好きな食べ物
「いやー……まさかメタル魔猪の食材を持ち込んでくれるとは思わなかったぜ」
料理を作ってもらう前に元々卸す予定だった丸ごとメタル魔猪を渡すと、クロガネさんはそんなことを言っていた。
「メタル魔猪ならさっきも倒しましたけど、そんなに貴重なんですか?」
「いや、今回驚いてるのは単純にサイズの問題だな。メタル魔猪ってたまーに湧くんだけどさ、普通の魔猪より凶暴なんだ。そんで毎日毎日縄張り争いをし続けるから早死にするんだよ」
「ほう、縄張り争いとは興味深い話じゃな」
渡したメタル魔猪に喜ぶクロガネさんの話を聞いていると、アーちゃんが食い付いた。
「そも、モンスターというのはモンスター同士で争うものなのか? ワシはそういった話を聞いたことはないんじゃが」
確かに、私もモンスターがモンスターと戦ってるようなところは見たことがないかも。
シャイニー・フォックスの時も、モンスターハウスの時も、今日だってそう。大量のモンスターに囲まれた時、全てのモンスターが私を殺すためだけに協力して襲ってきていた。
そういうものだと思っていたけど、今の話を聞くと確かに不思議な気がした。
「そりゃ争うときゃ争うさ。モンスターはどんな状況でも人類を最優先に狙ってくるけど、逆に人類がいなければモンスター同士で争うこともある。アンタらも《名持ち》は知ってるだろ? アレらはそうやって種族の限界を超えたモンスターが成るんだ」
「あ、そういうことなんだ」
「とはいえ、全ての《名持ち》がそうって訳でもねぇんだけどさ。もし詳しいことが知りたかったら里長とかに聞いてくれ。俺も詳しくねぇからさ」
「そうさせてもらおう。今知りたいという訳でもないしのう」
少し興味が湧いた程度だったのか、アーちゃんは特に追求することも無く話題を切った。
そんな私たちを他所に、ヒミコさんがテーブルにぐでーっと張り付きながらクロガネさんに催促していた。
「そんなことよりワシ腹ぺこなんじゃが。兄貴〜早くご飯〜」
「わかってるって。せっかくもらったし、メタル魔猪の肉を振る舞おうかと思うんだけどさ……肉食えないとかあるか?」
「なんでも食べれるよー」
「ワシもじゃ」
「よし、じゃあステーキでも作るからちぃっと待っててくれ!」
クロガネさんはそう言って意気揚々と厨房へと歩いていった。猪肉のステーキは食べたことないな。
「そういえばアーちゃん、すっかり忘れてたけどさ。今度アーちゃんおすすめのお店に連れてってくれるって話あったじゃない?」
「おお、そうじゃったな」
初めてアーちゃんに会った時、別れ際にそんな約束をしたのだ。
アーちゃんはいわゆるゲテモノ系の食べ物が好きで、現実世界ではなかなか食べられないその手の料理を食べるのがこのゲームでの楽しみのひとつらしい。
そんな私たちの会話を聞いていたヒミコさんは、ものすごい嫌そうな顔をしていた。
「……スクナたそ、正気か? アーサーのおすすめって十中八九で虫料理の店じゃぞ?」
「うん、別に私は虫も美味しく食べられるし」
「ひぇぇ……」
というか、私はそもそも嫌いな食べ物が無い。味がないとかでなければなんだって美味しく食べられる。
極端な話、味がなくてもカロリーさえあれば文句はない。消化してエネルギーになればいいのだから。
「姉上も食わず嫌いはよくないじゃろ。今度一緒に食べに行かんか?」
「いや……ワシはやっぱり虫は食いたくないのう……」
「ふむ、残念じゃ」
「ワシはな……未だに妹がゴキブリを捕まえて焼いて食べようとしてた光景が忘れられんのじゃ……」
カタカタと震えながら青い顔をするヒミコさん。
うーん、よっぽどトラウマだったんだろうな。
『やべぇよやべぇよ……』
『アーサー氏!?』
『スクナは普通にバリバリいってそう』
『↑残念ながら解釈一致』
『ヒミコさん可哀想』
うん、まあ虫はゲテモノなんて言われるくらいには一般的な食べ物からはかけ離れたものだからね。
ヒミコさんやリスナーの反応は自然だと私も思う。
でも、普通に食べられてるハチノコとかイナゴの佃煮とかは本当に美味しかったりするんだよ。
「逆にスクナたそって好きな食べ物とかはないのかのう? なんかいつもカロリーばっか取ってるイメージじゃけど」
「私? ソフトクリームが好きかな」
『意外すぎる……』
『それは解釈違い』
『そんな女の子みたいな』
『↑ひでぇw』
『肉とかだと思ってた』
『なんでも美味しく食べられるのにあえて挙げるほど好きなのか』
『思ったよりかわいい』
「なんだとぅ」
虫は食べてそうなのにソフトクリームが好きなのは解釈違いってどういうことなんですかね……?
