迷いの森での遭遇
「赤狼装束が軽すぎるだけなのはわかってるんだけど、なんかモコモコする」
『遊牧民スタイル』
『これを渡してくる子猫丸さんのセンスよ』
『似合ってはいる』
『そんな戦闘する訳でもないんだしいいんじゃない?』
「いやいやいや今から戦闘しに行く話だったでしょ」
『?』
『?』
『?』
『?』
「子猫丸さんと里を回る前にそんな話してたよね!?」
子猫丸さんは月光樹による加工品のチェックをワンダさんから頼まれていたらしく、それを聞いた私は子猫丸さんをアカガネの工房に案内した。
彼女は木工らしいし、そういうのは本職に任せた方がいいと思ったからだ。
場所だけ教えるつもりだったんだけど、幸いアカガネはもう起きて仕事を始めていた。
そこでアカガネに色々説明して子猫丸さんと別れた私は、改めて里の外でモンスターを狩りに行くつもりだった。
「そういえば迷いの森って何が出るんだろう? 来る途中は呪いで全部のモンスターが逃げてっちゃったからわからないよね」
『ダークウルフとか出るね』
『メタル魔猪は?』
『たしか普通の魔猪もでるよ』
『平原のボアとは全然違うバケモンみたいなやつだけど』
『ゴブリンは出るらしい』
『魔法もそこそこ使ってくるってウィキに書いてある』
「ほぉー……そういえばメタル魔猪の食材はインベントリに入れっぱなしだなぁ」
リスナーのコメントを見て迷いの森に出るモンスターを把握しつつ、私は見覚えのある名前を見てインベントリの中身を思い出した。
メタル魔猪はとても美味しいお肉の猪で、流鏑馬の750ポイントくらいの報酬でもらったものだ。
手に入れて早速使い道が生まれた《鬼哭紬》と違い、なんだかんだで里でご飯を食べる機会がないせいでインベントリに死蔵してしまっている。
いやまあ、それを言ったらもうひとつの《月火花》なんかもまだ使い道は決めていないんだけどね。
おじさんはアクセサリーに向いてるって言ってたっけ? 子猫丸さんにワンダさんに渡してもらってもよかったかな。
「まあとりあえず迷いの森に出よう。最近戦ってないからちょっとなまってる気がするんだよね」
『3日前のボス戦は?』
『最近(2日間)だぞ』
『↑最近は最近だから……』
『逆に言えばボス戦以外はあんまりできてなかったとも言えるしな』
「あのボス自体は別に強くもなかったしね。もっとヒリつく勝負がしたいなぁって」
『普通のモンスター相手じゃ無理じゃない?』
『レベルが高すぎる定期』
『今は武器も強すぎるしな』
「それはそうなんだけどねー。あ、お疲れ様ですー」
リスナーと話しつつ、門番のお兄さんに声をかける。
別にかけなきゃいけないわけじゃないんだけど、せっかく門番の人が立ってるのにスルーするのももったいないし。
風情を楽しむってやつだ……なんてひとりで納得していると、門番のお兄さんは明るい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「スクナさんですね! 森に出られるのですか?」
「ええ、ちょっとモンスターを狩ってこようかと」
「最近、里では山菜が少し不足気味のようでして、取ってきてくだされば寄合所の方で高めに買い取るとのことです!」
「へぇー……こういう情報ってみんなに伝えてるんですか?」
「そうですね! なるべく多くの方にお伝えするようにしています!」
「なるほどー、わかりました。じゃあ行ってきます!」
「お気をつけて!」
元気のいいお兄さんに手を振って、私は迷いの森へと足を踏み入れるのだった。
☆
正面から飛びかかってくる《ダークウルフ》を躱し、尻尾を掴んで無理やり勢いを殺して左上方へと投げ飛ばす。
投げ飛ばされたダークウルフに3本の矢が突き刺さったのを確認し射手の位置を把握した私は、盾にしたダークウルフが射線から外れた瞬間に思い切り投げナイフを投擲する。
その命中を確認する前に空いた手で握っていた《無銘》をダークウルフに振り下ろして頭を潰し、ゴブリンアーチャー系の狙撃手の目玉を投げナイフが貫通するのを視界の端で見届けた。
