたどり着いてしまった。
このダンジョン、ダンジョンって言っていいのかさえ微妙な一本道だった。
お宝を探すとかそういう楽しみはないんですか。ないんですね。
「前の人たちが戦ってるみたいだから少し待ちだね」
私のゴブリンを取っていった不届き者たちだ。もちろん冗談だ、むしろ楽をさせてもらったまである。
『スクナって普段からゲームしてるん?』
「ゲームはねー、6年くらい前は毎日やってたよ。リンちゃんがゲーム好きでしょ? 一緒にやってたんだー。最近はめっきりだったんだけどね」
ボス部屋の前に陣取りながら、私は視聴者のコメントに答える時間を作った。
ひとりだったらぼんやり待っててもよかったんだけどね。
『年齢は?』
「リンちゃんと一緒。幼馴染だからね」
『何でそんなに動けるの? スポーツとかやってるの?』
「なんでだろう。できるからできる……としか言えないかな」
『打撃武器好きなの?』
「剣より使いやすくない? 強いて言うなら殴った時の感触が好きかな」
当たり障りのない質問にひとつひとつ答えていく。
プレイに行ったのか他の配信を見てるのか、今は300人くらいしか見ていないからコメントも追い切れないことはない。
と、閉じ切っていた扉がひとりでに開いていく。
ボス戦が終わったみたいだ。
勝ったのか負けたのか、どちらにせよ次は私の番だ。
「じゃー行きますかー」
体を解しながら扉を潜ると、私の後ろでゆっくりと閉まっていくのがわかった。
逃走不可、まあ当然といえば当然か。
なんにせよ、このゲームのデスペナルティの軽さを考えれば撤退しながらの情報収集なんてやる意味は薄い。
ボス部屋は扉から数十メートルの通路があって、その先に広間があるという構造をしていた。
相当広い、学校の校庭の半分位の広さの空間の真ん中で、ボスはあぐらをかいて待っていた。
体長は2メートル半ほど。赤色に隆起した筋肉が目を引いて、額には2本のツノが生えている。
「レッドオーガ、レベルは13ね……」
正直な話、アリアと戦った後だと若干格落ち感は否めない。
とはいえそれでもボスモンスター。油断はしない方がいいだろう。
背負った超・金棒を引き抜いて、私は咆哮するオーガに向かって駆け出した。
ここに来るまでの間に、レベルが7つ上がって狂った身体感覚は慣らしてある。
赤狼アリアと戦った時とは比較にならないほどスムーズに動く体にニヤケながら、私はレッドオーガの振り下ろす棍棒に金棒を叩きつけた。
「おぉっ?」
ゴンッ! と大きな音を立てて、互いの武器が鍔迫り合う。
振り上げる私が不利とはいえ、競り合う程度には筋力値に差はないらしい。
「案外強いね、ちょっとなめてたよ」
とはいえ、だ。残念ながら速さが圧倒的に足りていない。
私は再び振り下ろされる棍棒をゆったりと躱して、レッドオーガの脛に力を込めて金棒をぶち込んだ。
「ゴアアアアアアアッ!?」
「弁慶じゃなくとも泣き所ってね」
減り幅はおおよそ1割。スキルの使用も考慮すれば、多分あと6、7回当てれば倒せてしまう計算だ。
ゲームあるあるの発狂を考慮しても、かなり余裕がありそうだった。
そして10分後。
「強くなりすぎちゃったな……」
たくさんの『せやな』コメントに囲まれながら、私はポリゴンと化して爆散するボスの姿を見届けていた。
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『ダンジョンボスモンスター:レッドオーガを討伐しました』
『ダンジョン:試練の洞窟をクリアしました』
『第2の街:デュアリスへの道が拓けました』
『ボーナスステータスポイントを入手しました』
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