思わぬ再会
目を覚ましたら、リンちゃんに抱き枕にされていた。
抜け出すためにモゾモゾとしていると、リンちゃんも目を覚ましたらしい。回していた腕を解いて、少しだけ顔を顰めていた。
「調子は治った?」
「んー……まあ大丈夫かしら」
「熱は……下がってるね。なにか食べやすいの作ってくるよ」
「お粥がいいわー」
「りょーかーい」
体調そのものは快復したみたいだけど本調子からは程遠いようで、リンちゃんはぐでーっとうつ伏せに寝そべりながら手だけをひらひら振っていた。
時間を見ると朝の5時半。昨日寝たのが早かったとはいえ、ちょっと起きるのが早すぎたかな。
そんなことを思いつつぱぱっと2人分の卵粥を作って寝室に運ぶと、とりあえず体だけは起き上がらせたような、だらしない体勢でリンちゃんが待っていた。
ぐでぐでのリンちゃんをちゃんとした体勢に直してあげてから、卵粥をリンちゃんに渡す。
まだ半分くらい眠ってるのか半目のままお皿を受け取ると、リンちゃんは過剰なくらいふーふーしてからスプーンを口に運んだ。
「どう?」
「おいしいわよ」
「よかった。まあお粥なんて不味く作る方が難しいけどね」
「それもそうね」
お行儀は悪いけど、ベッドの上でお粥を食べる。
何だかとてもゆったりとした、穏やかな時間が流れていた。
「リンちゃん、今日はどうするつもりなの?」
「そうねぇ……来週末に大会もあるし、風邪を長引かせたくないからのんびりしてるわ。もしかしたら雑談配信くらいはしてるかも」
「私は配信してて大丈夫?」
「ふふ、子供じゃないんだから大丈夫よ。多分暇だし、お昼は何か用意しておくわ」
リンちゃんはそう言うと、お皿をサイドテーブルに乗せてベッドに倒れ込んだ。
「とりあえずもうちょっと寝るわね……」
「はーい、おやすみ」
「おやすみ……」
驚異的な寝付きの良さで夢の世界に旅立っていったリンちゃんに布団を被せて、お粥の片付けを済ませる。
ここから悪化するってこともないだろうから、もう心配は要らないだろう。
まだ6時過ぎだけど、起きちゃったから仕方ない。
SNSで告知を出して、私はすぐにWLOの世界にダイブするのだった。
☆
「おはようございまーす」
『わこー』
『おはわこー』
『おはゆー』
『わこ。今日も早いな』
『休日の朝に叩き起こすのやめちくりー』
『↑そう言いつつも起きて見に来るの好きだよ』
「起きちゃったんだから仕方ないでしょー」
流石に早朝の配信だしリスナーも少ないだろうと思っていたけど、あっという間にコメントがついていく。
基本的に配信のゴールデンタイムは夜の9時以降だ。社会人や学生が暇な時間帯ってそのくらいの時間になるからね。
私は毎日長時間配信してるけど、早朝から夕方くらいまでが多いから、実のところゴールデンタイムの配信ってほとんどしたことがない。
その分他の配信者さんと客を食い合うことも無い……のかな? なんにせよ、こうして朝早くの配信にも素早く反応してくれるリスナーに恵まれているのは確かだった。
「いやぁ……本当に早すぎますよぉ……」
突然後ろから聞こえた声に、私は驚いて振り向いた。
後ろから誰かが来てるのは知っていた。驚いたのはそこにではなく、それが聞き覚えのある声だったからだ。
ボサボサの白髪にボロ布のような服。あまりにも眠そうな瞳。幼女のような体躯に見合わない大きな金槌をぶら下げたその姿は、確かに知っている人物のもので。
けれど、このタイミングで出てくるなんて思いもよらなかった相手でもあった。
「はるる!?」
「えぇ……貴女のはるるですよぉ……」
思わず大きな声を出した私を面白そうに眺めながら、はるるは歪んだ笑みを浮かべてそう言った。
「いや、えっ……えっ?」
「おぉ……混乱しているみたいですねぇ……」
まさにその通りに思考が混乱している私を見て、はるるはクスクスと笑う。
正直言って、「何故」という気持ちが強い。
あまり配信に出たくないからと、配信外で会ったり連絡を取ったりとかなり徹底してその存在を隠してきていたのははるる自身なのに。
どうしていきなり配信中に顔を出してきたんだろう?
