ヒミコとアーサー
「姉上、その反応は流石のワシもちょっと傷つくんじゃが」
「あっ、いや、そんなつもりはないのじゃ……」
「まあ嘘なんじゃけどな」
「おまっ、ほんとそういうとこじゃぞ!」
「遊ばれてるなぁ」
『キャラ被りしてんなぁ』
『でも落ち着きが違うわね』
『なんか草』
『最近のじゃロリ多くない?』
『↑わかる』
『別にヒミコ氏はロリではないが』
『僕は白曜様!』
『アーちゃんはのじゃって言わないからのじゃロリじゃなくて年齢も加味すると合法ロリ。ヒミコ氏はロリじゃないからのじゃロリじゃなくて無印のじゃ。白曜様はガチのロリババアだけどのじゃロリじゃないから!!』
『ひぇっ、のじゃロリガチ勢だ』
『やべーやつ来て草』
『のじゃロリに一家言姉貴と呼ぼう』
「なにやってんの君たちは……」
アーちゃんにからかわれて憤慨するヒミコさんがリスナーの琴線に触れたのか、リスナーの間で謎の議論が繰り広げられている。
「それで、2人は結局どんな関係なの?」
「一応姉妹じゃ。と言っても姉上に会うのは5年ぶりくらいかもしれん」
「ワシが家を飛び出して以来じゃからそんなもんじゃのー。別にワシとアーサーの仲が悪いわけじゃないんじゃが、実家との折り合いが悪くてのー……ま、別に会わなくてもええかと思ってそのまんまにしとった」
「うーん、ヒミコさんらしいというかなんというか……」
リアルにリンちゃん以外の知り合いと6年丸々会っていない、なんなら失踪したことにされていた私としては、ヒミコさんのことをとやかく言う資格はない。
しかし5年ぶりにゲームの中で会ってもこのノリの良さだ。仲が悪くないのは本当なんだろう。
まあ、実際2人ともカラッとした性格をしているし、仲が悪くなりようもなかったのかもしれない。
「というか、ヒミコさんって家出したの?」
「家出じゃなくて絶縁じゃな〜」
「えっ!?」
ものすごいのんびりした表情でそう言われ、私は思わず大きな声を出してしまった。
「聞いても面白くない話じゃからざっくり話すか〜。ワシらの実家は剣術道場みたいなのをやっとるんじゃけど、知っての通りワシってクソ雑魚じゃろ? まー才能なくていびられてたんじゃが、それが嫌で嫌で仕方なくてのう」
「この調子でサラッと絶縁状を叩きつけてさっさと家を出ていったのが5年前くらいじゃな」
「家庭の事情が重い」
『草』
『割と本音のトーンで草』
『スクナも大概じゃね?』
『↑たしかに』
『草』
『この辺家庭の闇溢れすぎぃ!』
当の本人たちが死ぬほどあっさりしてるから全然話の重要さが伝わってこないんだけど、結構重たい話だった。
まあ、うん、アレだ。2人とも今が楽しければいいってことなんだろう。
「ヒミコさんってどうやって生きてるの?」
「ふふふ、そこは乙女の秘密ってやつなのじゃ」
「姉上は作家じゃぞ」
「秒でばらすのはやめんか!」
「ハッハッハ」
「ホント遊ばれてるなぁ」
アーちゃんの胸ぐらを掴んでブンブンと振り回すヒミコさんだけど、アーちゃんは楽しそうに笑っている。
割と不憫だけど、ヒミコさんはそれが魅力ってところもあるからなぁ。
「姉上とは連絡は取り合っててな。WLOをやってることもこの里から出られんくなってるのも知ってはいたんじゃ」
「PNくらいしか教えとらんのじゃけどなぁ……」
「まあヒミコさんが鬼人の里から出られなくなってるのは一部では有名だからね」
「掲示板が匿名じゃないせいなのじゃぁ。ぴえんぴえん」
いつも通りわざとらしい泣き真似をするヒミコさんはさておき、アーちゃんの落ち着きようを見てると姉妹が反対なんじゃないかと思えてしまう。
それにしても、5年前に独り立ちしてるってことは……ヒミコさんの年齢って結構上だったり?