その隙に樹上から音もなく忍び寄ってきていた《ハイドスネーク》の頭を掴んでオーバーヘビーメタル製の投げナイフで無理やり口を縫いとめ、なおも巻きつこうと振り回している尾と胴体を掴んで引きちぎった。
目玉を貫かれて動けなくなったゴブリンアーチャーを一思いに叩き潰し、何とかこの戦いは幕を閉じた。
「ふぅ……いやはや、山菜を取る暇もないね」
今ので戦闘時間はおよそ10分ほどか。30近いモンスターの波状攻撃を全て捩じ伏せて、私は軽くため息を吐いた。
「経験値的にはありがたいんだけどさ、迷いの森ってこんなにモンスターに襲われるんだね」
『そんなことないぞ』
『割と異常事態だと思う』
『無傷で全部乗り切るとか……魔の森の時のスクナはどこに行ったの……?』
『↑懐かしいなあの時もこのくらいのモンスター相手に戦ってたっけ』
『てかスクナ戦い方上手くなってね?』
『↑レベル高すぎてわかんないけど狙う順番がいい感じな気がする』
「どうだろね。魔の森の時よりは上手くなってると思うけど……ああ、一昨日似たようなゲームやったからかも」
『どんなゲーム?』
『ちきうぼうえいぐんみたいなやつ?』
「ううん、ガチ軍隊を相手にほぼ裸で放り出されて殲滅を目指す対軍シミュレーションゲーム 。ちなみに人数比は1対1000ね」
『うん?』
『草』
『あまりにクソゲーすぎる』
『対軍シミュレーションってそういうのじゃないから!』
『なんのシミュレーションになるっていうんだ……』
『↑こういう状況では?』
『↑ほんとに役立ってんのがおかしいって話なんだよなぁ……』
リンちゃんの実家でやった地獄のシミュレーションを思えば、高々30程度の獣を相手に普通に武器を持って戦える状況なんて大したことがないように思えてくる。
森という地形もいい。足場の不安定さは私には関係ないけどモンスターの行動をいくらか制限するし、少し体を動かせばアーチャーなり魔法なりの射線を塞げる。さっきみたいにウルフなりを盾に使うのも便利だ。
筋力を更に上げたおかげで、飛びかかりの勢いがあるウルフの尻尾を掴んでも無理やり振り回せたりできるのもよかった。
これからはさっきのダークウルフくらいの攻撃の勢いなら、近接に寄ってきてくれたモンスターはおおよそ盾として使えるってことがわかった訳だからね。
「っと、不意打ちするならもう少し静かに近づいておいでね」
なにか音が近づいてきているのに気がついていた私は、特にそちらを見ることも無く後方へと無銘を振り抜いた。
振り返りながら振った無銘は相手の首から上を全て吹き飛ばしていた。
生物として大事な部分を失って消えていくこのモンスターの名前は確か《ラビリン・ディア》。やや小さめな鹿のようなモンスターだったと思う。
「やっぱ無銘の攻撃力高いなぁ」
『攻撃力が高いのは本当に武器ですか?』
『↑しっ!』
『武器の攻撃力も過去一だからセーフ』
「筋力のせいなのかな。このアバターの出力はちゃんと理解したつもりでいたんだけど、なんかこう……想像以上の破壊力が出るんだよね」
リアルの身体能力に比べてゲームの身体能力が上ということがない以上、バフがかかっていない限りは私はこのアバターを完全に支配できている。
だというのに、対モンスターで出る火力が想像を遥かに超えているような感覚がある。武器の攻撃力のおかげかと思ったけど、確かに無銘と宵闇の間に著しい変化はないし……。
「まあいっか。威力高いに越したことはないし。これを標準として想定すればいいだけだよね」
『脳筋鬼娘だ』
『考えるのやめてて草』
『のうきんちからがつよい』
『ほんまスクナって感じ』
「ま、私ってそういうとこあるから」
『開き直るな』
『戦ってる時は頭の回転早いのにどうして……』
『ゴリナ』
『↑ゴリラの頭はいいんだぞ!』
「ゴリナってもうそれ名前の原型ないよね!? …………って、ちょっと待って、なんか聞こえるな」
リスナーとわーわー騒いでいると、遠くからなにか声が聞こえた。助けを求めるような女の子の叫び声だ。
ふと、頭にロウのことがよぎる。始めて間もない頃、《ローレスの湿地帯》で悲鳴を上げてる女の子を助けたら有名なPKプレイヤーで、PvPに移行したという若干嫌な記憶だ。