『誰や?』
『なんとなく見覚えが……』
『分銅の女の子だ』
『↑おおあれか懐かしいな』
『↑なにそれ知らない』
『配信2日目くらいだっけ。デュアリスで押し付けられたやつだよな』
『イベントからの新参勢ワイ、話についていけない』
「みんなよく覚えてるね……」
はるると出会ったのは確かに配信2日目のデュアリスだ。所有権を放棄した分銅を強引に押し付けられて、それが意外と使い勝手がよくて。
翌日購入した両手棍の《クーゲルシュライバー》をアポカリプス相手に一日で叩き折ったのはいい思い出だ。
その後の《ヘビメタ・ガントレット》あたりからは、ほとんどはるるお手製の武器を使っている。
「自己紹介するのははじめましてですねぇ……どうもどうもぉ……スクナさんの専属鍛冶師のはるると申しますぅ……」
これまで露出を避けていただけあってか、逆に配信機能については詳しいのだろう。
カメラ替わりの水晶に向けてぺこりと頭を下げたはるるに対して、リスナーたちが驚いた。
『ふぁっ!?』
『ふぁっ!?』
『草』
『ふぁっ!?』
『マジか』
『影縫とかの作者ってこと?』
『↑専属ってことはそうだろ』
「あー……まあそうだね。トリリアで買ったあの軽い金棒以外は全部はるる謹製だよ」
「打撃武器っ娘が好きなのでぇ……スクナさんとはうぃんうぃんの関係なんですよぉ……」
『喋り方独特だな』
『いい趣味してる』
『嫌いじゃないわ!』
『同志じゃったか』
『いい武器作る鍛冶師だなぁとは思ってたけどまさか幼女とは』
『打撃武器っ娘はいいぞ』
「一瞬で溶け込んだね」
たった一言でリスナーの心を鷲掴みにしたはるるになんとも言えない気分になりつつ、まあ変に荒れるよりはいいかと思い直す。
なんだかんだでメグルさんもヒミコさんもさっくり受け入れられてたしね。むしろ目新しさ的にはありなのかもしれない。
「でも、なんで突然配信に? これまで嫌がってたのにさ」
「今は事情が変わったとだけ認識してくれれば結構ですぅ……私事なので追求しないでもらえると助かりますぅ……」
答えられない訳じゃないけど、聞かれたくない。
はるるはそんな雰囲気を醸し出していた。
まあ、私としてははるるの事情が変わったんだってことだけわかっていればいい。
「別にはるるがいいならいいんだ。今後は連絡する時も配信切らなくていいんだもんね?」
「もちろんですぅ……工房もグリフィスまで移したのでぇ……気軽に来てくださいねぇ……」
「行動が早いな!」
はるるの工房にあった武器の数ってものすごい量だったけど、あれ全部をインベントリに放り込んで移動したんだろうか?
インベントリは空間的な広さではなく総重量で入るものの量が変わる。だから、インベントリの広さはプレイヤーの筋力値に比例して広くなる。
でも、あの量の武器を運ぶのって今の私の筋力値でも難しいような気がするんだけど……。
「鋳潰したのもありますけどねぇ……ほとんど運び屋に運んでもらいましたよぉ……」
「運び屋?」
「荷物運搬専用のNPCショップみたいなものですねぇ……ホームからホーム限定で荷物を輸送してくれるんですぅ……まあ引っ越し屋さんですよねぇ……」
「へぇー、そんなのもあるんだ」
はるるみたいに大量の武具を運んだり、あるいは単純にホーム持ちで荷物が多い人向けのサービスって感じかな。
プレイヤーホームを荷物置き用の倉庫として使ってるプレイヤーも少しは居るらしいし、今後多くのプレイヤーがアイテムを集め続ければ引く手数多になるかもしれない。
「さてさてぇ……そろそろ本題に入るとしましょうかぁ……」
「本題?」
のんびりと会話をしていたけど、はるるは少しだけ居住まいを正して眠そうな目をしっかりと開いた。
「私はですねぇ……怒ってるんですよぉ……」
全く怒ってるようには見えない雰囲気と表情で、はるるは私の方を見つめている。
しかし、私としては全く心当たりがない。強いて言うならヴォルケーノ・ゴーレム戦で鉄球をいっぱいマグマの中でロストしちゃったことくらいだ。
「そんなことじゃあありませんよぉ……私が怒ってるのはですねぇ……スクナさんが筋力値を過少申告してたことですぅ……」
「ぬっ!?」
筋力値の過小申告。確かに結果としてそういう形になってしまったと言えなくはないのかもしれない。
ステータスをあまり確認せずレベルアップしたら即座に筋力というボーナスの振り方をしてしまっていたせいで、正確な筋力値を把握していなかったのは確かだからだ。
「私がスクナさんに宵闇を作ったときぃ……筋力値は300ちょっとと言いましたよねぇ……使徒討滅戦の前ですからぁ……今より10レベル低いくらいですよねぇ……」
「う、うん、そうだね」
「レベルアップとネームドのボーナスポイントとレベルアップ分を全て差し引いてもぉ……あの時の時点で筋力値は400を超えてたはずですねぇ……?」
「い、いやぁ……あの時は筋力に半自動でステ振りしてたから確認してなくて……」
「言い訳は結構ですぅ……」
言い訳をしようとしたらピシャリと押さえつけられ、私は二の句を噤んだ。
はるるは悲しそうな表情のまま、私の背中の宵闇に視線を向け続けている。
「その宵闇はですねぇ……本当は盛り込みたかったギミックをいくつも削ってるんですよぉ……要求筋力値の関係で使いたい素材を使い切れなかったから泣く泣くオミットしたんですぅ……だというのにスクナさんは未だに唯一残した《爆雷》の機能も使ってくれていないみたいですしねぇ……?」
はるるは心底悲しそうにそう言った。
《爆雷》というのは宵闇に刻まれたギミックのことだ。
実は宵闇には私が渡した重力属性の宝玉だけでなく、はるるが用意した爆発属性の宝玉も使用されていて、インパクトの瞬間に武器耐久値とSPを大きく消費する代わりに、プレイヤーも巻き込むような大きな爆発を起こすギミック《爆雷》が搭載されている。
ただ、この大きな爆発というのが厄介で、まずボスなどの協力プレイだと味方を巻き込みかねないので使えず。
かといってソロだと使うまでもなく倒せてしまうというジレンマを抱えているのだ。
「いや、でもあのギミック使いづらいよ」
「本当はもっとコンパクトに爆裂するように仕込むはずだったんですぅ……!」
「コンパクトに爆裂とは……?」
武器を爆発させる方向で考えるのから一旦離れよう?
