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《無銘》と子猫丸さん

 はるるが去ってからすぐのこと。

 私は衝撃の事実に気がついてしまった。


「早朝ってやることないね」


『そらそうよ』

『朝の準備とか家事とか忙しいもんよ』

『リアル時間反映だとどうしてもこうなるな』


 そう、鬼人の里は早朝と夜間にできることが少ないのだ。

 これまで里で遊んでたのは昼から夜にかけてだったからこの問題は想定してなかったなぁ。

 今日は朝から薪割りをしようと思ってたのに。


「どうしよっかなー。里の外までモンスター狩りに行く?」


『ありよりのあり』

『せっかく新武器手に入れたんだしなー』

『そういや武器の性能どんな感じ?』

『気になって夜しか眠れません!』


「そうだねぇ、外出る前にちょっと見てみようか」


 要求筋力値だけ確認したけど、実際の性能はまだちゃんと見ていない。

 《無銘》はこれまで使ってきた金棒に比べるとかなり細身で、その上少し短めだ。金棒と言うよりはバットに近いと言えなくもない。

 まあバットよりは2回りくらいは太っちょだけどね。それでも影縫や宵闇に比べれば細くて小さめだから、取り回しの楽さで言えばトリリアで買った《金棒・穿》よりも使いやすいかもしれない。



――


アイテム:無銘むめい

レア度:ハイレア・PM

要求筋力値:453

攻撃力:+148

耐久値:2569/2569

分類:《打撃武器》《片手用メイス》

特に言うこともないので適当に使い潰してくださいねぇ

Byはるる


――



「いや普通に強いけど!?」


 何だこの馬鹿げた攻撃力は……。

 普段は厨二心溢れるフレーバーテキストを書いてるのに今回はめちゃくちゃ雑なコメントを残してるあたり、去り際に言っていた使い捨てて欲しいというのは本当なのかもしれない。


『具体的な数値をどうぞ』

『はよはよ』


「要求筋力が453、耐久値が2569、攻撃力は148。普通だな!」


『ふぁっ!?』

『にせんごひゃ……なんだって?』

『現実逃避しないで』

『強すぎぃ!』

『性能がゴリラすぎる』

『殺意の塊かよ』

『普通じゃないぞ』

『よく見ると宵闇よりだいぶ小さい?』


「そそ。これまででいちばん小さいと思うな。リーチはないけど持ちやすいよ」


 軽く振ってみるとブォン! という風切り音が鳴っているから、重量は相変わらずえげつないことになってそうだ。


「ちょっとテンション上がってきたしモンスターボコボコにしにいこっかなぁ」


『やめろォ!』

『ナイスゥ!』

『もう少し建前を付けてどうぞ』

『ボコボコにで草』

『撲殺鬼娘さん、本音漏れてますよ』


「いい武器を手にすると人は頭蓋を砕きたくなるものなんだよ」


『いやそうはならんやろ』

『↑なっとるやろがい!』

『ナチュラルに頭を砕かないで』

『モンスターが可哀想(小並感)』


「はははは、モンスター死すべし慈悲はないってなもんですよ」


 リスナーと雑談しつつ里の外を目指していると、またもや見覚えのある人が遠くからやってくる。

 とはいえ、こちらははるると違って元から約束をしていた人だ。昼くらいに来るって聞いてたんだけど、思ってたよりずっと早く里に到着したみたいだ。


「はは、相変わらず楽しそうだね」


「子猫丸さん、早いですね」


「久しぶりに君と会うのが楽しみでね、つい気が逸ってしまったよ」


『猫さんだー』

『子猫丸さんこんちゃーっす』

『相変わらずハンサムやなぁ』

『いいキャラメイクしてるでほんま』


 以前とは違う黒系の軽鎧を装備した渋いおじさん。

 そう、彼こそは私の赤狼装束を作成してくれた軽装備専門の防具職人、子猫丸さんだ。

 あんまり配信に子猫丸さん自身が出たことはないんだけど、私の装備を制作してくれた人ということでそこそこ配信内知名度が高いのか、リスナーからの印象はいい。

 特に世間話をするでもなく、子猫丸さんは早速本題を切り出してきた。


「装備の依頼、そう思っていいのかな?」


「はい、もちろんです。いい素材いっぱい手に入れたので、そろそろ赤狼装束を強化しようかと」


「ふふふ、またスクナくんの装備を作れるなんて光栄だよ。赤狼装束は私としても会心の作品だったからね」


 巨竜アルスノヴァからドロップした《魂》、そして種族専用装備の素材となる《鬼哭紬(きこくのつむぎ)》。大きなところだとこの2つのアイテムが手に入ったからこそ、強化に踏み切ることができたと言える。


