意外な関係
行きにモンスターを掃討したおかげなのか、帰りはあまりモンスターが出なかった。
これ幸いとアーちゃんやスリューさんに頼んで山菜っぽいものを採取した私たちは、特に問題なく鬼人の里に帰還することができていた。
「ほぉ……ここが鬼人の里か。落ち着いたところじゃの」
「プレイヤーが少ないからそう感じるんじゃない?」
「多分そうじゃろ。最近はグリフィスより先にもだいぶプレイヤーが増えたからのぅ。今ワシが行ける街はどこもそれなりに騒がしいんじゃ」
『鬼人の里は確かに静かだよな』
『不人気なん?』
『鬼人族以外はあんま来る理由もないのは確かだね』
『モンスター狩るくらいしかやることないやつ』
鬼人の里にイマイチ人がいない理由は、多分リスナーの言う通り早朝と夜にログインしてもやることがないからだろう。
基本的に昼間から夕方にかけてしか遊べないから、平日の昼間に時間のない人はこの里にいてもできることがほとんどないのだ。
これはリアルタイム準拠の弊害と言うべきだろう。もしかしたら、そのうちアップデートで何かしらの要素が追加されたりするかもしれない。
平日の昼間っからずっとゲームをしてる鬼人族が3人くらいいることについてはノーコメントで。
「とりあえず……なにする?」
里まで案内したはいいものの、特にやることは決めていなかった私は、アーちゃんたちにやりたいことを尋ねることにした。
「そうじゃな……武具の調整、アイテムの補充あたりはするとして、知人がこの里におるはずじゃからそれに会いに行くくらいかの」
「知り合いかぁ。クランのメンバー?」
「うんにゃ、部外者じゃよ。個人的な知り合いじゃ」
アーちゃんの個人的な知り合いのプレイヤーさんかぁ。プレイヤーが少ないとは言っても里全体の大きさに対しての人口密度的な話だから、私の知っている人の可能性は低いかな。
そんなふうにざっくりと方針を決めていると、まっすぐ行った先に黒曜の姿が見えた。
ゆっくりと歩きながら里中に目を光らせている黒曜は視界に私の姿を捉えたのか、特に急ぐこともなくこちらへとやってきた。
「スクナさん、おはようございます」
「おはよー。黒曜は見回り中?」
「ええ、朝の巡回です。今日は狩りですか?」
「うん、ちょっとモンスター倒してきた」
「それはいいですね。余りそうな食料があれば寄合所か食事処に卸して頂けると助かります」
「おっけー。後で持っていくよー」
「ありがとうございます。……ところで、そちらのお2人は?」
挨拶代わりの雑談を交わしていると、話の切れ目で黒曜がアーちゃんたちに視線をズラした。
紹介しようかなと思ってアーちゃんの方を一目見ると、自分でするからと手で軽く制された。
「剣士のアーサーじゃ。こっちは従者のスリュー。ちと森でやんちゃしすぎてな。死にそうなところをスクナに助けてもらったんじゃ」
「そうでしたか。私はこの里の黒曜と申します。あまり見るところのない場所ではありますが、ゆっくりしていってくださいね」
「そうさせてもらおう」
アーちゃんとスリューさんは私の時と違って見咎められるようなこともなかったのか、黒曜はアーちゃんたちに握手を求めた。歓迎の印のつもりなんだろう。
黒曜もアーちゃんも2人して身長が小さいから、何だかすごい微笑ましい光景みたいになってる。
『微笑ましいな』
『っぱ低身長よ。見てて和む』
『ロリは世界を救う』
『スクナもぺったんこさだけなら負けてないし』
『こうしてちっこいのと並べるとスクナも並より小さいくらいは身長あるよな』
「だからね、私だってちっちゃくはないんだよ」
『周りがデカい定期』
『↑今は周りが小さいんだよなぁ』
『では結局小さいのでは?』
『不思議と小さく見えるんだなぁ』
「リンちゃんとかトーカちゃんがおかしいんだってホント……ぬわっ!?」
握手をする2人を邪な目で見てそうなリスナーに反応していると、唐突にガギィン! という金属同士がぶつかり合う音が鳴った。
思わず2人の方に視線を戻すと、アーちゃんが抜き放った刀を黒曜が鉄扇で受け止めている姿が見えた。
隣でスリューさんがあわあわと手を動かしていて、なんだかあの人反応が可愛いなとちょっと思ってしまった。
「じゃなくて! 2人とも何してるの?」
「ほんの戯れじゃよ」
「ええ、その通りです。別に喧嘩をしているという訳でもないですから、どうかご安心ください」