まあでも、さすがに二度も同じような状況にはならないだろう。
「女の子の悲鳴が聞こえるんだけど、助けに行くべき?」
『幻聴ではなく?』
『助けようぜ』
『助けにいこう』
『せめて人間性を取り戻そう』
『↑人間性は失ってないでしょ!』
『↑知能は若干……うわなにするやめ』
『↑合掌』
「じゃあ助けに行こうか。まだ生きてたらだけど」
声はまだ聞こえているし、なんなら私の方に徐々に近づいているまである。
足音は……12? 人間の足音が2つと残りは多分ほとんど魔猪系かな。ゴブリンやウルフはいないけどディアはいるっぽい。
声がふたつあって、片方は聞き覚えがある声なんだけど、誰だったか思い出せない。
もう片方は全く聞き覚えがなくて、そちらの声の主が聞き覚えのある方の声の主に文句を言っているようにも聞こえる。
なんにせよ、もうすぐ鉢合わせるだろう。
私は少し高い位置にある枝に掴まって飛び乗ってから、悲鳴の主たちが来るのを待った。
「……だから言ったんですよ! 光狐は無理ですって!」
「ふははは、そうは言ってもほとんど殲滅できたじゃろう? ほれ、あとたった10体じゃ」
「むーりーでーすー! もうSPが切れちゃいそうなんですよ!」
「奇遇じゃな! ワシもじゃ!」
「うわーん! もうダメですー!」
ものすごい愉快だと言わんばかりに満面の笑みで走ってくる着流し姿の幼女と、ギャン泣きしながら走ってくる女騎士。
なるほど、一度会ったきりだけど、私はこの2人を知っている。
助けに入っても問題なさそうだと判断した私は、2人を追いかけるモンスターの先頭を走っていた《メタル魔猪》の目玉にちょうど直撃するように無銘を下に向けて思い切り投擲した。
なかなかの速度で前に進む勢いと、上から降ってきた超重量の金棒の威力とが相まって、気持ちのいい打撲音が鳴り響く。
メタル魔猪は突然片目が潰れた衝撃で足を崩すと、そのままいい感じに横転してくれた。
ついでに後ろを走っていた魔猪やラビリン・ディアも巻き込まれて、玉突き事故のようにモンスターたちがズッコケてくれた。
その隙を逃すはずもなく、私はすぐに飛び降りて追撃を加える。
とはいえ、手元にはまともな武器がない訳で……装備をこの場で変える余裕はないし、素手でモンスターの頚椎を無理やりへし折ることにした。
無銘がメタル魔猪に衝突してどこかに吹っ飛んでしまったからだ。
首の細いラビリン・ディアから筋力だけで首を折ろうとしていると、鋭い剣気が一瞬だけ首を撫でた。
先ほど逃げていたふたりが、すぐに異常に気づいて戻ってきたのだろう。
ラビリン・ディアの首を捻じ折った私は、残りの処理は任せてもいいかなと思いながら少しだけモンスターから距離を取った。
「《デュアルバーンドエッジ》!」
女騎士の方が炎を纏った二本の剣で、動けなくなったメタル魔猪を切り刻む。
かなり乱雑な剣戟だけど、どうにも型が読めない上に連撃数が多い。あれは型が決まっているタイプのアーツじゃなくて、炎を纏う属性付与のアーツなのかな?
スタンダードな直剣二本を利用した、いちばんシンプルな《双剣》スキル持ちのアーツに感心していると、もうひとりの着流しの幼女が、身の丈に明らかにあっていない刀をゆらりと構えているのが見えた。
「乱れ桜・断」
彼女が刀を振るう度に、モンスターの首が綺麗に落ちる。
アレはアーツではない。純粋な武器の性能と彼女の技量とが相まって起こる現象だろう。
わずか数秒で全てのモンスターの首を落としたその剣技は、あまりにも流麗なものだった。
血糊はついていなくとも、ルーティーンのように刀の血を払った幼女は、大きすぎるその刀を鞘に収めて息をつく。
そして、真剣な表情を楽しそうな笑顔に変えて、私の方に歩いてきた。
「ふふふ、助けられてしまったのう」
「よく言うよ、必要なかったくせに」
「ガハハハハ! 流石にバレるか! ……いや全く久しいのう、スクナよ」
クラン《円卓の騎士》のクランリーダーを務める幼女、アーサーはそう言って快活な笑みを浮かべていた。
クラン《円卓の騎士》リーダーのアーサーと女騎士。皆さんに忘れられている可能性がそこそこ高確率でありそうです。