黒曜の修練場
電子版先行配信始まりました!
活動報告に詳しく書いておきます!
通常の発売日も間近です!
3人で朝ごはんを食べたあと、寄合所に山菜を卸したり薪割りをやったりして。
お昼にログアウトしてリンちゃんと一緒にご飯を食べて、お腹いっぱいでウトウトするリンちゃんをしっかり寝かしつけて。
午後に再びログインした私たちは、アーちゃんの提案で黒曜のところに出向くことにしたのだ。
ちなみにスリューさんは午後は予定があるとかで、メンツはアーちゃんと私とヒミコさんだけである。
鬼人の里の修練場は想像よりもずっとしっかりしていて、広めの道場が2つと屋外にグラウンドのようなものもあった。
道場は武器を使う人用と素手で戦う人用に分かれているようで、置いてある設備も違う。
今修練しているのは30人くらいだろうか。熱心に打ち込み稽古をしている数人を除いて、外のグラウンドを走らされている。
黒曜はそんな教え子たちの姿を、特に指示を出すこともなく見守っていた。
近づいてくる私たちの気配に気付いたのか、黒曜は表情を綻ばせながらこちらに歩いてきた。
「おや……よく来てくださいました、スクナさん、アーサーさん」
「あれ? 黒曜殿、ワシは?」
「ヒミコさんも訓練に参加してくだされば歓迎するのですが……」
「ぴゅ、ぴゅ〜ぴゅ〜」
「姉上……」
下手くそな口笛で誤魔化すヒミコさんに3人で苦笑する。
この人はほんとにもう、逆に期待を裏切らないというか。
「ところで、アレらはなんで走らされとるんじゃ? 走ったところでSPが増える訳でもあるまい」
不思議そうにアーちゃんが問うと、黒曜はそうですねと頷きながら理由を説明してくれた。
「トレーニングをしたところでステータスは上がりませんが、SPの消費管理を覚えさせることはできますからね。とはいえあれはウォーミングアップでしかないので、そろそろ終わると思いますよ」
「ふむ、そういう考え方もあるか」
「SPの管理って面倒だもんねぇ」
WLOではある程度の運動強度を超えた段階で必ずSPの消費が発生するから、戦闘中に延々と攻め続けることはできない。
長期戦では時に攻め時に守る、そんな立ち回りが重要になってくる。
SP切れやMP切れは相当しんどいし、最近聞いた話によると最大値が高ければ高いほど切れた時の気持ち悪さは酷くなるらしい。
私はMPが低いからMP切れしても大してしんどくはないだろうけど、SP切れに関しては割とシャレにならないね。
「さて……この修練場ではアーツの訓練や試合形式の稽古を主に執り行っています。お2人はなにかご希望はありますか?」
「私は特にはないかな」
「ワシは黒曜殿と戦えればそれでよい」
「ワシはちょっとあっちで見学してようかの〜」
私はアーちゃんと黒曜に誘われてきただけだから特にやりたいこともない。
逆にアーちゃんは元々黒曜と戦うためにここに来たんだから、それさえ果たせればと言ったところなのだろう。
ヒミコさんは戦いの気配を感じたからか、そそくさとグラウンド端の木陰へと逃げていった。
「承知しました。ではアーサーさんは少しお待ちください。そして、スクナさんにはお願いがあります」
「ん?」
「私の教え子たちとの試合をしていただけますか?」
「別にいいけど……私でいいの?」
「ええ、琥珀様の弟子であるということを伝えたのですが、皆興味津々になってしまいまして。琥珀様はこの里の若者にとっては憧れの的ですからね」
「ふむ? まあ琥珀の立場なら当然なのかな?」
鬼人族は強さと実績を何よりも重視する種族だ。
紛れもなく種族最強の戦士である琥珀は全ての鬼人族からの羨望の対象なんだろう。
「それでは私は教え子たちを集めてくるので、スクナさんはこちらの装備に着替えておいてください」
「なにこれ?」
「訓練用の道着です。武器が必要であれば訓練用の武器がありますので、あそこのアイテムボックスから取り出してください」
黒曜はそう言って、ランニングを続けている生徒たちを呼びに行ってしまった。
黒曜から譲渡された道着をインベントリで確認すると、初心者装備と同じ性能だった。
見た目の違う初心者装備って感じかな。
とりあえず装備を変更してみると、なかなか動きやすい黒色の道着だった。ものとしては空手着に近いかな?