2人して何事もなかったかのように武器をしまう姿を見て、確かに喧嘩をしている訳ではないことはわかった。
なんなら楽しそうに笑っているくらいだからね。
「いやなに、どうやら黒曜殿は剣術を修めているようなのでな。反応できるか試してみたかっただけじゃ」
「へぇー、黒曜って刀剣も使えるんだ?」
「そうですね、若いころはよく使っていました。最近はあまり使っていませんが……」
それは意外な一面だった。何となく黒曜はグラップラー的なぶん殴り主体の戦闘スタイルだと思っていたからだ。
ともかく今の一合でアーちゃんは納得できたらしい。黒曜も特に気を悪くした訳でもないので、私は突っ込むのをやめた。
「滞在している間に、黒曜殿とは一度本気で立ち合ってみたいものじゃ」
「私もそう思っていました。昼頃から夕刻までは修練場におりますので、ぜひスクナさんと一緒においでください」
「えっ、なんで私まで」
「ふふっ、私はスクナさんとも立ち合いたいと思っていますから。……それでは私は巡回の続きをしますので、ごゆっくり」
来た時より少しだけ上機嫌な様子で、黒曜は再び里の巡回へと戻っていった。
「……とりあえず道具屋に行く?」
「うむ。時間を取らせてすまんのう」
「大丈夫大丈夫。じゃあ道具屋に行こっか」
黒曜との思わぬ遭遇があったものの、アーちゃんたちの道具周りを揃えるために道具屋へと向かう。
「鬼人の里のNPCショップは街とはラインナップが違うんだって」
「こういった隠れ里では内外共に需要が少ないから、多種多様に取り揃える理由がないんじゃろう」
WLOではNPCショップにも種類がある。
と言っても公式で分類されている訳ではなく、あくまでもプレイヤー視点での話だ。
大きく分けると2種類で、まずはRPGでは典型的な、常に一定の種類のアイテムを売っている《公式ショップ》。
そして雪花の呪符店のような、商品が訪れるたびに変わるタイプの《非公式ショップ》だ。
非公式ショップの方は種類が多すぎるから置いておくとして、公式ショップにもいくつか種類がある。
例えば、始まりの街の無人NPCショップ。そして、何故か全ての街に存在する、自動人形が店番をしているNPCショップ。あとは普通に意思あるNPCが経営してるショップだ。
実は私は2個目の自動人形タイプのNPCショップには行ったことがない。
なぜかと言うと、その手のNPCショップは必ず街の路地裏にあって、わざわざ目指さない限り目にすることさえ困難だからだ。
じゃあどこに需要があるのかと言えば、スリューさんのように無口のロールプレイをしてる人や、単純にNPCとも喋りたくないという人、あとは自動人形が好きな人だ。
自動人形は9割くらいが女性型で、パッと見はそこそこ可愛らしく見えるらしい。現実でもドール趣味の人は少なからずいるわけで、自動人形愛好会なんていうのもあるそうだ。
鬼人の里のは非公式ショップだから、商品の種類は日によって変わる。
商品の種類そのものも少ないけど、ポーションの効果はグリフィスに売っているのよりは高いみたい。
そんなこんなでアイテムを買い揃えようとしているスリューさんをアーちゃんと一緒に眺めていると、タタタタッと誰かが走ってくる音が聞こえた。
「スクナたそ〜! おはようなのじゃ〜!」
「ヒミコさんおはよー」
「ひでぶっ」
ものすごい嬉しそうな表情で、ヒミコさんが駆けてくる。
相変わらずだなぁと思いつつ飛びかかってきたヒミコさんを地面に受け流すと、面白い声を出しながら2メートルくらい地面を滑っていった。
「たまには受け止めて欲しいのじゃ……」
「いや、お約束かなって」
「お約束で地面とキスするのワシじゃよ!?」
パンパンと砂を払いつつ、ヒミコさんは「世知辛いのぅ」なんて言っていた。
そんなヒミコさんの奇行を見て、アーちゃんは笑いを堪えながら口を開いた。
「おう姉上、相変わらず愉快じゃのう」
「げぇっ、アーサー!? なんでここにおるんじゃ!?」
割と衝撃的なアーちゃんの台詞に、ヒミコさんは目玉が飛び出すくらいに大きく目を見開き、後ろに飛び退いて構えを取る。
姉上って、もしかしてこの2人姉妹なの?
驚いた私は、もしかして知ってたのかなと思いつつスリューさんの方を見て、ものすごい驚いてるスリューさんの表情を見て少しだけ安心した気持ちになるのだった。
アーサーとヒミコはキャラが被ってるのではなく実は姉妹だったんです!