はるるちょっとメテオインパクト・零式の時からそういう爆発する感じの武器に取り憑かれてない?
「はぁ……いつまでもグチグチ言ってても仕方ないですからもういいですぅ……今日は宵闇を今のスクナさんに合わせてアップグレードしにきたんですよぉ……」
「アップグレード?」
「影縫の時に思いましたがぁ……スクナさんにはあまりギミックを意識させない方がいいみたいなのでぇ……限りなくシンプルな形に作り直しますぅ……」
まあ、確かに影縫は使いやすい武器だった。何せあの武器の性能は『重くて硬い』、ただそれだけの金棒だったからね。
戦いの際の手札としてシンプルだったから、頭を使わなくてよかったのは確かだった。
「全てのギミックをオミットして重力属性特化の金棒に仕上げますぅ……そこでスクナさんがお持ちの金塊をひとつ頂きたいんですがぁ……」
「あ、金塊? いいよ」
「相変わらず躊躇いがないですねぇ……ありがたい話ではありますがぁ……」
とりあえず、今すぐ使う予定もないので宵闇と金塊をはるるに渡して契約を結ぶ。
はるるが作る武器に間違いはない。これまでの経験で、そこに関しては信頼している。
私なんかよりもずっと素材の扱いや組み合わせについては詳しい訳だしね。
「2日後にお返ししますのでぇ……しばらくの間はこちらを代用でお使いくださいねぇ……」
はるるからアイテムの譲渡申請があったので受け取ると、そこにはひとつの武器の名前が書いてあった。
「《無銘》?」
「影縫の後継機ですがぁ……あらゆる意味で目新しいものがないのでその名をつけたんですぅ……」
なるほどと思いつつ受け取って武器のステータスを見ると、要求筋力値に450の文字が見えた。
「いや重くない!?」
「でも持ててますよねぇ……?」
「うっ」
「どうやら筋力値500超というのも嘘ではなさそうですねぇ……安心しましたぁ……」
なるほど、それを確認するためのこの武器か。
私が納得していると、ふへへっと笑いながらはるるがくるりと背を向けて歩き出した。
「また配信中にお邪魔すると思いますぅ……こちらでタイミングは計りますのでぇ……月狼戦には遅れさせませんからご安心くださいねぇ……」
「うん、わかった。任せるね」
私の言葉を背中で受け止めて、はるるは金槌を引き摺りながらあまりにもあっさりと去っていった。
うーん、それにしてもどうして急に配信に顔を出して言ったんだろう?
去っていく姿を見ながら、私は改めてはるるの変化について疑問を感じるのだった。
という訳で防具の前に武器強化イベントです。
武器の要求筋力値について。
基本的には単純な素材の重量によって設定されるのですが、ギミックや特殊な属性を武器に付与する場合は《器用》か《筋力》が別途で要求されます。
《爆雷》は爆発の反動を抑え込むための《筋力》。変形の類は《器用》を要求されることが多いです。
宵闇が影縫とそれほど素材が変わらないのに要求筋力値が100も高い理由はそれです。器用や敏捷は《要求器用値》などと別途に表示されますが、筋力だけは素直に加算されますので、馬鹿みたいに高い数値になることもあります。
はるるが要求筋力値の問題で武器のギミックを減らしたというのは要素を詰め込みすぎて要求筋力値が高くなりすぎたということです。
あと、はるるの事情に関してはいずれ明かします。本編に割と絡む重要な話だったりするので。