道着を着た私は武器を確認するべく、黒曜に指示されたアイテムボックスの元に向かう。
見た目は素朴な木の箱だ。しかし開ける口がどこにもなくて、どうやって武器を取り出せばいいのかが全く分からない。
「アイテムボックスってどう使うんだろ」
『手を突っ込むとか』
『インベントリとは違うの?』
『力ずくでこじ開けるのでは』
『鬼人族なら有り得そう』
リスナーと一緒に開かないアイテムボックスを弄っていると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。
「アイテムボックスの前にメニューカードをかざしてごらん」
「ふむ、メニューカードをね……って」
後ろから聞こえた指示に従ってメニューカードを取り出してかざそうとした瞬間、なんだか今の声はやけに聞き覚えがある声のような気がして振り返る。
艶やかな白髪、紅の瞳。黒の着物に身を包んだ、蒼角の鬼人族。
見間違うはずもない。だって私は彼女とわずか数日前に拳を交えたばかりなのだから。
「琥珀!」
「久しぶりだね。元気になったみたいで何よりだ」
「わぷっ」
再会を喜んでいると、不意打ちのようにぎゅうっと抱き締められた。
締めつけは死ぬほどの強さじゃないけど、琥珀の筋力で抱き締められたらもう脱出は不可能と言っていい。
温かいし気持ちいいからいいやと諦めてされるがままになっていると、10秒くらいで解放された。
「琥珀はどうしてここに?」
いや、琥珀が故郷であるこの里に帰ってくるのは当たり前なことではあるんだけど。
黒曜や他の人の話を聞く限り滅多に帰ってこないようだったから、少し気になったのだ。
「雪花から連絡を貰ったんだ。スクナ、君は次の満月に月狼に挑むんだろう? それなら、仮にも師匠として手伝えることがあると思ってね」
「雪花から……」
「それに、いくつか用事もあってね。しばらくは里に滞在する予定なんだ」
「そうだったんだ」
雪花と琥珀が知り合いなんだろうなというのは分かっていたことだけど、連絡を取り合うような仲だったんだ。
「うん、でも会えて嬉しいよ。あの時、私を殺してくれてありがとう」
「ははは、そんな台詞を言われたのは初めてだよ。……すまなかったね、君の抱える闇に気付いてあげられなくて」
身長差があるからか、自然な動作で頭を撫でられる。
「ううん、私自身忘れてたことだもん。それに琥珀が、みんなが止めてくれなかったら、きっと私は戻れなくなってた」
「それでも、メルティは気付いていたからね。……全く、彼女はどこまで見通していたのやら」
感傷を瞳に浮かべた琥珀だけど、軽く頭を振って元の様子に戻った。
そういえば、あの戦いの時、メルティと琥珀って当然のように協力してたんだった。
初めて会った時にメルティのことを語る琥珀はそれほど親しい仲ではない様子だったように思うんだけど、実は仲が良かったのかな?
「琥珀様!」
教え子たちを呼びに行った黒曜も琥珀の存在に気付いたのか、大きな声で琥珀を呼びながらこちらに駆けてくる。
後ろの方にはゾロゾロと教え子たちが付いてきてて、彼らも琥珀のことを指差したり口を手で覆ったりと琥珀の存在には気付いているようだ。
「やあ、黒曜。ただいま」
「おかえりなさいませ。一報入れていただけたらお迎えに上がりましたのに」
「そういう仰々しいのが苦手なの、黒曜はよく知ってるだろう?」
黒曜の言葉を受けて、琥珀はそう言って苦笑した。
主を敬う家臣のような態度を取る黒曜は、ものすごいサマになっている。
黒曜は琥珀の師であると同時に、鬼人族の姫である琥珀に仕える身。複雑な関係のように思うけど、黒曜の基本スタンスは従者としての立ち位置ということなんだろう。
「ふふ、お変わりないようで何よりです。……それで、何か火急のご要件でしょうか?」
「いいや、ちょうどソレを済ませてきたところでね。しばらくは暇ができたから、愛弟子の為にできることがあると思って戻ってきたんだ。今回は数日滞在する予定だよ」
「そうでしたか……でしたら、里の皆にもお帰りをお伝えしますね。押しかけさせるようなことはさせませんので、顔を見せていただけると皆喜ぶかと思います」
「ああ、そうするよ」
近すぎず遠すぎず、互いに適切な距離感で会話をしている。琥珀は自分の立場を理解しているし、黒曜もまたそれを尊重していた。
私が知ってる琥珀は酒呑に憧れるお姉さんだけど、鬼人族の姫としての立ち振る舞いもまた、琥珀にとっては身に染み付いたものなんだろう。
「ところで、何をしようとしていたんだい?」
「教え子たちがスクナさんと戦いたいと言うので、この際ですから全員と戦ってもらおうかと」
「えっ、全員!?」
しれっと投下された爆弾発言に、私は思わず大きな声を出してしまった。
そんな話聞いてないんだけど!
「あら、言ってませんでしたか?」
「聞いてないですぅ」
「別にええじゃろ。さっさと全員ノしてワシを黒曜殿と戦わせるんじゃ」
「他人事だと思ってそういうこと言うんだもんなぁ」
からかうように笑みを浮かべるアーちゃんに、私はむぅと唇を尖らせる。
そんな中、琥珀がアーちゃんを見て眉をひそめた。
「おや君は……確か《剣聖》の女の子だったかな?」
「ヌ……詳しいのう。初対面のはずじゃが?」
「《剣聖》ほど珍しいスキルが発現したんだ、話題にもなるってものさ。ちょうどスクナが赤狼を討伐したようにね」
「なるほど、道理じゃな。ワシはアーサーという。よろしく、琥珀殿」
「ああ、よろしく」
《剣聖》……って、スキル? 職業って言われた方がしっくりくるような響きだけど……?