「君がよければなんだが、《鬼哭紬》……だったかな? ソレの実物を見せてもらってもいいかい?」


「あ、はい。えーと……どうぞ」


 子猫丸さんにお願いされ、インベントリから鬼哭紬を取り出す。この状態ではただの黒地の反物だから、特別な素材のようには見えない。


「ほぉ……これは凄いな。現実世界でも最高級の反物に勝るとも劣らないような手触りだよ。これを再現するのに開発者は苦労したんじゃないかな」


「子猫丸さんメタいですよ」


「ははは、ごめんごめん。でも本当にいい反物だ。性能抜きにしてもこれほどの素材は仮想空間で初めて見たかもしれない」


 子猫丸さんはそう言って嬉しそうな表情を浮かべていた。


「子猫丸さんってこういう反物に詳しいんですか?」


「詳しいというほどじゃないよ。ただ、妻がリアルでデザイナーをやっていてね。あくまでも妻のお零れではあるが、こういうものに触れる機会は多かったかな」


 謙遜してるけど、それは詳しいっていうのでは?

 いや、専門家になればなるほど下手に「詳しい」とは言わなくなるみたいな話を聞いたことがある。

 もしかしたら子猫丸さんもそういう考えの人なのかもしれない。


「そういえば、赤狼装束のデザインもワンダさんがしてくれたんでしたっけ?」


「細かな意匠はそうだね。私がデザインするとどうしても無骨な出来になってしまいがちだから、いつも助けられてるんだ」


『ワンダと子猫丸って名前からして犬と猫だよなぁ』

『↑おお』

『犬と猫って相性よくないんじゃ……』

『しっ!』


 ワンダさんは子猫丸さんのリアルでの奥さんだ。このゲームも一緒にやっているらしく、前に一緒にオークションに行ったこともある。

 長年連れ添った夫婦って感じで傍目から見ていて甘ったるいって感じではないんだけど、お互いを見る目は熱が籠っていたように思う。


「それで、今回は赤狼装束の強化でいいんだね?」


「はいっ」


「了解したよ。確か今回はネームドの《魂》もあるんだよね?」


「そうですね。アルスノヴァからドロップしたやつなんですけど、強化にしか使えないみたいなのでここで使っちゃおうかと」


「ふむ……強化にしか使えないのにも何かしら理由はあるんだろうが、今はいい素材が使えるくらいに思っておこうか」


 巨竜アルスノヴァからドロップしたのは《使徒の魂・歌姫》といういかにも量産型感のある《魂》だった。

 私が赤狼アリアを倒した時に手に入れたのは《孤高の赤狼・アリアの魂》。その法則に合わせた名前になるなら《波動の巨竜・アルスノヴァの魂》がドロップするんだと思っていたんだけどね。

 強化にしか使えないというその使い勝手も相まって、今のところは謎が多いアイテムだ。


「それにしても、最近はそこそこネームドも倒されるようになってきたおかげで、ネームドの《魂》に関してもだいぶオープンになってきたね」


「あー、みたいですね。良さげなやつとかありました?」


「そうだな……デュアリス付近にごく稀に出現する《鉄華の大揚羽おおあげは・レスレクレイラ》の素材は魔法職向けの防具としてかなり高性能らしいよ」


「れすれすれ……?」


「レスレクレイラだね。レベルは確か60くらいだったかな。魔法防御をしっかり固めていけば安定するらしいが、出現頻度が非常に低いのが難点だそうだよ」


 れすれくれいら。レスレクレイラか。言いづらい名前してるなぁ。

 それに、魔の森のバタフライ・マギですらそこそこどデカい蝶だったしなぁ……大揚羽ってわざわざ大きいことを強調してるってことは、とんでもない化け物モンスターなんじゃ……?