「ところでアーサーはわざわざこの里まで何しに来たんじゃ? まさかワシに会いに来たわけでもないじゃろ?」
ケロッとした表情で問いかけるヒミコさんに対して、アーちゃんは端的に理由を答えた。
「成り行きじゃよ」
「成り行きじゃったか。まあ、せっかく会えたんじゃし一緒にメシでも食べるとするかのう。スクナたそもくるじゃろ?」
「んー、まあ行こうかな。ちょうど用事もあったことだし」
元々このあとは山菜の納品ついでにメタル魔猪の素材を卸すつもりだったのだ。さっきまでの戦闘で単純な食材アイテムも結構ドロップしてるし、ご飯のついでに行くのもいいと思う。
「しかしスリューは相変わらずアーサーに付いとるんじゃなぁ」
ヒミコさん案内の元で食事処に向かう途中、ふと思い立ったようにヒミコさんが言った。
「ヒミコさんはスリューさんとも知り合いなんだ?」
「昔から小判鮫みたいにアーサーにくっついておったからのう」
「へぇ〜」
「姉上はいつもスリューのお腹を撫で回しては頭を叩かれておったな」
「うむ、スリューは意外とバイオレンスだったのじゃ」
「それ絶対ヒミコさんが悪いと思うんだけど」
全く悪びれない様子のヒミコさんに、スリューさんも苦笑気味だ。
「5年前はスリューもアーサーより……っと、着いたのじゃ」
「ここが食事処?」
「なかなかに風情があるのう」
ヒミコさんが足を止めた場所にあったのは、《鉄屋》という看板を掲げた食事処だった。
「てつや?」
「鉄屋じゃな。鉄はそうとも読むんじゃよ。おーい、クロガネの兄貴はおるか〜!」
店名を読み間違えた私に正しい読み方を教えてくれたヒミコさんは、お店の前に立って大声で人の名前を呼び始めた。
なるほど、クロガネって人がやってるお店だから《鉄屋》なんだ。
納得していると、ドスドスと足音が聞こえてくる。何かと思えば、店の扉を開けて2メートル近い巨漢の鬼人族の男性が現れた。
「おう、てっぴみじゃん。朝からメシか?」
「その呼び方はやめんか!」
「いいじゃんか、友達につけてもらったんだろ? 似合ってると思うけどな」
「似合っとらんわ!」
《てっぴみ》というのはヒミコさんのプレイヤーネーム《てっぺんヒミコ》を元にゲーム内掲示板の住人がもじった結果生まれたヒミコさんのあだ名だ。
まさかNPCがそのあだ名でヒミコさんを呼ぶとは思わなかったけど、多分ヒミコさんが掲示板のことを「友人」とかってぼかしながら愚痴った結果、クロガネさんの琴線に触れてしまったとかだろう。
クロガネさんの発言を聞く限りそんな感じっぽい。
それはさておき、うおお! と怒りのままに巨漢に突進して弾き返されたヒミコさんに心の中で合掌していると、彼はこちらに視線を寄越し、私の全身を眺めてから表情を明るくした。
「おお、アンタが姉ちゃんの言ってたスクナって奴だろ!」
「そうだけど……姉ちゃんって、もしかしてアカガネのこと?」
「よくわかったな。姉ちゃん、アンタのこと仕事の手伝いしてくれるから助かるって言ってたぜ」
ものすごい爽やかな笑顔を浮かべながら、クロガネさんは私の質問を肯定した。
ゴリゴリマッチョな鬼人でアカガネとクロガネって名前も似てるし、何となく連想しちゃっただけなんだけどね。
私が間違えてなかったことに安心して胸を撫で下ろしていると、アーちゃんが少し微妙な表情でポツリと呟いた。
「アカガネにクロガネのう……あと3人くらい兄弟姉妹が居そうな名前じゃなぁ」
「ぬおっ!? 嬢ちゃん、よくわかったな。確かに俺にはあと3人兄弟がいるんだ。3人とも今はこの里にはいねぇけどな」
アーちゃんの呟きを正確に聞き取ったのか、クロガネさんは心底驚いたような表情でアーちゃんを見つめていた。
私も似たような表情を浮かべているかもしれない。
驚く私たちに対して、アーちゃんはどこか満足げな表情だった。
「アーちゃんすごいね、なんでわかったの?」
「五金……というものがあるんじゃ。ヌシのリスナーなら知っとるんじゃないか?」
「なるほど。だそうですが」
『売られた喧嘩は↓が買うよ!』
『↑自分で買えやw』
『草』
『詳細は省くけど金銀銅錫鉄の五種類の金属を五金って言うんだ。それぞれ順番にコガネ、シロガネ、アカガネ、アオガネ、クロガネって読みを当てることがあるんだよ』
『↑はぇ〜』
『すっごいタイピングと推敲速度』
『かしこい』
『この間僅か12秒である』
『実はコピペ説ない?』
『↑それはそれで予言者なのでは?』
『↑ヌヌッ!』
『タイピング兄貴じゃん久しぶり』
『てかあと3人もマッチョがいるのか……?』
「かしこい」
なるほど、それであと3人ってことなのか。
思わず漏れてしまった言葉を聞いてアーちゃんも満更ではなさそうで、クロガネさんはまだ驚いているのか首を傾げていた。
割とどうでもいいことではあるものの、新たに得た知識にみんなで感心していると、ヒミコさんがニョッと首を突っ込んできた。
「ワシは知っとったぞ!」
「ヒミコさん。リスポーンしたんだ?」
「いや死んどらんけど。ワシ死んどらんけど」
「ははは、ジョークジョーク」
「ふぬぅ……!」
「ははははっ! なんだよてっぴみ、メグル以外にも仲のいい奴がいるんじゃんか」
ヒミコさんの様子を見て、クロガネさんは爆笑している。
そして笑うのを止めないまま、続けざまにこう言った。
「いつまでも軒先じゃアレだし、ちゃっちゃと店内に入んなよ。うめぇメシ作ってやっからさ」
クロガネさんはそう言って、バチコーンと巨体に似合わないウインクを決めた。
読まなくてもいい補足
ヒミコさんちはまあまあ歴史ある剣術の道場なんかをやってます。ヒミコさんはその剣術の才能がからっきしで、妹のアーサーが才能に溢れていたので、ヒミコさんは家の中で立場が悪かったのです。
とはいえそこでアーサーを恨むことはなく、親がクソという結論に至った彼女は20歳の誕生日に両親に絶縁状を叩きつけて消えました。行動力の化身。両親は体面を汚されたと思ってカンカンに怒っているとかいないとか。
そしてどうでもいいですがアカガネクロガネを含む五金兄弟姉妹は全員マッチョです。
マッチョが5人……来るぞ遊馬!