「にょわああああああっ!」
ちょっとした謎に疑問符を浮かべていると、琥珀の存在に気付いたヒミコさんが奇声を上げながらバタバタと駆け寄ってきた。
「こ、琥珀様じゃあ! モノホンの琥珀様じゃ!」
ヒミコさんが推しのアイドルに出会って興奮するオタクみたいになってる。
多分アレだ。前にトーカちゃんが言ってた、琥珀様ファンクラブ。ヒミコさんはそれの会員に違いない。
そんな挙動不審なヒミコさんにちょっと驚いたような顔をしつつも、琥珀は優しくヒミコさんに対応する。
「わっ、元気な子だね。落ち着いて名前を名乗ってごらん?」
「て、てっぺんヒミコじゃ! よ、よろしくお願いするのじゃ!」
「てっぺんヒミコ……そうか、君がクォーツの。ヒミコと呼んでいいかな?」
「ぜ、ぜひお願いするのじゃ!」
ヒミコさんは嬉しさのあまり両手を突き上げてうほほほほーい! と喜んでいた。あそこまでまっすぐ喜びを表せるのもヒミコさんのいい所だろう。
喜びはしゃぐヒミコさんから黒曜の教え子たちに視線を移した琥珀は、我が子を見る母のような優しげな表情を彼らに向けていた。
「みんな久しいね。元気にしてたかい?」
「押忍! 琥珀様のようになるべく、日々鍛錬を続けております!」
琥珀からの声掛けを待っていたのか、整然と並んだ黒曜の教え子たちの中から一人の少女がそう言った。
黒曜の教え子たちの年齢層は見る限り割とまちまちで、オジサンのような人もいれば中学生くらいに見える女の子もいる。
今前に出てきたのは透き通るような翡翠の瞳をした、女子高生くらいの若さの緑髪の鬼人だった。
とはいえ黒曜のように、幼女の見た目でありながら数百歳を超えていたりするのが鬼人族だ。
見た目で若さを判断するのは早計だろう。
「今の代表は翡翠か。うん、だいぶ成長したようだね」
「いえ! 私など先輩の皆様に比べればまだまだ若輩者です!」
礼儀正しく、ハキハキと。まさに武闘家という感じの清々しい少女だった。
聞いてる限り、彼女の名前は翡翠って言うらしい。瞳の色とマッチしてわかりやすい名前だ。
「黒曜組一同、心よりお帰りをお待ちしておりました。して……ひとつ、お聞きしたいのですが」
「なんだい?」
「そこな異邦の鬼人の少女を琥珀様が弟子に取ったとの伝聞は、真実なのでしょうか?」
黒曜から聞いていたのが信じられなかったからか、彼女は不安げな表情で琥珀にそう問いかけた。
というか黒曜の教え子って黒曜組って言うんだ……?
チラリと黒曜に目を向けると、なぜか誇らしげに胸を張っていた。もしかして命名は黒曜なの?
そんな私たちを他所に、琥珀たちは少しシリアスな会話を続けている。
「うん、本当のことだ。スクナには私が《鬼の舞》を継承した」
「…………やはり、ですか。……いえ、黒曜様のお言葉を疑っていた訳ではありませんが、やはりご本人からお聞きするとなかなか辛いものがありますね」
琥珀に翡翠と呼ばれた鬼人の少女はぐっと歯を食いしばるような表情を浮かべたあと、琥珀に一礼してからこちらに歩いてくる。
私の前に来た少女は一度大きく息を吸って、長い長い息を吐いた。
キッと鋭い視線を向けてくる少女は、少しだけ高圧的な態度で名前を名乗ってきた。
「私の名前は翡翠。名乗りなさい、異邦の鬼人よ」
「私はスクナ。よろしくね」
パン! と気軽に差し出した手が弾かれる。
おお……とびっくりしていると、翡翠は私を睨みながら背負っていた訓練用の木剣を引き抜いた。
「構えなさい、スクナ。そして貴女の強さを証明して。生憎だけど、弱者とよろしくする気はないの」
「ふぅん……」
一応最低限の体裁は整えているんだろうけど、翡翠から感じるのは隠しきれない苛立ちだ。
瞳に浮かぶ怒りと嫉妬。元より感情的になりやすいらしい鬼人族という種族のことを考えれば、むしろ怒鳴りつけたりしないだけよく我慢していると言えるのかもしれない。
ぽっと出のプレイヤーが憧れの英雄の弟子というポジションに居座っている。
たとえ自分がその立場に成れるとは思っていなくとも、琥珀に憧れる翡翠にはきっとそれが我慢できなかったのだろう。
「まあ、君になんと思われようと構わないんだけどさ」
彼女の気持ちはわからないでもない。
ただ、まあ。
初対面の他人からそんな一方的な苛立ちをぶつけられて、私が黙っていなきゃいけない理由もない訳で。
「本気で来なよ、捩じ伏せてあげる」
少しイラッとした私は、軽く首を鳴らしながら翡翠を挑発したのだった。
翡翠ちゃんの複雑な気持ちとかそういう諸々を全部考慮した上で、それでもぶっ潰すという固い意思。