「すごい小さい頃、リンちゃんと初めてお出かけした時にね、ソフトクリームを買ってくれたんだよ。リンちゃんはもう覚えてないかもしれないけど……それからずっと好きなんだ。それからもお出かけするとたまに一緒に食べたりしてね」
「なるほど、思い出の食べ物ということか。わかるぞスクナ、ワシも初めて食べたハチノコの味は今でも……」
「そのアーサーの思い出はどうでもいいのじゃ。今はこの尊さに浸る時……」
『不意の惚気にぶん殴られる』
『リンネはすぐそういうことするからタラシとか言われるんだぞ』
『ソフトクリーム食べたくなってきた』
『↑ひとりで?』
『↑現実に引き戻すのやめちくり〜』
『ワイもソフトクリーム一緒に食べてくれる恋人が欲しい』
私の好きな食べ物の話から独り身が悲しいって話にすり替わってきた。
ソフトクリームはひとりで食べても美味しいけど……よく考えると私もリンちゃんとデートする時しか食べないなぁ。
ちなみに私はいちご味が好きで、リンちゃんはチョコ味が好きだったりする。
「ヒミコさんは何か好きな食べ物とかないの?」
「ワシは肉じゃ!」
「お肉美味しいもんね」
ヒミコさんらしいシンプルな答えで少し安心した。
「待たせたな!」
そんなこんなで雑談していると、お肉を焼き終わったクロガネさんが台車に料理を乗せてやってきた。
蓋をかぶせてあるけれど、ジュウジュウといい音がしてるのが聞こえていた。
「こいつがメタル魔猪のステーキだ! 油が跳ねるから気をつけてな!」
ファミレスでよく見るハンバーグ用の鉄板を3倍くらいにしたドデカい鉄板に乗せられた蓋を開いてみると、ガツンとお肉の焼けるいい匂いが広がる。
鉄板に乗せられていたメタル魔猪のステーキは、厚さ5センチを優に超えるとてつもなく分厚くて大きなステーキだった。少なくとも重さはキロ単位だろう。
「わぁ」
「デカすぎじゃろ!?」
「おおぅ……」
『でけぇ!?』
『デカすぎぃ!』
『わぁ(小並感)』
『ちょっと笑った』
「せっかくでけぇメタル魔猪だったからな。大きくカットしてみたんだけど」
「食べきれるじゃろうか……」
そんなことを言いつつ、ヒミコさんは少し表情を引きつらせながらナイフとフォークを手に取った。
今更だけど、WLOにおける空腹感はゲーム内の空腹ステータスによって発生する。
現実世界でたくさんのご飯を食べてからログインしたとしても、ゲーム内で空腹状態なら空腹感は消えない。
ただ、空腹を満たすアイテムは沢山あるから、それこそ携帯食料のようなものを常に持ち歩いていれば行動に支障が出ることは無い。
まあ、そんな訳でさっきヒミコさんが腹ぺこだと言っていたのは、ステータス的に空腹状態だったということになる。
で、肝心の食べられる量に関してなんだけど、これは理論上どれだけでも食べられる。だから、目の前のステーキを食べきること自体はどんなプレイヤーでも可能だ。
ただ、ステータスが満腹状態になると、少なくとも空腹感はなくなる。空腹感が満たされた状態でたくさん食べるというのは、なかなかにしんどかったりするものだ。
「まあまあ、このくらいの量なら余ったら私が食べるから。ヒミコさんは美味しい分だけ食べたらいいよ」
「スクナたそ……すまん、そうさせてもらうのじゃ」
「ヌシの胃袋はどうなっとるんじゃ?」
2人から感謝と奇異の視線を向けられつつ、私もメタル魔猪のステーキにナイフを通す。
豆腐のように柔らかくて、肉汁は弾けるほどに飛び出している。
口の中に入れてひと噛みした瞬間、尋常じゃない旨みが爆発した。
「ん〜〜〜っ!? これ美味しい!」
「…………」
「……姉上? ……し、死んどる……!」
『てっぴみ美味しさで死んでて草』
『放心するほどか……』
『いいなーいいなー』
『俺今から鬼人の里行ってくる』
『ワイも』
あまりの美味しさにヒミコさんが死んでしまったりするアクシデントが発生したりしつつも、結局私たちは推定3キロくらいありそうな巨大ステーキを3人とも食べきったのだった。
『好きな食べ物』って食べてて嬉しいものですよね。