 そう思ってちらっとコメント欄に目を向けると、案の定とんでもないコメントが流れていた。


『10メートルくらいの蝶だよ』


 素直に化け物です。どうもありがとうございました。

 アポカリプスが出てきたりもしてたし、デュアリスの近くは実は魔境だったのでは……?


「他に使えそうな素材はあるかい?」


「アルスノヴァの素材がありますけど……ほとんど甲殻とかガチガチの鎧に使う素材ばかりですね」


「それはそれで欲しいところだが……赤狼装束の強化には使えなさそうだね」


「良ければ譲りますよ。はるるくらいしか欲しがる人もいないですし」


「本当かい? それじゃあ今回の製作の報酬にいくらか分けて貰うよ」


 アルスノヴァの素材に関しては、現状使い道がないやつだ。

 ドラゴンの甲殻やら爪やら角やら鱗やらと、しっかりした武器や鎧の製作には使えるのかもしれない。

 しかし布装備の赤狼装束の素材にはいまいち向いていないものばかりなのだ。

 多分後々はるるに欲しがられるだろうから全部はあげられないけれど、子猫丸さんになら譲ってもいいかなと思っていた。


「ああ、この翼膜は防具に使えるんじゃないかな」


「なるほど、翼膜ですか。……あのドラゴン、翼なんかあったかな……いやあったか……」


 そういえば確かに絶対飛べなさそうだけど落下速度を軽減させるくらいの翼があったよ。

 子猫丸さんに見せてよかった。私じゃ使い道も思いつかなかっただろう。


「うん、いい感じに素材が集まったな。これなら相当な強化が見込めると思うよ」


「それはよかった」


「期限は3日もらっていいかな? じっくりと考えたくてね」


「3日なら大丈夫です。4日後に月狼と戦う予定なので、それまでに返してもらえれば」


 今日が土曜日で、満月が4日後の水曜日だ。

 その日、私は月狼に会いにいく。場合によっては戦いになるはずで、その時には赤狼装束が戻っていないと少し困ってしまう。

 それを理解してくれたようで、子猫丸さんは納得したように頷いた。


「そうか、月狼戦があるんだったね。それは最高の防具にしなきゃいけないな」


「お願いします」


 必要な全ての素材を預けて、私は子猫丸さんと3日後に装備を受け取る契約を結んだ。

 全ての内容を確認すると、子猫丸さんがふと思い立ったように口を開いた。


「そういえば、赤狼装束の代わりになる装備はあるのかい?」


「い、いちおう鉄板装備と鎖帷子が……」


 そう。私はデュアリスで防具を更新してからこれまで、ずーっと赤狼装束だけで戦ってきた。

 防具を更新しないままにここまで来れてしまった結果、赤狼装束を強化で預けると装備できるのがそれしか残っていないのだった。


「ほぼ初期装備じゃないか。さすがにグリフィスでそれじゃあほとんど裸みたいなものだから、ワンセット貸してあげるよ」


「ほんとですか? ありがとうございます!」


 だいたいフィーアスの店売り装備くらいの性能の布装備を貸してもらえた。

 見た目はさながら遊牧民と言ったところか。防御力も特殊効果も赤狼装束には及ばないけど、軽さだけは同じくらいだった。


「よし、じゃあ私は少しばかりこの里を見回ってから帰ることにするよ」


「それなら少し付き合いますよ。朝早くに配信始めちゃったせいでできることがなくて」


「ああ、薪割りとかかい? 面白いことをしてるなーとは思ってたんだよ」


「見てたんですか」


「当然だとも」


 話が済んだら即座に引き返していったはるるとは違い、子猫丸さんは里を観光していくらしい。

 やることがなくて困っていた私は、これ幸いと子猫丸さんの観光に付き合うことにしたのだった。

スクナが受け取ったのはモンゴルって感じの装備です。

130話以上変わらなかった赤狼装束が遂に強化される時……!


あ、それと活動報告に書籍に関するそこそこ重要な続報を載せましたのでぜひご確認くださいませ!

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― 新着の感想 ―
ワンダさんが再登場しなかった。ん~、ザンネック!
[気になる点] あのオークションの《白狼の幻影毛》どうなったの? その後一言もどこでも出ていないですけど。
[一言] モンゴル…… 侵略国家、遊牧民、蛮族…… うっ頭が……
2023/07/17 11:12 退会済み
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